いのちの写真と光の言葉
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霊止(ひと)
2011-06-05 Sun 01:57
                                           『滝壺の虹』
滝壺の虹ー23-jan_10_11
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日記『無色透明』  2006年 ”570日目 - 霊止(ひと)” より転載。

『霊止(ひと)』

人は、多くの意識を自分の中に抱(かか)えながら生きている。
誰の中にも子供時代の意識がある。
いわゆるインナーチャイルドと呼ばれるもの。
その意識は、けっして理知的ではない。

まだ思考力が発達する前の意識なので、多分にイマジネーション的
な意識。
ボンヤリと思いに耽るような意識。
客観的に自分を見つめることはできない。
極めて主観的な、思い込みの世界に住んでいる意識。

そういう意識はキャパシティが小さいので、周りから何か言われると、
そのように思い込んでしまう。
客観的に自分や周りを見れないので、すぐに思い込む。
それが心の傷となって、成長した後も意識に影響を及ぼしたりする。

人は多層的な意識で成り立っているので、成長した後も、そのような
意識が潜在意識の中に残っている。
それを理解しないと、今の自分の意識状態がわからなくなる。

人は、まるで多層的な多面立方体の集合体のようなもの。
何層にも何層にも、多面立方体が重なっている。
その多面立方体のそれぞれの形が異なり、色が異なり、波動が異なる。
外側のものは内側のものに浸透し、一番外側のものは、すべてに浸透
している。

その一番外側のものが、いのちや愛と呼ばれるもの。
霊と言うこともできる。
そして、一番内側のものが、肉体。
この肉体に、何層もの多面立方体がすべて重なっている。

一番外側のものと、一番内側のものは対極にある。
外側のものは希薄。
内側のものは濃密。
一番外側のものは形がなく、無限に広がっている。
一番内側の肉体は、しっかりとした形があり、ある程度固定している。

その有様は、いろんな呼び名で表現されている。
肉体、幽体、霊体、神体・・・
フィジカルボディ、アストラルボディ、メンタルボディ、コーザルボディ・・・
感覚、感情、思考、魂、神の子・・・

そのいずれも、便宜的な区分に過ぎない。
わかりやすい説明。
肉体にも感情にも知性にも、それぞれのリズムがある。
それがバイオリズムと呼ばれるもの。

肉体、幽体、霊体、神体・・・それぞれに固有のリズムがある。
それぞれが、それぞれの波動で振動している。
そのトータルが人間。
人=霊止(ひと)。

肉体も器であり、幽体も器。
霊体も器であり、神体も器。
すべては器。
霊の器。

根元的な本質は、霊、いのち、愛と呼ばれるもの。
それらは一番外側の存在。
形のない無限の存在。
すべてに浸透しているもの。
それが究極と言える。

しかし、それらのものには個性がない。
無色透明。
空の世界。
それでは、みな同じ。

肉体の中に、その外側のものがすべて結集される時、人は個性豊かに
存在する。
一人一人が違う。
世界に同じ人は一人としていない。
それが色の世界。

それでは、自分とは何だろう?
肉体?
感情?
思考?
魂?
内なるキリスト?
どれが本当の自分なのだろうか。

精神という言葉は、すばらしい。
神の精髄。
神のエッセンスこそが自分?
しかし、その元を辿れば、無色透明になって自分は消える。
では、自分とは?

自分とは、肉体から一番外側のものまでのトータルだろうか。
この肉体に結集されている総体。
その総合体が自分というものだろうか。
それ以外に自分があるだろうか。

肉体だけが自分ではない。
感情だけが自分でもない。
もちろん、思考だけが自分でもない。
では、魂?

しかし、魂意識の他にも、感覚や感情や思考もある。
気づきや閃きや洞察もある。
インスピレーションや創造力もある。
運動能力や音感もある。
美的センスや叡智もある。
自分の中には様々なものがある。
そのどれか一つを取り上げて自分と言うことはできない。
それらのトータルを自分と呼ぶしかない。

ある時は、肉体の快楽の虜。
ある時は、感情の虜。
ある時は、思い込みの虜。
ある時は、美意識の虜。
ある時は、神意識の虜。
そして、ある時は、悪魔意識の虜。
それが紛れもない自分自身。

時々によって意識は一定しない。
どこに意識がフォーカスされるかによって、意識はどのようにでも変身する。
改めて、自分とは?

