いのちの写真と光の言葉
最大の不幸は最大のチャンス
2011-03-29 Tue 14:43
                                              『朝陽』
朝陽ーrising-sun-7_11
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日記『無色透明』 より、
2010年12月31日 ”2189日目 - 最大の不幸は最大のチャンス” 転載

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『最大の不幸は最大のチャンス』

今日の屋久島は、大荒れの天気となっている。
船も飛行機も欠航。
なんとバスまで運休。
もちろん山へ行く道路は、通行止め。

山の方は、大雪だろう。
里も、かなり雪が降っている。
但し、屋久島の雪は、ものすごい音がする。
つまり、雪ではなくて、アラレ。

まだ全面的に積もってはいない。
草の上などが、白くなっている程度。
非常に寒い。
間違いなく、この冬一番の寒さ。

年末年始の帰省客も観光客も、屋久島には来れない。
帰りたい人も、屋久島を出れない。
フェリーは、昨日から欠航している。
明日も欠航するらしい。

これでは、年賀状さえ屋久島には届かないかもしれない。
こちらもネットでオーダーした荷物が、年内には届かなくなってしまった。
しかし、幸いなことにリクエストのあった水晶類は、すべて29日には発送を
終えている。
静かに嵐が去るのを待つしかない。

台風で飛行機や船が欠航することは、よくある。
しかし、年末にこんなことは記憶にない。
秘書のぴあのさんも、一年の総決算のような頭痛に見舞われてダウン。
全国的に大荒れの年末年始が意味するものは・・・

これは、2011年を象徴しているのだろうか。
新しい年が、激動の年であることを暗示しているのだろうか。
これまで溜まりに溜まった人類の堆積物が、大掃除されることを示唆している
のだろうか。
地球の大浄化が近いことを教えてくれているのだろうか。

いずれにしても、このままでよいはずがない。
人類は、悔い改める必要がある。
これまでの生き方を見つめ、もう一度生き直す必要がある。
物質化から魂化へ転換する必要がある。

先日の子宮や卵巣について書いた日記に、子宮筋腫の方からコメントがあった。
一人でも気づく方があれば、日記を書いた甲斐があるというもの。
子宮や卵巣が筋腫や癌になっても、感謝する人はいない。
ほとんどの人は、天を恨み、自分の運命を呪う。

みんなから慰められ、惨めさを噛み締める。
健康で幸せそうな人を見ると、どうして自分だけがと憎らしくなる。
人類の不幸を一人で背負い込んだ気分になる。
人生が暗い雲に覆われる。

それが、今の大多数の人の普通の反応。
そして、医学界も腫瘍や癌を悪者扱いする。
邪魔者は早く取り除くという流れ。
みんな表層だけで生きている。

子宮や卵巣は、繊細さ故に体内の毒素を吸収する。
それによって、全身が毒素で死に至るのを防ぐ。
身を犠牲にして全体を救う。
まさに菩薩行。

その子宮や卵巣を邪魔者扱いして切り取ろうとする。
それでも子宮や卵巣は、黙って切られている。
ほとんど十字架に架かったキリストのようなもの。
みんなキリストは褒め称えるが、子宮や卵巣を褒め称える人はいない。

切ってしまえば、再生しない。
切らなければ、再生する可能性がある。
生き方を変えれば、子宮や卵巣は元気になる。
では、どのように変えればいいのだろうか。

まずは、子宮や卵巣がこれまで果たしてきた役割に感謝することだろうか。
それは、まさに愛の行為以外の何ものでもない。
自己犠牲の極み。
女性性の頂点。

宇宙は、男性性によって創造される。
しかし、それだけでは行き過ぎる。
今の世界のように、バランスが壊れる。
それを調和させるのが、女性性。

すべてを受け入れ、すべてを癒す。
すべてのバランスを整え、すべてを調和させる。
それによって、宇宙はダイナミックな創造活動を続けられる。
男性性だけでは、全体の調和は保てない。

子宮や卵巣は、体内でそのような役割を果たしている。
毒素を吸収し、全体を守っている。
その毒素は、誰が生み出したものか。
もちろん、食べものや空気や環境にも原因はある。

農薬、化学肥料、化学物質・・・
衣食住のすべてが汚染されている。
水も空気も、汚染されていないものはないくらい。
しかし・・・

それらは、外側の条件。
外側から入ってくるものが、すべてではない。
最も汚れているものは、実は内側にある。
それは、人の想念。

人を恨み、憎み、妬む。
怒り、悲しみ、苦しみ。
最も毒素をつくりだすものは、不安や心配や恐怖。
みんな自分の心がつくり出しているもの。

そういうネガティブなものが、暗いエネルギーとなって子宮や卵巣に蓄積される。
それが積み重なると、子宮や卵巣まで暗く重たくなる。
それが形となったものが、腫瘍であり癌と呼ばれるもの。
それは、物質的な毒素と想いの毒の結合体。

自分で毒素をつくっておきながら、子宮や卵巣を責める。
あたかも子宮や卵巣のせいで自分が苦しんでいるかのように。
本末転倒。
原因と結果が、逆。

何かのせいにして自分を守る。
子宮や卵巣のせいにして自己正当化する。
そういう自我を子宮や卵巣は、黙って守っている。
まさに無償の愛。

本当にその行為は、感動するほどすばらしい。
キリストの愛は、遠くにあるのではない。
自分の体内で生きている。
子宮や卵巣は、今も黙って体内の毒素を吸い取り続けている。

自分の身の安全が脅かされても、まだ毒素を吸い続けている。
それが愛の行為でなくて何だろうか。
愛は、体内にインプットされている。
それは、宇宙のシステム。

肉体は、宇宙の縮図。
子宮や卵巣は、愛を育むところ。
すべてを受け入れ、すべてを育てる。
愛の器官。

それは、女性性の真髄。
そういう愛のセンターが、肉体のなかにセットされている。
それが、愛に反するものを吸収している。
愛に反するものとは、自分勝手。

自己中心的な思いから、怒りや憎しみや恨みは生まれる。
過度の自己保存から、不安や心配や恐怖が生成される。
そういうものを子宮や卵巣が引き受けている。
子宮や卵巣で中和されている。

しかし、あまりにもそれが続くと、子宮や卵巣の限界を超える。
個々の小さな子宮や卵巣には、限界というものがある。
限界を超えれば、ネガティブなエネルギーはどんどん蓄積される。
それは、やがて腫瘍や癌という形になる。

別に子宮や卵巣が自分から病気になるわけではない。
あまりにも大量のネガティブなエネルギーに対応できないだけ。
限界を超えれば、後は蓄積されるしかない。
やがて機能不全となる。

そういう子宮や卵巣を、原因をつくり出した本人が恨んだり憎んだりする。
どこまで恨んだり憎んだりすれば気がすむのだろうか。
それは、想念のパターン。
自己中心的な自我の思い癖。

