いのちの写真と光の言葉
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イメージ・ゲーム - 3
2008-06-25 Wed 12:19
                                   『チャボシライトソウ - 1』
チャボシライトソウー11-july_07
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   T&F News Letter より

   T&F News Letter №8 より、Q&F 〈イメージ・ゲーム〉 を連載しています。


   イメージ・ゲーム - 3 

   F そうだね。でも、そうやって一生自分をごまかして生きるのかな?
   Q それは・・・
   F もっとつらいかもね。
   Q そうですね。
   F やっぱり、ありのままの自分自身を直視するしかないんじゃない。
   Q そうですね。
   F そうやって自分が想像(つく)っている自己イメージに気づいていかないと楽には
     なれないよね。
   Q そのようですね。
   F 自己イメージが修正されない限り、惨めな被害者だものね。
   Q そのとおりです。
   F でも、自己イメージって変わるからね。
   Q そうなんですか。
   F そうよ。何かうまくいくと、突然、自信満々になったりするじゃない。
   Q そういうこともありますが・・・
   F でも、また失敗すると、以前に輪をかけて 「僕はやっぱりだめなんだ~」 となる
     のね。
   Q まったく、そのとおりです!
   F でも、その自己イメージがぜ~んぶ消えてしまうこともあるのよ。
   Q そんなことがあるんですか。
   F あったら、あなたもそうなりたい?
   Q それはもう・・・
   F 惨めな 『私』 だものねぇ~
   Q 消え入りたいほどですよ。
   F たまに交通事故なんかで記憶喪失になる人がいるじゃない。
   Q ええ。
   F そうなると、自分の名前も忘れてしまって、自分のアイデンティティがなくなって
     しまうのね。
   Q そうなんですか。
   F 昨日までの 『私』 が、突然、消えてしまうの。
   Q そんな・・・
   F それで 「私って誰?」 ということになってしまう。
   Q 『私』 はどこへ行っちゃうんですか。
   F 自分は生きているのに、ちゃんと意識もあるのに、『私』 はいない・・・
   Q ヘンですね。
   F 記憶がなくなると 『私』 は消えてしまうのよ。
   Q そうなんですか。
   F だって、いまあなたから記憶がなくなったら、あなたはいる?
   Q いますよ!ちゃんとここにいるじゃありませんか。
   F では、あなたのお名前は?
   Q ウッ!
   F 言えないでしょう?
   Q そうですね。
   F あなたはどなた?
   Q ・・・・・・ (何も言えない)
   F 記憶がないと、あなたはいる?
   Q いないみたいですね。
   F そうでしょう。記憶がないと 『私』 はいなくなってしまうのよ。
   Q 自分はいるのに、『私』 はいない・・・
   F 意識はあるのに、『私』 はいないのね。
   Q 意識はあるのに・・・
   F 意識だけでは 『私』 ではないのよ。
     意識が記憶とドッキングして初めて 『私』 が生まれるのよ。
   Q そうなんですか。
   F だから、赤ちゃんの時も意識はあるのに、記憶がないから 『私』 はまだいない
     のよ。
   Q そうかぁ・・・
   F だから 『私』 って意識と記憶の合体作なのよ。
   Q 合体作ですか・・・
   F イメージなのよ。
   Q イメージですか・・・
   F 自分が自分について持っているイメージ、それが 『私』 なのよ。
   Q 確かに、そのようですね。
   F 名前とか学歴とか、家柄とか職業とか、家族とかスタイルとか・・・
     それらがみんな合わさったものなのね。
   Q 『私』 と一口に言っても複雑なんですね。
   F しかも、それは刻々変化しているのね。
   Q 刻々ですか。
   F そう。成功すると 『すばらしい私』 になって、失敗すると 『惨めな私』 になる。
   Q そうですね。
   F だから、『私』 というイメージも固定したものではないのよ。
   Q そうかぁ・・・
   F 雲のようにふわふわしたものなのよ。
   Q 雲も刻々と形が変わりますものね。
   F そうなの。とてもあいまいな 『私』 なの。
   Q とらえどころがないですね。
   F 意外でしょう?
   Q 意外ですね。『私』 って、もっとしっかりしたものかと思ってました。
   F ところが、実際は雲のように掴みどころがないのよ。
   Q まるで雲を掴むような話ですね。
   F うまい! 
   Q でも、『私』 がそんなにあいまいなものだとすると、いったい何を信じたらいいん
     ですか。
   F 何か信じるものがほしいの?
   Q 何か拠り所がないと・・・
   F 生きていけない?
   Q そういうわけではないけど・・・
   F どういうわけなの?
   Q なにか心もとなくて・・・
   F そうねぇ・・・
   Q 何かないんですか。
   F 何かというと?
   Q だから・・・
   F だから、何?
   Q 何か頼りになるものが・・・
   F 頼りになるもの?
   Q ええ、何か・・・
   F あるかな?
   Q ないんですか。
   F どうだろう?
   Q 教えてくださいよ。

