いのちの写真と光の言葉
大丈夫だよ
2010-06-10 Thu 15:08
                                      『雫のダイヤモンド』
雫のダイヤモンドーdrop-2_10
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『大丈夫だよ』     

両親の愛情に恵まれて育った子は、愛情豊かな人になる。
周りからの愛に恵まれずに育った子は、愛を表現することができない。
悲しいけれども、これが一般的な傾向だ。

そして、愛を素直に表現できない人の、なんと多いことか。
それだけ十分な愛をもらえなかったということだろうか。
親は親なりに、できるだけの愛を注いで育てたつもりかもしれない。
でも、それだけでは子供にとっては足りなかったのだ。
あるいは、あまり子育てに関心がない親や他のことで手一杯の親もいた
のかもしれない。
いずれにしても、子供には愛情が不足していた。

愛に満ちたところで育った人は、周りの人も愛せるようになる。
自分自身を信頼し、周りの人も信頼できるようになる。
でも、愛が足りなかった人は、自分自身に自信が持てない。
当然、周りの人も信じられない。
信じられないから、愛することもできない。
前者は好循環、後者は悪循環。

愛情豊かに育った人は、人生を肯定できる。
すべてのことにポジティブに対処できる。
でも、愛が満たされなかった人は、人生を肯定できない。
神を信じられない。
自分だけが不幸のどん底にいるような気分になる。
当然、すべてのことにネガティブになる。

愛情ある家庭で育った人は、心が豊かだ。
認められ、信頼され、愛されて育った人は、周りの人も認め、信頼し、
愛することができる。
一方、いつも認めてもらえなかった人は、心がさびしい。
いつも自分を否定されてきた人は、自分で自分を責めるようになる。

前者は幸せな人生となり、後者は困難な人生となる。
すべてがこうなるわけでも、公式どうりにいくわけでもない。
しかし、一般的な傾向としては、このようになりやすい。
そういう事実を踏まえて、では、どうするか。
愛情に包まれて育った人は問題ない。
自分で十分生きていける。
問題はそうではない人だ。
あるいは、ほどほどの愛情はあったけれども、それでは足りなかった
という大多数の人たちだ。

そういう人たちは、いまさら子供時代には戻れないので、今の自分を
癒すしかない。
自分の中にいる子供の部分を癒すしかない。
愛情が足りなかったために、まだ自立していない幼子。
今も愛情を欲しがっている自分の中の子供。
それが多くの人の潜在意識の中に住むインナーチャイルド。
その子を自分で癒すしかない。

では、どうやって癒すのだろうか。
簡単と言えば簡単。
難しいと言えば難しい。
要は、足りなかった愛情を注いであげることだ。
愛が満ちれば、その子は自分を信頼し、自分に自信を持ち、人を愛する
ことができるようになる。
では、どうやって内なる子供に愛情を注ぐのだろうか。

その前に、一つ気づいてほしいことがある。
それは愛に飢えて育った人にも、自然に愛を満たすチャンスが与えられて
いるということ。
それは自分の子供を持ち、子供を育てる過程で、自分自身も癒される可能
性があるということ。
もしその人が自分がやられたようにではなく、その逆を子供にすることが
できたら、その時、その人は子育てを通じて自分も癒される。
ところが、悲しいかな、自分が知っている子育てしかできない親のなんと
多いことだろう。
それでは愛情不足の再生産だ。

それがこれまでの人類の歴史だった。
一部の人を除いて、大多数の人にとって愛情は足りていなかった。
それは仕方がないのかもしれない。
その親も、そのまた親も、ずーっとそのまた親も、みんな愛情不足だったの
だから。
それがどんどん悪化してきただけなのだ。
しかし、何事も極まれば逆転する。
愛が極限まで少なくなれば、愛は満ち始める。
それが自然の理(ことわり)というもの。

流れは既に逆転し始めている。
闇は光に変わろうとしている。
愛の潮は満ち始めているのだ。
これまで足りなかった愛が、満たされる時代になろうとしている。
これから降るような愛の時代がやってくるだろう。
みんなが幸せに育つ時代になるだろう。
そして、その子も更に幸せな子育てをするようになるだろう。
人類全体が幸せになっていく。

その前に、今、やるべきことがある。
そう、十分な愛が足りなかった人は、自分で自分に愛を注ごう。
やり方は、こうだ。

先ず自分の内なる子供を感じてみよう。
どこにいるのかな?
何て言ってるのかな?
何を欲しがっているのだろう?
何をしたがっているのだろう?

静かに内なる子供と一緒にいる。
そして、何を言いたいのかよーく聞いてあげる。
みんな黙って聞いてあげる。
一切反論しないで聞いてあげる。
そして、心からわかってあげる。
子供の気持ちを心からわかってあげる。

そして、そのまま認めてあげる。
すべてを無条件に認めてあげる。
それから、黙って抱きしめてあげる。
あなたの最愛の子供を。
あなた自身の内なる子供を黙って抱きしめてあげる。

その子のすべての感情を否定しない。
ありのまますべてを認めてあげる。
良いも悪いもなく、そのまま認めてあげる。
その子の存在そのものを肯定してあげる。
その子を心から信頼してあげる。

その子の気持ちを大切にしてあげよう。
その子の気持ちを尊重してあげよう。
自分がされたような命令や押しつけは一切いらない。
いつもその子の傍(そば)にいてあげよう。
いつもその子の立場にいてあげよう。