本当に心から子宮や卵巣に感謝するなら、自分の思い方を変えるしかない。
ネガティブな思いが、どれほど心身を痛めているか、よく自覚することだろうか。
まだ十分自覚されないから、性懲りもなく同じことを繰り返している。
未熟な人類と言わざるを得ない。

しかし、いつまでも未熟なままでいいはずがない。
赤ちゃんでさえ、時間が経てば大人になる。
人類も、そろそろ大人になる時。
自分のあり方を理解し、自我を乗り越える時。

まず子宮や卵巣に感謝し、自分の思いを見つめ直し、生活を切り替える。
自然に即した生き方をする。
時間に追われ、金銭に追いかけられる生き方を見直す。
表層の世間体で生きるのではなく、もっと本質的に生きる。

食べるものも、住むところも、着るものも、一から見直す。
自分の思考パターン、感情の反応パターン、そういうものに注意する。
生活全般を問い直す。
生活すべてを見つめ直す。

そこまでやらないと、本質的に変わることはできない。
そこまでしないと、子宮や卵巣に恩返しはできない。
深く深く理解しないと、真実には生きられない。
自分の身を挺して理解しないと、頭でっかちで終わってしまう。

時代は、これからますます激動する。
しかし、それもこれも人類が真実に目覚めるため。
物質ナイズされた精神を、魂に目覚めさせるため。
激変を通して、宇宙の真実に気づかせるため。

人類は、まだまだ未熟。
未熟にもかかわらず、傲慢。
だから、自分で自分の首を絞めている。
それをこれから理解する必要がある。

深く深く自分自身を通して理解する必要がある。
病気とは、それを理解する機会。
まさに今チャンスに恵まれているということ。
不幸と思えることは、実は最大のチャンス。

『最大の 不幸が実は 最大の チャンスであれば 人よ目覚めよ!』

これが日記を書き始めて2189日目の心境。

     

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繊細さ
2011-03-27 Sun 03:43
                                           『木霊の森』
木霊の森ー31-oct_08_11
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日記『無色透明』 より、2010年12月27日 ”2184日目 - 繊細さ” 転載

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『繊細さ』

愛子岳の頂上に雪が積もっている。
屋久島、冬バージョン。
今日の天気は、曇。
時々、小雨が降ったりしている。

食用にするフグは、生まれつき毒を持っているのではないらしい。
成長する過程で、肝臓や卵巣に毒が溜まってしまう。
どうして毒が溜まるのか。
それは・・・

肝臓は、解毒作用をする器官。
だから毒が溜まりやすいのは、わかる。
では、なぜ卵巣に溜まるのだろうか。
それは・・・

卵巣は、繊細だから。
卵巣の中には、卵がいっぱい。
卵は、極めて繊細。
だから毒を吸収してしまう。

人体も同じようなことが言える。
卵巣や子宮は、非常に繊細。
そのために体内の毒素を吸収してしまう。
それによって、卵巣や子宮が病むことになる。

体内の最も繊細な部分が、毒素を吸収する。
それによって、他の部分が健全に保たれる。
赤ちゃんが誕生すると、お母さんは見違えるようにきれいになる。
それは、赤ちゃんがお母さんの体内の毒素を吸収してくれたから。

受精卵は、母体から栄養を吸収して成長する。
その間、母体の毒素をすべて吸収してしまう。
それによって母体は甦る。
出産すれば、母体はリフレッシュされる。

しかし、母体の毒素が多過ぎると、赤ちゃんは生まれながらに病気を持つこと
となる。
奇形児が生まれることすらある。
繊細なものは、毒素を吸収する。
それによって、全体を守る。

女性が卵巣や子宮の病気になりやすいのは、繊細な部分が毒素を引き受けて
いるから。
それは、自己犠牲。
女性性の極み。
自分を犠牲にして他を生かす愛の姿。

体のなかで癌や腫瘍ができている部分も、同じようなことが言える。
一般的には、それらは悪者のように扱われる。
しかし、真実は、身を犠牲にして全体を守っている部分。
同じことが、ハンディを持つ人たちについても言える。

昔から心身に障害を持つ人たちは、差別されてきた。
何の役にも立たない人たちと見なされてきた。
ところが・・・
真実は、その逆かもしれない。

彼らこそが、競争社会のなかで競争しない生き方を示しているのかもしれない。
彼らこそが、人のなかにあるやさしさを引き出しているのかもしれない。
家族にハンディのある子が一人いるだけで、家族のなかの愛が引き出される。
彼らの存在は、身を犠牲にして愛を引き出している姿かもしれない。

これまでの価値観は、すべてが逆なのかもしれない。
金持ちや権力者が尊敬され、勢力をふるってきた時代。
弱者は、力によって抑えつけられてきた時代。
勝ち組がもてはやされる時代。

そういう価値観が、もしかすると逆転するかもしれない。
すべてが、逆になるかもしれない。
トップがビリになり、ビリがトップになる。
持てる者が軽蔑され、持たざる者が尊敬される。

何も所有しなければしないほど、本当は自由であるということが理解される。
力を振るわなければ振るわないほど、真にやさしいということが理解される。
弱者であることは、本当は愛の行為であることが理解される。
これまでの価値観が、すべて逆であったと理解される。

そういう時代が、もうすぐくるかもしれない。
繊細であるが故に、みんなからいじめられる。
繊細であるが故に、みんなの毒素を吸収してしまう。
それは、本当はみんなの役に立っていること。

繊細であることが、尊重される時代。
繊細過ぎて社会に適応できない人たちが、社会に迎えられる時代。
それには、繊細さが理解される必要がある。
真の女性性が理解される必要がある。

ヒーリングする時、癒す時、繊細さの理解がキーとなる。
繊細であるが故に病む。
繊細過ぎるために病む。
そこを理解し、硬くなってしまった部分をほぐす。

否定したり攻撃したりするのではなく、理解し、感謝し、尊敬する。
そういう対応をすると、病んだ部分は、ゆっくりとほぐれ始める。
切り取ったり、焼き切ったり、その部分を否定している限り、真の健康は遠い。
病気に感謝することだけが、病気を癒す道。

病気の器官というのは、ほとんど菩薩行。
身を犠牲にして体を守っている姿。
それに感謝せずに、何に感謝するというのだろうか。
ものの見方を180度ひっくり返す必要がある。

特に卵巣や子宮などは、女性性の極み。
身を犠牲にして全体を守っている姿。
繊細さというのは、愛とも言える。
何も言わず、黙って愛の行為を続けている。

『繊細さ 故に病んでる 部分には 感謝こそすれ 恨む訳なし』

これが日記を書き始めて2184日目の心境。

     

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神は救ってくれない
2011-03-25 Fri 02:52
                                       『クリアーな流れ』
クリアーな流れー22-sep_07_10_11
  写真をクリックすると、1024サイズの大きな画像でご覧になれます。
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日記『無色透明』 より、2011年3月23日 ”2271日目 - 神は救ってくれない”より転載


