いのちの写真と光の言葉
次の主体
2011-10-30 Sun 23:34
                                 『澄み切った川の木漏れ日』
澄み切った川の木漏れ日ー08-sep_07_11
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日記『無色透明』  2008年 ”1157日目 - 次の主体” より転載。

『次の主体』

自我は、やがて終焉(しゅうえん)する。
終わりの時を迎える。
それも、そう遠くない時期に。
では、自我が終わったら、どうなるのだろう?

自我に代わる主体は、何?
今の人類の主体は、自我。
つまり、思考。
人は、思考ベースで生きている。

別に思考が終わるわけではない。
思考は、感覚や感情と同じように存続する。
ただ、思考に振り回されるということはなくなる。
思考を使いこなすようになる。

思考の次に来るものは?
自我ではない主体は?
それは、言葉で説明するのは難しい。
基本的には、実感するしかない。

それは、思考が止んだ状態。
思考に判断の基準を置かない状態。
思考ベースではなく、静かさベース。
思考が止んだ静かさのなかで、意思決定がなされる。

過去のデータベースではない。
今ベース。
今、目の前の状況から、すべてが始まる。
過去は、あくまで参考程度。

意識は、今にきっちりとフォーカスされる。
過去を悔いたり、過去のノスタルジーに耽ったりはしない。
今にすべてがフォーカスされる。
今ここに、すべての意識が結集される。

感覚や感情に振り回されることもない。
トラウマや心の傷に左右されることもない。
過去の習慣や思いのパターンに翻弄されることもない。
今、今にフォーカスされる。

そういう自我を超えた意識の時代が、やがて来る。
自我が主体の座を降り、新しい意識が主体の座に上(のぼ)る。
そういう時代になれば、もう争いはない。
戦争など、過去の遺物以外の何ものでもなくなる。

今の時代が、お伽噺のように感じられる。
本気で自我になりきり、個として生きた時代が懐かしくなる。
それは、既にセピア色の思い出。
遠い遠い人類のファンタジー。

そう思える時代が、やがて来るだろう。
今は、転換期。
自我から、次の主体への転換期。
私利私欲から離脱する時。

自己中心。
自己保存。
自我我欲。
自我ベースの人生が終わる。

もちろん、自意識はある。
しかし、もはや自己中心的な自我ではない。
個であり全体でありという意識。
共に生きる意識。

静かに見守る意識。
静かに気づく意識。
静かに己がやるべきことがわかる意識。
静かに全体を感じることのできる意識。

自我の喧騒は終わる。
思考の騒がしさが終焉する。
静かな意識が芽生える。
どこまでも浸透する意識が育つ。

その意識が、これからの主体となる。
静かな意識。
思考が空回りしていない意識。
思考に振り回されない意識。

静かさのなかで、すべてが行われていく。
静かさのなかで、次々に事が運んで行く。
トラブルはない。
躊躇もない。

ただ静かに見守り、行動に移す。
その間に思考は介在しない。
思考を超えた意思決定がなされる。
静かな意識のなかで次の行動が決まる。

人類の意識は、これからそのような方向へ向かう。
自我の終焉。
それが現実のものとなる。
遠い将来のことではない。

新しい時代が幕を開ける。
新しい意識の時代がやって来る。
自我を超えた時代が花開く。
もう蕾がほころび始めている。



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愛と慈しみ
2011-10-13 Thu 03:42
                                   『木霊の森の一条の光』
木霊の森の一条の光ー05-oct_07_11
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日記『無色透明』  2008年 ”1398日目 - 愛と慈しみ” より転載。

『愛と慈しみ』

「1397日目 - 愛と慈しみ(1)」の続き。

大きなエネルギーに包まれた空間にいれば・・・
そのエネルギーを十二分に体験すれば・・・
やがて、その感覚が身につくでしょう。
愛や慈しみのエネルギーと同調すれば、自分のなかに愛や慈しみの
エネルギーが満ちます。

それを周りに振りまくことも可能でしょう。
もっとも、愛や慈しみは意識的に振りまくものではありませんが。
そういうものは、自然にあふれ出すものですね。
自分では気づかずに、周りの人が気づくものです。

