いのちの写真と光の言葉
あるがまま
2010-11-30 Tue 00:21
                                        『苔の上の紅葉』
苔の上の紅葉ー29-j_10
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   『とりどりの 落ち葉の色の うつくしさ』


『あるがまま』

『あるがまま』というのは、自我我欲そのままの『ありのまま』とは違う。
それも現実には違いないが、それとは違う『あるがまま』がある。
それは思考や記憶の層よりも深く静かになっていく時に現われてくる。
それは生まれてから今日までの条件づけが一切ない意識の状態である。
静かに静かになっていく時、ただそのままの状態で安らぎが溢れてくる
ところがある。
そこには自他の区別のない愛が存在している。

『あるがまま』は、そのままで一切不足がない。
溢れるような愛が全てを包んでいる。
そこにある時、見栄や外聞や欲望などは全くなく、ただそのままで満たされ
ている。

人はどの深さで生きているだろうか?
波立つ表面で生きているだろうか?
それとも深い湖底の静謐の中で生きているだろうか?
『あるがまま』は湖底の静謐、『ありのまま』は波立つ湖面。
『あるがまま』 が 『ありのまま』になる時、湖底の静謐が湖面に浮かび上が
る時、条件づけられ断片化された喧騒の生から、全体とつながった静かさの
生に変わるだろうか。

日常的に、その『あるがまま』で生きることが、何の無理もない安らぎに満ちた
自然な生き方のように思われる。
           
                          >>K-Communication より

      
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向こうから・・・
2010-11-26 Fri 00:54
                                         『明星岳の虹』
明星岳の虹ー07-rainbow_10
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『向こうから・・・』       
 
コメントに次のようなものがあった。
「『捨てきって 何も持たずに 生きる時 必要なもの 向こうから来る』
これいいなあ。
向こうから来るものを待ってみようかな。」

この短歌の意味は・・・
この世的な欲望を捨て去る時、生まれる前に自分が計画したものが
現れるということ。
この世に生まれて物質的になり、目先の欲に目が眩(くら)む時、計画
したものは現れることができない。
一旦、この世的な欲を手放す時、計画してきたものが自然に現れる。

いくら立派なプランを立ててきても、生まれてしまえばみんな忘れてしまう。
そして、物質次元の快楽に溺れる。
生まれる前に計画してきたことは、夢のまた夢。
今生限りと思い込み、目先の快楽に走る。

しかし、それで表面意識は満足しても、深い意識は満足しない。
表面意識の満足も、その場限り。
儚(はかな)い泡沫(うたかた)の夢。
真に心から満たされることはない。

本当に心から満たされたかったら、一旦、この世的な欲望をすべて手放
してみるしかない。
そして、ゆったりリラックスして自問自答してみるといい。
自分は本当は何をしたのか・・・
これで本当に満足か・・・

その時、これでいいという答が心の奥から湧いてくれば何も問題はない。
でも、そうでなかったら、もう一度自分の人生を見つめ直した方がいい。
今生、何のために生まれてきたのか、再確認する必要がある。
何度も何度も問い返すことだろうか。

人に答を聞かないで、自分の内に聞く。
答は自分の内にしかない。
外からの情報は、自分の内側で確認できない限り何の力も持たない。
すべては自分自身の中にある。

死ぬ時には何も持って帰れない。
重要なことは、今生で計画してきたことを達成できたかどうか。
そのために生まれてきたのだから。
みごとに完了できたら、もう何も想い残すことはないだろう。


『魂の 願い生きれば 心から 深く満たされ 何もいらない』
            
              >>日記 無色透明 『1034日目 - 向こうから・・・』 より

      
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疑うこと
2010-11-19 Fri 22:38
                                           『透明な川』
透明な川ー26-nov_10
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『疑うこと』       