                                    ・・・続きます

                   T&F News Letter №8 (1996年4月20日発行) より
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この記事のコメント
私は誰?
「こう成りたい、ああしたい」とも願わず、2週間前位からずっと尋ねていました。
ふと駅のホームに入ってきた電車の窓に映る、横並びに見えたいろんな姿を見た時、客観的に自分が見えました。
私達はやっぱり、何かと比べて自分を見るものなんでしょうかね。
二極性は溢れていて、比較対象するものが無ければ自分の存在に気付かないものなのかしら・・・

例えば「優しく在りたい」と思うとき、思い描く優しさは記憶の中に在るものを持ち出しています。
同時に優しく無いものも想い出して比較する。
それで「あなたはどう在りたいですか?」そう問われている気がしています。

恐れや不安や挫折などを知らない赤ちゃんが羨ましい。
でも人間として産まれる時、ネガティブなことを経験してでもやりたいことが私達にはあるんでしょうね。
最近とみにアセンションという言葉を目にしますが、この世に本当にネガティブが無くなったら、この世は成り立たなくなるかもしれませんね。

あなたが在るから私が在る。
私とは姿が違う人が存在する理由は、自分を見る為の唯一の方法なのかもしれませんね。

心の在り方次第でその行為は、傲慢や卑下にもなって別々の意識になったり、逆に一体にも成り得る。
結局は自由意志で、幾らでも創っていけるということなんでしょうね。

私は誰?の答えは、「あなたの望むままに」ということでしょうかね。
書いていて、何だかそう思えてきました。
2008-06-25 Wed 14:53 | URL | 日の出 #-[ 内容変更]
不思議の花
花のイメージがくつがえりそうな、
不思議な形の花ですね。

自然の神秘は、
こんな身近な花にも計り知れないものを感じます・・・

花ですら、固定したイメージには収まりきらないように、
スピリチュアル世界で、
私というイメージは固定できないですね。

で、
日の出さんのコメントに、
大きくうなづいてしまいました。

>私は誰?の答えは、「あなたの望むままに」ということでしょうかね。

2008-06-26 Thu 02:03 | URL | えっちゃん #-[ 内容変更]
えっ?花だったの!
えっちゃんのコメントを呼んで、冒頭の写真が花だと気づきました。
ぱっと、見た感じで虫だと思い込んでいた自分がいる。
思い込みやイメージが先入観を生み出すのですね。
2008-06-26 Thu 18:20 | URL | やま #-[ 内容変更]
☆日の出さん

おっしゃるとおりですよね。
この世は比較相対がなければ、成り立たない世界。
思考が比較相対を発達させるのか、比較相対が思考を発達させるのか・・・
そして、比較するには、必ず過去のデータがいりますね。
私たちは、すべからく、過去を生きているのですよね。
そして、そのことに気づいている人が、どれだけいるでしょうか・・・

私自身、kimiさんや、クリシュナムルティに出会わなければ、『私』 がイメージであり、
過去から出来上がっているものだなんて、きっと一生知らずに終わったかも・・・
『私』 という根強い自我を、あれこれと思考を巡らせながら、悩み多き人生を生きていた
ことでしょう。

気づいたのなら、そこを超えていきたいですね。
自分の中に、不動の自分があり、絶対に信頼できる自分、自分自身のベースが
あるはず・・・
自分自身を理解していくにつれて、何にも脚色されていない自分自身に
出会えると思います。
その自分に出会えたとき、見える世界、感じられる世界は、そのままリアリティなのでは
ないでしょうか・・・
そのように思います。

> 結局は自由意志で、幾らでも創っていけるということなんでしょうね。

そう、絶対自由がありますよね。
そこから、無限の可能性が広がりますね。(*^_^*)

2008-06-27 Fri 13:51 | URL | ぴあの #/AlQnQZw[ 内容変更]
☆えっちゃん

> 花のイメージがくつがえりそうな、
> 不思議な形の花ですね。

kimiさんの写真だと、きっとことさらにそうなるのでしょうね~

> 自然の神秘は、
> こんな身近な花にも計り知れないものを感じます・・・

ほんとうに、神秘ですよね。
この小さないのちの大きさ、愛しいです。

2008-06-27 Fri 13:52 | URL | ぴあの #/AlQnQZw[ 内容変更]
☆やまさん

やまさん、お久しぶりです~~☆

> えっちゃんのコメントを呼んで、冒頭の写真が花だと気づきました。

はい。
漢字では、矮鶏白糸草 と書きます。
不思議なお花ですね・・・

> ぱっと、見た感じで虫だと思い込んでいた自分がいる。
> 思い込みやイメージが先入観を生み出すのですね。

おお!
思い込み、イメージの内容にシンクロしましたね。

・・・というか実は、それをねらってアップした写真でした。えへへ。

次の写真も、チャボシライトソウです。
お楽しみに。(*^_^*)

2008-06-27 Fri 13:53 | URL | ぴあの #/AlQnQZw[ 内容変更]
ぴあのさんへ
私達は元々「純粋な魂」で、生きていく内にいろんな感情を抱え込んで、まるで服を羽織るように厚着していくみたいですね。
段々と暑っ苦しくなってきてシンプルに成りたくなる・・・スピリチュアルに興味を持つのは、きっとそういう心情からのような気がします。
あまりに着込みすぎて、自分の姿がどんなだったか?

