いのちの写真と光の言葉
宇宙体験 - 1
2008-02-28 Thu 12:27
                                         『光降るところ』
光降るところー02-oct_07
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   T&F News Letter Special より

   今日からしばらく、光のセミナー、光のセッションのレポートを連載します。
   いつものように、レポートを通して学べるkimiさんのメモが各レポートの後に
   ありますので、通してお読みください。
   文中、古沢さん=kimiさんです。


   宇宙体験 - 1  

   光のセミナーの第4セッションで宇宙体験をした女性が現れました。
   誘導されるままに自然に意識が広がってゆき、宇宙に溶け込んで宇宙と一体
   となり、全てのものと一つの生命(いのち)であるという実感がありありと感じら
   れたようです。
   その時、その場のエネルギーが彼女に集結し、彼女は黄金のオーラに包まれ
   ているかのようでした。
   彼女は非常に深いところまで入ったため、なかなか顕在意識に戻ってくること
   ができませんでした。
   戻った後も感動のあまり長いこと声を出して泣いていました。
   彼女は28才のフリーターですが、ここ2年程どん底の精神状態で、光を求め
   て5月に初めて光のセミナーに参加しました。
   今回で3回目ですが、当日の第3セッションで何かがはじけ、エネルギーが内
   側から湧き出す感じになって、最後の第4セッションで一気に宇宙体験までい
   ってしまいました。
   宇宙体験の後で、これまでの2回のセミナーはさしたる体験もなかったけれど
   も、エネルギーを充電していたのだということがよーくわかったと話していました。
   光のエネルギーが満ちた時に、時として劇的な体験が生じます。
   それまでは光のエネルギーによって心身を浄化しながら充電しているということ
   のようです。
   彼女は、その夜は興奮のために一睡もできなかったそうですが、翌日もエネル
   ギーが溢れていて、何かやりたくて仕方がなかったそうです。
   そのような状態で書かれたのが次の体験記です。
   そのエネルギーを感じてみてください。
   
   * * * * * * * * * *

   それはすごい体験だった。
   古沢さんのガイドする声が、その時は体中にしみ込んでいく感じがして、いつも
   はすぐ眠ってしまうのに、意識はより冴えていった。
   『~宇宙とひとつになります』 という古沢さんの声を聞いているうちに、肉体が
   震え出し、全ての細胞が鋭敏なアンテナになったように、私はエネルギーを感じ、
   そして反応し始めた。
   肉体が勝手に動いていく。
   頭が左右に揺れて止まらない。
   呼吸がどんどん速くなっていく。
   手、指先に電気のようなピリピリした気を感じる。
   『私、ここ(肉体)から出ようとしているの?』
   怖い・・・でも、すごいパワーで、もうコントロールできない。
   抵抗するのをやめる。
   広がっていく・・・どこまでも、どこまでも広がって・・・無限に果てしなく広がって
   いく。
   それは、アッという間に地球を一周して、宇宙と出会い・・・溶けて一体化した。
   まるでシャーリー・マクレーンの 『アウト・オン・ア・リム』 の中で彼女が瞑想中に
   蝋燭の炎と一体化して、肉体から魂が抜け出し、地球の外に出てしまう場面の
   ようだ。
   私はすべてと一つになった。
   信じられない!!
   私は全体であり、宇宙であり・・・すべての存在と一つになることができた。

                            ”宇宙体験 - 2” へ続きます

                            T&F News Letter Special より
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真剣さ - 4
2008-02-26 Tue 10:42
                                       『光降る木霊の森』
04-oct_07ー光降る木霊の森
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   K-Communication より

   真剣さ - 4 
  
   真実

   真実を求める心が真実である
   真剣に真実を求める心が真実そのものである
   その真剣さの中に真実が宿る
   深いところから湧き出る真剣さの中に真実が宿る

   「求めよ さらば与えられん!」

   真剣に求める心の中に真実がある
   外にあるのではなく 真剣に求める内に真実はある
   人の一番深いところから湧き上る
   真実を求める心が真実そのものである