昨日の書き込みに次のようなものがあった。

【ひとつって本当にあるんだろうか?
kimiさんがおっしゃっていることは本当なんだろうか。
心の中ではいつも疑っているけれど・・・。
性格悪いので・・・。】

この日記に書かれていることは本当のことだろうか。
それとも、間違ったことだろうか。
それはどうやったら確認できるのだろうか。

その答はどこにもない。
誰かに聞いても、人によって答は違うかもしれない。
また、誰かの答が正しいという保証もない。
さてさて・・・

ここに書かれていることが本当かどうか疑いだしたらキリがない。
どんどん疑いが増幅されていく。
最後は疑心暗鬼になるだけ。

最終的には、自分で確かめるしかない。
人の意見ではなく、自分自身の実感で確認する。
すぐに確認できないものは、わからないということにしておく。
そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
プラス・マイナス・ゼロのままにしておく。

疑うということは、マイナス。
信じることの裏返し。
むやみに信じる必要もないが、いたずらに疑う必要もない。

信じることは、プラス。
疑うことは、マイナス。
けっしてニュートラルではない。
既に予断を持って見ているということ。
白紙ではない。

信じて物事を見れば、何でもその通りのように思える。
疑って物事を見れば、何でも間違っているように思える。
白紙で事に望む時にだけ、ありのままがわかる。
先入観があれば、先入観に沿って物事が見えてしまう。
緑色のサングラスをかければ、すべてが緑がかって見えるように。
ピンク色のサングラスをかければ、すべてがピンクがかって見えるように。

事実は、わからない。
わからないということは、プラスでもマイナスでもない。
事実は、ニュートラル。
プラス・マイナス・ゼロ。

疑うことも、信じることも先入観。
白紙の状態ではない。
前もっての思い込み。
サングラスをかけているようなもの。

いかなる偏見もなく、透明な意識で物事に臨む。
先入観や固定観念があると、事実をありのままに受け止めることができない。
事実を事実のままに受け止めることができないと、すべてが歪んでしまう。
自分の思い込みで受け止めれば、その先はまったくの自分ワールド。
事実から離れてしまう。

ただ白紙の状態で物事を見、話を聞く。
それがいかに難しいことか・・・
ただ見たり聞いたりすることの難しさ。
これまでの条件づけが無意識のうちに先入観になっている。

気づかないまま色眼鏡で見ている。
事実をありのままには見ていない。
そのことに気づけるかどうか。
そして、更に注意深く物事を見、聞くことができるかどうか。

事実かどうかを見極める。
ただ、その意識だけが必要なもの。
疑うことも信じることも必要ではない。
そういう先入観を一切廃して、ただ事実と共に生きる。

疑うことも信じることも、思考の産物。
思考が働けば、思い込みワールドに呑み込まれてしまう。
事実を見る。
ただ見つめる。
思考は動かなくていい。

思考が動くことなく、ただ見、ただ聞く時、ありのままの事実が感じられる。
そこから、どういうふうに行動したらいいかが自然にわかる。
わからなければ、その事実と共に留まる。
わかるまで、事実を感じている。

最初の一歩が最後の一歩。
それは心の状態。
先入観なく、予断なく、白紙で物事に当たれる意識の状態。
それが最初で最後の一歩。

その先は、事に当たって、その都度、自然な対応が湧いてくるだけ。
思考を超えた意識の状態。
見栄や外聞、先入観、固定観念、偏見、思い込み・・・
そういう一切のものを脇に置き、ただ白紙で事に臨む。

事実と共に、事実ベースで生きる。
事実には、プラスもマイナスもない。
ただ、ありのままの事実があるだけ。

プラス・マイナスは思考の結果。
信じることも疑うことも思考の産物。
ただ事実を見、見切り、行動する。
思い込みを介在させない。
事実ベース。

もちろん、いろいろ考えてもいい。
但し、そこに見守る意識がないと、思考の渦に呑み込まれてしまう。
思考は道具。
しっかりと見守りながら使う必要がある。
そうでないと、気づかないうちに思考に使われている。

