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先祖供養 - 2
2010-08-03 Tue 20:44
                                           『緑の世界』
緑の世界ー19-july_10
  写真をクリックすると、1024サイズの大きな画像でご覧になれます。
  ぜひ大きな画像でご覧ください。↑click
 

  
   「先祖供養」のテーマで連載をお送りしています。
   このテーマでホームワークを行いました。
   みなさんのワークも興味深いですし、それに対するkimiさんの回答がとても
   参考になると思いますので、アップします。
   一緒にワークするつもりで読んでみてください。 



『先祖供養 - 2』     
  
ホームワークについて検討してみましょう。

質問は次のようなものでした。

「屋久島のお墓は、お花がとてもきれいだとありました。
屋久島の方々は、御先祖を大切にされているんですね。
御先祖様の供養というのは、どう考えればよいのでしょうか。
供養と感謝は、やはり意味が違うのでしょうか。
ある人に、家系図をきちんと作って、祀りもれている人がいないかをみて、
水子霊などがあれば、お祀りした方がよいと勧められたのですが、なんとなく
一歩踏み出せないでいます。
どのように考えたらよいか、よろしければご指導いただけましたら幸いです。」

先祖供養というのは、どういうことだろうか。
別に答を期待しているわけではない。
一緒に検討してほしいのだ。
改めて見つめ直してもらいたいのだ。
わからなければ、わからないでもいい。
感想でも、自分の考えでもいい。
特に正解というものはないだろう。
但し、一度はきちんと自分の中で整理しておいた方がよいテーマだ。
誰もが直面する問題でもある。
そういう意味で、ホームワークということにしてみた。


たくさんの回答、ありがとうございました。
では、具体的に一人一人の回答を検討していきましょう。

まず、えっちゃんから。

「今、勤め先で私の当番の日だけ、仏壇のお花とお茶を変えて、お線香たてを
キレイにする。
他人の仏壇だけど、皆さんの無事を祈って手を合わせる。
いいもんだなあって気がする。

仏壇はなかったけど、子供の頃は、毎年お墓参りをしていた。
父の山深い田舎に行くのは楽しかったし、家族や親族が集うのも楽しかった。
私は特に年の離れた末っ子で、先祖は実は、両祖父、両祖母とも知らないし、
親類の誰がどうなってるのかよくわからない。
けれど、時々こうして親族が集まる口実としては、お墓参りはいいもんだなって
思ってました。
そうでもないと、親類なんて会うこともないから。

けれど、最近読んだ「いのちのまつり」という絵本で、先祖を想う事もいいことだ
なって気付いた。
この場合、先祖といっても誰々と指名できるものではなく、自分が生まれてくる
ために膨大な数の先祖が存在して、まったく奇跡としか言いようがないような確率
で、私が生まれた・・・という感謝を込めての先祖を想うということです。

屋久島のお年寄りは毎朝お墓参りをします。
私の下宿先だったところのおばあちゃんは、未だ暗いうちから起きてお墓の手入れ
をしに行くのです。
そうすることでおばあちゃんは、亡くなられたご主人をいつも傍に感じていられたんだ
と思います。
こういう素朴な生活のリズムは、いつも自分をニュートラルに戻して、そして一日を
始動するという意味では、いいもんだなあって思います。
それが先祖の墓参りでも、神社へ参拝することでも。

だから私は、きちんと祭らないと霊が浮かばれないとか、祟りがあるとかは思わない
けれど、先祖を想う事はいいことだと思います。
自分の存在を感謝する事であり、近しい先祖(私の場合父や母、兄達)を想う事は、
私にとっての彼らの存在を感謝する事になると思えるから。 」


子供の頃、親類がみんな集まるのは、なんとなく嬉しいことでしたね。
従兄弟たちと遊ぶのは楽しかった。
えっちゃんの場合は、仏壇に手を合わせる時に、勤め先の先祖だけでなく、自分の
先祖や、すべての人の先祖に対しても感謝の気持ちを伝えるといいかもね。
せっかく仕事で仏壇の前に座るのですから、それをお薦めします。
ただ「ありがとうございます」だけでいいですから。


次はやちよちゃんですね。

「私は『先祖供養』とは一番縁遠い生活を送っているかな...
幼い頃、父の転勤で北海道から現在の県に引越した。
その後の親戚付き合いはすべて親まかせで、私は...誰が誰の子供なのかさえ
把握できていない。
葬式で2、3度北海道へ行ったが、ご先祖の墓参りはしていない。
具体的な場所もわからない。

昔々若い頃、ハンコ売場の姓名判断で『色情因縁』があると言われた。
(なんですとぉ~?!と思ったっけ)
結婚できないのはその祟り?
先祖の墓参りもしていないし?

