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木霊の森
2007-03-03 Sat 11:32
木霊の森-08


   信じること - 2 -    (昨日の続きです)
   
   何がどう間違ってしまったのだろうか。
   あれほど美しく尊いものであった自己犠牲が、どうしてこんなにも
   貶(おとし)められてしまったのだろうか。
   それは思考で信じてしまったからだろうか。
   思考で信じることによって、純粋な信仰が思い込みに変わって
   しまったのだろうか。
   愛や直観から来る信仰ではなくて、思考の思い込みによる信仰に
   よって、すべてが狂ってしまったのだろうか。
   同じことが、オウム真理教や統一教会などについても言えるの
   だろうか。
   巷に氾濫する多くの新興宗教も同じ陥穽(かんせい)にはまっている
   のだろうか。

   これまでの歴史的な宗教戦争も、同じパターンだろうか。
   思い込みの信仰が、自分が信じる以外の宗教を敵と見なし、
   殲滅(せんめつ)しようとするのだろうか。
   それは愛ではなくて、自己保存の本能の延長だろうか。
   神への愛という美名の下、多くの殺戮が繰り返されてきた。
   それが人類史と言っても過言ではない。
   美しい純粋な自己犠牲もあった。
   それが、いつのまにか思考の思い込みによって大量殺人に
   変わってしまった。
   圧倒的な自我の力と、ごく少数の彗星のような自己犠牲の煌めき。
   それがこれまでの人類史だろうか・・・

   思考が人の意識の中心となり、信じることは妄信・狂信と化して
   しまった。
   狂信は狂気となり、やがて凶器に変わる。
   無差別自爆テロの源は、狂信。
   つまり、思考による思い込み信仰。
   今の段階で信じることは、思い込み信仰になってしまう。
   もう信仰の時代は終わった。
   それは、はっきりと断言できる。
   アクエリアスの時代は、クリアーな意識の時代。
   そんな時代に、信仰は時代遅れ。
   今も信仰している人たちは、過去世の名残に浸っているだけ。
   今は信仰している場合ではなく、思考によって曇ってしまった意識を
   クリアーにする時。
   次のピュアーな意識の時代に備える時。 
                               ・・・明日に続きます
                                     
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