あれこれ考えているうちに思考の虜になり、自分を見失う。
思考の中でもみくちゃにされるだけ。
何がなんだか訳がわからなくなる。
自分がわからなくなってしまう。

しっかり見守っていること。
肉体の感覚や感情、思考をゆったりと見守っている。
そういう意識がないと、感覚や感情や思考に呑み込まれる。
気づいたら、自分を見失っている。

感覚の奴隷。
感情の奴隷。
思考の奴隷。
のめり込み、呑み込まれ、自分を見失う。
そんな時のなんと多いことだろうか。

しっかりと、すべてを見守れている時の何と少ないことだろうか。
食欲に溺れ、性欲に溺れる。
喜怒哀楽に溺れ、一喜一憂に溺れる。
過去の栄光に溺れ、未来の成功に溺れる。
感覚、感情、思考の奴隷。

気をつけて生きていないと、肉体に溺れ、過去に溺れる。
思い込みに溺れ、自分ワールドに溺れる。
今の事実ベースで生きることは、簡単なことではない。
このすべてを理解することだろうか。

理解すること。
信じることでもなく、疑うことでもなく、理解すること。
理解すれば、後は自然な行為が起きて来る。
何をやるべきか、いかに生きるべきかを考えている間は思考の世界。
自然な行為のみが思考を超えている。

自然にわかる。
そこから自然に行為が起きる。
そこに思考の介在はない。
考えなくても、為すべきことはわかる。
思考がすべてではない。
思考を超えた意識もある。

洞察や叡智によって生きることもできる。
思考は道具。
必要な時に必要なだけ使うもの。
いつも使う必要はない。

感覚も感情も思考も道具。
この世を、よりよく生きるための道具。
間違っても、それらに使われないこと。
それらを使いこなすこと。

しっかりと見守りながら生きること。
感覚や感情や思考と共に、それらを超えて生きること。


『疑いも 信じることも ない意識 透き通るほど 澄みきっている』
             
              >>日記 無色透明 『569日目 - 疑うこと』 より

      
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思考を超えた意識
2010-11-16 Tue 11:39
                                         『一直線の雲』
一直線の雲ー23-cloud_10
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   自然にわかる。
   そこから自然に行為が起きる。
   そこに思考の介在はない。

   考えなくても、為すべきことはわかる。
   思考がすべてではない。
   思考を超えた意識もある。

   洞察や叡智によって生きることもできる。



      
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赤面恐怖-2
2010-11-09 Tue 23:03
                                             『雲登る』
雲登るーcloud-6_10
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『赤面恐怖-2』       

昨夜、先日の赤面恐怖の人から、また電話があった。
イメージングが2~3分しか続かないとのこと。
白い顔や青い顔をイメージしてみるのだが、すぐに赤い顔に戻ってしまうらしい。
イメージする時に、言葉をプラスしてもいいかという問い合わせだった。

言霊から、いろんな話になり、1~2時間も話しただろうか。
最終的には、ブログ日記を読んでみるということで終わった。
しかし・・・

赤面恐怖のまま、普通に外に出るように話す。
そうすると、自分の顔を見て笑う人がいるとのこと。
笑いたい人には笑わせておけば?
それは・・・

自宅にいる時も顔が赤いらしい。
別に血圧は高くないとのこと。
どうも赤面恐怖が日常化し、常に頭に気が上っている状態のようだ。
体は動かしているの?
ほとんど動かしていません。

外に出てジョギングでもしたら?
みんなに見られるので、とてもそんなことはできません。
では、覆面でもしてやったら?
そんなことをしたら怪しい人と思われてしまいます。
まだ赤い顔の方がましですよ。
それなら赤い顔のままでジョギングしたら?
そんなこと・・・

