いのちの写真と光の言葉
赤面恐怖-2
2010-11-09 Tue 23:03
                                             『雲登る』
雲登るーcloud-6_10
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『赤面恐怖-2』       

昨夜、先日の赤面恐怖の人から、また電話があった。
イメージングが2~3分しか続かないとのこと。
白い顔や青い顔をイメージしてみるのだが、すぐに赤い顔に戻ってしまうらしい。
イメージする時に、言葉をプラスしてもいいかという問い合わせだった。

言霊から、いろんな話になり、1~2時間も話しただろうか。
最終的には、ブログ日記を読んでみるということで終わった。
しかし・・・

赤面恐怖のまま、普通に外に出るように話す。
そうすると、自分の顔を見て笑う人がいるとのこと。
笑いたい人には笑わせておけば?
それは・・・

自宅にいる時も顔が赤いらしい。
別に血圧は高くないとのこと。
どうも赤面恐怖が日常化し、常に頭に気が上っている状態のようだ。
体は動かしているの?
ほとんど動かしていません。

外に出てジョギングでもしたら?
みんなに見られるので、とてもそんなことはできません。
では、覆面でもしてやったら?
そんなことをしたら怪しい人と思われてしまいます。
まだ赤い顔の方がましですよ。
それなら赤い顔のままでジョギングしたら?
そんなこと・・・

では、メキシコのプロレスラーのようにギンギラギンの覆面でもしたら?
町中のウワサになりますよ。
別にいいじゃない。
よくないですよ。

では、覆面はやめて、ありのままの自分で生きたら?
それができないんですよ。
赤い顔は事実なんだから、事実と共に生きたら?
それは辛すぎます。

別に赤い顔でも何も問題はないよ。
そうですか。
どこに問題があるの?
ヘンですよ。
みんなそれぞれでしょう。
そんな人はいませんよ。
黄疸の人は黄色いし、貧血の人は青いよ。
でも、こんなに赤い人は・・・

自分の赤い顔にばかり意識がいって、他のことに意識が回らない。
四六時中考えているのは、赤面恐怖のことだけ。
これでは赤面恐怖を24時間強化し続けているようなもの。
意識がそこから離れない限り、良くなることはない。

赤面恐怖のまま外に出るしかないよ。
赤面恐怖が良くなったら外に出るつもりです。
赤面恐怖を意識している間は、赤面恐怖は良くならないよ。
そう言われても・・・

赤面恐怖に対する特別な意識を外すしかない。
それには、赤面恐怖のまま外に出ること。
赤面恐怖を日常的な普通のことにする。
普通のことになれば、特別に意識することもなくなる。

最初は勇気がいるだろう。
決断力がいるかもしれない。
しかし、赤面恐怖を恐れて自宅に引き籠もっていても、良くなることは望めない。
事実ベースで生きると決めることなのだが・・・

周りから良く見られたい。
悪く見られたくないという意識がある間は、事実と共に生きれない。
居直るしかない。
それが今の自分。
それが今のすべて。

今のありのままの事実から始めるしかない。
赤面恐怖が良くなったらという仮定の話からは何も生まれない。
事実ベース。
ありのままベース。
見栄や外聞や世間体に負けないだけの自分自身へのグランディングが必要となる。

これまでの意識をブレイクスルーすることができるだろうか。
これまでの習慣と化した生き方を変えることができるだろうか。
真剣に変えたいのならば、勇気を出して、そのまま外に出るしかない。
事実ベースで生きるしかない。

赤面恐怖に限らず、顔に大きなヤケドの後があるとか、目立つようなアザがあるとか、
傷が残っているとか・・・
いろんな人がいる。
みんながみんな家に引き籠もっている訳ではない。

サリドマイドで両手が短い人も屋久島へ来て楽しんでいる。
片足がない人も、両足がない人もいる。
心身にハンディのある人は、いくらでもいる。
自分だけが特別ではない。
勇気を出して、外に出るしかない。
事実ベースで生きるしかない。

赤面恐怖というのは、事実ベースではない。
人前で、また赤くなったらどうしよう?
周りの人は何と思うだろうか。
その思いが過度に増幅された結果が、赤面恐怖。
思いベース。
思い込みがつくり出す幻の世界。

