いのちの写真と光の言葉
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フォーカス
2010-05-30 Sun 11:48
                                       『クリアーな流れ』
クリアーな流れー22-sep_07_10
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『フォーカス』     

どこに意識の中心を置くかによって、人生は大きく変わってくる。
人は自分が意識の中心を置いた視点で人生を体験することになる。
だから、自分が見ている現実は、まさに自分が見ているのである。
他の人は他の現実を見ている。

もし自分が荒い波動に意識の中心を置けば、周りの人からも荒い波動が
感じられる。
「なんてあの人は荒っぽいのだろう。いやになってしまう」ということになる。
もし自分の意識の中心を精妙な意識に置けば、周りの景色も違ってくる。
たとえ隣に怒って声を荒げている人がいたとしても、だからその人が荒っぽい
人だとは思わない。
その人の表面意識が荒っぽくなっていると映る。
冷静にその人の全体が見えるのだ。

人は自分が意識の中心を置いているところで、周りを見ている。
だから、周りがどのように感じられるかということは、実は自分がどういうふうに
周りを見ているかということに他ならない。
周りから感じられるものが、自分が発している波動でもある。
周りは自分を映す鏡に過ぎない。
ただ自分の波動が自分に帰ってきているだけだ。

どこに意識をフォーカスしているかで、周りの景色は異なる。
自分の人生自体が違ってくる。
どこにフォーカスして生きることも可能。
フォーカスしたところが自分の世界となる。
同じ場にいても、見えているもの、感じていることは人によって異なる。
自分が意識を置いているところで人は生きているだけ。
同じ三次元にいながら、意識は異なるところで生きている。
それが現実というものだ。

自分にとっての現実が、自分の現実なのだ。
自分が感じている現実。
あなたは荒っぽい現実の中で生きているだろうか。
それとも繊細な現実の中で生きているだろうか。
あなたは争いの現実の中で生きているだろうか。
それとも、心安らぐ現実の中で生きているだろうか。

意識のフォーカスをどこに置くかによって、体験する現実はまったく違ってくる。
怒りに対して、怒りで応じるか。
怒りに対して、その奥にあるものを感じるか。
どこに意識の中心を置くかによって、まったく反応は異なる。
問題は周りの状況ではない。
問題は自分の意識の在処(ありか)なのだ。

意識が透明ならば、事実を事実として見ることができる。
しかし、自分の潜在意識にいっぱい溜まっていると、溜まっているものが事実に
反応する。
そうすると、事実を事実として見ることができなくなる。
色の付いた事実となる。
あの人は悪い人になり、この状況は許せないことになってしまう。
意識が透明にならない限り、心の平安はない。

潜在意識にいろいろ溜まっている限り、人間関係の中でいろんな反応が自動的
に出てくる。
その度に心は動揺する。
それは仕方がない。
意識が透明にならない限り、反応は自動的に起きてしまうのだ。
それは潜在意識の自浄作用でもある。
潜在意識が機会を得て自らを解放している姿だ。
だから、それ自体は問題ではない。

問題は、せっかく解放したのに、またそれに囚われてしまうこと。
出てきたものは、そこで完了させる。
気づいて、そこで終わらせる。
終わらせる、終わらせる、終わらせる・・・
次々に終わらせていく。
次々に完了させていけば、潜在意識に溜まっていたものは減る一方。
そのつもりで見守っていれば、出てくるものにも囚われなくなる。

意識が澄みきるまでは、いろんな反応が出てくる。
出るものは出るままに。
反応するものは反応するままに。
静かにながめている。
それに囚われない。

囚われないで静かにながめていることを続けていると、やがて心は落ち着いてくる。
それほど反応に巻き込まれなくなる。
反応が行動に移る前に心の中で気づかれ、消えていくようになる。
どんどん解放のスピードが上がってくる。
それに伴い意識はクリアーさを増していく。

意識がクリアーになれば、自然に意識のフォーカスも深くなる。
意識の中心が深くなると、心静かに暮らせるようになる。
表面のさざ波に囚われなくなる。
表面意識のさざ波を静かに見守れるようになる。
意識は澄みきり、事実を事実として見れるようになる。
美しい景色を、そのまま美しく感じることができるようになる。
外なる美しさと、内なる美しさが共鳴する。
外なる美しさに、内なる美しさに共振する。
自然の中で、日々、感動しながら暮らせるようになる。
                 
                  >>日記 無色透明 『96日目 - フォーカス』 より

      
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カルマ
2010-05-28 Fri 13:43
                                              『満月』
満月ーmoon-05
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『カルマ』     

カルマと呼ばれるものがある。
サンスクリット語のkarmanの訳で、日本語では業。
本来は、行為という意味だけど、その行為の結果をも含めて、
因果応報のような感じで受け止められている。
善因楽果、悪因苦果。