では、メキシコのプロレスラーのようにギンギラギンの覆面でもしたら?
町中のウワサになりますよ。
別にいいじゃない。
よくないですよ。

では、覆面はやめて、ありのままの自分で生きたら?
それができないんですよ。
赤い顔は事実なんだから、事実と共に生きたら?
それは辛すぎます。

別に赤い顔でも何も問題はないよ。
そうですか。
どこに問題があるの?
ヘンですよ。
みんなそれぞれでしょう。
そんな人はいませんよ。
黄疸の人は黄色いし、貧血の人は青いよ。
でも、こんなに赤い人は・・・

自分の赤い顔にばかり意識がいって、他のことに意識が回らない。
四六時中考えているのは、赤面恐怖のことだけ。
これでは赤面恐怖を24時間強化し続けているようなもの。
意識がそこから離れない限り、良くなることはない。

赤面恐怖のまま外に出るしかないよ。
赤面恐怖が良くなったら外に出るつもりです。
赤面恐怖を意識している間は、赤面恐怖は良くならないよ。
そう言われても・・・

赤面恐怖に対する特別な意識を外すしかない。
それには、赤面恐怖のまま外に出ること。
赤面恐怖を日常的な普通のことにする。
普通のことになれば、特別に意識することもなくなる。

最初は勇気がいるだろう。
決断力がいるかもしれない。
しかし、赤面恐怖を恐れて自宅に引き籠もっていても、良くなることは望めない。
事実ベースで生きると決めることなのだが・・・

周りから良く見られたい。
悪く見られたくないという意識がある間は、事実と共に生きれない。
居直るしかない。
それが今の自分。
それが今のすべて。

今のありのままの事実から始めるしかない。
赤面恐怖が良くなったらという仮定の話からは何も生まれない。
事実ベース。
ありのままベース。
見栄や外聞や世間体に負けないだけの自分自身へのグランディングが必要となる。

これまでの意識をブレイクスルーすることができるだろうか。
これまでの習慣と化した生き方を変えることができるだろうか。
真剣に変えたいのならば、勇気を出して、そのまま外に出るしかない。
事実ベースで生きるしかない。

赤面恐怖に限らず、顔に大きなヤケドの後があるとか、目立つようなアザがあるとか、
傷が残っているとか・・・
いろんな人がいる。
みんながみんな家に引き籠もっている訳ではない。

サリドマイドで両手が短い人も屋久島へ来て楽しんでいる。
片足がない人も、両足がない人もいる。
心身にハンディのある人は、いくらでもいる。
自分だけが特別ではない。
勇気を出して、外に出るしかない。
事実ベースで生きるしかない。

赤面恐怖というのは、事実ベースではない。
人前で、また赤くなったらどうしよう?
周りの人は何と思うだろうか。
その思いが過度に増幅された結果が、赤面恐怖。
思いベース。
思い込みがつくり出す幻の世界。

恐れれば恐れるほど、赤面恐怖が意識される。
赤面恐怖が意識されるたびに、赤面恐怖が強化される。
赤面恐怖を恐れることは、赤面恐怖を更に強固なものにする結果となる。

元々、恐れというのは、身を守るためのもの。
ところが、過度の恐れは、逆の結果となる。
恐れのあまり身動きが取れなくなれば、「ヘビに見込まれたカエル」状態になってしまう。

恐れて逃げれば逃げるほど、恐れは強くなる。
逃げている限り、恐れから解放されることはない。
恐れから自由になる唯一の方法は、恐れに直面すること。
逃げないこと。

恐れに負けないで、恐れに立ち向かう。
そうすれば、恐れに直面した瞬間、恐れは消える。
なぜなら、恐れとは、現実から逃げることから生じるものだから。

逃げなければ、恐れはない。
原初的な肉体的な恐れはある。
それは自分の身を守るために必要なもの。
安全のためのセーフティーガード。

身の危険を感じて、その場から立ち去る。
恐怖は自分を守ってくれる。
そこまでは何ら問題はない。
ところが・・・

危険が去った後も、また思い出して怖がる。
またあのような事態にならないだろうか。
今度そうなったらどうしよう?
それも冷静に検討するのであれば、問題はない。
まだ恐怖に負けてはいない。

