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今に生きれば
2007-04-10 Tue 09:10
                                            『苔の雫』
苔ー46
   
   
   今に生きれば

   私達は先のことを心配する。
   『どうなるんだろう』 
   『何かまずいことが起きはしないだろうか』
   何か未知のことに直面する時、必ず不安が付きまとう。
   (本当は、一瞬先はすべて未知・・・だから心配しだすときりがない)

   しかし、心配すれば心配する程疲れてしまう。
   未来が始まる前に、心配で疲れきっている。
   私達は心配するから、よけい年を取る。
   心配でエネルギーをロスしてしまう。
   心配しても未来が変わる訳ではないのに(それはわかっているのに?) 
   どういう訳か心配する。
   安定が少しでも脅かされそうだと、すぐ心配の方に思考が働いてしまう。
   過去を悔いることも同じである。
   過去は終ってしまっていて、いまさらどうにもならないのに盛んに悔いる。
   これもエネルギーロスで疲れてしまう。

   未来のことを心配することなく、今と共にいれば、そのうち未来は厭でも
   やって来る。
   その時、心配したければすればいい。
   しかし、実際は、その時は ”今” になっているので、心配することは
   できない。
   心配は先のことしかできない。
   今を心配することはできない。
   心配とは先のことを想い描いて不安になることである。

   なにも先のことまで、今心配する必要はない。
   第一、心配するような事態は、今思考が想い描いているだけで現実化
   するかどうかわからない。
   私達はどうなるかわからない未来のことを、一人想像して心配する。

   今に生きれば、今にすべてのエネルギーがフォーカスされる。
   未来や過去に生きれば(想い描けば)、それだけ今のエネルギーが
   逃げていく。
   未来のことや過去のことを一切考えることなく、ただ今だけに生きる。
   そうすれば、ただ現実だけがある。
   思考で想像している未来や、記憶でしかない過去は実際には存在しない。

   未来のことを想い描くことは、現実からの逃避である。
   真剣に生きるとき、人は、今、目の前の現実に生きるしかない。
   未来や過去は幻想でしかない。

   今に生きるとき、不安や心配はない。
   それらは、ただ思考が造りだしているものに過ぎない。
   思考が過去の記憶をもとに、否定的な未来を想像して、一人で不安に
   なっているだけである。
   先のことを考えなければ心配はない。
   一切の想像なく、ただ今に生きれば、そのとき一切の不安や心配もない。
   それが真実に生きるということではないだろうか。
               
              K-Communication №3(1989年10月号) より
                            >>K-Communication
 
         
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