『神は救ってくれない』

庭で黄色いフリージアの花が咲いた。
ここに8年住んでいるが、フリージアの花を見たのは初めて。
もちろん、自分で植えた覚えはない。
以前からあったのだろうか・・・

原発は、なんとか落ち着きそうな気配。
しかし、放射能汚染は、予想を超えて拡大している。
野菜が食べられなくなり、牛乳が飲めなくなっている。
水も危なくなってきた。

セシウム137の半減期は、約30年間。
長期間、人体や農作物などに影響が出るのは間違いない。
この責任は、誰が取るのだろうか。
東電だろうか、それとも政府だろうか。

興味ある記事が出ていた。
政府の原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長は、2007年2月の
中部電力浜岡原発運転差し止め訴訟の静岡地裁での証人尋問で、非常用
発電機や制御棒など重要機器が複数同時に機能喪失することまで想定して
いない理由を問われた。
その答は・・・

「割り切った考え。
すべてを考慮すると設計ができなくなる」
と述べていた。
これに対し、社民党の福島党首が、参院予算委員会で「割り切った結果が、
今回の事故につながった。」として謝罪を求めた。

「割り切り方が正しくなかったということも十分反省している。
(原発設計の)想定が悪かった。
想定について世界的に見直しがなされなければならない。
原子力を推進してきた者の一人として、個人的には謝罪する気持ちはある。」
と述べ、陳謝した。

しかし、陳謝して済む問題ではない。
もちろん、個人を責めても問題は解決しない。
しかし、「すべてを考慮すると設計ができなくなる」という発言は、ひどすぎる。
開いた口が塞がらない・・・

いったん事故が起きれば取り返しのつかない事態になることが予想されるのに、
それを想定しないとは・・・
科学者や技術者としての良識を疑う。
たぶん、最初に原発ありきだったのだろう。
安全を問う以前に、原発を造ることが決まっていたに違いない。

目先の利益を追求した結果が、今の現実。
物欲に溺れ、安全を軽視した証拠。
日本人のこれまでの生き方そのものを問い直す必要がある。
もちろん、原発を推進してきた人たちの責任は免れない。

人類は、過去にも我欲に走り大陸を沈没させたことがある。
それは、1万年前に大西洋に沈んだアトランティス文明。
物質文明に溺れ、私利私欲に走り、愛は言葉の上だけとなった。
その結果、大陸と共に多くの人命が失われた。

その時も、このままでは文明が崩壊すると叫ぶ者はいた。
しかし、彼らの声に耳を貸す人は少なかった。
大多数は、肉体に埋没し、物質文明を謳歌していた。
アトランティスは、一度に沈んだ訳ではない。

長い期間に何度も大地震が起き、大陸は島々に分断され、やがて海底に
沈んでいった。
その間、アトランティス大陸から逃げ出す人々もいた。
多くは、エジプトや南米に逃げたと言われている。
あのエジプト文明は、アトランティスの流れを汲んでいる。

このようなことは、アトランティス文明に限らない。
何度も何度も、人類は文明を滅ぼしている。
似たようなことを性懲りもなく繰り返している。
そして、今も似た状況にある。

今回は、絶対に失敗しない。
そのつもりで多くの人は生まれてきている。
しかし、少なくとも現時点までは、過去と同じペース。
このままでは、文明は崩壊する。

過去と違うパターンにするには、過去とは異なる何かが必要となる。
神に祈っても問題は解決しない。
それは、過去で実証済。
アトランティスでも多くの人が、神に祈りを捧げた。

しかし、神はアトランティスを救いはしなかった。
アトランティスに限らず、他の文明も海の藻屑と化してしまった。
神は、人を救わない。
なぜなら、我欲に耽る人類を救っても、何の意味もないから。

神の意に反する者たちは、滅びるしかない。
けっして神は救ってくれない。
では、神に祈って救いを求める者たちは?
善良な者たちも神は救わないのだろうか。

人類の種を残すという意味で、一部は救うかもしれない。
しかし、すべてを救うことはない。
ただ神に祈るだけの者に、何の価値があるだろうか。
神が求めているのは、そのような人々ではない。

神が真に欲しているのは、神の意を呈して生きる人。
神のように生きる人。
私利私欲に走らず、人々のために生きる人。
物欲に溺れず、高い精神性を保って生きる人。

この物質世界に溺れず、この物質世界を健全に建設する人。
自然と調和した社会を構築する人。
お互いに助け合い、手を取り合って生きようとする人々。
宇宙の叡智を活かし、霊的調和を物質次元でも実現しようとする人々。

そういう人たちが中心となって、調和された社会を建設することを神は
望んでいる。
そういう人たちが目覚めない限り、地球が救われることはない。
今必要なのは、祈ることではない。
神にお願いすることではない。

自分自身で立ち上がること。
神の子として、神のように生きること。
お互いに助け合って、共に生きること。
傍(はた)を楽にする働きをすること。

そういう人たちが、これからの社会を担っていく。
これまでの政治家や経営者ではない。
彼らは、過去の人。
物質主義、経済優先主義者。

その物質中心の考え方が、今日の危機的状況をつくり出している。
物質も大切。
しかし、物質的繁栄だけを求めれば、やがて地球が壊れてしまう。
物質と精神の調和。

霊性をベースとした文化。
深い精神性に基づいた文明。
そうでなければ、過去の文明の繰り返しになってしまう。
それでは、これまでの人類史の意味がない。

これまでのすべての人類史は、これからの新しい時代のために存在する。
すべてのことは、新しい時代を切り開くための経験。
真の人類文明を築くための試行錯誤。
未熟な人類の学習過程。

すべては、これからの新しい時代を切り開くためのもの。
そのための長い永い人類史。
それが、いよいよ大詰めを迎えようとしている。
原発による人類絶滅か、原発を越えた新しい文明の創設か。

どちらに転ぶかは、人々の意識しだい。
向かうべき方向は、はっきりしている。
問題は、それにどのくらいの人が気づくか。
目覚めるか・・・

過去は、問わない。
今、ここで目覚めること。
それのみが、唯一人類を救う。
これまでの自己中心的な生き方を改め、共に生きるスタンスにチェンジすること。

共に生きるとは、傍(はた)を楽にする生き方。
自分の個性を発揮することを通して、周りを幸せにする。
そういう生き方に転換すること。
そこからすべての行為が生まれ出ること。

いつまでも自己中心的に生きていれば、もう地球は保たない。
自分さえよければいいという浅はかな考えが、原発という鬼っ子を生み出した。
目先の欲に走ることは、国家百年の計を誤らせる。
もっと深くグランディングして生きることだろうか。

自分自身を花開かせる。
それを通して周りの人を幸せにする。
周りの人を幸せにすることによって、自分自身も幸せになる。
お互いを幸せにする文化が、本当の意味ですべての人を幸せにする。

