いのちの写真と光の言葉
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
ミーティングレポート - 1 記憶
2007-11-29 Thu 10:42
                                           『蜘蛛の糸』
蜘蛛の糸ーcobweb-02
 写真をクリックしますと、1024サイズの大きな画面でご覧になれます。
 ぜひ大きな画面でご覧ください。↑click
 
     
   K-Communication より  

   今日から、K-Communication誌上のミーティングレポートを連載します。
   続けて読まれることをお薦めします。
   参加者の方達の話し合いの中で多くのことが見えてくると思いますので、一緒に
   ご自分を見つめながら読んでみてください。
   レポート連載終了後に、このミーティングを通して学べることをまとめたkimiさん
   のメモをアップします。
   レポート中のイニシャル、F が kimiさん (古沢仁宏) です。


   ミーティングレポート - 1 記憶   8月7日 参加者4人
 
   F 自尊心が強いというのは自我が強いんじゃないの。
     俺はこうやって生きてきたんだとか、俺はこういうことができるんだとか、俺の
     家柄はすごいんだとか、そういう人って、自分にこだわってるというか、そういう
     ものと自己同一化して、それを自分だと思って生きているのね。
   G そうすると、イメージが崩れ去るということは、自尊心もあるところは崩れ落ちる
     ということで、自我の機構というのも強大に成長したり、崩れ落ちたりするものな
     んだね。
   F そうですよ。
     クリシュナムルティは、自我というのは実体がないというか、単なるイメージだと
     言うけど、確かにそうでしょう。
     過去の経験とか学歴とか家柄とか、そういういろんなものと自己同一化している
     だけのことでしょう。
     成功した、失敗した、そういうプラス・マイナスのもろもろのものと同一化している
     のが自我でしょう。
     そういうものが本当に崩れていくと、自我はだんだん軽くなるというか、同一化が
     消えれば消える程、イメージが少なくなればなる程、自我も薄くなるのかもしれま
     せんね。
   T 最近、『生の全変容』 という本を買って読み始めたんですけど、一生かかってで  
     きあがっている記憶だけじゃなくて、百万年前の記憶さえも落とさなければならな
     いと書かれていて、それはどうやって崩していくんですかね?
   F とりあえずは自分の一生を見ていれば、もっと奥にあるものも自然に出て来るん
     じゃない。
     表面的なものが見られれば、もっと奥のものが出て来るし、もっと奥のものが見
     られれば、もっともっと奥のものが出て来るでしょう。
   T 生まれてきてから造ってきたものを落としていったとしても、まだ一杯ありますよ
     ね。訳のわからないものが。
   F 何百万年か前のものが出て来るかもしれないね。
     でも、それは今から心配する必要はないんじゃない。(笑)
   T そういうのはどうやって落としていくんですか。
     そういうのは理屈がないから。
   F 基本的には見ることだよ。はっきり見られれば落ちていく。
     自覚できれば同一化が崩れるということだから。
     みんな同じだよ。
   T 自覚するというのは、味わうとか、感じるということですか。
   F 自分の中にそれがあるということ、自分がそれと自己同一化して生きてきたとい
     うことに、はっきりと気づければ自己同一化は外れるよね。
   T 同一化していたということがわかれば?
   F はっきり見えれば。
     何百万年前から引きずってきたものであっても、はっきり自覚できれば同一化
     は崩れるよね。
     自覚できないから一つになっているわけだから。
     一つになったままで条件反射的に生きているということでしょう。
     そのことをはっきりと自覚できると、そこで分離が起きるでしょう。  
     だから、自覚すればそれから自由になれる。
     はっきりと気づけるかどうかという問題でしょう。
     それは百万年前の過去であろうと昨日のことであろうと同じなのね。
     基本的には、あなたが何かと同一化しているのに気づけるかどうかということで
     しょう。
   G 何百万年前の記憶と言うと、何か恐ろしいように思うけど、一年前の記憶も何百
     万年前の記憶も出て来る時は見分けがつかないから同じことで、心配ないと思う。
   F 同じなんですよ。
   G 出て来る時は同じ記憶なんですよ。
   F 記憶なんだよ、過去なんだよ。そういう意味では同じなんだよ。
     ただ、時間が昨日か、十年前か、百年前か、何百万年前かの違いだけなんだよ。
                      
                                ・・・明日に続きます

                K-Communication №41(1993年 Vol.41) より
                                 >>K-Communication
           
  ブログタグ1  
ブログランキングに登録しています。
写真と文章をご覧になって、より多くの方に紹介したいと思われたら、
愛のクリックをお願いします。ありがとうございます。 



   屋久島の大自然のエネルギーに包まれる本家サイト
   『屋久島ナチュラルヒーリング』も あわせてぜひご覧くださいませ。

   >>屋久島ナチュラルヒーリング

   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings
     
   T&F 光のネットワーク
   >>T&F時代

     
関連記事
別窓 | 生き物 | コメント:0
<<ミーティングレポート - 2 イメージ | いのちの島=屋久島 | 事実と真実 - 3>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

| いのちの島=屋久島 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。