いのちの写真と光の言葉
むなしい? - 2
2009-03-04 Wed 09:34
                                      『モッチョム春景色』
モッチョム春景色ー05-mar_08
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   K-Communication より

   むなしい? - 2

   「クリシュナムルティは、確かに自我としての思考の積極面である目標・努力・達成
   を否定する。
   しかし、それは自我としての思考の消極面である、人生がむなしく虚無的であるとい
   うことを意味しない。その両面とも彼は否定するのではないだろうか。
   それは、いずれも自我の表裏にすぎない。」
   「・・・」
   「彼が指し示すものは、自我のプラス・マイナスではなく、自我のゼロではないだろう
   か。プラスでもマイナスでもないゼロ=自我の死ではないだろうか。
   その時、それは思考の次元にはなく、思考を越えた別の次元にあることだろう。」
   「・・・」
   「『人生は楽しい』 というのも自我であり、『人生はむなしい』 というのも自我である。
   人生に意味付けをしているのは自我であり、それがプラスであれマイナスであれ、
   同じ自我に変わりはない。」
   「・・・」

   「仏陀は ”中道” と言った。
   それはもしかすると、思考の次元のプラス・マイナスではなく、それを越えた次元で
   生きることを意味していたのかもしれない。
   思考の次元において、ゼロ =ニュートラルであることが、思考に惑わされず、思考
   以上のエネルギーが流入するポイントになるのではないだろうか。
   もちろん、それはある特定の固定的な点を意味するのではない。
   むしろ、それは私=心理的思考から自由な空白の空間を意味する。」
   「・・・」
   「『楽しい』 も 『むなしい』 も越えた先に、イメージや概念を越えた何かがあるのでは
   ないだろうか。
   安易に ”楽しさ” や ”むなしさ” という気分にまき込まれるのではなく、イージーにそ
   れらのムードに浸るのでもなく、もっと真剣な、表面的な満足で事足れりとするので
   はない深いひたむきな何かが必要なのではないだろうか。」
   「・・・」
 
                  K-Communication №17 (1991年 1月号) より
                                  >>K-Communication

      
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