   真実が真実を発見する
   真実が真実に出会う
   始めに真実がなければならない
   無私の真剣に求める心がなければならない

   『真剣に 求める人こそ めでたけれ 求める心に 真実がある』

                 K-Communication №18(1991年 2月号) より
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真剣さ - 3  『見ること - 3』
2008-02-24 Sun 11:12
                                     『ストロベリートーチ』
ストロベリートーチー11-may
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   K-Communication より

   真剣さ - 3  『見ること - 3』  

   明らかに 『見ること』 が始まるための方法はないのです。
   それは突然起きるしかないのです。
   そしてたぶんそれをもたらすものは、一人一人の生きる姿勢、真剣さでしょう。
   本当にわかろうという真剣な姿勢がある時、心は自然に静かになります。
   そこには何ら努力や方法はありません。
   いい加減に生きるとき、注意力は散漫になります。
   しかし、真剣に生きる時、エネルギーは即座に結集されます。
   心からの真剣さは既に自我を越えているのかもしれません。

   真剣さというのは、自分自身に正直であること、自分に嘘をつかないこと、誠実
   に自分に忠実に生きること、自分の本当にしたいことをすること、自分の深奥の
   声に耳を傾けること、つまり、外側に振り回されないで自分自身で生きること ―
   本当の自分自身であることではないでしょうか。
   真剣さとは、本当の自分自身であること以外の何ものでもないような気がします。
   本当の自分自身である時、自然に真剣に生きているのではないでしょうか。

                       K-Communication №35(1992年) より
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真剣さ - 3  『見ること - 2』
2008-02-23 Sat 11:15
                                             『シキミ』
シキミー08-may
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   K-Communication より

   真剣さ - 3  『見ること - 2』  

   最初、火はありません。
   それは育てられなければなりません。
   しかし、そうだからといって、そのための修行が必要というわけではありません。
   誰の中にも火の種はあります。
   それは注意深く見つめる時、即座に燃え上がります。
   そして、見つめ続ける中で、それは消しても消えない炎となります。
   初めに火はありません ― 見ることがない限り、火が現れることはありません。
   しかし、見れば即座に現れます。
   何の努力もいりません。
   『何もすることはない ― 見ることを除いて』 というのがまさに真理ではないでし
   ょうか。

   しかし、ここには明らかに飛躍があります。
   『自我』 から 『見ること』 への梯子がありません。
   努力や修行の主体は自我であり、それをやっている限り自我から一歩も出るこ
   とはできません。
   つまり、自我が行う全ての方法は否定されなければなりません。
   ということは、何の方法もなく突然 『見ること』 が現れなければならないというこ
   とです。                         
        
                       ”真剣さ - 3 『見ること - 3』” へ続きます

                       K-Communication №35(1992年) より
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真剣さ - 3  『見ること - 1』
2008-02-22 Fri 01:30
                                           『アキグミ』
アキグミー04-may
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   K-Communication より

   真剣さ - 3  『見ること - 1』  

   心は外側 (外的環境) と内側 (意識) とを結ぶ媒体のようなものです。
   それは外側の環境を受け取るための器でもあれば、内側の意識を表現する
   ための器でもあります。
   赤ちゃんの時、心は真っ白です。
   それが、その時代、その風土、その人間関係という赤ちゃんを取り巻く環境と、
   赤ちゃん自身の意識との出会いによって徐々に色づけされていきます。
   心は成長するにしたがって、はっきりとした個性を帯びてきます。
   しかし、環境も違い、個々の赤ちゃんの内的意識の発露も違いますので、心は
   一律ではありません。
   しかし、一旦心が色づけされると、心は色づけを通して全てを見るようになり、
   自我を主張します。
   ところが、心は自分が環境と意識の合作によって造り出されたものであること
   に気づきません。
   心が自分自身を見る時、心は初めて自分が環境と意識との合作であることに
   気づきます。
   いかに環境の影響下にあるか、いかに条件づけられているか ― それが解放
   の始まりです。
   その時、見るエネルギーが働き始めます。
   それは環境と意識の合作ではない純粋な見る意識です。
   色づけされた心と、環境の影響下にない見る意識との出会いです。
   中身のないただ見るだけの意識 ― その中に、空という色づけされていない次
   元があります。                      
           
