FC2ブログ
The link at the date of the calendar is an entry.
滝壺の虹
2006-08-12 Sat 12:37
滝壺の虹ー21-d
  

   無垢の愛 - 2   (昨日の続きです)

   信じれば、危なくなる。
   疑えば、怪しくなる。
   信じることも疑うことも先入観となる。
   最初から先入観を持って見れば、ありのままの事実は見えない。
   信じることも疑うことも必要はない。
   ただ白紙の状態で事に臨めばいい。
   その時だけ、ありのままの事実が見える可能性がある。

   お釈迦様やイエス・キリストに会った人は、みながみな無垢の愛を感じる
   ことができただろうか。
   残念ながら、歴史的事実は、そうではないことを告げている。
   目の前に無垢の愛があったとしても、それを感じられるとは限らない。
   先入観をもってまみえれば、無垢の愛はないに等しい。
   固定観念や偏見がある限り、無垢の愛は感じられない。
   心が閉じていれば、無垢の愛といえども届かない。

   それは無垢の愛に限ったことではない。
   全てについて言えること。
   一切の先入観を外して、ただ事実と共にいる。
   白紙の状態。
   ゼロの状態。
   ニュートラルな状態。
   その時にのみ、真実が見える。

   何もない。
   空っぽ。
   何も所有していない。
   つまり、「私」がない。
   その時にだけ、ありのままの事実が知覚できる。
   そうでない限り、全ては自我を通した認識となる。
   つまり、自分ワールド。
   思い込みワールド。

   思い込みワールドに住んでいる限り、真実はわからない。
   全て自分の都合のいいように解釈しているだけ。
   解釈、判断、認識、全てが主観=自分ワールド。
   そこには客観の欠片(かけら)すらない。
   自分流に受け止め、自分流に解釈し、自分流に判断し、自分流に
   決断する。
   お互いが自分の世界に住んでいる限り、真に交わることはない。
   一人一人が自分ワールドという孤独な城に居住しているに過ぎない。

   何が真実かを見極めるためには、自分ワールドの外に出るしかない。
   一切の判断や解釈をやめ、ただ黙って見守る。
   事実を見極める。
   それは簡単な道ではない。
   すぐに思考が動く。
   すぐに、いつものように現実を自分ワールドに引き込もうとする。
   自分ワールドに安住し、自分ワールドから出ようとはしない。
   なぜ?           
                    (明日に続きます)
                                
                 >>日記 無色透明 より    全文は >>こちら

   

ブログランキングに登録しています。
写真と文章をご覧になって、より多くの方に紹介したいと思われたら、
愛のクリックをお願いします。
ありがとうございます。 
 ブログタグ1




   屋久島の大自然のエネルギーに包まれる本家サイト
   『屋久島ナチュラルヒーリング』も あわせてぜひご覧くださいませ。

   >>屋久島ナチュラルヒーリング

   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings
関連記事
別窓 | | コメント:0 | トラックバック:0
<<龍の舞い | いのちの島=屋久島 | 木霊の森のミニ滝>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| いのちの島=屋久島 |