いのちの写真と光の言葉
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
大和心
2012-06-28 Thu 10:38
虹と舟


『大和心』

「やまと」という言葉があるよね。
「大和」と書くんだけど。
大きな和だね。
ハイ、クイズです。
どこが小さな和と違うでしょうか?

大和と小和の違いは、
小和の方は、仲間内だけの和なんだね。
大和の方は、敵も含めた和なんだよ。
神道的には、「善悪抱(いだ)きまいらせ・・・」と言うんだね。
一神教だと、悪を退治して善だけの世界をつくろうとするわけだけど、日本神道は
八百万(やおよろず)の神様だからね。
善悪併せ呑むんだね。
清濁併せ呑むとも言うけど。
善悪、正邪があるから、この地上はドラマチックなわけだよね。
どちらか一方だけだったら、これほど盛り上がりはしないでしょう。
もう少し平淡なドラマになりそうだよね。
やはり、正義と悪のそれぞれの役割があって、最後の最後に正義が勝つことによって、
ドラマは最高潮を迎えるわけで。
日本神道の場合は、最後に悪を退治するのではなくて、悪に改心させるんだね。
それが大和心なんだ。
けっして殺したりはしない。
それが西洋と違うところだね。
悪の存在も、役割として認められているんだね。
ドラマが終わったら、みんな仲良く楽しく暮らすんだよ。
いつまでも許さないということはない。
瞬間瞬間といえば、そうだよね。
過去の恨みは水に流す。
水に流せば、すべて新鮮だ。

罪を憎んで人を憎まず、というやつだね。
人がやったことではあるけど、間違いを犯さない人なんていないものね。
みんな試行錯誤だ。
みんないろんな体験をしているだけだ。
役割と言えば、言えなくもないよね。
だから、自分の生き方を省みて、改めたら、また新たに出発させるんだね。
過去は問わない。
日々新たなり。
神道は古いと思われがちだけれども、意外と新しかったりしてね。
これから神道が甦るんだよ。
形式だけの神社神道ではなくて、本当の神道がね。
日本の古(いにしえ)からある真の神道が。
真道だね。
神の道であり、真実の道でもあるんだね。

これから大和心が世界を統合していくんだよ。
ズタズタに分裂した世界を救うものは、大きな和の心だ。
正邪善悪を峻別する偏狭な心ではないんだね。
ゆったりと構えて、長い目で見守って、大きな心で生きていけるといいね。
それは、自分に対しても、他の人に対してもね。
自他も含めて大きく包み込むんだね。
自他、善悪、正邪、苦楽、損得、優劣、美醜、幸不幸、成功失敗、霊肉、陰陽・・・
それらすべてを抱(いだ)きまいらせ、大きく包み込むんだよ。
その時に、二つに分かれて対立していたものが、一つに統合されるんだね。
一つは、ひとつだ。
二つに見えたものも、じつはひとつだったんだね。
ひとつの中の表と裏。
陰と陽とに別れていただけなのさ。
和というのは、環(わ)でもあるんだね。
一つの円でもある。


       Twitterボタン
     


   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings     
     
   T&F 光のネットワーク
   >>T&F時代


  
             


スポンサーサイト
別窓 | | コメント:0
悪夢
2012-06-03 Sun 15:44
『悪夢』

ここのところ、連日、悪夢を見ている人がいるようだ。
もしかしたら、かなりの人が見ているのかもしれない。
既に悪夢を卒業した人もいる。
まだまだ悪夢を溜め込んでいる人もいる。

それぞれが、それぞれのペースで悪夢を解放している。
それは、自然現象ともリンクしている。
異常気象が続いている。
天変地異も後を絶たない。

すべてが、浄化に向かっている。
本来のシステムへの復元。
自我の我がままの終焉。
これまで溜まったカルマの解放。

カルマとは、我がまま。
自然を無視した恣意。
人間の都合に合わせた地球の破壊。
地球や自分自身の無理解。

理解が深まれば、恣意は許されなくなる。
自然と共に自然に生きるしかなくなる。
無知であるが故に、自然を破壊する。
未熟であるが故に、我がままになる。

悪夢とは、人間の我がままの解放。
人類規模での悪夢の解放が起きている。
もう我がままは、許されなくなっている。
本来の状態への回帰が始まっている。

悪夢を恐れる必要はない。
それは、潜在意識を大掃除しているだけ。
悪夢を見れば見るほど、潜在意識はきれいになる。
そう思っていれば、何も心配はない。

人類の蓄積された悪夢がある。
自分のなかにまだ悪夢の素材が残っている人は、人類の悪夢にコンタクトする。
悪夢を見ることは、自分の悪夢と同時に人類の悪夢も解放すること。
人類の役に立っていると思えば、気が楽。

