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共食い - 1
2007-12-17 Mon 11:25
                                           『巨大な杉』
巨大な杉ー04-d
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   日記 『無色透明』 より

   共食い - 1

   肉体は個別化している。
   本能も個別に付いている。
   だから争いが絶えない?
   とも、限らない。

   動物たちも個別化している。
   個々に本能が付与されている。
   しかし、彼等は共食いはしない。
   個体密度が濃くなると弱いものを食べることもあるらしいが、種の保存のために
   原則的に共食いはしない。
   少なくとも生きたものは食べない。
   死体を食べることはあるらしい。
   また、カマキリの雄が交尾後に雌によって食べられることもある。
   しかし、それは役割を終えて子孫の栄養となるためで、共食いではない。

   肉食動物が草食動物を襲うことはある。
   それは自然の循環。
   自然のシステムに過ぎない。
   しかし、肉食動物も同じ種は襲わない。
   雄は雌を得るために戦うが、相手が尻尾を巻けば殺したりすることはない。

   日常的に共食いをしているのは人間だけだろうか。
   いや、人間も実際に食べたりはしない。
   ただ殺すだけ。
   種の保存のためではなく、自己の保存のために。

   殺して食べるのなら、まだ許せるかもしれない。
   自分が生き延びるために食べざるを得ないのなら、仕方がないのかもしれない。
   しかし、人間の場合は、殺すだけ。
   別に人肉が欲しいわけではない。
   ただ己の安全を確保したいだけ。

   動物と人間の違いは何だろう。
   個別化した肉体や本能に違いはない。
   では、感情だろうか。
   しかし、動物も本能的に怒ったり、恐れたりしている。
   本能ベースの感情に、そう変わりはない。
   では、何が違うのだろうか。
   やはり、思考だろうか。

   思考が必要以上に恐怖を増幅するということだろうか。
   それによって共食いを始めるのだろうか。
   人間は思考に振り回されているだけなのだろうか。
   まだ思考をマスターできていないということだろうか。

   思考が肉体の本能と合体する時、それは個別化された思考となる。
   思考自体に個性はない。
   単なるシステムであり能力だ。
   ところが、それが個別の本能と一体化する時、それは利己心となる。
   自我が生まれ、自己最優先となる。

   動物たちには自我はない。
   自分という自己イメージは持っていない。
   人間だけが自分という個別化した意識を持っている。
   特に思春期以降、他との比較による自分のイメージが明確化する。
   自我は相対的なものであり、比較によって成り立つもの。
   絶対的な自我というものは存在しない。
   絶海の孤島で一人で暮らしていれば、自我が存在することはあり得ない。

   自意識はあるけれども、それは自我ではない。
   他との比較によって生まれるものが自我だ。
   そういう意味では幼児には自我はない。
   幼児は論理的に考えるということはしない。
   まだイマジネーションの世界に住んでいる。
   イマジネーションの世界に自我はない。
   それは自分だけの世界。
   比較相対の世界ではない。
   比較相対は、思春期以降の論理的思考力の発達によって生じる。
   比較こそが、まさに論理的思考力のベースなのだ。

   幼児期にも争いはある。
   自分の世界に住んでいても、兄弟喧嘩はある。
   しかし、記憶力も思考力も未発達なので、それほど尾を引かない。
   その場限りで終わることが多い。
   成長するに従って、尾を引くようになる。
   記憶力と思考力の発達によって、過去が保存される。
   過去をベースに生きるようになる。

   イマジネーションと論理的思考力が一緒になって、恐怖を増幅する。
   過去の恐怖を思い出し、未来の恐怖をつくり出す。
   ありもしない恐怖を次々と生み出す。
   イマジネーションも論理的思考も幻想の海の中に溺れる。
   自分を見失ってしまう。

   思考が肉体の自己保存の本能と合体する限り、救いはないのだろうか。
   個別化しているものと自己同一化することによって、意識は個別化し、
   自己の利益のみを追求するようになる。
   この構造から脱却する道はないのだろうか。
   個別化したものと思考が合体する限り、救いはないように見える。

   では、どうすればいいのだろうか。
   人類に未来はないのだろうか。
              
                          ・・・明日に続きます

          
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