しかし、過度に恐怖に意識がフォーカスすると、必要以上の恐怖をつくり
出してしまう。
ありもしないことを恐れる。
取り越し苦労の世界にはまってしまう。

冷静に検討している間は、事実ベース。
しかし、恐怖に呑み込まれ、自分を見失うと、思い込みベースとなる。
周りが見えなくなり、客観的に見ることができない。
精神的視野狭窄状態。

意識が恐怖にばかり囚われ、どんどん萎縮して身動きが取れなくなる。
冷静さが消失する。
恐怖にばかり意識が向く。

人生に安全確実を求め過ぎても、恐怖が生じる。
潔癖性などは、その辺りに原因がある。
人生に安全確実なものなどない。
一寸先は闇。
先のことは何もわからない。

予言者や占い師に聞いても、それが現実となるまでは確認できない。
結局、安全確実なものなど、どこを探しても見つかりはしない。
手探りで注意深く生きていくしかない。

安易に安全確実を求めると、新興宗教の餌食となる。
楽に金儲けができるという宣伝文句は、詐欺師の常套手段。
簡単にセレブと出会えますというのは、最新の騙しのテクニック。

不注意であれば、転んだりケガをしたりする。
イージーに楽をして生きようとすれば、たいていは大ケガをする。
そんな浅はかな生き方をしている限り、心のやすらぎは遠い。
真剣に注意深く生きるしかない。

一気に変われと言うことには、無理があるのかもしれない。
なにしろ20年間の生活習慣なのだから。
しかし、その習慣を続けていても、光は見えない。
いつか、どこかで決断するしかない。
事実ベースに舵を切るしかない。

彼が今の生活を続けても、別に責めるつもりはない。
人それぞれ。
変わるタイミングというものがある。
縁にふれても、花が開くには時間がかかることもある。

これから彼がどのように生きていくか、それは彼の人生。
こちらがとやかく言うことはできない。
アドバイスを求められれば、事実ベースで生きるように話すだろう。
でも、決めるのは彼自身。
こちらは何もできない。
ただ見守ること以外は・・・


『恐れとは 事実を避けて 逃げまくる 心がつくる 幻のもの』

『逃げている 限りは続く 恐怖感 逃げれば更に 強くなるだけ』

『恐れれば 恐れるほどに 意識され 恐れることを 招く事態に』

『身を守る ことから恐れ 派生する 恐れ過ぎては 身を守れない』

『逃げないで 恐れと直に 直面し 中に入れば 恐れは消える』

『恐れてる 事実と共に 注意して 進むしかない 勇気を出して』

『安全を 求め過ぎれば 動けない 危険と共に 生きるしかない』

『注意して 進むしかない 人生は 安全確実 そんなものない』

『より深い 意識の奥に フォーカスを 当てれば人生 安全になる』
             
              >>日記 無色透明 『555日目 - 赤面恐怖-2』 より

      
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赤面恐怖
2010-11-04 Thu 10:50
                                          『雲が湧く谷』
雲が湧く谷ーcloud-5_10
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『赤面恐怖』 のテーマで連載します。
十人いれば十人、百人いれば百人・・・人の数だけのその人の「恐怖」が
あると思います。
でも、その根にあるものは同じではないでしょうか。
「恐れ」 の実態とは何でしょうか。
この日記が、読まれる方それぞれの内にある「恐怖」の解放に、お役に
たてば幸いです。      ぴあの



『赤面恐怖』       

朝、知らない人から電話があった。
42歳の男性。
赤面恐怖で20年ほど苦しんでいるらしい。
光を送って治してほしいというもの。

もう光を送ったりはしていないと言う。
それでも、簡単には電話を切ってくれなかった。
これまで、ありとあらゆる方法を試してみたらしい。
しかし、効果はなく、仕事を首になり、毎月3~4万円の母親からの仕送りで
暮らしているとか。

