いのちの写真と光の言葉
グランディング
2013-08-20 Tue 11:59

先日、かなり精神的に混乱していると思われる方からメールを
いただいた。
20年近く精神的に悩んでこられた様子。
27歳の時にクンダリーニが中途半端に上昇。
それから低いエネルギー体が体内に侵入するようになる。
ヒーラーや霊能者巡りをしたけれども、効果なく現在に至っている。
ヒーリングも一人では行けない状態なので、遠隔治療になり、
お金がかかる。
現在、精神安定剤を服用しているけれども、あまり効果はなく、
邪魔が入って苦しい。
自分に適したヒーラーに出会えない。
無駄金ばかり使って、自分でも自分の状態がよく把握できていない。
そんな感じの内容だった。

メール自体に混乱があり、何を言いたいのか明確ではなかった。
でも、悩んでおられ、困っておられるのは十分伝わってきた。
それ以上に、混乱しておられることも・・・

この状態から立ち直るには、かなり時間を要するかもしれない。
しかし、その気になれば可能だろう。
しっかりグランディングすることだろうか。
ヒーラーや霊能者や医者に頼るのを一切やめて、地道に一歩から
やり直すのだ。
最初の一歩が最後の一歩。
最初にボタンを掛け違うと、最後までボタンがずれてしまう。

他の人に頼らない。
他の人のせいにしない。
自分で試行錯誤しながら、一歩一歩進んで行く。
一歩ずつでいいのだ。
完璧な答を期待しない。
真理は自分で発見するしかない。
それを肝に銘じることだろうか。

いったんすべてを手放す。
もう死んだつもりになって、精神安定剤もヒーラーも霊能者も医者も、
全部手放す。
なるようになる。
生きれるものであれば生きれるし、死ぬものであれば死ぬ。
そのくらいの覚悟がいるだろう。
その覚悟ができたら、救われる可能性がある。
全部手放せば、救われるのだ。
握っているものが多すぎるから、苦しい。
何も掴んでいなければ、なるようになる。
自然の流れと共に生きるだけだ。

地道に目の前の日常生活を一つ一つ行えばいい。
そうやっているうちに、本来の自分に戻れる。
自分の外のものに頼っている限りは、救われない。
自分で生きない限り、救われないのだ。
間違ってもいい。
失敗してもいい。
試行錯誤でいいのだ。
完璧を最初から求めない。
いろいろ試しながら成長すればいいのだ。
それがこの世の楽しみだ。

一歩一歩手探りで生きている。
一歩一歩着実に生きている。
それがグランディングしているということ。
一歩一歩自分の足で歩くこと。
一つ一つ自分の手で試してみること。
それがグランディングということなのだ。
自分の外に完璧を求めない。
自分の手足で自分と共に生きる。
それがグランディングなのだ。





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