いのちの写真と光の言葉
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
受動的気づきの状態 - 1
2007-09-18 Tue 10:24
                                           『光の噴火』
光の噴火ー12-oct
 写真をクリックしますと、1024サイズの大きな画面でご覧になれます。
 ぜひ大きな画面でご覧ください。↑click
 
     
   K-Communication より
  
   受動的気づきの状態 - 1
   ― A state of passive awareness ―

   受動的気づきの状態はどのようにして起きるのでしょうか。
   ある人の体験を踏まえながら、一緒に見てみたいと思います。

   先ず、見ることの必要性に気づくことから、すべてが始まります。
   それは普通、K(Krishnamurti) の本を読むことがきっかけになるようです。
   次に、『では、見てみよう』 と、”意識的に見ること” をスタートさせます。
   先ず、花や鳥など外部のものを見つめ、それから、自分自身の反応を
   見ようとします。
   しかし、初めのうちは、見ると同時に、すぐ、判断したり、解釈したり、
   言語化したりしてしまいます。
   それでは、別の自我が他の自我を見ているに過ぎません。
   そこには、見る者と見られるものの分離があります。

   これではいけないと、今度は、一切、判断・解釈・言語化しないで、
   ただ見ることだけをしようとします。
   ところが、ただ見ることだけがなかなかできません。
   すぐに思考が働いてしまいます。
   しかし、そういう意識的に見るということを続けているうちに、ある時、
   ふと、一瞬ですが、ハッと何かに気づくことが起きます。
   それを確認したくて、すぐ言語化してしまうのですが、もうその時は
   気づきの状態ではありません。
   でも、その一瞬前は、言語化できない気づきそのものなのです。

   やがて、そのような一瞬の気づきが、だんだんと増えてきます。
   そのうち、意識的に見ようとしなくても、気づきが起きるようになります。
   だんだんと、無意識のうちに、見ている・気づいているという状態が増え
   てきます。
   ついには、全く意識しないのに、いつも見ているエネルギーが存在して
   いるという状態になります。
   何をやっていようと、それとは別に、絶えず、見ている・気づいている
   エネルギーがあるのです。
   すべてを、絶えず、見ている・気づいているのです。
   一切、判断や解釈・言語化することなく、ただ、見ている・気づいている
   だけのエネルギーです。
   無意識に、いつも見ている・気づいている、これが受動的気づきの状態
   です。

   現実に対する反応は起きますが、その直後に、その反応に気づきます。
   ほとんど反応と同時に気づいている状態です。
   (もっと進めば、きっと、反応さえ起きなくなるでしょう)
   いつも見るエネルギーの高い静かなバイブレーションと共にあります。
   といって、意識的に見ようとする時の、あの緊張感があるわけではありま
   せん。
   むしろ、それはリラックスしています。
   意識的に見ようとする時には、見ようとする意志(自我)が働いていますが、
   受動的気づきの状態では、意志は一切働いていません。
   それは積極的に見ているのではなく、受動的に気づいているのです。
   あたかも、男性原理と女性原理の違いのように、一方は攻撃的であり、
   他方は受け身なのです。

                         ・・・明日に続きます
         
                  K-Communication №3(1989年 10月号) より
                                  >>K-Communication
           
  ブログタグ1  
ブログランキングに登録しています。
写真と文章をご覧になって、より多くの方に紹介したいと思われたら、
愛のクリックをお願いします。ありがとうございます。 



   屋久島の大自然のエネルギーに包まれる本家サイト
   『屋久島ナチュラルヒーリング』も あわせてぜひご覧くださいませ。

   >>屋久島ナチュラルヒーリング

   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings
     
関連記事
別窓 | | コメント:2
<<受動的気づきの状態 - 2 | いのちの島=屋久島 | 批判>>
この記事のコメント
>見ると同時に、すぐ、判断したり、解釈したり言語化したりしてしまいます。
>それでは、別の自我が他の自我を見ているに過ぎません。
>そこには、見る者と見られるものの分離があります。

う~~~ん、
これは、私の一生の課題かも。
何を見ても、瞬時に反応する思考が、自我があるよなあ。

この件に関してはお手上げ宣言しとかなくっちゃ。
でもせめて、瞬時に反応する思考や自我の、キャパシティを大きくする努力はしたいですね。
2007-09-18 Tue 11:04 | URL | えっちゃん #-[ 内容変更]
☆えっちゃん

私だって、同じよ~
まずは真っ先に自我が反応して、
それを、自我で見て・・・
悟りの道は遠いです。
こうなったら私も、キャパシティ、広げる努力します☆

2007-09-19 Wed 00:42 | URL | ぴあの #/AlQnQZw[ 内容変更]
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

| いのちの島=屋久島 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。