そういう意識の転換が求められている。
その転換が起きない限り、人類の未来はない。
神は、人類を救ってはくれない。
自分自身で立ち上がるしかない。


『人類の 非常事態も 花々は 変わることなき 香りを放つ』

『物欲に 溺れた果ては 放射能 水も大地も 汚(けが)してしまった』

『祈っても 神は人類 救わない 祈ることより 意識転換』

『自己保存 自己中心を 傍(はた)楽に 転換すれば 光が見える』

『自分より 周りの人を 幸せに することこそが 真の幸せ』



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神の祈り
2011-03-22 Tue 08:49
                                             『青と白』
青と白ー31-aug_08_11
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日記『無色透明』 より、3月19日 ”2268日目 - 神の祈り” 転載

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『神の祈り』

神とは、何だろうか。
神は、慈愛の存在だろうか。
それとも、天罰を与える怖い存在だろうか。
あるいは、神も仏もいないのだろうか。

今回の地震も津波も原発も、すべて神は許している。
もし許していないなら、それらは存在することはできない。
この宇宙に存在するすべては、神が容認したもの。
この悲惨な現実も、すべて神の御手のなかで起きていること。

「神様、どうかこのような惨事が二度と起きませんように。」
「神様、どうかすべての人が幸せに暮らせる世の中になりますように。」
と、人々は祈る。
しかし、大惨事は終わることがない。

どうしてこのような大惨事が起きるのだろうか。
神仏がいるなら、どうして止めてくれないのだろうか。
神仏を信仰している人は、統計上は人類の数より多い。
にもかかわらず、神仏は悲惨な大惨事を終わらせようとはしない。

なぜ?
どうして?
神も仏いないの?
と、思う人も多いことだろう。

神様のやることが気に入らない人間たちは、神様にいろいろ注文する。
「一日も早く元の平和な世の中にしてください。」
「どうかもっと楽に暮らせるようにしてください。」
「どうかここでは地震が起きないようにしてください。」

全人類が、いろんなことを神様にお願いする。
こうしてください。
ああしてください。
自分のことはいいですから、他の人が幸せでありますように・・・

我欲もあれば、善意もある。
いずれにしても神様への注文。
平身低頭しての神様への要求。
さてさて・・・

神様としては、できれば人々の願いを聞いてあげたい。
幼い子供の願いもあれば、死ぬ間際の願いもある。
可能であれば、すべての願いを叶えてあげたい。
ところが・・・

「どうか敵が全滅しますように!」
という願いもある。
その敵方からは、「敵の戦意をくじいてください。」
というお願いが来ている。

みんな一生懸命。
どちらも必死。
さて、神様はどちらの願いを聞いてあげたらいいのだろうか。
戦いながら、「早く平和な世の中になりますように。」と祈っている人たちもいる。

神様は、思う。
お互いに戦うことをやめればいいのに。
そうすれば、祈らなくても、すぐに平和になるのに。
どうして人は、いつも争ってばかりいるのだろう?

最近は、「原発事故が、速やかに収まりますように。」という祈りが増えている。
神様は、思う。
どうしてそんな危険なものを造ったの?
自分で造っておいて、何とかしてほしいとは・・・

神様は、最近悩んでいる。
人間は、何でもすぐに神様にお願いする。
神様にお願いすれば、何でも叶うと思っている。
しかし、万能の神といえども、できないこともある。

お互いに自分こそ正しいと主張する人たちを仲良しにすることは、神様と
いえども難しい。
酒や麻薬に浸って自暴自棄になっている人を、心身共に健康にするのは、
いくら神様だって無理。
地球の自然を破壊しておきながら、きれいな空気を吸いたいと言われても・・・
酒を飲んで車を運転して、交通事故をなくしてほしいと頼まれても・・・

「神様は万能のはずではないのですか。」
「神様にできないことはないでしょう。」
「どうかみんなが幸せになるように導いてください。」
そんな声も聞こえてくる。

「でもねぇー。」
神様の独り言が漏れる。
「イエス・キリストは、磔になったし・・・」
「火炙りになった預言者も多いし・・・」

せっかく人類を正しい方向に導こうと天使を派遣すると、寄って集(たか)って
石を投げる。
自分の神だけが本物と主張して、受け入れを拒否する。
人類は、自分に都合の悪いことは受け入れない。
自分の意に反する者は、神の使いでさえ悪魔の手先にしてしまう。

神様も可愛い天使たちを、これ以上は無駄死にさせたくない様子。
できれば自分たちの問題は自分たちで解決してほしいというのが、神様の本音。
神様にお願いはするが、神様の言うことは聞かない。
なんとも厄介なのが、人類という種族。

敬虔な祈りを捧げる人もいる。
我欲の願いでお参りする人もいる。
いろんな人が、いろんなことを神様にお願いする。
まったく矛盾するお願いも多々ある。

そういう祈りやお願いを聞きながら、神様は思う。
「自分のことは、自分でできないものだろうか。」
「いつも神様頼りでは、いつになったら独り立ちできるのだろうか。」
「こんな子供のような人類に、地球のことを任せておいて大丈夫だろうか。」

そこで神様は、人類にメールを送った。
そのメールには、次のように書かれてあった。

----------------------------------------------------------------------

人間様へ

どうか、自分のやっていることを、よーく見つめてみてください。
こちらにたくさんのお願いが来ていますが、それをみんな叶えることは不可能です。
なぜなら、矛盾するお願いがあるからです。
お互いにケンカしている人たちを仲良くすることはできません。

どうか自分たちでケンカすることをやめてください。
そうすれば、すぐにでも平和になります。
原発が危険だったら、すぐにでも原発をやめてください。
エ?

それでは暮らしが貧しくなる?
貧しくなるのがいやだったら、原発の危険と一緒に暮らしてください。
両方とも叶えろなんて、そんな都合のよい話は、いくら神様でも実現不可能です。
もっと安全な発電システムを自分たちで工夫してください。

それからお願いがあります。
困ると何でも神様にお願いするのは、やめてもらえませんか。
祈ればいいというものではないでしょう。
自分のことは、自分でやってくださいよ。

そのための能力は、既に与えてあります。
自分たちで危険なものを造っておきながら、困ると神様にお願いするのは、いかがな
ものでしょうか。
それでは、宝の持ち腐れです。
もう少し叡智を働かせてください。

みんなでよく話し合って、みんなが幸せになるように生きてください。
自分さえよければいいと思っているようですが、それでは自分さえ幸せになることは
できません。
みんなが幸せな時に、自分も幸せになれるのです。
一人だけ抜け駆けの幸せというのは、あり得ないのです。

人類は、バラバラではありません。
みんなつながっています。
実は、一つなのです。
肉体があるので別々に見えるだけなのです。

人類は一つですから、お互いに争い合ったりしないで仲良く暮らしてください。
そうすれば、問題はすべて解決できるでしょう。
何でも神様に依存しないでくださいね。
それでは、いつまで経っても大人の宇宙人にはなれませんよ。