縁起とは、因縁生起の略。
原因は、縁と出会って、結果を生じるということ。
すべからくこの世は、そのような構造になっている。
ただ、それが複雑化しているだけ。

カルマと言い縁起と言っても、色の世界の出来事。
空の世界には存在しない。
原因・結果、作用・反作用は、色の世界の根本構造。
だから、色の世界にある限り、その法則から外れることはできない。

では、私達はカルマから永遠に逃れられないのか?
色の世界においては、イエス。
では、私達は未来永劫救われることはないのか?
ノー。
では、カルマが消えるまでは救われないということ?
ノー。
でも、すごーく時間がかかるのでは?
ノー。

カルマと言い業と呼んで恐れるのは、たいていネガティブな因果のことを
指している場合が多い。
悪因苦果。
善因楽果の場合は問題はない。
それらのものは避けられないのだろうか?
ある意味避けられないだろう。
それはこの世の法則だから。
では、やはり救いようがないではないか?
そうだろうか?
原因があれば、何かを縁として結果が出てくる。
それは現時点では避けられない。
では、やはり救われないのでは?
そうだろうか?
救われないというのは、どういう意味だろうか?
そういうネガティブな結果を避けたいということだろうか?
ネガティブな現実が起きなければ救われるということだろうか?
そういうネガティブな目に遭いたくないということだろうか?
そういう意味では救われないかもしれない。
事実は起きてくるだろう。
それは避けることはできないだろう。
そういう意味では救われない。

やはり救われないではないか?
そうだろうか?
事実が起きてきた時に、それを事実として受け止め、すぐに手離す。
ただそれだけ。
ネガティブなこととして受け止めない。
ただ事実として受け止め、すぐに手離す。
何が問題だろうか?
何も問題はない。

感情的な好き・嫌い、良い・悪い、善悪、正邪、聖俗、美醜・・・
そういう価値判断をくっつけなければ、ただの事実があるだけ。
事実に問題はない。
事実を問題とする心の方が問題なだけだ。
好き・嫌いに関わらず、ただの事実だ。
事実に優劣はない。

色の世界は無常。
カルマは次々に結果となって現れてくる。
それらのものに囚われなければいいだけだ。
現れたら消える。
消えるものを、わざわざ掴むことはない。
ネガティブに掴むから、またそれがネガティブなカルマとなって永劫に
輪廻するだけだ。
掴まない、囚われない。
ただ見守り、流れるままにする。
豊かな色の世界を、ただ楽しむ。

見守っている意識は、色の世界のものではない。
ただ静かに見守っている意識は、空の世界のものだ。
空の世界にいて、色の世界を楽しむ。
心は空の世界にあって、体は色の世界を生きる。
空にあって、色を愛でる。
空の世界は、静の世界。
色の世界は、動の世界。

意識が空の世界にあれば、色の世界に囚われることもない。
瞬間瞬間の色の世界を楽しめばいいだけだ。
意識まで色の世界にあれば、混乱するだろう。
因果のカルマの世界に飲み込まれ、自分を見失うだろう。

静かに見守っていること。
あらゆる現象を、静かに見守っていること。
外の世界に囚われないで、心静かに見守っていること。
目に映るものは無常の世界、カルマの世界。
縁起の鎖の果てることのない世界。
その鎖に絡め取られることのないように、事実を見極めよう。
ただ事実と共に生きよう。
事実にまつわる価値判断を手離そう。
事実にまとわりつく感情を脇に置こう。
ただ事実と共に生き、それを静かに見守ることができる時、
カルマの鎖から自由になることができる。
それには時間はかからない。
即、できる。

常に白紙でいればいいだけ。
それが本来の姿。
頭の中をいつも何かが去来する方が不自然な姿。
記憶をいっぱい掴んでいるということ。
囚われ、拘り、執着・・・
そういうものがなければ、いつもスッキリ空っぽ。
その状態は、もうカルマの支配下にはない。
体は色の世界にあって、心は空の世界にある。
それには時間はかからない。

出てくるカルマを、ただながめていればいいだけ。
本来、ネガティブなカルマもポジティブなカルマもない。
ただのカルマ。
行為の結果にすぎない。

やがて、ネガティブなカルマは消える。
地球がアセンションすれば、ネガティブなカルマは存在することが
できなくなる。
波動が荒いものは五次元には存在できないのだ。
だから、心配はいらない。
でも、地球がアセンションするまで待つ必要もない。
今、即座に、カルマから自由になることができる。
色の世界から自由になればいいだけだ。
移ろいゆく色の世界に囚われなければいいだけだ。
無常に過ぎゆくものを、押しとどめようとするから苦しくなるだけだ。
流れるものは流れるままにしておけば、何も苦しみは生じない。
ただあるがままに存在するだけだ。