恐れれば恐れるほど、赤面恐怖が意識される。
赤面恐怖が意識されるたびに、赤面恐怖が強化される。
赤面恐怖を恐れることは、赤面恐怖を更に強固なものにする結果となる。

元々、恐れというのは、身を守るためのもの。
ところが、過度の恐れは、逆の結果となる。
恐れのあまり身動きが取れなくなれば、「ヘビに見込まれたカエル」状態になってしまう。

恐れて逃げれば逃げるほど、恐れは強くなる。
逃げている限り、恐れから解放されることはない。
恐れから自由になる唯一の方法は、恐れに直面すること。
逃げないこと。

恐れに負けないで、恐れに立ち向かう。
そうすれば、恐れに直面した瞬間、恐れは消える。
なぜなら、恐れとは、現実から逃げることから生じるものだから。

逃げなければ、恐れはない。
原初的な肉体的な恐れはある。
それは自分の身を守るために必要なもの。
安全のためのセーフティーガード。

身の危険を感じて、その場から立ち去る。
恐怖は自分を守ってくれる。
そこまでは何ら問題はない。
ところが・・・

危険が去った後も、また思い出して怖がる。
またあのような事態にならないだろうか。
今度そうなったらどうしよう?
それも冷静に検討するのであれば、問題はない。
まだ恐怖に負けてはいない。

しかし、過度に恐怖に意識がフォーカスすると、必要以上の恐怖をつくり
出してしまう。
ありもしないことを恐れる。
取り越し苦労の世界にはまってしまう。

冷静に検討している間は、事実ベース。
しかし、恐怖に呑み込まれ、自分を見失うと、思い込みベースとなる。
周りが見えなくなり、客観的に見ることができない。
精神的視野狭窄状態。

意識が恐怖にばかり囚われ、どんどん萎縮して身動きが取れなくなる。
冷静さが消失する。
恐怖にばかり意識が向く。

人生に安全確実を求め過ぎても、恐怖が生じる。
潔癖性などは、その辺りに原因がある。
人生に安全確実なものなどない。
一寸先は闇。
先のことは何もわからない。

予言者や占い師に聞いても、それが現実となるまでは確認できない。
結局、安全確実なものなど、どこを探しても見つかりはしない。
手探りで注意深く生きていくしかない。

安易に安全確実を求めると、新興宗教の餌食となる。
楽に金儲けができるという宣伝文句は、詐欺師の常套手段。
簡単にセレブと出会えますというのは、最新の騙しのテクニック。

不注意であれば、転んだりケガをしたりする。
イージーに楽をして生きようとすれば、たいていは大ケガをする。
そんな浅はかな生き方をしている限り、心のやすらぎは遠い。
真剣に注意深く生きるしかない。

一気に変われと言うことには、無理があるのかもしれない。
なにしろ20年間の生活習慣なのだから。
しかし、その習慣を続けていても、光は見えない。
いつか、どこかで決断するしかない。
事実ベースに舵を切るしかない。

彼が今の生活を続けても、別に責めるつもりはない。
人それぞれ。
変わるタイミングというものがある。
縁にふれても、花が開くには時間がかかることもある。

これから彼がどのように生きていくか、それは彼の人生。
こちらがとやかく言うことはできない。
アドバイスを求められれば、事実ベースで生きるように話すだろう。
でも、決めるのは彼自身。
こちらは何もできない。
ただ見守ること以外は・・・


『恐れとは 事実を避けて 逃げまくる 心がつくる 幻のもの』

『逃げている 限りは続く 恐怖感 逃げれば更に 強くなるだけ』

『恐れれば 恐れるほどに 意識され 恐れることを 招く事態に』

『身を守る ことから恐れ 派生する 恐れ過ぎては 身を守れない』

『逃げないで 恐れと直に 直面し 中に入れば 恐れは消える』

『恐れてる 事実と共に 注意して 進むしかない 勇気を出して』

『安全を 求め過ぎれば 動けない 危険と共に 生きるしかない』

『注意して 進むしかない 人生は 安全確実 そんなものない』

『より深い 意識の奥に フォーカスを 当てれば人生 安全になる』
             
              >>日記 無色透明 『555日目 - 赤面恐怖-2』 より

      
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