                       ”真剣さ - 3 『見ること - 2』” へ続きます

                       K-Communication №35(1992年) より
                                 >>K-Communication

           
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真剣さ - 2 『傷』
2008-02-19 Tue 10:04
                                        『緑と白の世界』
緑と白の世界ー21-oct_07
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   K-Communication より

   真剣さ - 2  『傷』  

   Kは、『傷』 が私達の行為を歪めてしまうと指摘すると同時に、次のように語り
   ました。

   『 In the full present the past has lost its burden. 』
   (現在の充実の中で、過去はその重みを失う)

   今、この時に、本当に真剣に生きる時、過去の傷は顔を出さないということで
   しょうか。
   過去にどのような傷があったとしても、今が真剣に生きられれば、それは影響
   しないということでしょうか。
   しかし、普通は過去の傷がすぐに反応してしまいます。
   その反応さえ起きないような瞬間・瞬間の真剣さ。
   たとえ反応が起きたとしても、その直後に気づけるような真剣さ。
   せめて一日の終わりには気づけるような真剣さ・・・
   その真剣さがないと、反応は記憶され、それが傷として残り、自我になり、
   やがて ”傷だらけの人生” になってしまいます。
                                  (K-Krishnamurti です)

                                ”真剣さ - 3” へ続きます


                    K-Communication №21(1991年 5月号) より
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愛を妨げているもの
2008-02-16 Sat 05:02
                                     『太陽の下のジェット』
太陽の下のジェットー17-dec_07
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   K-Communication より

   雲の上にはいつも青空があります。
   ただ厚い雲が光をさえぎっているだけです。
   愛はすでに完全なかたちで存在しています。
   だから成長する必要も、到達する必要もありません。
   ただ、それをさえぎっている厚い雲=自我=思考があるだけです。

                    K-Communication №11(1990年 6月号) より
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真剣さ - 1
2008-02-12 Tue 11:36
                                     『羽神の滝に射す光』
羽神の滝に射す光ー11-may_07
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   K-Communication より

   『真剣さ』 をテーマに、K-Communication誌上の編集便りとお便りコーナーで
   掲載された文章を取り上げ、連載します。(”真剣” にお読みくださいね☆)


   真剣さ - 1  

   4月号の裏表紙の言葉、
   『真剣に 真剣に ひたすら真剣に どれほど深く どれほど真剣に あなたは生き
   ているだろうか? ミーティングは遊びではない 真剣な 生きることそのものだ!』
   について、2~3の方から 「これではあまりにもきつ過ぎる」 「これでは誰も来ない」
   等の感想をいただきました。(実際は4月の参加者は大幅に増えています)
   確かにちょっと厳しすぎたかもしれませんね。
   でも、ふと感じたのですが、このような反応が出てくるのは、もしかしたら、真剣さを
   求められる時、『私』 でいることを許されなくなるのではないかという危惧が起きる
   からかもしれません。

   私達は家庭や学校や社会で 「真剣であれ!」 「真面目であれ!」 と絶えず圧力を
   受け続けてきました。
   それに対する恐れと反発、自由を縛られることへの、我侭が許されないことへの恐
   怖と拒絶反応。
   そのような、これまでの条件づけが反応したのかもしれません。
   もちろん、ここで言う真剣さは、モーレツ主義やスパルタ教育などの古い精神主義
   ではありません。
   そのような外側からの真剣さではなく、もっと深い内側から涌き上がってくる真剣さ
   です。
   その真剣さがない限り、いくらミーティングに参加しても何の変化もないでしょう。

