いのちの写真と光の言葉
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
自分自身
2011-02-27 Sun 14:32
                                    『オオゴカヨウオウレン』
oogokayououren-03_11ーオオゴカヨウオウレン
  写真をクリックすると、1024サイズの大きな画像でご覧になれます。
  ぜひ大きな画像でご覧ください。↑click
 


『自分自身』

だいたい普通の人は、外面(そとづら)の良さそうな仮面を被っている
ものだよね。
人から悪く思われないような仮面。
でも、逆に恐そうな仮面を被っている暴力団系の人もいるけどね。
素のままの自分で生きている人は少ない。
多かれ少なかれ何らかの仮面を付けている。

人は身構えて、何を守ろうとしているんだろう?
自分自身だよね。
自分がつくりあげた「私」というイメージ。
それが壊れないように一生懸命守っている。
守るために疲れていると言ってもいいかな?
ありのままの自分で生きれば、疲れないのにね。
かっこよく見られたいとか、偉く見られたいとか、バカにされたくないとか、
良い人に思われたいとか・・・なかなか大変だ。
そんなに何が大切なんだろうね?

もう一度裸になって確かめてみるといいかもしれない。
いったんぜんぶ手放して、ありのままの自分の気持ちを聞いてみる。
別にそのまま表現することはないよ。
とりあえず、正直な自分を再確認してみる。
そして、正直なままで生きれそうかどうか、よーく見てみるといいよね。
別に仮面を被っていても、正直に生きれなくても、悪くはない。
自分を責める必要はない。
ただ、そういう事実をはっきりとわかっていることだよね。

曖昧にしない。
逃げない。
誤魔化さない。
不正直な自分と一緒にいる。
そうしていれば、そのうちに正直に生きたくなるかもしれない。
自分を非難したり、批判したりしていると、いつまで経っても変わらない。
非難したり批判したりすることで、自分を正当化しているから。
本当はそういう自分ではないんだけど、ここのところはよくないと。
自分を弁護しているんだね。
変われない自分を正当化しているだけ。
そういう自己欺瞞はやめて、ありのままの自分自身と一緒にいる。
そうすれば、変わる可能性がある。

黙って、ありのままの自分自身と一緒にいる。
批判も、非難もしない。
自己憐憫(れんびん)も、自己否定もいらない。
ただ黙って自分自身と一緒にいる。
その時に、何かが起きるんだね。
実際に自分で体験してみてください。
         

      
  人気ブログランキングへ  
ブログランキングに登録しています。
写真と文章をご覧になって、より多くの方に紹介したいと思われたら、愛のクリックをお願いします。
ありがとうございます。 



   屋久島の大自然のエネルギーに包まれる本家サイト
   『屋久島ナチュラルヒーリング』も あわせてぜひご覧ください。

   >>屋久島ナチュラルヒーリング

   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings     
     
   T&F 光のネットワーク
   >>T&F時代


  
         
スポンサーサイト
別窓 | | コメント:0
無限への旅立ち
2011-02-20 Sun 03:37
                            『もののけ姫の森に射す木漏れ日』
もののけ姫の森に射す木漏れ日ー16-j_11
  写真をクリックすると、1024サイズの大きな画像でご覧になれます。
  ぜひ大きな画像でご覧ください。↑click
 


『無限への旅立ち』

いま流行の低反発マットや低反発枕。
あれを思いっきり握り締める。
握られた部分はとても小さくなる。
それを一気に離す。
そうすると、超ゆっくり元のサイズに戻る。

意識もそれと同じだろうか。
人間サイズに圧縮されたものを、その枠を外してやると、自然に本来の
サイズに戻ろうとする。
悟りたい、宇宙と一体の体験をしたいと思う。
でも、人間的意識で思えば、まずできない。
その人間的意識を外すことなのだ。
そうすれば、自然に元のサイズに戻る。

石は硬い。
エネルギーが凝縮されている。
だから固定している。
でも、自由ではない。
波動は遅い。

人間の意識は肉体の中に閉じ込められている。
そのために、とても硬くなっている。
波動も肉体と同調して、とても遅くなっている。
意識の凝縮バージョンが人間。
人は神の子。
神が小さな肉体に圧縮されているのだ。
圧縮されて石のように硬くなっている。
それが人間の意識というもの。