外に出かける時は、精神安定剤を多めに飲む。
そうすると、赤面はしても、それほど不安や恐怖は感じなくなる。
頭がボーッとして、思考回路が麻痺するようだ。
出かけるのは必要最小限。
ほとんど自宅に引き籠もっている状態。

薬をやめると、反応が出て耐えられないとか。
不安と恐怖から全身が震えだし、居ても立ってもいられなくなる。
薬は手放せない。
仕事はできない。
何をやっても効果はない。
どうにも行き詰まって、最後の切り札を求めて電話してきたようだ。

光がダメなら、何か良い訓練法はないかと聞かれる。
訓練は努力。
努力は緊張を強いる。
ただでさえ緊張している人が、更なる緊張によって良くなるとは思えない。
実際、あらゆる努力は水泡に帰している。

すべてを諦め、赤面恐怖と一緒にいたらと話す。
しかし、それは耐えられないと拒絶された。
なんとか治したい。
その一心・・・

治したいと思えば、苦しくなる。
自分で自分を治そうとすれば、無限地獄へ堕ちる。
なぜなら、治そうとする自分こそが、治す必要のある自分。
この絶対矛盾に気づいていない。
自分で自分を変えようとすれば、ただ苦しくなるだけ。
結局、何も変わらない。

それなら、光の入れ方を教えてほしいと言われる。
教えてと言われても・・・
電話で話して、右から左に光が入れられるようになるのなら苦労はない。
それでは、どうして光を入れられるようになったのかと聞かれる。
いろんなセミナーをやっているうちに自然と・・・

イメージを使ってやっているうちに、なんとなく光を流すことができるようになった。
と話したところで、
では、イメージを使って楽しんでみたらということになる。
赤面恐怖が完治し、自分のやりたいことをやって楽しんでいるところをイメージする。
そのイメージを心から楽しむ。

以前にも何回かイメージ療法をやったらしい。
ボールを見つめたり、絵を描いたりしながら・・・
ユニークなのは、暗いイメージばかりを描くセラピーがあったらしい。
苦しいイメージばかり描いていると、最後にはイメージの中で死んでしまう。
その後に新しく再生する。
ところが・・・

彼もやってみたが、死ぬところまではうまくいった。
しかし、再生はしなかった。
イメージの中で自殺しただけに終わった。

イメージの中で楽しむことだと話す。
楽しんで、感謝して、完了させる。
そういうのはやったことがないらしい。
やれば、すぐに効果があるかと聞く。
効果がないと思っていれば、効果はない。

結果を求めないで、楽しむこと。
楽しめば、結果は後から付いてくる。
それは何にでも応用できるかと聞かれる。
結婚とか仕事とか・・・
もちろん、何にでも応用できる。

それでも、まだ不安らしい。
本はないのかと聞かれる。
本はない。
ブログ日記なら書いている。
それでは、それをプリントして送ってほしい。
プリント?

全部プリントしたら何日かかるだろう?
想像するだにゾッとする。
自分で見てほしいと言う。
パソコンがないらしい。
ネットカフェにでも行って見てもらうしかない。

読めばすぐに良くなるかと問われる。
真面目に読めば、赤面恐怖は兎も角、人生は変わるだろう。
しつこく秘伝が書かれているかと尋ねられる。
秘伝はどうかわからないけれども、読めばわかるようには書かれている。

それでも諦めきれない彼は、遠隔で特別な光を送ってもらうことはできないかと聞く。
それはやっていない!
そこをなんとか。
そんなに光にこだわるのなら、既に光は流れている。

この電話で、先程からいくらでも光は流れている。

それなら、あなたの写真を飾っておけば、そこから光が流れてくるか。
こちらは教祖様ではない!
それなら、何かブレスレットとか、それを使えば特別な効果があるものはないか。
ない!

どうしてそんなに他力本願なの?
どうしても救われたい!