それは、自分のエネルギーではありません。
自分を通して流れるものです。
それらのエネルギーは、個を超えています。
むしろ、全体と言った方がいいようなエネルギーです。

もしそういうエネルギーを周りに発したかったら、できるだけそういう
エネルギーと一緒にいることですね。
愛や慈しみのエネルギーと共にあれば、自然にそういうものが流れ
出すようになります。
そういうエネルギーと同調するということは、自分自身もそういうエネルギー
状態になるということです。
そうすると、自分のなかの通路が開くのですね。

愛や慈しみのエネルギーが流れる通路が広くなるのですよ。
自然に自分から流れ出すようになるのですね。
もっとも、個を通して流れる時は、多少色づけされますが。
こだわりや囚われが多いと、かなり歪んでしまいます。

できるだけスーッと通るといいのですが・・・
それには、素直であることですね。
常にスーッとした意識状態であることです。
そうすれば、愛や慈しみのエネルギーが、そのまま流れるでしょう。

人の意識のなかには、どうしても凝り固まっているものがあります。
信念や信条、先入観や偏見、信仰や価値観。
観念が、山のように詰まっています。
それだけではなく、心の傷もあります。

過去の記憶というフィルターを通って出てくる時、愛や慈しみのエネルギー
は、かなり色づいています。
無条件ではなくなっているのです。
条件付きの愛や慈しみになっています。
頭のなかは、障害物がいっぱいです。

頭のなかが整理され、スッキリするにつれて、愛や慈しみのエネルギーが
そのまま流れるようになります。
特定の人だけにではなく、誰にでも何にでも流れ出します。
必要とされるところに引き寄せられる感じでしょうか。
自然に流れるだけです。

その人を通して流れ出すのですね。
その人が、愛や慈しみのエネルギーを出すのではありません。
自我で出せるものではありません。
自然に流れ出すものです。

愛や慈しみの通路になれるほど、頭のなかを整理整頓することですね。
自我というよけいな蓄積物を取り除くことですよ。
自我とは、あちこちにぶつかる塊(かたまり)のようなものです。
角(かど)だらけですね。

こだわりや囚われ、執着や妄念・・・
観念やトラウマ、恨みや憎しみ・・・
プライドや自信、劣等感や優越感・・・
所有欲に支配欲、権力欲に金銭欲・・・

保身のために、ありとあらゆるものが詰まっています。
自己保存ベースは、非常に根強いものがあります。
そういうなかを愛や慈しみが通るのは、限りなく難しいことです。
凝り固まったものに跳ね返されてしまいます。

自我とは、凝り固まった意識です。
肉体をベースにした自己保存の体系です。
自己中心的な意識と、愛や慈しみは対極にあります。
全体と末端という感じでしょうか。

その末端が、小さく小さく凝り固まってしまったのですね。
まるでフリーズしたかのように。
個として、硬く固まっているのです。
それが、自我というものです。

小さなエネルギー場が、全体と離れてフリーズしたのです。
完全に断絶状態です。
だから、自我は孤独です。
潜在的に、常に恐怖と共にあります。

全体から孤立している自我にとって、真のやすらぎは遠い夢です。
だから、神や仏を求めるのです。
孤独に耐えかねて。
あるいは、真のやすらぎを求めて・・・

自我の意識の一番奥にあるのは、やはり純粋な光です。
無色透明な光が、芯にはあります。
それが、何層も何層も、いろんな色に染まっているのですね。
その挙句、一番外側は、ほとんど真っ黒でしょうか。

そんなところを、どうして愛や慈しみが通れるでしょう。
透き通った意識でないと、愛や慈しみは通れないのですよ。
スーッと素直な意識でないと・・・
塊のない、しなやかな意識でないと・・・

記憶は、ある意味、塊です。
フリーズ状態とも言えます。
ですから、記憶と一体化していると、固ーい人間になってしまいます。
記憶から離れている必要があるのですね。

記憶から離れると・・・
実は・・・
本当は・・・
私って何?

