いのちの写真と光の言葉
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自由 - 3
2008-01-19 Sat 13:28
                                        『緑と白の世界』
緑と白の世界ー20-sep_07
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   K-Communication より 

   自由 - 3  

   今日は、ミーティングから kimiさんの言葉だけを抜粋します。   

   無自覚のままに生きてきた、無自覚のままに積み重ねてきたから反応に
   なってしまうんでしょう・・・そこに気づいて、反応に振り回されなくなる段階が
   自由だというようにも言えるけどね。
   反応は出るけれども、その反応に振り回されないという段階ね。
   一定の自由性は確立できたとも言えるかもしれないね。
   つまり、反応から完全に自由になるという意味の自由と、反応が出ても囚わ
   れないという意味の自由と二種類あるんじゃないかな。

   クリシュナムルティは、条件付けがある限り注意は中断されると言うのね。
   反応が出るからね。
   反応がある限り自由は中断されるんじゃないかな。
   だから、反応が完全に出てこない完全な自由と、反応は出て来るけれども、
   すぐそれに気づいて、次の瞬間また自由でいられるという自由の二種類ある
   んじゃないかな。

   下の文章は、このミーティングを通して学べるkimiさんのメモです。

   ☆ 反応は出るけれども、その反応に振り回されない。
     反応が出る不自由な自分をありのままに見ている。
     それを問題視して悩んだり葛藤したりはしない。
     こうあるべきだ、こうすべきだという固定観念が外れ、事実を事実として認
     めているので特に問題はない
     ・・・それらは葛藤からの自由、反応に振り回されない自由、固定観念から
     の自由です。
     それらは反応が出た後の二次的反応からの自由であり、一時的反応から
     の自由ではありません。

     Kが語る絶対的自由とは一時的反応さえも起きない、反応とは全く異なる
     意識の次元です。
     反応が出ても囚われない 『二次的自由』 と、
     反応さえも出ない 『完全な自由』 の二つの自由があるのではないでしょうか。

                      K=Krishnamurtiです   ・・・明日に続きます
                       
                  K-Communication №40(1993年 Vol. 40) より
                                  >>K-Communication
           
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