   クリシュナムルティを理解することは、そんなに生易しいことではないと思います。
   本当に全身全霊をもってぶつからないと真の理解は訪れません。
   深い深い本源とも言えるところから涌き上がってくる真剣さが全てを変えていくよう
   に思います。
   もちろん、それは外側から強制されて出てくるものではありません。
   それは一人一人の自発的な生きる姿勢から生まれてくるものでしょう。
   しかし、私達の中に ”本当に真剣に生きること” を恐れる心がないでしょうか。
   真剣であることは自己責任を要求されます。
   周りとの摩擦も増えます。
   それでも真剣さを通すことは大変なエネルギーのいることです。
   ですから、つい妥協してイージーに済ませたり、モラトリアムを決め込んだりしがち
   です。
   しかし、それでは何の本質的変化も起きないことだけは確かです。

   『K-comm』 誌上には 『真剣』 という言葉があふれ、まるで 『真剣』 の押し売りを
   しているかのように感じられる方もあるかもしれません。
   が、やはり真剣さが全てを変えていくような気がします。
   それは優しさであり、誠実さであり、人の生きることそのもののように感じられます。
   内側から涌き上がってくる真剣さは、外側の条件づけの結果としての動機を伴う真
   剣さではありません。
   悟りたい、変容したい、成長したい・・・それらは外側からの情報に対する反応です。
   そうではない、内側奥深くから涌き上がってくる動機や言葉を伴わない真剣さがあ
   るように思います。
   それ自体が真実であるような真剣さです・・・

                                 ”真剣さ - 2” へ続きます

                    K-Communication №21(1991年 5月号) より
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木霊の森の一条の光
2008-02-08 Fri 00:22
                                   『木霊の森の一条の光』
木霊の森の一条の光ー05-oct_07
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しばらくの間、いのちの島=屋久島、更新をお休みさせていただきます。

訪問いただき、ありがとうございます。
よろしければ光の言葉と屋久島の写真=日記 『無色透明』 からのエッセンスと屋久島
の写真をコーディネイトしました、『LIGHT』 をご覧になっていってくださいませ。
>>LIGHTはこちら


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あるK理解 - 2
2008-02-07 Thu 07:12
                                       『夕陽のジェット』
夕陽のジェットー26-m
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   K-Communication より

   あるK理解 - 2 
 
   『 To be a light to oneself is the light of all others. 』
   (自分自身を照らす光であることが他の全ての人々にとっての光である)

   これを注意深く読むと、そこには 『自分自身』 と 『光』 の二重性があることに気づき
   ます。
   自分自身とは反応であり 『私』 でしょう。
   そして 『光』 とはそれを見つめることではないでしょうか。
   『反応』 と 『見つめること=光』 が自分の中に同時に存在します。
   それは明らかに二重構造です。
   『反応』 とは、これまでの無意識のうちに蓄積してきた過去であり、まだ自覚されて
   いない内なる闇です。
   そして 『光』 とは、それを見つめることによってそれに光を当てることを意味します。
   自分の内なる闇に光が当てられる時、それは白日の下に晒され消えていきます。
   しかし、実際は 『見つめている状態』 そのものが光ですので、その状態にあれば問
   題そのものが存在しないとも言えます。
   静かに見つめていることが全てであり、それが瞑想ということではないでしょうか。

   人の中に 『反応 (自我)』 と、それを見つめる 『光』 の両面があります。
   『光』 も本来人の中に備わっています。
   そうでなければ見ることも気づくこともできません。
   そして本来備わっているが故に、何の努力も、何の方法がなくても、即座に実現する
   ことができるのではないでしょうか。
   それが、今・ここでの注意ということでしょう。

                    K-Communication №37(1993年 Vol.37) より
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あるK理解 - 1
2008-02-06 Wed 08:07
                                   『夕陽の三機のジェット』
夕陽の三機のジェットー25-m
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   K-Communication より

