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チベット紀行 - 6
2009-08-18 Tue 09:51
                                        『名もない巨木』
名もない巨木ー21-july_08
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   Light News Letter より

   チベット紀行 - 6

   第6日目 (7/18)

   朝7時30分、7,000m級の山々が見えるというニエンチェンタングラ山脈へ向
   かう。
   しかし、ラサ市内を出たとたん、すぐに未舗装の道となり、昨日11時間あまりの
   ドライブをしたばかりなので、これにはまいった。
   今日は特別にランドクルーザーをチャーターし、万全の備えのつもりだったが、や
   って来たのがポンコツのジープ。
   まるで馬に乗っているかのようなクッション。
   話が違うとブツブツ不満がもれる。
   (気持ちはわかるけど、今さらどうすることもできない ― 今日は日本語ガイドなし
   で、英語も日本語もわからないチベット人のおっちゃん=昨日までとは違う運転手
   しかいないのだ)

   道の真ん中を羊の群れが歩いていて、車は立ち往生。
   ここでは動物優先。彼等がどいてくれるのを待つしかない。
   しかし、そのようなドライブも慣れるにつれて、だんだん楽しくなってくる。
   不思議なもので、チベットに直にふれているという感じに。
   羊や牛を追っていたのは子供が多かった。
   あまり学校へ行ってるようには見えない健康的な子供達。
   馬に乗ってさっそうと通り過ぎるチベットの若者。(これがなかなかカッコよかった)
   空気はどこまでも澄み渡り、青空は目に痛いほど青い。
   6時間ぐらい車に揺られていると、突然、前方に白銀に輝く山々が。
   それは待ちに待ったヒマラヤの山並み。
   近づくにつれ白い山々と大平原が広がる。
   まるでモンゴルのよう。
   羊やヤクがた~くさん・・・

   昼食のため草原の中に車を進める。
   ぐんぐん山に近づいて下車。
   私達が昼食を食べていると、近くに住むチベット人の人達がやって来た。
   最初は二人ぐらいだったが、だんだん増えて最後は家族全員(6人)という感じ。
   チベットはどこでもそうなのだが、私達が野原などで食事をしていると、近くの人達
   が後ろで食べ終わるのを待っている。
   食べ終わると、運転手やガイドさんは残ったものを彼らに与える。
   どうもそれがチベットでの暗黙の了解のようだ。
   私達も同じように残りものを渡したが、特にお礼を言われることもなく、これがチベ
   ット流?

   しかし、今回はそれ以上のことがあった。
   彼等はすぐ近くに住む家族で、観光客相手の人達ではなかった。
   特におじいさんは気さくな人で、この辺りで採れる茸の採り方を身ぶり手ぶりで教え
   てくれたり、気軽に一人一人と記念撮影に応じてくれたりした。
   とても大きな掌で私達の倍はあっただろうか。
   私達との交流のしぐさがおもしろく、その度にそこにいる全員が大笑いした。
   二人の娘はとても恥ずかしがり屋で、最後まで写真撮影を嫌がった。
   言葉は全然通じなかったが、心が通じ合っている実感があった。
   雪の山々に囲まれた大草原で羊やヤクを飼って暮らしている一家は、まるでアメリ
   カインディアンより、はるかにインディアンらしかった。(?)

   海抜4、200m地点で、私達は手をつないで輪になり、光を降ろした。
   それを彼等は不思議そうに見ていた。
   最後に全員と握手をし、懐かしい人達と別れた。
   ただ目をみつめただけで心が通じ合う ― 今回の旅で一番楽しいひとときだった。
   本当にチベットの人と心の交流ができたという実感があった。
   私達日本人が忘れてしまっていたものを彼等は持っていた。
   経済優先社会の中で置き忘れてきたものを・・・

   彼等に会えて、私達の心もずいぶんゆるんだようだ。
   真っ白い雪の峯々、広い草原・・・広々とした心になって、私達は帰途についた。
   帰りはまたまた遠かった。
   朝の7時30分に出発して、ホテルに着いたのは夜の9時30分だった。
   延々14時間のドライブ。
   体はコチコチだったが、心は満たされていた。
   みんなの中にチベットの人とふれ合えたという実感があった。
   その夜は食事をして風呂に入って、ダウン。
   光のセミナーをする時間はなかった。

                           ・・・チベット紀行 - 7 第7日目に続く 
                                      
                  Light News Letter №5 (2000年8月1日発行) より
                                  >>T&F光のネットワーク

      
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この記事のコメント
やっと、本来のチベットの人々に出逢ったって感じですね。

チベット高原は肥沃な土地ではないようで

元来とても貧しい国です。
家畜を飼う人々も、
財産であるささやかな家畜を息子達に分け与える余裕がなく、
何人かの息子達は親からゆづり受けた家畜をみんなで飼うわけです。
そして、お嫁さんは一人だけなのです。
若い頃見たチベット写真集の受け売りですが。

日本の武士の世界に似ていますね。
親から受け継ぐ扶持は家督を継いだ長男のもの。
次男、三男は養子にでも行かない限り、
お嫁さんももらえないのです。

でも、扶持の少ない下級武士達も、
精神を律することを重んじていたようです。

人間は、
物質的に豊かでない方が、
心が豊かになるのでしょうか。

今日のチベット紀行は、
私が若い頃から思い描いていた、
チベットの民に出会った気がします。
2009-08-19 Wed 03:03 | URL | えっちゃん #-[ 内容変更]
☆えっちゃん

私、若い頃かなり贅沢していましたが、精神的には貧しかったですね。
今は、つつましく生きていますが、お金に何の不自由もなかった頃よりも、
とても満ち足りています。
精神的な満ちたり度は、天と地です。
まあ、チベットの人や武士の人と比べられる世界ではないですが・・・

以前、映画、「たそがれ清兵衛」を見て、そのつつましやかさの中に
研ぎ澄まされた精神の美の世界を見て感動しました。
そして、武士の志というものの深さを感じました。

時代は変わり、精神の豊かさもその時代時代のものに
変化していくのですが、やはり私達物質に恵まれている者には、
チベットの方たちや、また、そのような世界でいらっしゃる人たちのことは、
垣間見てただ想像するだけの世界のように思います。
ただ、こういう紀行文を読んでいて、伝わってくるものは確かにありますね。
私たちが忘れてしまったものを。

2009-08-24 Mon 11:14 | URL | ぴあの #Vt14bq2E[ 内容変更]
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