いつも、いつも一緒にいるよと言ってあげよう。
大丈夫だよ、心配しないでいいよと言ってあげよう。
守ってあげるから、思いっきり生きてごらんと言ってあげよう。
どこにもやったりしないから、いつも見守っているからと言ってあげよう。

子供を全面的に受け止めてあげよう。
子供を無条件に受け止めてあげよう。
そのまま、ありのまま、すべてを抱きしめてあげよう。
強く、強く抱きしめてあげよう。
心から抱きしめてあげよう。

人は先ず自分が満たされる必要がある。
自分が満たされてないのに、どうして他の人を愛することができるだろうか。
自分の心が愛で満たされたなら、愛は自然に心からあふれ出てくる。
何かの機会に自然に愛はこぼれ出てくるのだ。

愛とは、愛そうと思って愛せるものだろうか。
意識的に努力することによって愛せるものだろうか。
それとも、泉のように愛は湧き出すものだろうか。
なんの努力の必要もなく、内側からこんこんと湧き出すものだろうか。

愛そうと努める愛は本当の愛だろうか。
自然に湧き出す愛だけが本当の愛だろうか。
愛に努力はいるのだろうか。
愛は愛ゆえに愛となるのだろうか。

もし子供がいる人は、上に書かれていることを、自分の子供に対して
やってみるといいだろう。
もし子供がいない人は、上に書かれていることを、自分の内なる子供に
やってみるといいだろう。
とにかく始めることだ。
始めれば動き出す。
始めれば変わり出すのだ。

子供を育てることは、自分を癒すことでもある。
自分がしてもらえなかったことを子供にすることによって、自分が癒される。
子供に愛情を注ぐことは、自分の内なる子供に愛情を注ぐことでもある。
子供が幸せになることによって、自分も幸せになることができる。
子育てとは、親のためにあるようなものだ。
子供によって、親は癒されるのである。
真の子育てをすれば、自分の子供時代の心の傷も癒される。
すばらしきかな人生!
子供を育てているつもりが、実は自分が癒されている。
子供はまさに天使であり、親の救い主なのだ。
この上ないシステムが自然にインプットされているのだ。

実は、子供を育てることは必要ない。
子供は自分で育つ。
子供は生まれてくる時に、自分の人生の設計図を持ってくる。
親はその設計図が実現できるようにサポートするだけだ。
主役は子供。
親は脇役だ。
親の希望を押しつけるのではなく、子供の希望を尊重しよう。
子供は自ら生きるためのエネルギーを持ってくる。
親はそのエネルギーが素直に花開くように環境を整える役目だ。
子供が花開くのを見守るのが親の勤めだ。

子供がいない人は、自分の内なる子供を育てよう。
本当の子育てと同じように、自分も癒されるだろう。
とにかく、内なる子供が癒されないことには、あなたは心から人を愛せ
ないのだから。
人を愛したつもりが、人から愛を欲しがっている。
お互いが愛を求める時、愛は枯れてしまう。
お互いが愛を与える時、愛は更に満ちあふれる。


一回だけでなく、何回も何回も繰り返し自分の内なる子供とお話しされる
ことをお薦めします。
本当の子育てのつもりで、毎日、内なる子供と付き合ってあげてください。
そのうちに、内なる子供は育ちます。
やがて愛で満たされることでしょう。
内なる子供が癒されることは、あなたが癒されることです。
あなたが癒されることは、人類が癒されることです。
人類が癒されることは、愛の循環が始まるということです。
すばらしい愛の時代の幕開けです。
どうか、あなたの内なる子供を大切に育ててください。

ひたすら光を見るようにしよう
ひたすら前を向いて歩こう
ひたすらポジティブに考えよう
ひたすら未来を信じよう

大丈夫だよ
これからでも変われるから
大丈夫だよ
これからでも間に合うから
大丈夫だよ
これからでも一緒に行けるから
大丈夫だよ 大丈夫だよ 大丈夫だよ
百回も 千回も大丈夫だよ
本当に大丈夫なんだから
いつも一緒にいるから
                 
                 >>日記 無色透明 『100日目 - 大丈夫だよ』 より

      
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この記事のコメント
大丈夫だよ♪

魔法の言葉ですね。

でも、誰が言ってくれるかで、
大丈夫だよの確かさが違うような気もする。

kimiさんの日記でこの言葉を初めて読んだ時、
kimiさんが私達それぞれの耳元で、
力強く優しくささやいてくれたような気がして、
本当に感動しました。

でも、本当は自分が自分自身を、
力強く優しく、
大丈夫だよの言葉でつつみこんであげるのですよね・・・・。

困ったことに私の場合、
自分に大丈夫!って叫んでもらっても、
イマイチ感動できずにいるんですよね。
ホントカナアって、おへその辺りが思うわけです。

大丈夫だよじゃなく大丈夫かなあになってしまいそう。

時々、kimiさんの日記で、
大丈夫だよの言葉、更新してほしいね。
そしたら新鮮パワーの
「大丈夫だよ♪」に、
ホコホコとまたつつみ込んでもらえるのにね。

2010-06-10 Thu 22:51 | URL | えっちゃん #-[ 内容変更]
☆えっちゃん

たしかに、大丈夫だよってkimiさんが言ってくれると
ホントに大丈夫だって思えるけど、自分が呪文のように
大丈夫大丈夫って言っても、どこかで「ホントに大丈夫かな」
っていう気持ちが・・・(>_<)

やっぱり、大丈夫な人が言うから言霊って響くんですね。
いつか、kimiさんみたいになりたいです。

2010-06-13 Sun 21:15 | URL | ぴあの #/AlQnQZw[ 内容変更]
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