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怒り
2010-08-22 Sun 10:31
                                        『霧の木霊の森』
霧の木霊の森ー23-july_10
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『怒り』     
  
怒りに対して怒りで応じれば、火に油を注ぐようなもの。
相手が怒ると、ついこちらもつられて反応してしまう。
ほとんどオートマチックに怒りで反応しようとする。
あるいは、恐怖で反応する人もいる。
はたまた、始めに恐怖が、次に怒りが出てくる人もいる。
プラスかマイナスか形は違っても、自動的に反応することに違いはない。

こちらが怒りで返せば、相手は更なる怒りで返してくる。
こちらが恐怖で反応すれば、相手は更に嵩(かさ)にかかってくる。
相手の怒りに対して、こちらはどのように対応したらいいのだろうか。

まず、冷静に聞く。
相手がどうして怒っているのか。
相手をわかろうとするスタンスが、相手の怒りを静める。
いずれにしても、相手につられて感情的に反応しないこと。
つまり、普段の自分を見失わないこと。
冷静に、静かに対応すること。

相手が怒ると、普通は身構える。
相手が自分を攻撃していると思い、自動的に自分を守ろうとする。
それは自己保存の本能に近い。
それはそれでいい。
しかし、それだけでは足りない。
身を守るために反撃することも、身を守るために頑(かたく)なになることも、
適切な対応とは言い難い。
静かに状況を見守る。
静かに相手の気持ちをわかろうとする。
自分の心が動揺しないことが何よりも肝要。

心が動揺していては、何をやっても的外れになる。
自分で墓穴を掘るか、相手の怒りを増幅させる結果に終わる。
まず心を静める。
そして、何が起こっているのか状況を見極める。
冷静であれば、対応のしようもある。
心が動揺していては、的確に動くことはできない。

表面の心は動揺し、自動的に反応しようとする。
しかし、それに負けない。
ぐっと踏ん張って、表面の心を見守る。
怒りに怒りで対応しようとしていないか。
怒りに恐怖で対応しようとしていないか。
怒りに、ひたすら身を守るためだけに反応しようとしていないか。
保身のために自動的に自己弁護しようとしていないか。
よーく見極める。
自動的に反応しないで、よーく自身を見守る。
そして、冷静になってから対応する。
それでも遅くはない。

怒りとは、元々、自己保存の本能に源を持つものではないだろうか。
自分の身が危なくなりそうな時、人は怒るのではないだろうか。
自分が気に入らない時や自分が無視された時にも怒る。
それらも元をたどれば、自身の立場が危なくなることに起因する。
自分の身を守ろうとするところから、怒りが沸く。
自分の立場が危ないと思い込むところから、怒りは起きる。
大切なことは、相手の安全を脅かすつもりはないことを伝えることでは
ないだろうか。
相手の立場を極力尊重することを知らせれば、怒りは収まる。
安全が確保されれば、怒る理由はない。

まず相手の気持ちをわかろうと努める。
そして、相手の気持ちがわかったら、相手の安全を保証する。
相手の気持ちがわかるまでは、静かにしている。
けっして慌てない。
落ち着いて静かに対応すれば、事態は変わる。
怒りに対して動揺した状態で反応しても、エネルギー状態は変わらない。
それでは怒りの連鎖反応が起きるだけ。
場のエネルギーを転換する必要がある。
それには静かさがいる。
自分自身が静かでない限り、場の転換はできない。

怒りという火を鎮めてしまうほどの静かさが必要なのだ。
自分の静かさで相手の怒りの火を消す。
そのくらいの心の深さがあれば言うことはない。
相手をわかろうとする深い心。
自分をわかろうとする深い心。
その心の深さが怒りを鎮める。

表面の波立つ心で生きるのか、それとも深い心で生きるのか。
どちらでも可能。
だが、結果はおのずと異なる。
表面の心で生きることは、都会の喧噪の中で生きるようなものだろうか。
深い心で生きることは、静かな森の中で生きるようなものだろうか。
騒音と喧噪の中で生きたいのか。
静かな自然の中で生きたいのか。
人それぞれの人生。

深く、深く生きる時、その静けさは周りにも影響を与える。
周りの人たちも、いつの間にか深く生きるようになる。
自分自身のエネルギーが周りの環境を創り出す。
環境のせいにして生きるのも人生。
環境を変化させて生きるのも人生。
どちらも、この地球での人生。

怒りは自己保存から生まれる。
怒りに対する怒りも自己保存から生まれる。
自己保存と自己保存がぶつかり合う。
それでは動物と変わらない。
思考が介在する分、厄介になる。

怒りに怒りで反応しない。
自己保存に自己保存で反応しない。
怒りを包み込み、自己保存を包み込む。
それだけが怒りを鎮める。
静かに見守り、ゆっくりと対応する。
怒りと同じ次元の意識で対応しない。
深い意識だけが包み込むことができる。
すべてを包み込み、見守る。
そういう意識だけが、怒りを鎮められる。

『静かさに 怒りも消えて 表面の 波立つ心 深く静まる』
               
                  >>日記 無色透明 『383日目 - 怒り』 より

      
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