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自我を超えた意識
2007-06-08 Fri 02:30
                                    『キョウチクトウの開花』
キョウチクトウの開花
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   K-Communication №41、編集便りからの文章を連載しています。
   今日は最終日です
   

   自我を超えた意識

   自我という家がある。
   その屋根の瓦をおろし、壁を壊して柱を取り除く時、家は跡形もなく
   消えてしまう。
   そこに残るのは裸の自分自身だけ。
   人は自我という家に囚われ、身動きできなくなり、自由をなくしている。
   その家はイメージであり、自分自身で造りあげた幻に他ならない。
   それは全て後天的に造られたものであり、潜在意識に蓄積されている
   ものである。
   それを外していく時、自我は跡形もなく消えていく。
   自我は消えても意識は残る。
   『私』 という狭い枠を超えた意識がそこにある ― 
   一かけらの思考も感情もない意識があります。
   それは冴え冴えと透き通り、澄み切っています。
   徐々に人間からテイク・オフし始めています。
   もう行き着く先は見えていますが、まだそれが完全に定着しません。
   自我の生とは全く異なる生が開けようとしています。

   個性はあっていい。
   しかし、それが自分自身ではない。
   肉体が一人一人違うように、個性も一人一人異なる。
   しかし、それは自分そのものではない。
   個性が肉体を通して表現されるように、個性を通して表現される
   ものがある。
   それが自我を超えた意識。
   自我とは、想いと同化している意識。
   あらゆる想いと自己同一化しているのが 『私』。
   そうではなく、想いを想いとしてはっきりと自覚している意識。
   透明な意識が、個性を通し、肉体を通し、地上に現れる。
   響き、響き、宇宙と響き合う意識が。

                  K-Communication №41(1993年 41号) より
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