いのちの写真と光の言葉
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編集便り
2009-05-10 Sun 12:45
                                              『新緑』
新緑ー16-may_08
  写真をクリックしますと、1024サイズの大きな画面でご覧になれます。
  ぜひ大きな画面でご覧ください。↑click
 
     
   K-Communication より

   編集便り
  
   初めに思考や感情の全くない意識状態があって、次に、何か外界の音を聞い
   て連想が浮かんできます。
   そこで初めて、最初の意識状態が全く思考・感情のない意識であったと気づき
   ます。
   全く思考や感情のない意識に、外側からの刺激によって様々な連想が浮かん
   できます。
   それが手に取るようにわかります。

   その想いや連想にのめり込んでしまえば思考の次元に入り込んでしまいます
   が、ただそれに気づいているだけであれば意識は透明です。
   二次的反応がなく、一時的反応だけであれば、はっきりとそれを見守ることが
   できます。
   それは静かな湖に一陣の風が吹いて水面に波紋が広がっていくようなもので
   しょうか。
   波紋があるのは水面だけで、湖底は静かです。
   しかし、意識のポイントが水面にあれば、意識は波に翻弄されます。
   一方、意識のポイントが湖底にあれば、静かさの中で波紋を見守ることができ 
   ます。
   つまり、意識のポイントがどこにあるかということが全てです。

   ① 意識のポイントが水面にあれば、意識は波紋(反応)そのものです。
   ② 意識のポイントが水中にあれば、一瞬、波(反応)にのまれ、直後に気づく
     でしょう。
   ③ 意識のポイントが湖底にあれば、同時に全ての動きに気づいていることが
     可能です。

   意識のポイントが心の底にないと、反応と”同時に”気づいていることは不可能
   です。
   普通は、心の表面に波紋が起きると、一瞬、そちらに注意が逸れ、その瞬間、
   波にのまれ、気づきは反応の”直後”になります。
   それでも、直後に気づければ意識のポイントはかなり深い方で、もっと浅ければ、
   しばらく波に翻弄された後でハタと気づくでしょう。
   それでさえ、全く気づかない自我そのものとは比較にさえなりません。

   別の表現をすれば ― 外界からの刺激を、どの深さで受け止めるかにかかっ
   ています。
   『内なる感受性』 で受け止められれば、全体的に対応することが可能ですが、
   感情レベル、思考レベルで受け止めれば、条件づけで受け止めることになり、
   断片的な反応となってしまうでしょう。
   どれだけ深いところで受け止めるかによって、どれだけ広がりを持った行動が
   できるかが決まります。

                         K-Communication №41 (1993年) より
                                    >>K-Communication

      
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