----------------------------------------------------------------------

以上が、神様からのメール。
人類にとっては、耳の痛い話。
でも、どう見ても神様の方が、マトモ。
人類の方が、我が儘で幼稚。

人類は、困った時は何でも神様に祈ればいいと思っているフシがある。
祈りは美しいものだから、何でも叶えてもらえると誤解している。
その姿は、パパやママにおねだりしている幼児とそっくり。
みんな神様にオンブにダッコ。

神様としては、いつも無茶なお願いをする人類に対して、もう少し自立してほしい
と願っている。
地球というすばらしい星を無償で提供しているのだから、もう少し仲良く暮らして
ほしいと望んでいる。
どうしてこれほどまでに自分勝手で、自己中心的なのか理解できない。
どうしてこんなに争いが好きなのかも、理解を超えている。

宇宙は、広い。
神様も忙しい。
地球人類のことばかり構っている訳にもいかない。
そこで神様は、人類に対して祈りを捧げた。

-----------------------------------------------------------------------

人類様、どうか平和に暮らしてください。
どうかみんなで助け合って生活してください。
どうか原発のような危険なものは造らないでください。
どうかこれ以上、神様にお願いはしないでください。

人類様、どうか神の願いをお聞き届けください。

偉大なる人類様へ。
人類の僕(しもべ)である神より。

-----------------------------------------------------------------------


『神様の 願いは一つ 人類よ 自分のことは 自分でやって』

『いつまでも 甘えていれば いつまでも 神の御国は 実現しない』

『神の子で あるなら神に 頼らずに 愛の地球を 自分で造れ』

『神様に 頼ることなく 自(みずか)らが 愛と光に なればいいだけ』


これが日記を書き始めて2268日目の心境。

     

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目覚めの時
2011-03-20 Sun 17:50
                                          『一直線の雲』
一直線の雲ー23-cloud_10_11
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日記『無色透明』 より、3月19日 ”2267日目 - 目覚めの時” 転載

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『目覚めの時』

原発は、小康状態を保っているかに見える。
しかし、それは一時しのぎ。
問題が根本的に解決した訳ではない。
かろうじてメルトダウンを押さえ込んでいるだけ。

ここ数日の日記に対して、次のようなメールが届いた。

「数年前より、日記を拝見させていただいています。
この二日の日記では、目が覚める思いがしました。
今回、自分の光と愛を輝かせるための後押しとしてのブレスレットを作って
いただきたくて、メールさせていただきました。」

今の時期に祈りについて否定的なこと書くことには、少し躊躇するものがあった。
この日記を読んでいる方でも、祈っている方がいるのは明らか。
かなりの方が祈っている感じ。
それは、善意に基づいている。

そういう人たちに冷や水を浴びせるようなことを書くのは、ためらわれた。
世界中に祈りの輪が広がっている。
それも日本の現状を慮(おもんばか)ってのこと。
それも善意。

しかし、書く必要があった。
なぜなら、祈りだけでは、事は根本的には解決しないから。
祈りは、現代医学に似ている。
現代医学は、対症療法。

熱が出れば、熱冷ましを出す。
頭が痛いと言えば、痛み止めを出す。
血圧が高いとなると、降圧剤を出す。
ただ症状を抑えるだけの治療。

なぜ熱が出るのか。
なぜ頭が痛いのか。
なぜ血圧が高いのか。
それを究明しようとはしない。

風邪を自然に経過させれば、台風一過のようにさわやかになる。
それは、誰もが経験していること。
熱によって、体に溜まっていた不要なものが融けていく。
その結果、心身はリフレッシュされる。

一病息災という言葉さえある。
風邪を自然経過させれば、肉体は蘇る。
それが、自然治癒力というもの。
しかし・・・

薬で熱を抑えてしまったら?
融けるべきものが融けない。
体に詰まっている不要なものが、そのままキープされる。
それでは、せっかく風邪を引いた意味がない。

不要なものが抜ける際に、痛みを伴う。
それは、新しい心身をつくり出すための産みの苦しみ。
その苦しみを避ければ、新しい心身は生まれない。
リフレッシュされない肉体は、どんどん老化していく。

祈りとは、癒やし。
それはそれで効果がある。
しかし、一時しのぎ。
危機的状況が終われば、もう祈らない。

困った時の神頼み。
困った時の医者頼みと、何ら変わることはない。
普段の生活を省みることなく、何かあると医者に頼る。
「先生、何とかしてください!」

先生のところを神様に置き換えれば、祈りと同じになってしまう。
「神様、何とかしてください。」
そんな自分勝手な願いを、神様は何と思っているだろうか。
医者なら薬を出してくれるが・・・

しかし、その薬が効くのは、一時(ひととき)だけ。
根底では、事態は悪化している。
不要なものは浄化されず、更に蓄積されている。
やがて限界が来る。

もう二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなる。
医者では、もう手の施しようがない。
対症療法では、対処できない。
いくら薬を投下しても、何の効果もない。

不自然な生活は、不自然な結果をもたらす。
自分で蒔いた種は、自分で刈り取らなければならない。
それは、個人も国家も変わらない。
人類全体も同じ。

日本人は、目先のことだけを考えて暮らしてきた。
目の前の物欲に溺れ、原発を57基も設置してしまった。
それは、すべて贅沢な暮らしをするため。
自然環境を無視し、自分の幸せだけを求めてきた。

そのツケが、今出ている。
ただそれだけのこと。
処理できない使用済核燃料が出ることがわかっていながら、警告を無視して
暴走してきた。
原発の危険性は、いやというほど警告されている。

にもかかわらず、政府や電力会社は、原発の安全性を宣伝し続けてきた。
企業も電力ほしさに、それに賛同した。
国民も暮らしを豊かにするために必要と思い込んだ。
実は・・・

今の危機的状況は、以前より指摘されていた。
このような可能性があることは、本になって出版されている。
そこに書かれていることが、現実となってしまった。
そういう意味では、想定外の事態ではない。

都合の悪い想定を無視してきただけ。
目先の欲に目が眩(くら)み、国家百年の計を誤ってしまった。
それは、政治家の愚かさ。
国民の未熟さ。

誰を責めることもできない。
これが、日本の現実。
これが、日本人の意識のレベル。
物質ナイズされた人間の浅はかさ。

肉体と自己同一化し、物欲に走った人間。
肉体をベースにした自己中心的な人間。
自分や自分の家族の幸せだけを最優先する人間。
肉体の本能と思考がドッキングした思いの世界でのたうち回る人間。

緊急事態には、対症療法が役に立つこともある。
しかし、いつも対症療法だけをやっていたら、肉体は滅んでしまう。
根本的に解決する必要がある。
これまでの生き方自体を見直す必要がある。

これまで祈ってきた方たちは、それだけで終わらせないでほしい。
困った時の神頼みで終わらせないでほしい。
もっと根本を見つめてほしい。
自分の生き方を問い直してほしい。

今という時代は、目覚めの時。
これまでのツケが、一気に吹き出す時。
それによって、これまでの自分の生き方を見直す時。
真実の生き方に気づく時。

この日記を読んでいる人は、たかだか千人前後。
正確な数はわからないが、日本の全人口からしたら僅(わず)かなもの。
スターやスポーツ選手のブログに比べたら、話にならない数。
しかし・・・