その時々の自分が、自分?
不安定な自分?
自分とは?

何かに引っかかり、何かに囚われれば、それが自分となる。
その時、その時の自分がありのままの自分。
激情に駆られ自分を見失っているのも、自分。
衝動のままに突き進んでいるのも、自分。
快楽に溺れ刹那的に生きているのも、自分。
いろいろな自分・・・

インナーチャイルドだけに意識が行けば、インナーチャイルドに振り回される。
恐怖だけに意識が行けば、恐怖に振り回される。
ある思い込みだけに意識が行けば、その思い込みに振り回される。
どこに意識が向くかによって、人生はまるで違ってくる。

意識自体は、無色透明。
それ故に、何色にでもなれる。
どんな形にでも、どんな音色を奏でることもできる。
意識には特定の形や色はない。
それは水が方円の器に随うのに似ている。

意識をどこにフォーカスするかによって、生き方は違ってくる。
特にどこにフォーカスを合わせなければならないということはない。
今の時代の多くの人は、思考に意識をフォーカスしていることが多い。
しかし、その思考はけっしてクリアーな思考とは言えない。
どちらかというと、思い込み的なイマジネーション的な思考が多い。

感情にフォーカスしている人も、感覚にフォーカスしている人もいる。
たまには魂にフォーカスしている人もいる。
しかし、それらのフォーカスは一定している訳ではない。
食事中は、多少なりとも感覚にフォーカスが移る。
メロドラマを見れば、感情に移ることもあるだろう。
受験勉強中は、知的思考にフォーカスが移る。

いかように生きるのも、自由。
しかし・・・
それらすべてを抱き参らせ、トータルに生きることはできるだろうか。
それらすべてが自分。
どれか一つに偏らない。

どれか一つに囚われると、自分を見失う。
トータルな自分を忘れてしまう。
目が点になり、それしか見えなくなる。
誤解や行き違いが生じ、何かがアンバランスになる。

ゆったりと見守る全体的な視点が、全体の調和をもたらす。
しっかりと自分の全存在にグランディングする。
表面だけの自分ではなく、自分の全存在で生きる。
一部で生きれば、自分を見失う。

自分とは、多面立方体のトータル。
何層にも渡る多次元存在。
肉体から神の次元に至る総体こそが、自分自身。
そのトータルが、個性。

個性とは、単なるこの世的なパーソナリティだけではない。
魂としての経験。
魂以上の経験。
それらのトータルこそが、自分の個性と言える。

肉体から霊の領域まで、それをトータルすることによって、真の個性が輝く。
個性というのは、この世限りのちっぽけなものではない。
それは今生の個性。
表面意識だけのパーソナリティ。
そうではなくて、トータルな全存在としての個性がある。

肉体も感情も思考も魂も、それぞれに個性がある。
しかし、更に大きく、その全体としての個性がある。
そこにフォーカスして生きることだろうか。
そこにフォーカスできれば、三次元の現象世界の些細なことに振り回される
ことはなくなる。
もっと深い意識で生きられる。

すべてを抱き参らせ、ゆったりと生きることだろうか。


『精神は 神の精髄 エッセンス 神の宿れる 人は生き宮』




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この記事のコメント
夜中のひとりごと
10時過ぎ、仕事に疲れて帰ってきて、
お腹が空いてるわけでもないのにつまみぐいして、
だらしなくベッドの縁にもたれてうたた寝してしまった。
夜中に起きてシャワーをして、
そうそうクリックしなきゃあとパソコンを見る。

ねむた眼が冴えてきて、
今日の「霊止」(ひと)を読む。

何も見えるわけではないけれど、
宇宙が目の前に広がっているように感じる。
何のドラマが展開してるわけでもないのに、
食い入るように読む。

壮大な叙事詩を読み終えた気分になる。

融けるようにねむれそう・・・

日記で読むとお説教。
いのちの島=・・・で読むと詩になるね。
2011-06-06 Mon 02:20 | URL | えっちゃん #-[ 内容変更]
☆えっちゃん

いつもクリックありがとう。
感謝しています。

日記で読むとお説教でいのちの島だと詩になるっていうのが
おもしろい♪
でもなんかそれ、わかるなあ。(^_^)

2011-06-11 Sat 06:59 | URL | ぴあの #/AlQnQZw[ 内容変更]
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