いのちの写真と光の言葉
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編集便り - 2 『自己同一化』
2008-11-27 Thu 14:59
                                         『夕方の雲たち』
夕方の雲たちー28-may_08
  写真をクリックしますと、1024サイズの大きな画面でご覧になれます。
  ぜひ大きな画面でご覧ください。↑click
 
     
   K-Communication より

   K-Communication №44より、編集便りを連載しています。


   編集便り - 2

   今号 (K-Communication №44) で、FTさんが書かれた 『逸話』 (FTさんが、クリ
   シュナムルティの近くにいた人から聞いた、Krishnamurtiの様々なエピソード) を読
   むと、Kの人格 (パーソナリティ) の部分を感じます。
   これまでにも西部劇が好きであるとか、推理小説が好きだとか伝えられていました
   が、彼の個性というものもかなり残っていたようです。
   一方、彼が公開のトークなどをやる時には、別のエネルギーがやってくるとも言わ
   れています。
   どうもKという人は多層意識構造であったようです。

   しかし、重要な点は、彼にも個性といえるものがあったにもかかわらず、彼はそれ
   と完全に自己同一化はしていなかったということではないでしょうか。
   それに気づいていながら、それを通して自己表現をしていたということではないで
   しょうか。

   *ぴあの編集中記
   この文章を初めて読んだ時、
   『しかし、重要な点は、彼にも個性といえるものがあったにもかかわらず、彼はそれ
   と完全に自己同一化はしていなかったということではないでしょうか。』
   この部分が、内に沁み入ってきました。
   澄み渡った透明な意識のなかの個性、そんな感覚を感じて、感動でした。

   それで、”自己同一化” というテーマでリンクさせて、 『無色透明』 に素晴らしい日記
   がありますので、掲載します。
   長いので抜粋してお届けしようと思ったのですが、どこも切り取ることができず・・・
   なので、全文を掲載しますね。
   この下にアップしましたので、どうぞ、じっくり読まれてください。



   ― 日記 『無色透明』 より ―

   人は、旅人だろうか。
   いや、意識は、旅人だろうか。
   意識は、自己同一化の旅人。
   様々なものと自己同一化して旅をしている。

   今は、肉体と自己同一化している。
   それによって、美味しいものが味わえる。
   美しい景色を愛でることもできる。
   麗(うるわ)しい香りに満たされることもできる。

   心地よい音に浸ることもできる。
   温泉の温(ぬく)もりを肌で感じることもできる。
   肉体と自己同一化していればこその楽しみ。
   肉体を通して、いろいろなものを体験できる。

   意識は、肉体と自己同一化しているだけではない。
   美しくてスタイルが良いという自己イメージとも自己同一化している。
   あるいは、カッコ良くて、みんなにもてるという自己イメージと自己同一化している
   かもしれない。
   逆に、自分は病弱で最悪という自己イメージと自己同一化している意識もいる
   かもしれない。

   どのような自己イメージと自己同一化するかによって、人生は大きく変わる。
   体験できる世界が、まるで違ってくる。
   美しくてスタイルが良いという自己イメージと自己同一化していれば、
   胸を張って街を歩く体験ができる。
   カッコ良くて、みんなにもてるという自己イメージと自己同一化していれば、
   肩で風を切って歩けるに違いない。

   パワフルで怖いもの知らずという自己イメージと自己同一化していれば、
   冒険の旅を体験できるだろう。
   何事も緻密に突き詰める自己イメージと自己同一化していれば、
   いろんな研究の体験ができるかもしれない。
   病弱で弱い自己イメージと自己同一化していれば、みんなからやさしく
   してもらう体験ができる。
   逆に、みんなからバカにされ、爪弾きにされる体験もできるかもしれない。

   どんな自己イメージと自己同一化するかによって、人生体験は違ってくる。
   いかような人生体験も可能。
   それが現実創造ということ。
   体験創造。

   意識は、どんな自己イメージとも自己同一化できる。
   自分とは、自己同一化した自己イメージ。
   それ以外に自分はない。
   単なるイメージとの自己同一化に過ぎない。

   意識は、今は人間と自己同一化し、人間の体験をしている。
   しかし、それがすべてではない。
   ある時は、水晶と自己同一化していたかもしれない。
   別の時は、美しい花と自己同一化していたかもしれない。

   また別の時は、大空を飛ぶ鷹と自己同一化して、地上を見渡していた
   かもしれない。
   違う時は、妖精と自己同一化して、森のなかを飛び回っていたかもしれない。
   異なる時は、風と自己同一化して、いろんなものを撫(な)でる体験をしていた
   かもしれない。
   はたまた水と自己同一化して、川下りの体験を楽しんだ時もあるかもしれない。

   将来、星と自己同一化して、自分のなかで多くの生命を育てる体験をするかも
   しれない。
   銀河と自己同一化すれば、数えきれないほどの星々との体験が待っている。
   グループソウルと自己同一化すれば、神に近づく体験ができるかもしれない。
   そう、忘れていた。

   過去世においては、王侯貴族と自己同一化して、栄耀栄華を極めた体験もあった。
   逆に、乞食や奴隷と自己同一化して、悲惨の極みを体験したこともあった。
   美女と自己同一化したことも、醜い老婆と自己同一化したこともあった。
   あるいは、どこにでもいる普通の人と自己同一化したこともあった。