それを低反発マットを手放すように、手放してみる。
人間の枠を手放してみる。
そうすると、どうなるだろうか。
神に還るだろうか。
本来が神の子であれば、神に還るはずだ。

三次元と五次元の違い。
波動の早さと意識の圧縮度。
もちろん、五次元の方が波動は早い。
五次元の方が意識はゆるやかだ。
自由にクリエイトできる。
三次元のような物質的・固定的制限はない。

三次元・物質世界の枠を取り払う。
この世的意識の枠を撤廃する。
そうすると、どうなるだろうか。
意識が変わる。
三次元的・人間的意識ではなくなる。
これまでの意識が、まるで地を這うアリの意識のように思える。
これまでのスピードが、まるでアリの歩みのように感じられる。

意識は変わる。
意識は本来自由。
自由だから、肉体に閉じ込められれば自分を肉体だと思い込む。
肉体と共に成長すれば、肉体の限界が自分の限界だと信じ込んでしまう。
意識はどうにでもなる。
硬くもなれば、柔らかくもなる。
早くもなれば、遅くもなる。
どちらにも、どのようにもフレキシブルだ。

肉体にいながら、肉体の制限を超えることもできる。
肉体人間でありながら、肉体人間を超えることもできる。
意識は自由だ。
意識に制限はない。
あるのは、意識が自分で設けた制限だけ。
自分で自分の枠組みを創っているだけ。
自作自演以外の何ものでもない。

環境に応じた意識を創ってきた。
ただそれだけのこと。
環境適応?
地球バージョン?
今の時代の、今の地球の意識になっているだけ。

この意識の自己制限が外れる時が近づいている。
無意識のうちに創ってきた意識の枠に気づき、それらを手放す時はそう
遠くはない。
三次元・地球的な意識から、多次元・宇宙的な意識へ変わる。
それには、ただ自分で創った枠を外せばいいだけ。
何もテクニックや修行はいらない。
難しいことは何もない。
これまでの過去を手放す。
自己限定を取り払う。
ただそれだけのこと。

自己限定を手放せば手放すほど、自由になる。
本来は何の制限もない。
まったくない。
ないところに自分でいろいろ制限を設けたのだ。
制限のあるゲームを楽しみたかったのだろうか。
個としての人生を体験してみたかったのだろうか。
独立した肉体と、独立した意識を経験してみたかったのだろうか。

三次元は最も個の意識が強い世界。
だんだん次元が上がるにつれて、意識は集合意識化していく。
小さく凝り固まった意識から、大きく開かれた意識へ。
個の意識から集合的な意識へ変わっていく。
そして、最終的には「ひとつ」の意識へ還る。

大きな同心円をイメージしてほしい。
一番外側の円のその外側、つまり円の外が神の領域。
「ひとつ」の領域。
そして、一番真ん中の小さな円が、人間=個人の領域。
神の意識が凝縮された部分。
「ひとつ」が「一つ」になったところ。

元々は円の外側の「ひとつ」の領域から、だんだんと小さな波紋ができた。
でも、今は逆に一番真ん中の小さな円から外側へ波紋が広がろうとしている。
それを人間的表現で言うと、「成長」ということになる。
「神へ還る道」とも言う。
でも、元々は「ひとつ」の意識があっただけ。
「ひとつ」の意識から、すべてができただけ。

同心円のサイズによって波動が異なる。
外側へ行けば行くほど波動は早い。
しなやかで、自由だ。
即座に変化する。
内側へ近づけば近づくほど、波動は遅くなる。
変化は遅くなり、すべてが固定的に見える。

すべては変化している。
宇宙の森羅万象はすべて変化している。
ただ、そのスピードがそれぞれ異なる。
異なる世界が次元というもの。
波動のスピードの違い。
そして、意識の広がりの違い。
集中しているか拡散しているか。
自由か不自由か。
ゆるやかか、ぎこちないか。
いかようにも宇宙は存在する。

人間は神の意識が集中固定化したもの。
極めて遅い波動領域で、個を楽しむところ。
体験し、味わい、楽しめばいい。
そして、十分に経験したら、次のステップへ行けばいい。
ただそれだけなのだ。

人は可能性の卵。
無限の無限の可能性の固まり。
すばらしい、すばらしい、すばらしい・・・
何百回、何千回言っても、やっぱり、すばらしい!