実は、今はほとんど気にしていない。
ご先祖を敬う気持ちが日常にあれば、それでいいのではないかと。
ご先祖だけではない、全ての魂。ひとつの魂。
今ここに在ることに感謝。
だめかな?
わたしもイロイロな意見が聞きたいです。」


先祖の墓の場所も知らない?
それは珍しい人だね。
別に墓の場所はどうでもいいけど、感謝と愛のエネルギーは、時には送った方が
いいかもね。
例えばお盆の時期とかに。
今ここに自分があることに感謝し、周りの人に感謝し、先祖に感謝する。
常にそれができていれば何も問題ないね。


次は、ぴあのさんですね。

「生まれた時から 信心深い そして先祖は大切に大切にお祭りしなければならない
という祖母のもとで育てられた私の向こうには いつも”先祖”の存在がありました。

よく、梅の咲く時期に法事が行われていました。
幼い私は、梅の木のそばで、梅の香りに包まれ浄土三部経を聞いていました。
その時の私は、本当に 幼いながらも お経の波動が心地よく 梅の花と香りの
相乗効果もあってか 心地良い至福とともに ”心はお浄土” を体験していました。

お仏壇に手を合わせ 亡き父や母、かわいがってくれた祖父や祖母、そして 私の
知らない多くのご先祖様に思いを馳せるとき、今ここにいる私を再認識し、ただ、
ありがとうございます と心からの感謝の念が湧き上がってまいります。
そして、心が静まってまいります。

ただ、何かうまくいかないことがあると ご先祖さまに浮かばれていない人がいるからでは 
または、お墓が悪いのでは etc. 
巷でまことしやかのように言われていることには疑問を感じます。
そのような世界のことは 実際私に見えるものではありませんので それはないでしょう 
とも言い切ることができませんが、何か腑に落ちないものを感じ 違うようにも思います。

『一人出家すれば九族天に生まる』 という言葉があります。
文字通り、私が出家すれば という意味ではなく、私はこの言葉を 私が 今、ここに魂の
代表選手として生まれてきたことを心から受け止め、真理を求め、愛と光を感受し、自分
が内奥から真の光に包まれ輝くことで 私に繋がるご先祖様にもその光が届くのでは・・・ 
計り知れない影響があるのでは・・・ と 思っています。

これは、私個人とご先祖を分離するものではなく、すべては ひとつ と 繋がっている
からです。
そして、時間の軸を 今、過去 と見るのではなく、時間を外したひとつの宇宙での繋がり 
と見るからです。
そして、それは、三次元的な血のつながりだけではなく 森羅万象へも必ず影響がある
ものであると思います。」


『一人出家すれば九族天に生まる』ということの真の意味は、単に一族から一人お坊さん
が出ればいいということではなくて、ぴあのさんが書いているように、真に悟る必要がある
のだね。
一人の悟りは、まさに九族を救うんだね。
九族というのは、九世代ということでしょう。
膨大な数の人々です。
実際は、先祖だけでなく同時代の人も救うし、子孫にまで影響があるでしょう。
一人の人が悟るということは、それほど偉大なことなのですね。

自分自身が真に宇宙とひとつであることを体現する。
それが万民を救います。
その光によって縁のある無数の人が救われるのですね。
そういう意味では、一番の先祖供養は自分自身が光り輝くことだということになりますね。
ぴあのさん、大正解かな。


次は、たろうくんですね。

「私は、一つの宗教を信仰している両親の元に生まれ、仏教の家庭で育ちましたので、
嫁ぐまでは、毎日仏壇に手を合わせお経を読んで、その宗教のやり方で先祖供養を
してきました。

今は、私自身の中で祈る気持ちを持ち続けていれば、一つの宗教に囚われなくても
いいと感じたので、両親と同じ宗教を歩むことは離れました。

主人の両親は亡くなり、長男ということで両親の信仰していたお仏壇は我が家へ置いて
います。
お骨もお墓に入れないで、そのまま自宅に置いています。
それに関しては、たくさんの意見もありますが、私たちもその時がくればお墓に入れて
あげたいという気持ちもあります。
今は、いつも側で私たちと共に過ごすことが、私たちの自然の流れです。

ご先祖様の命のバトンが引き継がれ、今の私がいます。
今ここに生きることを感謝して、自分のバトンを命いっぱい生きることが先祖供養と
思って、感謝の気持ちを持ち続けています。」


宗教や宗派にこだわることはないよね。
真心からの感謝かな。
日々、今あることに感謝だね。
その気持ちは先祖にも伝わるし、子孫を守ってあげることにもつながるでしょう。
お骨は早く自然の中に返せるといいね。
地球からいただいたものは、地球へ返す。
先祖の愛に対しては、愛の感謝で返すということだよね。


* 先祖供養[3]に続きます。
               
                
      
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