   多くの数えきれないほどの自己同一化を体験してきた。
   そして、今がある。
   今は何と自己同一化しているだろうか。
   肉体だろうか。

   プラスの自己イメージだろうか。
   マイナスの自己イメージだろうか。
   いずれにしても、人間と自己同一化していることに違いはない。
   今は、人間としての体験の真っ最中。

   過去も、未来も、様々な自己同一化の連続。
   数えきれない体験の連なり。
   多くのものと自己同一化して体験する、体験ワールド。
   この宇宙全体が、限りない体験ワールド。

   悲しいことに、人は自己同一化の事実に気づいていない。
   自己同一化に埋没し、自己同一化していることを忘却してしまった。
   まるで役になりきり、役を演じていることを忘れてしまった役者のよう。
   体験ワールドにはまり込み、体験に没頭している意識。

   自己同一化し過ぎると、根本を見失う。
   本来の意識を喪失する。
   自己同一化したものになりきり、そのものに振り回されて本来の意識を忘却する。
   個別化した人間になりきり、全体を忘れる。

   あまりにも個別化した人間と自己同一化し、お互いに殺し合う。
   自虐的になり、自殺したりもする。
   意識の故郷(ふるさと)を忘れ、宇宙の孤児となって彷徨(さまよ)う。
   道を失い、迷える霊の体験をすることすらある。

   迷ってしまえば、意識の故郷へは帰れない。
   すべてが存在する源とは断絶してしまう。
   至福の世界から切り離され、孤独地獄のなかで苦しむ。
   意識の真実を忘れたために。

   あまりにも自己同一化し過ぎたために、本来の意識を喪失してしまった。
   それでは、自己同一化の旅を楽しめない。
   体験に埋没し、体験に振り回されることとなる。
   もう一度、自己同一化していることを思い出すことだろうか。

   しっかりと自己同一化していることを自覚して旅をすることだろうか。
   何層にも渡る意識の旅。
   そういうものとも自己同一化しているに過ぎない。
   多次元に渡る宇宙の旅は、すべて自己同一化の旅。

   いろんな次元の、いろんな存在と自己同一化して、いろんな体験をするのが、
   意識の旅。
   別の言葉で言うと、神の旅。
   神という意識が、いろんな次元のいろんな存在と自己同一化して体験する
   不思議な旅。
   自分で創造し、創造したものと自己同一化して体験する波瀾万丈の旅。

   無限が有限と自己同一化して体験する色の旅。
   旅から旅。
   人には推し量ることすらできない遠い過去から遥かな未来まで。
   多次元、多層に渡る旅の連続。

   何層も何層も自己同一化を重ねて、今ここにある。
   あまりにも複雑に自己同一化を重ねたために、本来の状態がわからなくなって
   しまった。
   自分の本質を忘却してしまった。
   迷子の迷子の子猫ちゃん?

   意識の真実は、自己同一化の果てしない連なり。
   まるで十二単(じゅうにひとえ)を着ているようなもの。
   タマネギの皮を被っているようなもの。
   その一枚一枚と自己同一化している。

   その多層多次元の自己同一化の元を辿れば、純粋な意識に辿り着く。
   始まりも終わりもない意識。
   無色透明の意識。
   快晴の空のような意識。

   その掴みどころのない意識が、雲と自己同一化し、雨と自己同一化する。
   山と自己同一化し、川と自己同一化する。
   花と自己同一化し、水晶と自己同一化する。
   やがて、その意識は、人と自己同一化する。

   雲の体験をし、雨の体験をする。
   山の体験をし、川の体験をする。
   植物の体験をし、鉱物の体験をする。
   そして、人の体験をする。

   無限が旅する有限の旅。
   人の本質は、純粋な意識そのもの。
   その自己同一化の結果が、人というもの。
   果てしなく続く意識の自己同一化の旅・・・


   『タマネギか 十二単か ユリの根か 自己同一化 果てることなし』

   『いろいろな ものと一つに なりきって 体験重ね 旅する意識』

   『何層も 何次元にも 重なって 自己同一化 旅は果てなし』

   『同一化 重ねる度に 色がつき 複雑怪奇 元がわからず』

   『青空の ごとき意識が 繰り返し 自己同一化 重ねているだけ』

   『何であれ 自己同一化 することは 自己限定を するに等しい』

   『境目が わからないのが 同一化 以前の意識 意識の源』

   『元の元 自己同一化の 源を 探っていけば 純粋意識』

   『数々の 自己同一化 外す時 そこにあるのは 無限の意識』

   『今ここに 自己同一化 する前の 元の意識が 厳然としてある』

   『大空の ごとき意識の そのなかに 愛は息づく 裸のままで』


      
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この記事のコメント
ありがとう♪
ぴあの離れ業検索で、
いい日記をピックアップしていただいてありがとう。

またぼちぼち、じっくり読ませていただきます。

今、ちょっと斜め読みしてしまったけど、

>無限が有限と自己同一化して体験する色の旅。

このフレーズ、気に入ってます。
2008-11-29 Sat 00:25 | URL | えっちゃん #-[ 内容変更]
☆えっちゃん

長いから、ちょっと気合がいりますね。
でも、いい日記ですよね。
はじめは、抜粋でコーディネイトの予定だったのですが、
どこも切り取れなかったんです。

28日付の無色透明のほうも、自己同一化でしたね。
こちらと日記もリンクしあっていて、おもしろいし、
こういうところでもなにか、繋がっているのかなあ と思います。

2008-11-30 Sun 00:28 | URL | ぴあの #/AlQnQZw[ 内容変更]
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