記憶喪失の人は、アイデンティティをなくしています。
自分が何者かわからなくなります。
私は誰?状態になるのです。
記憶こそが、自我のバックボーンです。

自己イメージという記憶=思い込みと一緒に生きているのが、自我人間です。
自分は、何々と思い込んでいるのですね。
実際は、心身共に刻々に変化しているのですが。
フリーズした自己イメージと共に生きているのですよ。

それは、過去の記憶と自己同一化した姿です。
フリーズした過去をアイデンティティとして生きているのが、自我人間です。
そして、その自己イメージであるアイデンティティこそが、何よりも大事なのです。
プライドを傷つけられたとか・・・

記憶と少し距離をおき、純粋な意識として生きることでしょうか。
自我人間とは、記憶と一体化した意識です。
意識が無色透明ではなく、色濃く色づいています。
もちろん、無色透明だけでは色の世界は存在できません。

いろんな色があっていいのですが、その色そのものになってしまわないことですね。
その色を楽しむことですよ。
楽しむということは、その色そのものではないということです。
色以前である必要があります。

無色透明な純粋な意識が、いろんな色をまとって楽しむのです。
それは、肉体をまとってこの世を生きるのと似ています。
肉体は、自分自身ではありません。
肉体は、それを通して何かを表現する媒体です。

記憶と自己同一化している自我は、媒体そのものになってしまっています。
肉体の存続そのものが、目的化しています。
生きて存在することも大切ですが、それ以上に大切なことがあるのではないでしょうか。
それは、創造することです。

肉体が凝り固まると、自由に動けません。
頭が凝り固まると、しなやかに表現できません。
宇宙創造が、小さな自我創造に委縮してしまいます。
それも創造には違いないのですが・・・

凝り固まった頭をなんとかしましょう。
解きほぐしましょう。
緩めましょう。
しなやかにしましょう。

自我とは、塊。
全体から分離した、小さな意識。
自己イメージにフォーカスした意識。
自己イメージをベースに生きる意識です。

その自己イメージの中身は、記憶の断片の集合体。
過去の諸々の塊です。
自我とは、記憶と心中した意識でもあります。
過去にフリーズした意識です。

純粋な意識というものは、無色透明です。
完全にフリーです。
何ものとも自己同一化していません。
ですから、名無しのゴンベェーです。

それは逆に言うと、固定化していないということでもあります。
一定の形がないのですね。
あるようでないのです。
まるで空です。

ただ意識場があるだけです。
エネルギー場。
器ですね。
肉体を始めとする、何層もの器・・・

その何層もの器のなかに、純粋な無色透明の意識が浸透しています。
器には、肉体のように個性があります。
しかし、意識は、あくまで無色透明です。
器とは、別のものです。

時に応じ、何かと一体化して現実創造をします。
時に応じ、どこかの器にフォーカスして自己表現をします。
無色透明の意識は、旅人のようなものですね。
それぞれの次元で、器を通して現実創造をしているのです。

しかし、この三次元では、どういう訳か器そのものになっています。
本来の純粋な意識を忘却しています。
肉体や自我になりきっているのです。
そのため、意識の自由をなくしています。

少し記憶から離れて、静かにしていた方がいいかもしれませんね。
そうすれば、媒体や器を超えた意識が現れるでしょう。
純粋な透き通るような意識が・・・
その時に、愛や慈しみも一緒にやって来るかもしれません。

過去の塊と共に生きる時、自分自身も固まってしまいます。
愛や慈しみからは遠く離れ、心のやすらぎは期待できません。
それらは、すべて思い込みの産物です。
思いが、凝り固まったものに過ぎません。

そういうものと自己同一化して生きれば、苦しい人生となります。
それは、硬くなって物質化した意識です。
本来の意識のしなやかさを取り戻さないと、苦しいだけの人生になってしまいます。
風に揺れるススキのような、しなやかな意識で生きないと・・・

何もない。
でも、すべてがある。
自分のものは、何もない。
でも、すべてが眼前で展開している。


『透明な 意識のなかを 様々な 色とりどりの 色が流れる』



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