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生命(いのち) の世界へ
2007-09-15 Sat 05:48
                                           『木霊の森』
木霊の森ー30-nov
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   K-Communication より
  
   2 生命(いのち) の世界へ (昨日の続きです) 

   感動するのは生命であり
   行動するのも生命である

   バラに限らず、子供や夫、妻、友人・・・ あらゆるものに対しても同様である。
   その時その時の生命を感じずに何が理解できるだろうか。
   その時その時の生命を感じた時に、初めて私たちは感動する。
   イメージの中、観念の中に感動はない。
   生きる喜び、生の躍動感はない。

   自分自身についても同様である。
   本を読んでわかったつもりになっても、直接自分自身にふれない限り、真に
   理解したことにはならない。
   なぜなら、いくら頭でわかっても、それが行動へと結びつかない。
   『頭ではわかるけど・・・ でも・・・』 の世界である。
   理解と行動が分離している限り、それは真にわかったことではない。
   真にわかるとは、理解が即行為となることである。
   見て、理解して、行為する、それは一つのことでしかない。
   それが真の理解である。

   私たちが思考の世界に住んでいる限り、理解と行為との間に分離がある。
   なぜなら、事実と行為との間に思考が介在するため、事実が直接行為とふれ
   あえないのである。
   思考が造りあげたものは抽象観念にすぎない。
   だから生命が無い。
   生命が無いものは即行為と結びつかない。
   なぜなら、行為は生命であり、生命は生命を理解したとき、生命とふれあった
   とき、おのずから生命が生命に反応して、それが即行為となるのである。
   感動するのは生命であり、行動するのも生命である。
   今、私たちは思考を超えて、生命の世界へ、直接、宇宙や真実にふれる時に
   きているのではないだろうか。                      
                        
                 K-Communication №2(1989年 2号) より
                                 >>K-Communication
           
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