問題は、数ではない。
大切なのは、その質。
いかに深く生きているかということ。
いかに真剣に生きているかということ。

その質が、人類意識に影響を与える。
その質が、人類意識に変化をもたらす。
一般大衆の意識は、過去の影響下にある。
ほとんどの人は、集合無意識に支配されている。

その人類の集合無意識を変えるのは、真剣に生きようとする人たち。
目覚めた人たち。
新しい時代の意識を持つ人たち。
人類の集合無意識に変化をもたらさない限り、人類が救われる道はない。

この日記で書いていることは、新しい時代の意識のあり方。
古い時代の意識の理解。
自分自身を理解し、それを乗り越えていく道。
新しい意識を目覚めさせる方法。

この危機的状況のなかで、新しい意識は確実に目覚めていく。
この状況こそが、最大のチャンス。
この時を逃しては、もう機会はやって来ない。
今、この時に、真に目覚めていただきたい。

人類が目覚めなければ、人類の未来はない。
それは、明らか。
人類だけでなく、太陽系も銀河系も影響を受ける。
原発は、単に地球だけの問題ではない。

地球の運行に異常が起きれば、太陽系も銀河系も影響される。
宇宙全体に、その影響は及ぶ。
事は、地球レベルで終わらない。
真剣に注意深く生きる必要がある。

この危機的状況のなかで、意識は目覚めつつある。
でも、ややもすると古いパターンに走ろうとする。
古いパターンは、やり慣れていて容易。
その代表格が、祈り。

他に頼らない。
きちんと自立する。
困った時の神頼みをしない。
自己責任をとる。

この状況を救う道は、ただ一つ。
自分自身が、光り輝くこと。
自分が光となり愛となること。
その光と愛で生きること。

それには、自分自身を見守り続けること。
まず自分をやさしく見守ること。
自分を見守れなくて、どうして人を見守れるだろうか。
どうして人々を救えるだろうか。

良いも悪いもない。
許すも許さないもない。
ただ目の前の事実がある。
事実と共に、問題を根本的に解決していく。

目先の利益に走らない。
それは、これまで延々とやってきたこと。
問題を根本的に捉え直す。
本質的な解決に取り組む。

祈りとは、目先の利益。
一時しのぎ。
対症療法。
従来のパターン。

今必要なのは、根本療法。
根底から生き方を変えること。
少数の人でいい。
根本的に生き方を変える人がいれば・・・

その少数の人が、人類を救う。
それは、けっして救世主ではない。
人類の共通無意識に影響を与えるだけ。
人類の共通無意識を変えるだけ。

新しい時代を切り開くために、ここまで書いてきた。
いよいよクライマックスが近づいている。
今ここ。
今ここで目覚めなければ、いつ目覚めるのだろうか。

今が最も大切な時期。
人類の目覚め。
もう新しい太陽の姿が、ほの見える。
もうすぐ、もうすぐ・・・


『殊更(ことさら)に 祈ることより 日常を 光と愛で 日々生きること』

『何事も 危機とチャンスは 裏表 今こそ目覚め 生き直す時』


これが日記を書き始めて2267日目の心境。

     

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祈り越え
2011-03-18 Fri 15:11
                                    『太陽へ向かうジェット』
太陽へ向かうジェットー20-m_10_11
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日記『無色透明』 より、2011年3月18日 ”2266日目 - 祈り越え” からの転載。


『祈り越え』

ここのところ、この日記のアクセス数が増えている。
ここ二日は900を超え、1000に近づこうとしている。
震災が起き、原発が怪しくなり、不安が募っているのだろうか。
しっかりした指針がほしいのだろうか。

今日の屋久島ナチュラルヒーリングのHPのトップ写真は、ラリマー。
今の日本に必要なエネルギー。
このラリマーの波動が、今の日本を救う。
これが、これからの時代のエネルギー。

ラリマーが意味するものは、愛と平和。
深いやすらぎと癒やし。
なんとも言えないライトブルーは、心の平和へと誘(いざな)う。
無条件のやすらぎをもたらす。

HPにアップすることで、この日記に書くことで、このエネルギーは
日本全体に浸透する。
世界中を包む。
地球が本来の美しい星になるのをサポートする。
それは、下手な祈りより遙かにパワーを持っている。

なぜなら、それは天からのエネルギーだから。
祈りは、地からのエネルギー。
そこには、まさに天と地ほどの開きがある。
全体と、全体から分離した個との差は歴然。

昨日、掲示板に書き込みがあった。
既に返事を書いたけれども、もう少し詳しく検討してみたい。
コメントされた方にはたいへん申し訳ないが、俎板(まないた)の上の
鯉になっていただきたい。
責めるつもりはまったくないので、ただ理解を深めるための事例に
なっていただきたい。

-------------------------------------------

私はangelたちの光のシャワーを届けるような想いで祈っていますが。。
それでもダメですか。。?
被災者の方々の畏れや不安、恐怖や痛み悲しみが軽くなるように。。
ちなみに私はいま現在。。すべてを天にお任せするような気持ちで、
こころ静かで穏やかであります。

-------------------------------------------

ダメということはない。
人それぞれの気持ちを素直に表現すればいい。
但し、いくつか疑問がある。
それは・・・

すべてを天にお任せするような気持ちなのに、どうして祈るのだろうか。
すべてを任せるとは、どういうことだろうか。
「君にすべてを任せるから、頼んだよ。」
とは、よく聞くセリフ。

ところが、すべてを任せた後で、あれこれ口出ししたり、いろいろ手出し
したりしたら?
それは、すべてを任せたことになるのだろうか。
任された方も、不信感を持つに違いない。
自分は信頼されていないのではないかという猜疑心が芽生えるかもしれない。

祈りとは、どういうことだろうか。
「angelたちの光のシャワーを届けるような想いで祈っています」
「被災者の方々の畏れや不安、恐怖や痛み悲しみが軽くなるように」
そう願っているということだろう。

すべてを天にお任せしたのではなかったのだろうか。
にもかかわらず、どうして祈り=お願いをするのだろうか。
天を信じ切れないということだろうか。
これだけは、ぜひ追加してほしいということだろうか。

お願いされた天も困っているに違いない。
お願いは、この方からだけではない。
被災された方はもちろん、世界中の人がお祈りをしている。
いろいろリクエストされて、まさに天てこまい?

人は、天に限らず、神や仏やキリストに祈る。
祈るとは、お願いすること。
まさに困った時の神頼み。
普段でも神社仏閣は、そういう人で賑わっている。

自分の欲望を神仏にお願いする。
なに?
今回の祈りは、自分の欲望ではない?
人々への愛から出たもの?

