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自問自答 - 4 -
2007-06-12 Tue 00:56
                                     『木霊の森の一番奥』
木霊の森の一番奥ー03-dec
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   K-Communication №38 より 『自問自答』 
   【質問】怒りなどの感情を ”見る” ということはどういうことでしょうか。
   を、四日間連載します。今日は二日目です。
   

   自問自答 - 4 -

   反応は条件づけや心の傷がある限り出続けます。
   反応が出た時に、その根まで見届けることができると、
   条件づけは外れます。
   それには、その反応の根を探っていくことによって条件づけを発見する 
   『探求の道』 と、その根が自然に浮かび上がって来るのを見守る 
   『気づきの道』 の二つがあるように思います。
   深く探っていくか、静かに浮かび上がってくるのを待つか・・・
   しかし、いずれにしても、反応を抑えてしまったのでは、反応が浮かび
   上がって来なくなり、反応を探ることも、反応の全貌を見ることもでき
   なくなります。
   また、反応に負けて反応そのものになってしまっても、反応を解明する
   ことはできません。
   反応を抑えても、反応に屈しても、条件づけを解消することは不可能です。
   ただ、反応を抑えず屈せず見守ることによって、条件づけから自由に
   なる道が開けます。
   それがKの言うフラワーリング、花開かせるということではないでしょうか。
   そして、これが怒りなどの感情を見るということでしょう。

   積極的に探っていっても、静かに見守っていても、注意深ければ、
   やがて条件づけの全貌が明らかになるでしょう。
   大切なことは、抑えず、屈せず見守ることです。
   反応に反応しないで見つめ続けることです。
   そのように、抑圧しないで、しかも屈しないで上手に解放してやると、
   これまで蓄積してきたあらゆる条件づけが解けていきます。
   そして、あらゆるカルマ(業) も消えていきます。
   それには時間がかかりますが、それが全部なくなるまで自由はないかと
   いえば、反応が出るという意味ではそうですが、出た反応に巻き込まれ
   ないという意味ではそうではありません。
   抑えず屈せずに見守っていれば、その状態が既に自由であるともいえます。
   抑えるか負けるかするから不自由です。

                  ・・・明日に続きます。(K=Krishnamurtiです)

                  K-Communication №38(1993年 38号) より
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