いのちの写真と光の言葉
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
編集便り - 5
2008-12-04 Thu 08:44
                                          『巨大な倒木』
巨大な倒木ー28-sep_08
  写真をクリックしますと、1024サイズの大きな画面でご覧になれます。
  ぜひ大きな画面でご覧ください。↑click
 
     
   K-Communication より

   編集便り - 5

   面白いことに、「静かに”なろう”」 としたら絶対に静かになることはできません。
   なぜなら、静かになろうとすると、その静かに ”なろう” とする行為そのものが静
   かではないからです。
   つまり、静かになろうとすればする程、静かさからは遠ざかってしまいます。

   静かさとは、後で、ふと、静かだったと気づくだけではないでしょうか。
   しかし、気づいた瞬間、その静かさは消えています。
   なぜなら、気づいた瞬間は静かさそのものではないからです。
   静かさそのものの時には、静かさに気づくということもありません。
   ただ、静かさそのものであるだけです。

   ”気づき” というのは、心が静まる前段階として、条件付けや思考の性質に気づく
   ためにあるのかもしれません。
   心が静まってくれば、反応も少なくなり、自分の心に気づくということもあまり必要で
   はなくなるでしょう。
   その時は、ただ周囲(まわり)を感じて生きるということがあるだけではないでしょう
   か。


   何事も落ち着いて対処できれば、それ程問題はないのかもしれません。
   自分の中に落ち着いたものがないと、全てが浮き足立ち、様々な問題が生じがち
   です。
   自分が落ち着いていれば、何が起きても、目の前の状況に冷静に対処することが
   できます。
   そして、落ち着いて対処できれば、そうそう解決できない問題というものはありませ
   ん。
   焦って要らぬことをしたり、不用意な発言をするから問題がこじれてしまいます。
   落ち着いて事にあたれば、問題も自然に消滅するのではないでしょうか。

   頭だけで対処するとトラブルが発生しがちですが、落ち着いて自分の全体で対応で
   きれば、そう問題はおきないのではないでしょうか。
   ゆっくりと落ち着いて対処しさえすれば、打開できないものはないように感じる今日
   この頃です。
   落ち着いた心とは、しっとりとして、静かさと安らぎに満ちた心です。

                   K-Communication №44 (1994年4月27日発行) より
                                    >>K-Communication

      
  ブログタグ1  
ブログランキングに登録しています。
写真と文章をご覧になって、より多くの方に紹介したいと思われたら、
愛のクリックをお願いします。ありがとうございます。 



   屋久島の大自然のエネルギーに包まれる本家サイト
   『屋久島ナチュラルヒーリング』も あわせてぜひご覧くださいませ。

   >>屋久島ナチュラルヒーリング

   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings     
     
   T&F 光のネットワーク
   >>T&F時代




 

関連記事
別窓 | | コメント:0
<<編集便り - 6 | いのちの島=屋久島 | 編集便り - 4>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

| いのちの島=屋久島 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。