いのちの写真と光の言葉
神は救ってくれない
2011-03-25 Fri 02:52
                                       『クリアーな流れ』
クリアーな流れー22-sep_07_10_11
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日記『無色透明』 より、2011年3月23日 ”2271日目 - 神は救ってくれない”より転載


『神は救ってくれない』

庭で黄色いフリージアの花が咲いた。
ここに8年住んでいるが、フリージアの花を見たのは初めて。
もちろん、自分で植えた覚えはない。
以前からあったのだろうか・・・

原発は、なんとか落ち着きそうな気配。
しかし、放射能汚染は、予想を超えて拡大している。
野菜が食べられなくなり、牛乳が飲めなくなっている。
水も危なくなってきた。

セシウム137の半減期は、約30年間。
長期間、人体や農作物などに影響が出るのは間違いない。
この責任は、誰が取るのだろうか。
東電だろうか、それとも政府だろうか。

興味ある記事が出ていた。
政府の原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長は、2007年2月の
中部電力浜岡原発運転差し止め訴訟の静岡地裁での証人尋問で、非常用
発電機や制御棒など重要機器が複数同時に機能喪失することまで想定して
いない理由を問われた。
その答は・・・

「割り切った考え。
すべてを考慮すると設計ができなくなる」
と述べていた。
これに対し、社民党の福島党首が、参院予算委員会で「割り切った結果が、
今回の事故につながった。」として謝罪を求めた。

「割り切り方が正しくなかったということも十分反省している。
(原発設計の)想定が悪かった。
想定について世界的に見直しがなされなければならない。
原子力を推進してきた者の一人として、個人的には謝罪する気持ちはある。」
と述べ、陳謝した。

しかし、陳謝して済む問題ではない。
もちろん、個人を責めても問題は解決しない。
しかし、「すべてを考慮すると設計ができなくなる」という発言は、ひどすぎる。
開いた口が塞がらない・・・

いったん事故が起きれば取り返しのつかない事態になることが予想されるのに、
それを想定しないとは・・・
科学者や技術者としての良識を疑う。
たぶん、最初に原発ありきだったのだろう。
安全を問う以前に、原発を造ることが決まっていたに違いない。

目先の利益を追求した結果が、今の現実。
物欲に溺れ、安全を軽視した証拠。
日本人のこれまでの生き方そのものを問い直す必要がある。
もちろん、原発を推進してきた人たちの責任は免れない。

人類は、過去にも我欲に走り大陸を沈没させたことがある。
それは、1万年前に大西洋に沈んだアトランティス文明。
物質文明に溺れ、私利私欲に走り、愛は言葉の上だけとなった。
その結果、大陸と共に多くの人命が失われた。

その時も、このままでは文明が崩壊すると叫ぶ者はいた。
しかし、彼らの声に耳を貸す人は少なかった。
大多数は、肉体に埋没し、物質文明を謳歌していた。
アトランティスは、一度に沈んだ訳ではない。

長い期間に何度も大地震が起き、大陸は島々に分断され、やがて海底に
沈んでいった。
その間、アトランティス大陸から逃げ出す人々もいた。
多くは、エジプトや南米に逃げたと言われている。
あのエジプト文明は、アトランティスの流れを汲んでいる。

このようなことは、アトランティス文明に限らない。
何度も何度も、人類は文明を滅ぼしている。
似たようなことを性懲りもなく繰り返している。
そして、今も似た状況にある。

今回は、絶対に失敗しない。
そのつもりで多くの人は生まれてきている。
しかし、少なくとも現時点までは、過去と同じペース。
このままでは、文明は崩壊する。

過去と違うパターンにするには、過去とは異なる何かが必要となる。
神に祈っても問題は解決しない。
それは、過去で実証済。
アトランティスでも多くの人が、神に祈りを捧げた。

しかし、神はアトランティスを救いはしなかった。
アトランティスに限らず、他の文明も海の藻屑と化してしまった。
神は、人を救わない。
なぜなら、我欲に耽る人類を救っても、何の意味もないから。

神の意に反する者たちは、滅びるしかない。
けっして神は救ってくれない。
では、神に祈って救いを求める者たちは?
善良な者たちも神は救わないのだろうか。

人類の種を残すという意味で、一部は救うかもしれない。
しかし、すべてを救うことはない。
ただ神に祈るだけの者に、何の価値があるだろうか。
神が求めているのは、そのような人々ではない。

神が真に欲しているのは、神の意を呈して生きる人。
神のように生きる人。
私利私欲に走らず、人々のために生きる人。
物欲に溺れず、高い精神性を保って生きる人。

この物質世界に溺れず、この物質世界を健全に建設する人。
自然と調和した社会を構築する人。
お互いに助け合い、手を取り合って生きようとする人々。
宇宙の叡智を活かし、霊的調和を物質次元でも実現しようとする人々。

そういう人たちが中心となって、調和された社会を建設することを神は
望んでいる。
そういう人たちが目覚めない限り、地球が救われることはない。
今必要なのは、祈ることではない。
神にお願いすることではない。

自分自身で立ち上がること。
神の子として、神のように生きること。
お互いに助け合って、共に生きること。
傍(はた)を楽にする働きをすること。

そういう人たちが、これからの社会を担っていく。
これまでの政治家や経営者ではない。
彼らは、過去の人。
物質主義、経済優先主義者。

その物質中心の考え方が、今日の危機的状況をつくり出している。
物質も大切。
しかし、物質的繁栄だけを求めれば、やがて地球が壊れてしまう。
物質と精神の調和。

霊性をベースとした文化。
深い精神性に基づいた文明。
そうでなければ、過去の文明の繰り返しになってしまう。
それでは、これまでの人類史の意味がない。

これまでのすべての人類史は、これからの新しい時代のために存在する。
すべてのことは、新しい時代を切り開くための経験。
真の人類文明を築くための試行錯誤。
未熟な人類の学習過程。

すべては、これからの新しい時代を切り開くためのもの。
そのための長い永い人類史。
それが、いよいよ大詰めを迎えようとしている。
原発による人類絶滅か、原発を越えた新しい文明の創設か。

どちらに転ぶかは、人々の意識しだい。
向かうべき方向は、はっきりしている。
問題は、それにどのくらいの人が気づくか。
目覚めるか・・・

過去は、問わない。
今、ここで目覚めること。
それのみが、唯一人類を救う。
これまでの自己中心的な生き方を改め、共に生きるスタンスにチェンジすること。

共に生きるとは、傍(はた)を楽にする生き方。
自分の個性を発揮することを通して、周りを幸せにする。
そういう生き方に転換すること。
そこからすべての行為が生まれ出ること。

いつまでも自己中心的に生きていれば、もう地球は保たない。
自分さえよければいいという浅はかな考えが、原発という鬼っ子を生み出した。
目先の欲に走ることは、国家百年の計を誤らせる。
もっと深くグランディングして生きることだろうか。

自分自身を花開かせる。
それを通して周りの人を幸せにする。
周りの人を幸せにすることによって、自分自身も幸せになる。
お互いを幸せにする文化が、本当の意味ですべての人を幸せにする。

そういう意識の転換が求められている。
その転換が起きない限り、人類の未来はない。
神は、人類を救ってはくれない。
自分自身で立ち上がるしかない。


『人類の 非常事態も 花々は 変わることなき 香りを放つ』

『物欲に 溺れた果ては 放射能 水も大地も 汚(けが)してしまった』

『祈っても 神は人類 救わない 祈ることより 意識転換』

『自己保存 自己中心を 傍(はた)楽に 転換すれば 光が見える』

『自分より 周りの人を 幸せに することこそが 真の幸せ』



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