ただ、それに気づけばいいだけ。
気づけば、道は開ける。
高いお金を払ってセミナーに出たり、苦労して修行したりすることもない。
もちろん、そうしたければ、してもいい。
どちらでもいい。
自分が気づきやすい方でいい。
結局は、気づくかどうかだけなのだから。

気づけば終わり。
終わりは始まり。
無限への旅立ち。
         


    ☆ぴあのより私信
    メールフォームにメッセージをくださいましたJさま、ご案内
    ありがとうございました。
    お礼のメールを差し上げましたが不達で戻ってまいりました。
    この場を借りまして感謝の気持ちをお伝えさせていただきます。


      
  人気ブログランキングへ  
ブログランキングに登録しています。
写真と文章をご覧になって、より多くの方に紹介したいと思われたら、愛のクリックをお願いします。
ありがとうございます。 



   屋久島の大自然のエネルギーに包まれる本家サイト
   『屋久島ナチュラルヒーリング』も あわせてぜひご覧ください。

   >>屋久島ナチュラルヒーリング

   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings     
     
   T&F 光のネットワーク
   >>T&F時代


  
         
別窓 | | コメント:0
たゆたう
2011-02-13 Sun 17:26
                                        『天よりの眺め』
天よりの眺めー16-d_11
  写真をクリックすると、1024サイズの大きな画像でご覧になれます。
  ぜひ大きな画像でご覧ください。↑click
 


『たゆたう』

次のようなコメントがあった。

>何も心配することはない。
>今のままだ。
>今幸せなら、死んだ後も幸せ。
>今不幸なら、死んだ後も不幸。
>特に変わりはない。

「何か、夢も希望もないような、
 悪いクジを引いたら、永遠についてなさそうで、
 救いがないなあ・・。」

悪いクジを引いたら?
悪いクジと思っている限りは、救いがないかもしれない。

そもそも人生はクジ引きなのだろうか。
それとも、人生は自分でクリエイトするものだろうか。

クジ引きでは、どんな結果になるか自分ではわからない。
自分の人生を自分の望むように創り出すことはできない。
人生をクジ引きと捉えた途端、創造力を放棄したようなものだ。

そもそもクジは誰がつくるのだろうか。
神様?
仏様?
運命?
いずれにしても、自分の人生を自分の望むように創り出すことは不可能に
なってしまう。
自分の人生行路は自分が創り出すのではないのだろうか。
自分以外のものが自分の人生を決めてしまったら、それは自分の人生と
呼べるのだろうか。

自分以外の誰かがクジをつくる?
自分は、ただクジを引くしかない?
なんという情けない発想。
なんという受け身の発想。
誰かが自分の人生を支配している?
誰かが自分の人生を左右している?
たとえそれが神仏であったとしても、断固、それを拒否する勇気がある
だろうか。
神仏に頼らず、独り自分の道を行く覇気があるだろうか。

たとえ神仏に嫌われようとも、たとえ神仏に疎まれようとも、自分の
生き方を貫く気概があるだろうか。
一切、神仏に依存することなく、独自の道を生き切る自信があるだろうか。
神仏に見放されても、神仏から無視されても、自分自身の道を生き切れる
だろうか。

何ものにも支配されない。
何ものにも左右されない。
自分の人生を生き切るには、それくらいの覚悟が必要かもしれない。
神仏のない世界で、独り生きることができるだろうか。

宇宙の漆黒の闇の中で、まだ光が生まれる以前の世界で、未だ神仏の
存在する以前の虚空で、独り生きれるだろうか。
少なくとも、その覚悟がなければ、絶対自由に生きることはできない。
神仏に依存し、神仏に左右されていては、無限の宇宙を生きることはできない。
神仏を包含するほどの気概がなければ、神仏を含めた宇宙と共にあることは
できない。
自分自身が宇宙であり、自分自身が神仏であり、自分自身がすべてなのだ。