それまで来るもの拒まず抱え込んだものが、実はそれほど必要なものでなかったものもあったことに気付いて、少しずつ剥いでゆく。
早く本当の姿を知りたくて急ぎ過ぎ、心の風邪を引いたことがありました。
この世では、裸のままでは生きていけないようです(赤ちゃんのように)。
自分に似合ったものをステキに着こなせば良いんだ、と気付いた瞬間でした。

憧れる人のものを見て、我がフリ直し。
そうでない人を見て、また我がフリ直し。
そうやって助けられながら自分に似合うものを身に着けられるようになるんでしょうね。
その内に”ワタクシ”が見えてきました。

魂は誰でも美しい。
だから沢山の悩める人も、今はただ厚着しているだけなんだと思えるようになって、優しさを学べた気がします。

言葉は幾らでも書けるし読めますが、実感することはとても難しいです。
真理はシンプルだけど、心が納得するのには時間がかかるようです。
本当に心がそれを望まない限り、魂は力を発揮できないんですね。

「求めよさらば与えられん」
私を支えてくれた言葉です。
きっとこれからも。
2008-06-27 Fri 17:19 | URL | 日の出 #dEc.uiHI[ 内容変更]
日の出さんのコメントにうっとり・・・
>言葉は幾らでも書けるし読めますが、実感することはとても難しいです。
>真理はシンプルだけど、心が納得するのには時間がかかるようです。
>本当に心がそれを望まない限り、魂は力を発揮できないんですね。

うなづきっ放しです・・・。

まだ、私の魂は力を発揮できずにいるようです。
2008-06-27 Fri 21:54 | URL | えっちゃん #-[ 内容変更]
☆日の出さん えっちゃん

日の出さん、えっちゃん、ふたたびコメント、ありがとうございます。
おっしゃっていること、よくわかります。

日の出さんと、えっちゃんに、kimiさんのK-Communicationからの言葉を送ります。

 小さい子供は、ただ見る。
 大人は自分のことを絶えず気にしながら見る。
 つまり、自分を通して見る。
 精神は無限。
 思考は有限。
 思考は精神のほんの一部。
 有限な思考で無限の宇宙を推し測ることはできない。
 『私』 の外に、自由な無限の空間がある。

こちらは、クリシュナムルティの言葉。

 経験されるものは真理ではない。
 それはあなた自身の心の創造物である。
 自分自身の光である心は一切の経験を必要としない。

イメージゲーム、まだまだ序章です。
じっくりと、読んでみてくださいね。
自他の分離感というものがなぜ生まれるのか・・・
読み進めながら、すべてはイメージからくることを、理解していってくださいね。
そして、その奥にあるものを、感じてくださいね。(*^_^*)

2008-06-27 Fri 23:53 | URL | ぴあの #/AlQnQZw[ 内容変更]
続きを楽しみにしてます
すてきな言葉を有難うございます。

一つひとつ実感しながらやってきました。
自分の感覚を大事にしていると、まるで導かれるようにいろんな本やサイトに出会います。
丁度その時の「目覚め」にあわせて、丁度良い按配で巡ってくる気付き。
例えその時点で自分の感覚が間違っていたとしても、それはそれで良いと思えるようになりました。

人のことも自分のことも「受け入れる」というのが一番難しいです。
チャンスを自分で閉じてしまわないよう、素直さだけは無くさないようにしたいです。

続きの話が楽しみです!
2008-06-28 Sat 08:55 | URL | 日の出 #dEc.uiHI[ 内容変更]
☆日の出さん

> 自分の感覚を大事にしていると、まるで導かれるようにいろんな本やサイトに出会います。
> 丁度その時の「目覚め」にあわせて、丁度良い按配で巡ってくる気付き。

そうですね、それは、私もとても感じます。
その時に気づかずとも、あとで、ベストなタイミングだったと気づくこともあります。

> 例えその時点で自分の感覚が間違っていたとしても、それはそれで良いと思えるようになりました。

そうですよね。
すべての出来事は、活かすチャンスですものね。
すべてはポジティブです。

> 人のことも自分のことも「受け入れる」というのが一番難しいです。
> チャンスを自分で閉じてしまわないよう、素直さだけは無くさないようにしたいです。

日の出さんは、とても素直な方だと思います。
日の出さんの心に灯る素直な想いは、いつか光の扉を開くことでしょう。
そのように思います。
そして、日の出さんとこうして、ここで交流が持てること、とてもうれしく思います。

> 続きの話が楽しみです!

はい、なかなか更新が遅々としていてごめんなさい。
今日、続きをアップしました。
お読みくださいね。(*^_^*)

2008-06-28 Sat 11:55 | URL | ぴあの #/AlQnQZw[ 内容変更]
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