大切なことは、悪夢に振り回されないこと。
ただ見守り、それ以上のことは何もしないこと。
必要以上に詮索しないこと。
ただ解放していると思い定めること。

やがて悪夢の種も尽きる。
今解放している人は、早目に解放に取り掛かった人。
まだまだ未解放の人が、圧倒的に多い。
重たい荷物を背負って生きている人の、なんと多いことだろう。

悪夢を解放すれば、心身共に軽くなる。
人生の新しいステージが開く。
そういう意味では、悪夢を見ることは喜ばしいこと。
別に嫌がることはない。

とは言っても、気分がよくないのは事実。
しかし、それも解放のプロセス。
自分が溜め込んできたものを解放しているだけ。
みんな手放して身軽になろうとしているところ。

それを潜在意識レベルでやっているのが、悪夢。
顕在意識レベルでやるのが、アクシデント。
この世的には、不幸と思える出来事。
そういうものも、悪夢の解放の一環。

何が起ころうと、静かに見守る。
冷静に対応する。
慌てて余計なことをしない。
ジタバタして自分を見失わない。

これまでしっかり掴んでいたものを解放するプロセスが続いている。
それは、人類規模での解放のプロセス。
早くやれば、早く楽になれる。
遅くやれば、いつまでも重たいまま。

しかし、それは、それぞれが決めること。
それぞれが、自分のペースで解放している。
早い遅いについては、コメントする立場にない。
ただ悪夢を見だしたら、悲観しないで喜んだ方がいい。

今の流れは、蓄積ではなく、解放。
古いものを一旦手放さなければ、新しいものはやってこない。
古いものが一掃された時に、まったく新しいものがやってくる。
それは、古いものを持っている限りわからない。

それぞれのペースなので、何とも言えない。
それでも、やっと本格的に手放すことが始まっている感じ。
かなりの人が、手放すことに本気で取り組んでいる。
それも表面だけでなく、潜在意識レベルから。

それでも、まだしっかり掴んで放さない人もいる。
やがてそういう人も手放す時がくる。
いつまでも握りしめていると、強制的に手放さざるを得なくなる。
無理やり、泣く泣く・・・

そうなる前に手放した方が、賢明というもの。
手放した時点から楽に生きられる。
たくさん持っていなくても、安心して生きることはできる。
たくさん持ち過ぎているから、安心して生きられない。

何かにすがって安心を得ようとするから、いつまでも不安が続く。
安心を得ようとすること自体に、不安がインプットされている。
安心は、得るものではない。
安心は、自分が安心そのものになること。

自分が安心そのものになれば、安心を得ようなどとは思わない。
安心そのものなので、不安もない。
安心という自覚さえない。
不安なので安心をほしがるだけ。

その不安の源は、自我として孤立して生きているから。
全体から分離した自我で生きている限り、孤独や寂しさは付いて回る。
自我から離れない限り、安心立命は得られない。
自分の外に求めても、永遠の青い鳥。

手放して、手放して、すべての拠り所を手放す。
悪夢というのは、自分の拠り所。
ネガティブなものも自分を守るための拠り所。
保身のために、しっかり掴んで放さないもの。

風のように、さわやかに生きる時代になる。
水のように、さらさらと流れる時代になる。
土のように、しっかりと安定した時代になる。
火のように、エネルギーで生きる時代になる。

新しい時代は、もう目の前。
そのための準備が続いている。
悪夢の解放も、そのためのプロセス。
軽やかに、さわやかに生きるための前段階。


『何もない 自分のものは 何もない それは幻想 ひとときの夢』



       Twitterボタン
     


   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings     
     
   T&F 光のネットワーク
   >>T&F時代


  
             
別窓 | 未分類 | コメント:0
動物食と植物食
2012-06-02 Sat 00:21

『動物食と植物食』

動物性のものを食べるということは、血を食べるということを意味します。
血は、最も酸化しやすいのです。
酸化したものを食べれば、肉体は老化します。

動物は殺される時、恐怖を感じます。
その恐怖は、血液に伝わります。
その血液を体内に入れれば、恐怖のエネルギーを心身に注入することになります。
恐怖は、心身を不安定にします。

