いのちの写真と光の言葉
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
『私』 の成立
2007-04-02 Mon 11:54
                                           『木霊の森』
木霊の森ー14
 

   『私』 の成立

   赤ちゃんや小さい子供には 『私』 という自覚はない。
   自然な本能や感覚・感情はある。
   しかし、自他を分離するものとしての 『私』 はない。
   『私』 は自分自身について持っているイメージである。
   イメージ形成力ができるまで 『私』 を持つことはできない。
   イメージを作るのは思考である。
   ある程度の思考力がないと 『私』 はあり得ない。

   記憶は生れた時から働いているが、ある程度記憶が蓄積されないと、
   記憶の反応としての思考は本格的に機能し得ない。
   なぜなら、記憶の絶対量が足りないと思考のベースである比較が
   できない。
   比較し、類推しないと思考力は発達しない。

   小さい子供は思考力が発達しているようには見えない。
   記憶の絶対量が少ないため、思考にもおのずから限界がある。
   子供はすべての体験をそのまま記憶として蓄積していく。
   それと共に、記憶の反応としての思考力も叙々に発達していく。
   やがて自分と他人との違いをいろんなことで感じるようになる。
   外見・受け止め方・反応の仕方・行動パターン・・・
   まわりからも 『あなたは良い子、あの子は悪い子』 と、自他を区別
   させるような言い方が絶えずなされる。

   思考力が発達すると共に、事実としての自他の違いから、
   いつの間にか 『私』 のイメージを持つようになる。
   『あの子はああいう子だ、私はこういうものだ、私とあの子は違う』
   それが 『私』 の始まりである。

   一人一人の外見や反応の違いは事実である。
   しかし、それをあるイメージに固定化し自他を区別する時(意識する時)、
   『私』 が生まれる。
   初めはぼんやりと、やがてはっきりと・・・
   そして、いったん 『私』 のイメージが確立されると、それはひとり歩き
   を始める。
   すべては 『私』 を中心に体験され、記憶される。
   それらが蓄積されることにより 『私』 はますます強固になる。
   『私』 は定着し永続化するようになる。
 
                     ・・・明日に続きます
  
              K-Communication №3(1989年10月号) より
                            >>K-Communication 
         
ブログランキングに登録しています。
写真と文章をご覧になって、より多くの方に紹介したいと思われたら、
愛のクリックをお願いします。ありがとうございます。 

 ブログタグ1



   屋久島の大自然のエネルギーに包まれる本家サイト
   『屋久島ナチュラルヒーリング』も あわせてぜひご覧くださいませ。

   >>屋久島ナチュラルヒーリング

   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings
     
関連記事
別窓 | 木霊の森 | コメント:0
<<『私』 の成立 - 2 - | いのちの島=屋久島 | 白紙の器>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

| いのちの島=屋久島 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。