いのちの写真と光の言葉
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現実
2016-02-07 Sun 13:14
人は、結局、自分の望む現実を体験しているのだろうか。
いや、そんなことはない!
こんな現実なんか、ぜんぜん望んでいない!
と言う人もいるかもしれない。

しかし、やはり潜在意識のどこかで望んでいるのではないだろうか。
そうでなければ、このような現実があるはずがない。
確かに、表面意識では望んでいないかもしれない。
しかし・・・

潜在意識の奥では、密かに望んでいるのかもしれない。
本当は、今のような現実を体験したいのかもしれない。
それ以外に今のような現実が存在する理由がない。
望まない現実は、存在しえない。

表面意識と潜在意識は、必ずしも一致しない。
というより、異なる場合の方が多い。
すばらしい出会いもある。
しかし、出会わなければよかったと思う出会いもある。

表面意識では望んでいなくても、潜在意識では望んでいたりする。
潜在意識が望むから、望んだ通りの現実が目の前に現れる。
表面意識と潜在意識は、矛盾している。
それが、驚きや悲嘆をもたらす。

表面意識と潜在意識が融合すれば、現実に驚くことはなくなる。
なぜなら、自分の望んだ通りの現実が実現するだけだから。
表面意識が望まないことが、現実化することはなくなる。
すべては、思いのままとなる。

しかし、実際は望まない現実が出現する場合が多い。
なぜ?
どうして?
そうなるのだろうか。

潜在意識と一口に言っても、限りなく広い。
まずは、生まれてから今日までの意識。
その多くが、潜在意識となっている。
過去世の意識もある。

魂の意識もある。
グループソウルの意識もある。
そういうものが、すべて潜在意識となっている。
表面意識では気づいていない、大きな自分という存在。

そういう広い意味での潜在意識を理解するにつれて、サプライズは減っていく。
表面意識と潜在意識の乖離(かいり)が、少なくなっていく。
そうなると、自分の望むことが現実化していく。
自分自身を深く理解するまでは、現実が把握できない。

どうしてこんな現実が起きるのか。
どうして自分は、いつもこのようになるのか。
潜在意識にあるパターンが理解されない限り、同じことを繰り返すこととなる。
気がつくまで、アクシデントは起こり続ける。

人生とは、自分自身を見ているようなもの。
現実は、自分自身の写し鏡。
自分の望むものを外に現わし、それを堪能するのが宇宙の基本構造。
それは、人に限らず神もやっていること。

もし現実を変えたかったら、自分自身を理解すること。
自分自身を理解して、自分自身を変えること。
潜在意識を変えない限り、望む現実が起きてくるとは限らない。
すべては、自分自身のなかにある。

慌てることも、急ぐこともない。
人生は、自分の望む通りに展開している。
ただ、表面面意識には理解できないだけ。
もっと深く理解したかったら、自分の潜在意識を理解すること。

自分自身を深く理解して、潜在意識を変更する。
表面意識と潜在意識を融合させ、統合された自分自身となる。
そうすれば、意に反することは起きない。
望まぬ現実は、起こり得ない。

ゆっくり着実に自分自身と共に生きることだろうか。
現実から自分自身を理解することだろうか。
自分自身の気持ちを深く感じてみることだろうか。
目の前の現実をどうして望んでいるのかを・・・

深く深く感じていけば、現実は自分自身に他ならないのがわかる。
自分自身が創り出している自分自身の影。
自分の体の動きを変えれば、影もまた変わる。
現実とは、自分の影に過ぎない。

自分で自分を見ているのが、現実というもの。
自分のなかにあるものを外に写して、客観視しているだけ。
自分で自分を見ているのが、現実というドラマ。
それ以外にドラマの脚本はない。

自分の周りにあるすべての現実は、自分自身を見ているだけのこと。
それ以外の何ものでもない。
自分自身を深く理解すること。
自分のなかにすべてがある。




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