何ゆえにクジを引かなければならないのだろうか。
何ゆえに運命を他者に託さなければならないのだろうか。
何ゆえに自分の人生を放棄してしまうのだろうか。
何ゆえに無限の可能性を閉じてしまうのだろうか。

悲しくも、さびしくも、自らの本性を忘れし者よ。
深く心をたどり、自らの本性を思い出せ。
いずこより来たり、いずこへ行くのか、自ら思い出せ。
深き魂の深淵に眠る自らの本性を思い出せ。
思い出せば、すべては自らの裡にある。
他に頼る必要はない。
すべては裡にある。

無限の、無限の、無限の存在が裡に眠っている。
始まりも終わりもなく、ただ在る。
初めから在り、終わりまで在り続ける。
消えることも、変わることも、なくなることもない。
すべてのすべてが在る。

在る。
存在する。
それが自分だ。
何もない。
ただ在る。
絶対的に在る。

ゆったりと天空の星々を眺めながら、独り静かにたゆたう。
始まりも終わりもない時を、心静かにたゆたう。
遙か彼方から遙か彼方へ、心は限りなくたゆたう。
ただただ静かに在りながら、ただただ静かにたゆたう。

         
      
  人気ブログランキングへ  
ブログランキングに登録しています。
写真と文章をご覧になって、より多くの方に紹介したいと思われたら、愛のクリックをお願いします。
ありがとうございます。 



   屋久島の大自然のエネルギーに包まれる本家サイト
   『屋久島ナチュラルヒーリング』も あわせてぜひご覧ください。

   >>屋久島ナチュラルヒーリング

   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings     
     
   T&F 光のネットワーク
   >>T&F時代


  
      
別窓 | | コメント:3
ライトブルー
2011-02-06 Sun 15:53
                                     『太陽の下のジェット』
太陽の下のジェットー17-dec_07_11
  写真をクリックすると、1024サイズの大きな画像でご覧になれます。
  ぜひ大きな画像でご覧ください。↑click
 


『ライトブルー』

ライトブルーは、空の青であり海の青。
スカイブルーとマリンブルー。
スカイブルーは、ラリマーだろうか。
マリンブルーは、アクアマリン。

ライトブルーこそが、水瓶座の色。
これからの時代の色。
濃くもなく、薄くもない。
クリアーなブルー。

その意味するところは、友愛と平和。
フレンドリーな人間関係。
魚座のような腐れ縁はない。
軽やかで、さわやかな人間関係。

後を引きずらない。
過去に囚われず、未来を恐れない。
今ここに意識はフォーカスされる。
今、刻々を生きるようになる。

魚座の時代は、過去の記憶という重荷を背負って生きていた。
記憶ベースで人生を過ごした。
今ここではなかった。
意識は、常に記憶と共にあった。

過去を背負えば、重くなる。
自由に身動きができなくなる。
シガラミに縛られ、意識の自由はなくなる。
過去こそが、自分の拠って立つ基盤だった。

自分とは、過去の集大成。
記憶こそが、自分。
記憶をベースに創り上げた自分というイメージが、自分の行動を決定づけた。
「私」こそが、世界の中心だった。

あらゆる行動のベースには、「私」があった。
「私」にとってプラスかマイナスかが、重要なポイントだった。
「私」の利害が絡むと、クリアーな思考は疎外される。
私利私欲が、人生の推進力だった。

そういう重たい時代が、終わった。
時代の流れは、ライトブルー。
ライトには、軽いという意味もある。
明るいという意味もある。

光という意味もある。
軽くて明るい光の時代。
さわやかで、すっきりした時代。
そういう時代が、これから展開する。

意識はクリアーに、軽やかになっていく。
「私」の意識は、希薄になる。
透明な意識の時代になっていく。
自我を超えた意識の時代になっていく。

今ここを、クリアーに、さわやかに生きていく。
軽く、明るく、光と共に。
空のように、海のように。
ライトブルーにアクエリアスの時代を生きる。         


    ☆ぴあのより私信
    遠くヨルダンよりメールフォームにメッセージをくださったHYさま、
    大変うれしく読ませていただきました。
    ありがとうございました。 


