いのちの写真と光の言葉
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折々に - 2 -
2007-07-03 Tue 02:31
                                              『清水』
清水ー25-aug
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   K-Communication №19 より 『折々に』 を連載しています。

   折々に - 2 -

   『深み』

   話が横へ横へとどんどん広がっていく人は、意識の表層にいる人が多い。
   次々に言葉が出てくるけれども深みがない。
   それは混乱しているに過ぎない。
   言葉少なに静かに見つめる時、洞察はより深くなる。
   横に広がるのではなく、深く深く本質に迫る時、内面的変化が起きる。

   『知恵の木の実』

   聖書にある、アダムとイブが知恵の木の実を食べることによって、エデンの
   園を追放されるという話は、人類が心理的思考によって 『私』 という幻想
   を造り出し、天性を見失うということを象徴しているのだろうか・・・

   『永遠の今』

   瞬間・瞬間と言っても、瞬間という一区切りがある訳ではない。
   区切りなど、どこにもない。
   始まりも終わりもない。
   時間は、ない。
   時間は、記憶に基づく思考の産物。
   実際は、無始無終の今があるだけ。

   『呼吸』

   意識が深くなれば、自然に呼吸も深くなる。
   呼吸を深くするための方法はいらない。
   方法は形から入る世界。
   それは常に形式化、形骸化の危険性を伴う。
   形として外に現れたものの奥にある、その心がわからない限り、
   それは必ず形骸化する。
   それが努力を強い、葛藤をもたらし、修行を必要とさせる。
   深い理解があるところ、努力や修行は存在しない。
   自我による努力や修行が行われている限り、深い理解はありえない。
   自我の奥に、努力や意志の働かないところに、そのままで満たされている
   空間がある。
   その空間に理解はある。
   心が静かであれば、呼吸も静かである。

                  K-Communication №19(1991年 3月号) より
                                 >>K-Communication
           
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この記事のコメント
『深み』にグッサー!!

なんだなんだ、私のことじゃないか!?

話が広がるタイプの私。
表層人間。

・・・でも~~~、軽くって楽チンなんだも~~~~ン♪
2007-07-03 Tue 09:54 | URL | えっちゃん #-[ 内容変更]
☆えっちゃん

あはは(≧▽≦) 

えっちゃんのおしゃべりは楽しいからいいのよ~~♪(゚-゚*)(。。*)うん
2007-07-04 Wed 07:13 | URL | ぴあの #/AlQnQZw[ 内容変更]
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