いのちの写真と光の言葉
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真剣さ - 4 -
2007-05-28 Mon 01:58
                                          『シャクナゲ』
シャクナゲー13-may-a-m
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   真剣さ - 4 - 

   昨日の続きです。
   ここから読まれた方は、真剣さ - 1 - から読まれることをお薦めします。
   

   3
   「私の友人にとても真剣な人がいるんです。
    彼は『人は変わらなければならない』 『人が変わらなければ社会も
    変わらない』 とはっきり言うんです」
   「彼は真剣にKを学んでいるんですか」
   「ええ、そうです。彼に言わせると彼の真剣さは 『鳥が飛ぶことを、
    川の水が流れることを切望するようなもの』 なのだそうです」
   「そうですか。そんなに真剣なんですか」
   「ええ、でも、なぜか周囲からはいまいち認めてもらえなくて・・・
    逆に反発されたり・・・」
   「どうしてでしょう?」
   「どうしてなんでしょうね。彼に言わせると 『他の人はそれほど真剣
    ではない』 ということになるんですが・・・」
   「彼だけが真剣で、他の人は真剣ではない?」
   「そうらしいです。何かヘンですか」
   「いえ、ヘンではありませんが・・・新興宗教に熱中している人は皆真剣
    ですよね。自分のことさえ忘れて布教に走り回っています」
   「ええ、彼もKの教えを普及させたいようです」
   「では、新興宗教に真剣な人と彼の真剣さとの違いは何なのでしょうか」
   「ええ、私も彼にそのことを聞いてみたことがあるんですが・・・」
   「彼は何て答えました?」
   「彼等の教えとKの教えとでは、まるで中身が違うと・・・」
   「中身が違う?」
   「ええ、信仰や偶像崇拝は幻想に過ぎず、Kの教えにはそのようなものは
    一切ないと・・・」
   「確かにそうですよね」
   「それは宗教というより心理学に近いと・・・」
   「確かに私達から見ればそのとおりですが、しかし新興宗教の人たちから
    見れば、それが全く逆になる訳ですね。我が教祖の教えこそが最高で、
    他は皆邪教。とりわけ不信心なKに至っては邪教の極み・・・」
   「邪教の極み?」 (笑い)
   「まあ、それはそれとして、そもそも真剣さとは何なのでしょうね」
   「まあ、一般的に言えば一生懸命やるということでしょうか」
   「そうですね。普通には本気で全力でぶつかるという感じですね」
   「そういうイメージですね」
   「では、何に対して真剣なんでしょうか」
   「何に対して?」
   「ええ、または、どんな時に」
              
                  ・・・明日に続きます (K=Krishnamurtiです)

                                         
                  K-Communication №25(1991年 10月号) より
                                 >>K-Communication

           
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