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最近感じること - 2
2007-05-03 Thu 08:27
                                          『新緑と山桜』
新緑と山桜


   最近感じること - 2  (昨日の続きです)
   
   ☆ コミュニケーションはふれあい。
      自分の意見を持っていると、自分とふれあっているだけ。
      空っぽでないと人とふれあえない。

   ☆ 差別しない・区別しないというのは、断定しないこと。 
      人を断定しない時、決めつけない時、差別・区別もない。
      その時、あなたも私もない。

   ☆ あなたと私という分離があるところに愛はない。
      なぜなら愛は全体だから。
      一切の分離がない状態だから。

   ☆ 一番楽な生き方は、私心なしで生きること。
      こんなに楽な生き方はない。
      こんなに気持の良い生き方はない。
      しかし、これがなかなかできないから人は苦悩している。
      しかし、『私心なしで生きよう』 と決意しても、それはできない。
      そこには既に”私”の意志が働いている。
      ただ事実として、私心なく生きている状態が実現している必要がある。

   ☆ 自由ということの真の意味は、自分自身から自由であるということ。
      心理的には、自分以外に自分を縛っているものはない。 
      自分で自分を縛っている。
      自分が何かを思い込んで、それが自分を縛っている。
      それ以外に何もない。 
      自分自身の思い込みが外れていけば、何も縛るものはない。

   ☆ 気づくということは、明るさ。
      パッと燈りが灯るような・・・
      そのたびに無明の闇が少しずつ明るくなる。
      英語では悟りのことを 『enlightenment』(語源:明るくする)とも言う。
      闇に気づけば光が射す!

   ☆ 悲願は=彼岸。
      人類の真の願いは、心の奥の奥の願いは、やはり自由になること。
      悲しみの岸から自由の岸へ行くことの願い=悲願。
      慈悲と言い、悲願と言う。
      悲しみを慈しむ悟った人と、悲しみから自由になりたい衆生。
      しかし、この人類の悲しみこそが、やはり、人類を彼岸へと向かわせる
      原動力となるのだろうか・・・

                        ・・・明日に続きます
                  
                 K-Communication №6(1990年1月号) より
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