   あるK理解 - 1 
 
   『 By attention I mean being completely there with all your mind and heart. 』
   (注意ということによって、私はあなたの心とハートの全てで完全にその場にいる
    ことを意味している)

   注意は今、即座に実現します。
   今、ここで本当に真剣なら、何の理屈も、何の方法も必要なく、即座に実現します。
   それはただ全力で見、全力で聞くだけです。
   何の難しいこともありません。
   難しくなるのは、注意しなければならないと思って努力する時、ずっと注意し続けよ
   うと努める時だけです。
   真剣なのは今、この瞬間だけで十分です。
   なぜなら、今しかないのですから。

   真剣でないから、注意のための方法を求めます。
   真剣であるための方法はありません。
   方法を求めること自体が、今、真剣であることから逸れています。
   真剣であれば方法はいりません。
   今、ここで相手の言うことを心から聞くだけです。
   それは誰にでもできることです。
   ただそれが持続しない、すぐに不注意になってしまう・・・
   不注意な時は今・ここにいません。
   心は他のことを考えています。
   つまり思考が動いています。
   心は静かではありません。
   しかし、それは問題ではありません。
   自分が不注意なことに気づいて、また真剣に聞くだけのことです。
   注意しようと努力しないこと ― 努力すれば葛藤でより一層不注意になるだけです。

   真剣さが=注意深さでしょう。
   そして、その注意深さが=静かさであり、思考を超えた状態ではないでしょうか。
   今、この瞬間、自分の心とハートの全てで、本当に心から真剣であるかどうか、
   ただそれだけが問われているのではないでしょうか。
   その真剣さは、肩に力のはいった自我の真剣さではなく、もっと深い、もっと静かな、
   心の奥深くに息づく真剣さです。
   それは生命の基調ともいうべき心の深い所に絶えず存在しているものです。
   それは ”敬虔” という言葉が当てはまるような真剣さです。
   それは人が自分を忘れて心から聞く時、おのずから現れて来るものではないでしょ
   うか。
   そして、そのような真剣さがある時、それが自我を超えた状態ではないでしょうか。
   そういう意味では、自我を超えることは即座に可能であると言えるのかもしれません。
   それが持続するかどうかはともかく・・・
   持続するかどうかと問うのは思考です。
   ただ、今・ここに自分の全存在でいることだけがあります。
   
                                   ・・・明日に続きます

                    K-Communication №37(1993年 Vol.37) より
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自我 - 5
2008-02-05 Tue 08:28
                                            『光の沢』
光の沢ー17-may_07
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   K-Communication より

   自我 - 5   ミーティングレポートより  (昨日の続きです)

   昨日まで掲載しましたレポートを通して学べるkimiさんのメモです。
 

   ☆ 年を取ると、体力も衰え、気力も萎え、エネルギーも低下することによって、
      自我のこだわりも少しずつ落ちてくるようです。
      そこで、逆に、何かにこだわる方がある意味では自我の活性化に繋がるのも
      事実のようです。
      しかし、それは同時に苦しみが増すことでもあります。
      この苦しみを直視し、理解するだけのエネルギーがあれば、自我から自由に
      なれるのかもしれませんが・・・
      そこまで行かないと喜怒哀楽の渦に巻き込まれて一喜一憂するだけの人生を
      歩むことになりそうです。
      その次元では真の意味のやすらぎはありません。

   ☆ Kを読む前も、自分を振り返るとか反省するということはありましたが、それは
      あくまで観察者の立場から、良い悪いと判断し、自分を成長させるために自分  
      を修正しようと努力していたもので、ただ見て、それをそのまま理解するという
      ものではありませんでした。
      Kを読み始めて、初めて観察者の立場を離れ無批判に、無選択にありのまま
      を見るということが始まったような気がします。
      それ以前は、『私』 そのもので生きており、『私』 から離れて自分を見るという
      ようなことは考えつきもしませんでした。
      まだ 『私』 で生きていることの方が多い毎日ですが、そうではない時の透明感
      というか、透き通るような冴え冴えとした意識は、Kを読む前には想像もできな
      かったものです。
      それは思考の次元とは全く違う意識です。
      それによって生の存在様式に全く新しい未知のものが広がった感じです。
      それがKを読んで一番変わったことではないでしょうか。