もしそうだとしても、祈った人は、祈った対象を信じていないのだろうか。
天や神や仏やキリストを。
信じ切れていないから、改めて祈るのではないだろうか。
もし全幅の信頼を寄せていれば、ことさら祈る必要があるのだろうか。

心の底から「すべてを天にお任せ」の心境であれば、改めて天に祈る
ということはしないだろう。
神仏やキリストを信頼していないから、祈りという方法で手出し口出し
するのではないだろうか。
すべてお任せなら、何が起きようとお任せすればいいのではないだろうか。
いちいち追加のお願いをしたら、先方に失礼だろう。

人は、長いこと祈ってきた。
それは、自分を無力と思っているから。
無力だから、自分より偉大なものにすがってきた。
それが、歴史的事実。

だから、何かあると祈ろうとする。
それは、古いパターン。
依存のパターン。
まだ自立できていない証拠。

そもそも神仏に祈るということは、何を意味しているのだろうか。
それは、神仏と自分との分離。
自分を小さな個と決めつけているということ。
偉大な神仏にすがらなければ、何もできない無力な個。

そう思っている限り、永遠に救われることはないだろう。
なぜなら、個とは、肉体をベースにした思い込みだから。
自分を肉体人間と規定するから、個になってしまう。
肉体人間であれば、当然、自己保存の法則に支配される。

それ故、罪深い己となる。
生まれながらにして原罪を背負う自分。
神に許しを請い、神に支配されて生きるしかない。
それでは、聖職者の思う壺。

歴史的に見れば、大衆は聖職者に支配されてきた。
宗教は、ある種支配の道具ですらあった。
多くの人民を罪深きものにし、聖職者はその上にのさばった。
抑圧された大衆は、神に祈るしかなかった。

今祈っている人たちは、過去世からたくさん祈ってきた人たち。
心の美しい人たちと言ってもいいだろう。
しかし、心が美しいだけでは、十分とは言えない。
叡智が欠如している。

宇宙の真理を体得していない。
自分を小さなものにおとしめている。
他者に依存している。
真に自由に生きていない。

困った時は、神にお願いする。
自分では何もできない。
ただ祈るしかない。
それが、これまでの人類の意識。

なんと情けない人類意識であることか。
なんと自立していない人類意識であることか。
未熟そのもの。
まだまだ子供。

なぜ自分の光や愛を発揮しようとしないのだろうか。
なぜすぐに神仏に頼ってしまうのだろうか。
それは、過去世からの癖。
単なる習慣。

神仏依存が、骨の髄まで染み込んでいる。
自分の光や愛を輝かせるという経験がない。
それは、これからの課題。
新しい時代の意識。

自分のなかの光や愛を発揮すれば、何も神仏に祈る必要はない。
いつまで過去のパターンを繰り返すつもりなのだろうか。
いつまでイージー依存を続けるつもりなのだろうか。
それは、無責任以外の何ものでもない。

人類がやったことは、人類がケジメをつけるしかない。
なに?
畏れや不安、恐怖や痛み悲しみが軽くなるように?
少しでも楽になるように?

人は、なぜ病気になるのだろうか。
なぜ痛みや苦しみがあるのだろうか。
それは、自然の法則に反したからではないだろうか。
肉体と共に生きる以上、地球の自然法則に沿って生きるしかない。

不自然な生き方をすれば、肉体は病む。
病めば、不自然なところを知らせるために痛みが起きる。
不要なものを融かすために、発熱する。
全身に血液を回すために血圧が高くなる。

病気を一掃しようとして断食をする。
そうすると、メンゲン反応というものが起きる。
それは、これまで溜まっていたものを体外に排出するプロセス。
その時、痛みや苦しみが伴う。

その痛みや苦しみを和らげることは難しい。
解毒するためには、避けて通ることのできない道。
その痛みや苦しみを通して、体内に溜まっていたものは体外に排出される。
それは、肉体が健康になるための過程。

その状態は、今の日本に似ている。
溜まりに溜まっていた不自然なものを排出している途上。
本来の健全な状態に戻っている最中。
その産みの苦しみ。

にもかかわらず、神仏に祈る。
痛みや苦しみを軽くしてくださいと。
神仏もあきれているかもしれない。
なんと自分勝手なことを・・・

自分で我が儘放題をして、病気になる。
そして、困ったら神仏に祈る。
肉体が健康体に戻ろうと必死になっている時に、それに伴う痛みや
苦しみだけ軽減してほしいと願う。
なんとも身勝手。

人は、自分のしていることを自覚していない。
だから、こんなにも自分勝手なことが言える。
まさに困った時の神頼み。
自分の生き方を省みることはない。

人は、いと小さきものにあらず。
人は、個であるとともに全体。
人のなかには、光があり愛がある。
光や愛は、神仏の専売特許ではない。

自分自身の光や愛を自覚すること。
自分自身が、光や愛として生きること。
自分自身で、光や愛として行動すること。
何者にも依存しないこと。

新しい時代は、一人一人が光となり愛となる時代。
自分自身の光や愛で、被災された方を包んであげればいい。
心から抱きしめてあげればいい。
神仏に頼る必要は、まったくない。

自分自身の光や愛を輝かせなければ、いつまで経っても神仏の僕(しもべ)。
その意味するところは、聖職者や教祖に自分の運命を委ねること。
いつまでそんな児戯に等しいことをやっているのだろうか。
もう人類も自立しないと・・・

新しい時代の生き方は、個であり全体。
自分自身が、自分自身の光となり愛となること。
個として現実創造し、それを常に見守る。
魂とつながり、周りの人の幸せのために働く(傍楽)。

この大震災は、目覚めを促すための警鐘。
新しく生き直すことを求める、宇宙からのメッセージ。
それに古いパターンで応えないことだろうか。
新しい生き方を確立することだろうか。

このブログ日記は、灯台のようなもの。
闇夜を照らす灯台。
その光源は、宇宙。
それは、書いている人の深奥にある。

2005年から、書いていることは一貫している。
同じことを何度も書いている。
ただ表現が違っているだけ。
しかし、まだ十分には理解されていない。

このようなアクシデントが起きて、人は本気になる。
その時に、真の目覚めが起きる可能性が生まれる。
そういう意味では、今はチャンス。
真に目覚める時。

現象に振り回されないこと。
その底流に流れるものを見極めること。
自分の真実を生きること。
もう自分をごまかさないこと。

大きな振動が起き、魂が揺さぶられている。
いよいよ人類が真に目覚める時が来た。
新しい時代の夜明けは、もうすぐ。
次の時代の太陽が、すぐそこにある。


『お任せで 生きられないから 祈り出す 神も仏も 信じていない』

『心から 信じていたら 祈らない すべてお任せ 御心のまま』

『祈りとは 信じていない ことの証明 神も仏も 自分自身も』

『祈りとは 恣意(しい)に過ぎない 神仏の 計らいよそに 我が儘願う』

『エンジェルも 神も仏も 思い込み ただのイメージ 本質知らず』

『祈りとは 真に目覚める 時が来る までの方便 古いパターン』

『祈らない 自分自身と 共にいる 光と愛で すべてを包む』

『この日記 揺らぐことなき 灯台は 行くべき道を 光で示す』



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大地震
2011-03-15 Tue 16:31
                                             『レンゲ』
レンゲーrenge-01_10_11
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日記『無色透明』 より、3月12日 ”2260日目 - 大地震” 転載


