いのちの写真と光の言葉
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空の心
2008-01-22 Tue 08:51
                                        『竜の落とし子』
竜の落とし子ー10-cloud
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   日記 『無色透明』 より

   空の心  

   元々、日にちなどというものはない。
   時間もなければ、年月もない。
   その証拠に、カレンダーや時計がなければ何もわからない。
   ただ太陽が上がって沈んでいくだけ。

   それを時間と呼んで、区切りをつけているだけ。
   元々は区切りも何もない。
   始まりも終わりもない。
   幼児は、毎日、そんな世界に住んでいる。
 
   学校で時間の観念を習うまでは、みんな時間の外で生きている。
   それが自然。
   ありのまま。
   時間は比較。

   時間は思考による比較の世界。
   思考がなければ、時間もない。
   ただ今があるだけ。
   今という認識すらない。

   ただ目の前の存在があるだけ。
   記憶をベースに思考で比較しなければ、時間はない。
   ただ永遠の今があるだけ。
   但し、それではものの哀れは生まれない。

   時間の中に、人間の悲喜交々が存在する。
   時間を外すと、人の喜怒哀楽も消えてしまう。
   それらは、すべて比較をベースにしている。
   比較がなければ、一喜一憂もない。

   もちろん、肉体本能ベースの感情はある。
   食欲や性欲をベースにした感情は存在する。
   しかし、現代のような複雑な感情はあり得ない。
   それは思考ベースから生まれている。

   思考を外せば、かなり単純な感情になってしまう。
   思考を超えれば、思考から生まれる感情も消える。
   思考的な感情が消え、もっと別のものになる。
   喜怒哀楽ではないものに変わる。

   人は単純な感情から複雑な感情になり、やがてまたシンプルな感情に戻る。
   肉体的な感情から思考的な感情へ。
   思考的な感情から、それを超えたものへ。
   人は変わっていく。

   今の社会は思考ベース。
   人の意識も思考ベース。
   時間をベースにした思考ベースの生き方。
   それを理解し、超えていくことだろうか。

   色の世界は、比較によってしか成り立たない。
   しかし、それでは心の安らぎは生まれない。
   比較や時間を超えたものを理解することだろうか。
   深い理解が安心立命につながる。

   非時間と共に時間を生きることだろうか。
   空と共に色を生きることだろうか。
   それのみが唯一、色の世界から自由になることだろうか。
   色を超えることのみが・・・

   色の世界だけに埋没すれば、色の中に溺れてしまう。
   色に呑み込まれ、色に翻弄される人生となる。
   苦しみと悲しみの人生となる。
   色と共に、空を生きることだろうか。 

   色を楽しむためには、色を超える必要がある。
   自分が色に染まっては、色は楽しめない。
   空でないと、本当の色は味わえない。
   色を超えることが、真に色を楽しむこと・・・

                日記 『無色透明』 ”842日目 - 空の心” からの抜粋です。
                全文は >>こちらから


          
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この記事のコメント

>真の自由というのは、目の前の事象に対して過去の条件づけから反応する
>のではなく、思考とは全く別の次元から応答することではないでしょうか。
>つまり、過去の条件づけ、心理的思考からの自由が真の自由ということでは
>ないでしょうか。

>色を楽しむためには、色を超える必要がある。
>自分が色に染まっては、色は楽しめない。
>空でないと、本当の色は味わえない。
>色を超えることが、真に色を楽しむこと・・・

この2つを合わせると、いま必要な生き方が見えてくるような感じがしますね。
物質から離れようとするのではなく、物質を超えたところに意識をあてながら
この世界に与えられている物質に感謝しながら楽しめばよい
ということでしょうか。

楽しんでいると、すべてがつながっていることもわかります。
何も起こらないことが、すべてうまくいっている証ということでしょうか。

ぴあのさんの作っているこのブログは、とてもすごいものが隠れている
ような気がします。

ありがとうございます。
2008-01-22 Tue 13:50 | URL | なのは #-[ 内容変更]
空は夢のなかに~♪
眠なければずっと今なんですよねぇ~(今日はちょっと下がり調)
幼児はずっと寝ててお腹がすいたら起きるあるがままなんですよねぇ~

そんなこと比較して考える私は色に染まってますよね。

眠いから寝る!人間はそれでいいじゃないかと思います。



2008-01-23 Wed 00:15 | URL | ゆめまくら #-[ 内容変更]
ごめんなさい追記。
人間はそれでいいけれど、社会はそれじゃダメでしたね・・。

そこがためしどころなのでしょうか。

ほんとかみさまの社の集まりどころみたいなとこですね。ここ



趣旨がずれてしまってごめんなさい。おやすみなさいませ~☆

2008-01-23 Wed 00:45 | URL | ゆめまくら #-[ 内容変更]
☆なのはさん
>物質から離れようとするのではなく、物質を超えたところに意識をあてながら
>この世界に与えられている物質に感謝しながら楽しめばよい
>ということでしょうか。

そうですよね。
様々な自分の感情が、どこから出て来るのか・・・
快や不快や、好きや嫌い、苦も、楽も、一つの感情には必ず相対する感情が
ありますね。
比較は、すべて自分の過去の記憶をベースに基づいていますね。
真の自由は、比較相対の中にはないのですよね。

空は純粋意識ですから、その純粋意識で自分を見守りながら生きると
いいですね。
自分の中の深い意識でトータルに生きることでしょうか・・・

>楽しんでいると、すべてがつながっていることもわかります。

ほんと、そうですね♪
私もそう思います☆

>何も起こらないことが、すべてうまくいっている証ということでしょうか。

何も起こらない というのは・・・どういうことか・・・?
ちょっと、書かれていることの真意がよくわからなくて・・・ごめんなさい。
思ったことを書きます。
何も起こらないことが、うまくいっている証 ということは、何かが起こると、
うまくいっていない証?ということになりますね。
それは、比較相対の世界ですね。
そもそも、証とは、絶対的なものではありませんね。

何かが起こることを不安に思うところから、そういう気持ちが生まれますね。
プラスの意識の反対には、必ずマイナスの意識がセットでありますから、
それでは揺るぎない安心は得られないですね。
いつか、マイナスに転じるということがあるからです。
そういうところが、物質次元の意識ですね。
そこを超えた意識で生きるとき、真に物質次元を楽しめるのかもしれませんね。

有意義なコメントを、ありがとうございました。
何か思われることがありましたら、またぜひ書き込みくださいませ。(*^_^*)

2008-01-23 Wed 12:55 | URL | ぴあの #/AlQnQZw[ 内容変更]
☆ゆめまくらさん
>眠いから寝る!人間はそれでいいじゃないかと思います。

あはは☆
寝すぎないようにね。(*^_^*)

>人間はそれでいいけれど、社会はそれじゃダメでしたね・・。

ここでは、いいとか悪いとか、そういう意識を超えたところを学んでいます。
この世オンリーの意識で生きるか、もっと多次元的に生きるか。
この世オンリーで生きていると、いつまでも悩み苦しみ葛藤は続きますね。

>そこがためしどころなのでしょうか。

ためされるのもいいですけど、自分を見守りながら何事も・・・ですね。(^^)

2008-01-23 Wed 13:03 | URL | ぴあの #/AlQnQZw[ 内容変更]
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