いのちの写真と光の言葉
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
イメージ - 2
2007-09-24 Mon 11:38
                                           『木霊の森』
木霊の森ーkodama-34
 写真をクリックしますと、1024サイズの大きな画面でご覧になれます。
 ぜひ大きな画面でご覧ください。↑click
 
     
   K-Communication より 

   イメージ - 2  (昨日の続きです)

   [ 問3 ] では、どうしたら一切のイメージを持たないことが可能だろうか。
          別のイメージに変えるのではなく、一旦持ってしまったイメージを
          消すことができるだろうか。

   上の問いに対して、次のような答えが送られてきました。

    ある人が、時折起こる腹痛に悩まされていました。
    そこで、彼はその原因について調べてみました。
    そして、それが、冷たい水を空腹時に飲むことだ ― ということに気づきました。
    その時、その人がこうたずねたとします。
    『ではどうしたら空腹時に冷たい水を飲まないようにすることが可能だろうか』
    この人、おかしいですね。

   確かに、ここに書かれてあるように、イメージを持たないためには、
   イメージの構造を理解するのが第一ではないでしょうか。
   本を読んで理解する。
   自分自身の日常生活を見て理解する。
   その理解があることによって、日常において注意深くなり、その結果、イメージが
   形成されにくくなる。
   注意深いとは、いつも自分自身に気づいているということです。
   つまり、”見ている”。
   それが唯一、イメージが形成されない状態ではないでしょうか。

   このことを、もう少し詳しく見てみますと・・・
   それは、言語化しないということです。
   ある状況があります。
   それを言語化しないならば、つまり、認識するとか断定するとかしないならば、
   それは記”憶”にはなりません。
   ただ、記”録” されるだけです。
   (認識・断定とは ― 好き・嫌い・良い・悪い・上手・下手・高い・安い、これはこう
   いうことだ・ああいうことだ ― すべて比較にもとづいています。絶対的ではなく
   相対的です。言語化というのは比較にもとづいているようです)

   記憶も記録も共に脳にストックされますが、記録のほうはただ事実のみが蓄積
   され、記憶は事実と共にそれにまつわる私の判断・解釈・感情もセットでしまわれ
   ているようです。
   そして、それを思い出すとき、一方は事実のみが、他方はその時の感情も一緒に
   よみがえってきます。
   私達は、普通、”私を通して” 経験しているため、ほとんどが記憶として蓄積されて
   います。
   そして、それが先入観、いわゆるイメージとなるわけです。

   このイメージ・記憶から自由であるためには、対象を言語化しないことです。
   言語化することは、過去の経験によって、今を定義することです。
   言語化することは、自分の解釈の仕方で事実をとらえることです。
   それは事実そのものではなく、”私を通した事実” なのです。
   私の色がついた事実であり、私の経験を通した事実の認識なのです。
   言語化するということ自体が、すでにその人特有の認識そのものなのです。
   ですから、同じことでも、人によって認識の仕方が違い、意見がわかれるというこ
   とがでてきます。
   つまり、ある対象に対するイメージは、人それぞれに異なります。
   しかし、もしそこに私の言葉が介入しないなら、つまり言語化しないなら、どうなる
   でしょう。
   そのときは、ただ事実のみが記録され、それが個個人で違うということは起きない
   のではないでしょうか。
   各人が、各人の経験(過去)によって、事実を認識するから、各人で違ったイメージ
   が定着するのです。
   もし言語化しなければ、ただ事実だけがあるのです。
   つまり、イメージはないのです。
   言語化というのが、イメージになるかならないかの鍵になるようです。
   ただ黙って見るとき、聞くとき、一切判断、解釈しないとき、それはイメージとはなり
   ません。
   感情的な反応が出たとき、それにすぐに気づき、それを言語化しないならば、
   それは記憶(イメージ)とはならないのです。

   では次に、『別のイメージに変えるのではなく、一旦持ってしまったイメージを消す
   ことができるだろうか。』 ということですが ―

                            ・・・明日に続きます
         
                  K-Communication №4(1989年 11月号) より
                                  >>K-Communication
           
  ブログタグ1  
ブログランキングに登録しています。
写真と文章をご覧になって、より多くの方に紹介したいと思われたら、
愛のクリックをお願いします。ありがとうございます。 



   屋久島の大自然のエネルギーに包まれる本家サイト
   『屋久島ナチュラルヒーリング』も あわせてぜひご覧くださいませ。

   >>屋久島ナチュラルヒーリング

   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings
     
関連記事
別窓 | 木霊の森 | コメント:0
<<イメージ - 3 | いのちの島=屋久島 | イメージ - 1>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

| いのちの島=屋久島 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。