『大地震』

昨日、大地震が起きた。
マグニチュード8.8。
明治以降で最大規模とのこと。
来るべきものが、来てしまった。

予想されたこととはいえ、現実になると、やはりたいへん。
どれだけの被害が出たのか、まだはっきりしない。
しかし、日々の殺人事件や交通事故が、まったく報道されないレベルであるのは確か。
リビア情勢も原油の高騰も、吹っ飛んでしまった。

地震の一日前とは、なにか世界が変わってしまった感じ。
日々の事件が、とても小さなことに感じられる。
まして政治のいざこざなど・・・
まさにコップの中の嵐。

花粉症もノロウイルスも鳥インフルエンザも・・・
みんな吹き飛んでしまった。
もうそんなことを言っている場合ではなくなった。
それが、マスコミ初め国民の偽らざる心情だろう。

本当は、今日は九州新幹線が全線開通の記念の日。
そのため、いろんなイベントが準備されていた。
しかし、祝典は中止になった。
イベントも、多くは中止を余儀なくされるだろう。

大きなアクシデントが起きると、これまでのことが些細なことのように思われる。
大きなアクシデントが起きる前までは、それが大事件だったのに・・・
人の意識は、相対的。
今の自分にとっては死活問題と思えることも、時間が経つと、また感じ方も変わってくる。

みんなが同情した霧島の温泉郷や都城の火山灰被害も、大地震の前では色褪せてしまう。
今は、全国民の関心が、東北・関東方面に向いている。
しかし、地震は、これだけでは済まない可能性がある。
もっと広がる可能性もある。

現象面を見れば、悲惨極まりない。
被害に遭われた方には、言葉もない。
東北・関東地方にも、知り合いがたくさんいる。
そういう意味では、安否が気にかかる。

セミナーをやっていた時代も、ガイドや水晶の発送をしている今も、日本全国の人と付き合いがある。
そういう意味では、日本全国に知り合いがいる。
日本全国が激動すれば、当然、知り合いの安否が気にかかる。
無事でいてほしいと願う。

しかし、それは現象面。
実は、エネルギー的には・・・
危惧するようなことは、何もない。
大地震の後なので、あまり不謹慎なことは言えない。

しかし、エネルギー的には、何かが抜けてスッキリしている。
詰まっていたものが外れ、クリアーになっている。
昨夜の月も、ことさら美しかった。
空気は、澄み切っていた。

現象だけを見れば、悲惨。
友人、知人の安否も気にかかる。
しかし、大局的に見れば、起きるべくして起きた地震。
地球と人類の調整局面。

人類が早く目覚めれば、このような現象は最小限で済む。
しかし、目覚めなければ・・・
目覚めるまで、現象が続く可能性がある。
それは、屋久島も例外ではない。

屋久島も大地震の可能性がある。
山が崩れ、海水が住宅を飲み込む。
あり得ない構図ではない。
しかし、それには意味がある。

屋久島の再生。
屋久島の新生。
屋久島の神聖。
神聖な屋久島になるためのプロセス。

本来の屋久島が、姿を現す。
光輝く屋久島。
神聖な屋久島。
日本や世界の雛形にふさわしい屋久島。

今のままでは、それは遠い。
屋久島を本来の状態に戻すには、荒治療があるかもしれない。
それは、屋久島に限らない。
日本列島も世界も同じ。

本来の健全な地球に戻るためのプロセス。
そのために起きている現象。
表面だけを見ないことだろうか。
もっと底流で流れているものに目を向けることだろうか。

現象面だけを見れば、これから地上は地獄の様相を呈(てい)するかもしれない。
表面意識で生きている人にとっては、巷は地獄と化す可能性がある。
いかに深く生きるか。
それが問われる。

もうごまかせない。
もう自分を偽っては生きられない。
待ったなし!
真実で生きるしかない。

自分の真実を生きる。
モラトリアムは終了。
いつまでも物質人間でいれば、物質的な崩壊にみまわれる。
物質を抜けるしかない。

物質を超え、霊性を自分の基とするしかない。
それ以外に選択肢はない。
もう選んでいられる時代は終わった。
新しい地球と共に生きたければ、選択肢は一つだけ。

時代は、急展開している。
かなり煮詰まってきた。
しっかり生きることだろうか。
自分の真実を生きることだろうか。

慌てず、騒がず、静かに生きる。
本当の自分で生きる。
もうこの世を生きるための仮面はいらない。
自己保存のための鎧は、必要ない。

冷静に、霊静に、霊聖に。
基本は、冷静。
冷静は、霊性に通じる。
冷静は、やがて霊静となり、遂には霊聖に至る。

静かに落ち着いて生きることだろうか。
現象面に振り回されず、深く生きることだろうか。
もう自分をごまかさないで、真実の自分を生きることだろうか。
新しい生き方にチェンジする必要がある。


『人類の 生き方を問う 大地震 まだまだ続く 目覚めるまでは』

『真実に 生きよと告げる 大地震 人の魂 揺さぶり起こす』

『冷静に 生きることから 霊性に つながっていく 霊聖の道』


これが日記を書き始めて2260日目の心境。

      


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無色透明の意識
2011-03-13 Sun 07:54
                                         『滝つぼの虹』
滝つぼの虹ーrainbow-9_11
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『無色透明の意識』

いろんな色があっていいのですが、その色そのものになってしまわないことですね。
その色を楽しむことですよ。
楽しむということは、その色そのものではないということです。
色以前である必要があります。

『透明な 意識のなかを 様々な 色とりどりの 色が流れる』        

      
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流れと共に
2011-03-06 Sun 04:21
                                    『オオゴカヨウオウレン』
オオゴカヨウオウレンーoogokayououren_11
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『流れと共に』

すべては変わる。
この宇宙に変わらぬものはない。
それが生きるということ。
いのちというもの。
創造とは、いのちの別名に過ぎない。

いのちとは、変化。
創造もまた変化。
新たなものを創り出し、破壊し、創造し続ける。
それが宇宙の営み。

良いも悪いもない事実。
無常という現実。
無限の創造が繰り返されるところ。
宇宙劇場。
いのちの躍動。

その中の地球劇場という舞台で、今、人類は創造活動をしている。
何を創り出しているだろうか。
あなたは何を創造しているだろうか。
それがあなたの創造宇宙。
あなたはあなたの宇宙の創造主。

どのような宇宙を創り出していくか、よーく考えてみるといい。
どのような宇宙も創造可能。
創造に限界はない。
自分の制限を取り払いさえすれば、無限の創造ができる。

あなたの人生は、あなたの創造した作品。
誰にも文句は言えない。
なぜなら、創造主はあなただから。        


      
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