色の世界は、動の世界。
空の世界は、静の世界。
静にあって、動をながめる。
静かな心と、動く体。
静かな心と、動く心。
動く体も、動く心も、動く景色も、ながめている静かな心。
動くものに囚われない、静かな心。
日本庭園のような・・・静かな・・・ワビ・サビの世界・・・

元々「ひとつ」から発した宇宙のドラマは、縁起を繰り返し、
無限の色の世界を創り出す。
元々「ひとつ」から発した地球のドラマは、どうなるのだろう?
元々「ひとつ」から発したドラマは、完全に違いない。
完全なものから出たものは、完全に決まっている。
不完全に見えることがあっても、結末は完全に決まっている。
結末が完全であれば、完全に至る途中も完全なのだ。
結末が完全で、途中が不完全ということはない。
途中は、不完全で完全なのだ。
それでパーフェクト。
それでOK。
それが今の地球。
完全に至る途中の不完全の完全。
おわかりいただけるだろうか?
完全から発したドラマは、完全以外にはあり得ない。
ハイ、心配御無用。

瞬間瞬間、すべての現象は現れて消えていく。
ただ、それを静かにながめている。
すぐに消えていくものに囚われない。
すぐになくなるものに縛られない。
流れているものを止めない。
無常のものは無常のままに。
流れるものは流れるままに。
そうすれば、心身共に、何も滞るものはない。

過去世から溜まっていたカルマが縁を得て出てきたら、ただながめている。
再び掴まない。
現象も感情も、ただながめている。
それをネガティブに解釈して、新たなカルマをつくらない。
ただ事実として見守っている。
そうすれば、カルマを恐れることはない。
今、この瞬間、見ている状態はカルマを超越している。
現象や感情に囚われなければ、カルマはないに等しい。
事実を、ただ事実として受け止め、それにもこだわらない。
そうなれば、もうカルマは力を失う。
今、即、自由。
完全な自由。
時間や因果を超えて自由。

片足は色の中、片足は空の中。
それがこの世を生きる生き方。
動の中にあって、静を生きる生き方。
                 
                >>日記 無色透明 『83日目 - カルマ』 より

      
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紅いシャクナゲ
2010-05-19 Wed 07:00
                                       『紅いシャクナゲ』
紅いシャクナゲー07-june_08_10
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   個であり全体であるという自覚が、生まれようとしている。
   新しい時代が、花開こうとしている。
   古い時代が、終わろうとしている。
   意識が変われば、すべてが変わる。

   意識が変わるためには、自分の意識を見つめていくことだろうか。
   深く深く見つめていけば、個を超えていく。
   この世の経験だけに裏打ちされた人生が、変容する。
   この世の奥に、更に深い世界がある。

   無限とも思える世界が広がっている。
   どこまでも意識は広がる。
   制限はない。
   小さなこの世的な意識は、霞(かす)んでいく。

   この世的な小さな意識が脱落した後には、限りない意識が広がる。
   この世的な囚われがなくなれば、自分のなかを風が吹き抜ける。
   何もない。
   ただ愛がある。   
                
           日記 無色透明 『1233日目 - 愛』 より 全文は >>こちら


      
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シャクナゲの蕾
2010-05-14 Fri 20:35
                                       『シャクナゲの蕾』
シャクナゲの蕾ー06-june_08_10
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   自分のなかに愛があるから、すべては愛に満たされている。
   愛は、外にあるものではない。
   内にあるものでもない。
   自分自身が、愛そのもの。

   自分自身が、愛。
   気がつけば、愛そのもの。
   愛が、生きている。
   愛が、静かに息づいている。
                   
                        日記 『無色透明』 より


      
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ハイノキ
2010-05-07 Fri 07:03
                                            『ハイノキ』
ハイノキー13-june_08_10
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   心はどんどん開く。
   無限に開いていく。
   心は無限に自由。

   無限の中で有限を見る。
   無限が一時(ひととき)の有限の姿となり、また無限に戻る。
   有限も無限の現れ。
   有限のように見えて無限。
   すべては無限。
   無限の一時の現れ。
                   
                      日記 『無色透明』 より


      
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サツマイナモリ
2010-05-03 Mon 00:20
                                        『サツマイナモリ』
サツマイナモリー07-may_06_10
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   精神的に深まるためには、一人の時間がとても重要なんだよ。
   一人静かにしている時間。
   別に何も考えなくてもいいんだけど。
   静かな時間が人に何かを与えるんだね。
   インスピレーションというか、何かをね。
   心も安らぐし・・・それは無上の時間なんだ。
                       
                            日記 『無色透明』 より


      
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