      
  人気ブログランキングへ  
ブログランキングに登録しています。
写真と文章をご覧になって、より多くの方に紹介したいと思われたら、愛のクリックをお願いします。
ありがとうございます。 



   屋久島の大自然のエネルギーに包まれる本家サイト
   『屋久島ナチュラルヒーリング』も あわせてぜひご覧ください。

   >>屋久島ナチュラルヒーリング

   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings     
     
   T&F 光のネットワーク
   >>T&F時代


  
       
別窓 | 未分類 | コメント:2
無心
2011-02-03 Thu 15:08
                                        『山を越える虹』
山を越える虹ー05-feb_08_11
  写真をクリックすると、1024サイズの大きな画像でご覧になれます。
  ぜひ大きな画像でご覧ください。↑click
 


『無心』

最近のドラマは、テンポが速い。
次々にストーリーが展開していく。
最近の歌も、ハイテンポ。
時間も速くなっており、すべてがスピードアップしている。

昭和の時代は、もっとゆっくりしていた。
大正や明治は、更にゆったりしていた。
江戸時代は、もっともっとスローだった。
縄文時代は?

時代のテンポが、どんどん速くなっている。
思ったことが実現するスピードも速くなる一方。
いつまでも同じところにいると、次の展開に乗り遅れてしまう。
流れと共に生きるしかない。

時代は、どんどん変化している。
いつまでも過去の波に囚われていると、新しい波には乗れない。
一歩先には、思ってもみない展開が待っている。
すばらしきかな人生。

その展開をワクワクしながら待つ人。
不安や心配と共に待つ人。
結果は天と地ほどの違いがある。
心配すれば、心配した通りの未来が待っている。

ワクワクしながら喜びと共に開いていくのを待つのもいい。
夢があって楽しい。
しかし、期待があれば、期待外れということも起きる。
作用があれば、反作用もある。

ただ無心で見守る。
期待も不安もない。
ただニュートラルで展開を見守る。
プラスでもなく、マイナスでもなく・・・

無心とは、プラス・マイナス・ゼロ。
ニュートラル。
自然体。
恣意(しい)が働かない心。

何の心配もなく、何の期待もなく、ただ推移を見守る。
心の中に心配がなければ、心配するようなことは起きない。
たとえそのようなことが起きても、不安や心配なく対処できる。
よけいな思考が働かなければ、ただ事実に対処するだけ。

大切なのは、心の状態。
失望や落胆のない無心な心だけが、事態に適切に対処できる。
期待や不安があれば、心は動揺する。
心が動揺すれば、適切な対応はできなくなる。

無心とは、ゼロ。
自分の都合がないこと。
自分を勘定に入れた思考が働かないこと。
ただクリアーな心。

プラスでもなく、マイナスでもない。
好きでもなく、嫌いでもない。
過去でもなく、未来でもない。
何ものにも囚われることなく、ただ自然のまま。

今ここは、ゼロポイント。
過去もなく未来もない。
意識が外で遊ぶこともなく、内で遊ぶこともない。
時間も空間も消え、今ここがあるだけ。

実際は、今ここも消える。
今は永遠になり、永遠が今になる。
無心の中には不安はない。
無心の中には何もない。

喜怒哀楽に振り回されることもなく、喜怒哀楽から離れることもない。
喜怒哀楽と共にあり、喜怒哀楽を楽しむ。
過去も未来もなく、今にすべてがある。
過去も未来も、今ここにすべてがある。
         

      
  人気ブログランキングへ  
ブログランキングに登録しています。
写真と文章をご覧になって、より多くの方に紹介したいと思われたら、愛のクリックをお願いします。
ありがとうございます。 



   屋久島の大自然のエネルギーに包まれる本家サイト
   『屋久島ナチュラルヒーリング』も あわせてぜひご覧ください。

   >>屋久島ナチュラルヒーリング

   日記 
   >>無色透明

   K-Communication
   >>Kimi's Early Writings     
     
   T&F 光のネットワーク
   >>T&F時代



  
     
別窓 | | コメント:0
| いのちの島=屋久島 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。