心は暗くなり、イライラしやすくなります。
怒りや不必要な争いも起きやすくなります。
動物性のものをたくさん食べている人と、植物性のものだけを食べている人とでは、
精神状態が明らかに異なります。
動物性のものをたくさん食べると、どうしても波動が荒くなります。

そもそも植物性のものの方が、波動がこまやかです。
動物性のものは、波動が荒いのですね。
どういうものを食べるかで、心身は多大な影響を受けます。
食べものが絶対ではありませんが、影響がないということもありません。

なに?
すべてに感謝して食べれば、何を食べてもいい?
確かに。
そういうふうにも言えます。

但し、それにはものすごいエネルギーがいるでしょう。
酸化した肉や魚を体内に取り込めば、すぐに体内も酸化されます。
それを感謝によって酸化を防ぐことができるでしょうか。
心身共にものすごいエネルギー状態であれば、それも可能でしょう。

しかし、普通は酸化されたものを入れれば、肉体も酸化されます。
あるいは、同化するまでは酸化された状態です。
たとえ、酸化されたものを中和できたとしても、それだけのエネルギーロスが生じます。
元々酸化されていないものを食べていれば、無駄なエネルギーを消費する必要は
ありません。

即座に中和するだけのエネルギーがあれば、それもいいでしょう。
しかし、そういう人は稀です。
また、そういう人は、あまり動物性のものは食べていないでしょう。
やはり波動が精妙なものを入れている方が、心身は楽です。

外から入れたものは、異物です。
体内で同化する必要が生じます。
普通は、体内の方がエネルギーが高いのです。
だから、食事をすれば、波動が下がります。

それを上げるには、エネルギーが必要です。
できるだけ波動の高い状態に心身を維持したかったら、波動の高いものを食べた方が
いいでしょう。
動物性と植物性のものを比較したら、圧倒的に植物性の方が波動が高いのですよ。
それだけ体内に入れた時に、波動が下がりにくいということですね。

動物食というのは、死体を食べているようなものです。
植物食は、まだ生きています。
玄米は、水に浸ければ芽が出ます。
ニンジンやタマネギも、しばらく置いておくと芽が出たりします。

生きているものの方が、死体よりも波動が高いのは明らかでしょう。
加工食品よりも自然なものの方が、波動は高くなります。
農薬や化学肥料で育ったものよりも、自然農法や有機農法で育ったものの方が波動は
高いです。
不自然なものは、どうしても波動が低くなります。

合成保存料や合成着色料などが含まれているものも、波動は低くなります。
できるだけ自然なもの、いのちあふれるものを感謝していただくことではないでしょうか。
感謝することによって、波動は更に高くなります。
スピリチュアルなエネルギーが加わるからです。

時代の波動は、より精妙になっています。
精妙な心身をつくりあげるには、精妙な食べものを入れることです。
食べものの影響は、バカにできません。
毎日毎日体内に入れているのですから。

より高い波動のものを入れれば、心身共に高い波動を維持するのに役に立ちます。
しかし、それもこだわったり、囚われたりしないことですね。
理解した結果として、自然に行うことです。
頭だけで理解して、こうでなければならないと思い込むと、苦しくなります。

ただ理解して、素直に実行する。
ただそれだけですね。
観念で頭のなかを一杯にすると、波動は落ちます。
心身共にしなやかであることですね。

食事の量も、できるだけ少ない方が波動を高くキープできます。
外から食べものを入れることは、波動を下げることです。
スピリチュアルな精神の波動よりも高い食べものなど存在しません。
食べものは必要最小限の方が、波動を高く保つのには役に立ちます。

まあ、無理をしないで、ゆっくりやってください。
質の良いものを、少なめにじっくり味わって食べることですね。
繊細に、注意深く食べることですよ。
感謝しながら・・・

時代は、心身共に精妙に生きる方向に流れています。
食べるものも、その方向で食べた方がいいでしょう。
心も体も繊細に。
深く静かに生きる時代です。

『食べものも 食べる分量 食べ方も 繊細・精妙 波動を高く』



       Twitterボタン
     


   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings     
     
   T&F 光のネットワーク
   >>T&F時代


  
             


別窓 | 未分類 | コメント:0
| いのちの島=屋久島 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。