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自我を超えた生 - 1 -
2007-03-24 Sat 11:55
                                     『山と海と夕陽と・・・』
山と海と夕陽と・・・ー12-e-sun

    
   自我を超えた生 - 1 -     
   
   自我の生とは、何事にもこだわる生き方。
   こうでなければならない。
   こうあるべきだ。
   自分で決めた枠の中の生。

   自我を超えれば、そのようなこだわりはない。
   すべてを包容し、ゆったりと生きる。
   すべてを見守り、すべてを包み込む。
   こうでなければならないということはない。

   自我で生きるとは、自分こそが宇宙の中心。
   自分を中心に世界は回っている。
   見ているのは、自分を通した世界。
   本当の意味では世界が見えていない。

   事実を見てはいない。
   自分の思い込みを通して世界を解釈しているだけ。
   自分流に世界を捉えているだけ。
   自分の思い込みワールドの中で生きているだけ。

   自我を超えれば、事実をそのまま見ている。
   個人的な願望というのがないので、世界がありのままに見える。
   欲に目が眩んで身を誤るということも起きない。
   自分だけにフォーカスし過ぎると、周りが見えなくなる。

   自我とは、経験、記憶、所有、達成、集中・・・
   自分のイメージを確立し、そのイメージに基づいて生きる生き方。
   全体から分離した個を体験する期間。
   それも数ある宇宙の人生の中の一つ。

   一喜一憂、喜怒哀楽。
   自分をベースに様々な感情を体験する。
   自分ベースで、すべてを生きようとする。
   それも悪くはない。

   ただ、それだけに浸りきっていると、苦しみが生じる。
   成功と失敗。
   勝ちと負け。
   常に表と裏がある。

   全体にフォーカスしないで、一方にだけフォーカスしようとする。
   成功と勝ちだけを欲しがる。
   しかし、成功の裏には失敗があり、勝つ者があれば敗れる者も必ずいる。
   その全体を理解することだろうか。

   自我の人生とは、まるでシーソーの片方から片方へ移るようなもの。
   常に低い方から高い方へ移ろうと努力する。
   しかし、高い方へ行けば、高い方は自然に低い方になってしまう。
   必ずそうなる。

                           ・・・明日に続きます  

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