即座に赤面恐怖が治る方法はないか。
即座に赤面恐怖が治ることがあると思っているの?
思っていない。
そうなら、即座に治ることはあり得ない!

毎日鏡を見ることは効果があるか。
どういう意味?
今日も顔が赤い、まだ白くなっていないと確認している。
それでは一生治らないだろう。

毎日赤い顔を確認して、赤面恐怖を強化しているようなもの。
・・・
人は、未知のものより、苦しくても既知のものに安住の地を求める傾向がある。

赤面恐怖とは、基本的に自意識過剰。
自分の良いところを見せたい。
悪いところは見せたくない。
人から良く思われたい。
けっして悪くは思われたくない。

ありのままの自分を生きようとはしていない。
あるべき自分を生きようとしている。
無理をして苦しんでいるだけ。
その根っ子にあるのは、自己保存。

良く思われて安定したい。
悪く思われることを恐れ、小さくなって生きる。
恐怖で極端にエネルギーが萎縮すれば、身動きが取れなくなる。
その極端な例が、赤面恐怖。

誰にでも、同じ根っ子がある。
それが表面化するかしないかの違い。
極端にそれだけに意識がフォーカスされると、病的な恐怖となる。
根本的治療は、その辺りを深く理解すること。
せっかく赤面恐怖になったのだから、そこまで理解すればいい。
そうすれば、赤面恐怖になった甲斐があるというもの。
そこまでいかなければ、赤面恐怖を活かしたことにはならない。

結局、1時間以上も電話で話した。
最終的には、イメージを楽しんでみることと、ブログ日記を読んでみることに落ち
着いた。
そして、何かあったら、また電話してもいいかと・・・

42歳、本厄。
一気に厄が出尽くして、変身できるだろうか。
可能性がないわけではない。
タイミングと、本人の覚悟しだい。

彼を紹介したのは、東京で治療院をやっている古い知り合い。
どうせ紹介するなら、若い女性にしてほしかった。
若い女性なら光を送るの?
送らない!
なーんだ。
その代わり、手取り足取り・・・
危ない!

こんなことを書くと、またブーイングを浴びそう。
でも、これは本当のこと。
身近でこまやかに注意していないと、すぐに過去のパターンに戻ろうとする。

20年間のエネルギー場ができてしまっているので、なかなか一気に変わるのは
難しい。
毎日毎日、こちらの日記を真剣に読んでくれたら、変わるかもしれない。
別のエネルギーを入れ続けるしかない。
変身させるだけの光が必要なのだ。

昨日のホームワークを見ながら、これではまるでネットワークショップだなと思った。
ネット上であれば、無料。
ネットは無料が常識化しつつある。
それはそれですばらしい。

いろんな情報がある。
活用できれば、かなりの気づきが得られる。
新しい時代は、基本的に無料という方向へ流れている。
何かを与えることで利益を得るという時代は、終焉に向かっている。

ネットを活用し、古い感覚、感情、思考を超えていく。
過去の「私」を超え、新しい生き方を始める。
そういう転換点に来ている。

この日記を読み、真に理解するには、かなりの緻密なエネルギーを要する。
持続するには相当のエネルギーがいる。
しかし、読み続ければ、変わる。
なぜなら、この日記は地上のエネルギーだけでは書かれていないから。
明らかに別の次元のエネルギーが流れ込んでいる。

別にチャネリングしている訳ではない。
しかし、書きながら新しい気づきが次々と起きる。
明らかにどこからかエネルギーが流れてきている。
新しい時代を切り開くエネルギーが・・・


『周りから 良く思われて 得したい 無理が重なり 自分を壊す』

『治そうと 思う自分は 治すべき 自分自身と 気づいていない』

『治そうと 努力するほど 治らない 努力している 自分は同じ』

『ありのまま 事実のままに 生きる時 人は素直に 楽に生きれる』
              
                 >>日記 無色透明 『553日目 - 赤面恐怖』 より

      
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