                                (K=Krishnamurtです)

                    K-Communication №33(1992年 7月号) より
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自我 - 4
2008-02-04 Mon 08:19
                                        『癒しのいずみ』
癒しのいずみー15-may_07
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   K-Communication より

   自我 - 4   ミーティングレポートより  (昨日の続きです)

   レポート中のイニシャル、F が kimiさん (古沢仁宏) です。
 

   F やっぱり透明感があるというかね・・・
     やっぱり自分に気づける時とか、観察してる時の感じというのは透明な感じでは
     ないですかね・・・
     そういうのはないですか。
   G そうですね。
     前と違って何もしないで、ただいるとか、海へ行ってただ一時間も散歩したり座
     ったりしてるとか、そういうことが楽しいというか・・・
     昔は何か見つけてすることで楽しいというか、それが何もしないで、ただ居るだ
     けで、まともだったらと言うと変ですが、健康だったらと言うべきか、ただ居るだ
     けで本来は喜びがあるという状態があるような気がするんですよ。
     ところが、昔の何かみつけてキャーッとやる方がもっと強烈に喜ばしいような気
     がして、今のかすかな淡い喜びだけで平然と、これこそ至福と言っていられる程
     には高まってないようですね。
   F やっぱり若い頃というのは集中なんですよ。
     集中してエネルギッシュに自我で強引にやっちゃうというか、そういう感じがしま
     すよね。
     それで、そうじゃない喜びみたいな、そうじゃない充実感というか、充実感に二
     種類あってね、自我の充実感で、集中して目的に向かって努力している時の充
     実感と、そういうのが抜け落ちて、本当に全体の中から染み出るというか、湧き
     出るみたいなね、そういう静かな充実感と言うものがあるんじゃないかという気
     がしますね・・・
     それはやっぱり注意のエネルギーというか、集中ではない、注意のエネルギー
     ではないですかね。
     そういうのがだんだん湧き出してくると、本当に不安がなくなってくるというか・・・
     自我でやってる時は、ガンガンやってる時はね、どうしても反面に不安がある訳 
     ですよ。
     恐れみたいなものがね。
     ガンガンやりながらも反面では常に恐怖感がつきまとってるような。
     そういうのがないんじゃないですかね。
     でも、Gさんは恐怖とか不安とか、そういうのはあんまりないでしょう?
   G うーん。
     今はあんまりないみたいですね。
     昔はですね、すごい緊張があってね・・・
     何時も油断なく見張ってて、みんなが大丈夫だと安心して遊んでいる時でも、自
     分はきっと見張りをしてるというか、見張っていなきゃいけないんだという緊張感
     があって、リラックスするということがなかったんですよ。
     で、ある時、こういうふうに何時も緊張していることは本来要らないのかも、と思
     った時があるんですよね。
     それは頭の思考がそう思ったんですが、こう何と言うか・・・ガッツというか、腹の
     方が、ようやくそれに気がついてくれたかという感じで、何と言うか、ガッツが泣
     いているような感じがしましてね、それから先憂後楽というのか、自分一人は頑
     張ってなければいけないという感じはパッと自分から抜けていきましたね。
   F やっぱり集中してる時というのは、どうしても緊張があるというか、リラックスがな
     いですよね。
     リラックスして、しかも感受性が鋭敏だという・・・まあ、集中してればそれなりの
     感受性はあるんですけど、でも、それは非常に自己中心的な感受性でね、自分
     にとってプラスかマイナスかというね。
     トータルな感受性じゃないんですよね。
     やはりトータルな感受性というのは、全体に対する配慮というか、愛情みたいな
     ものが働いて、それで自然に注意深くなるということではないでしょうかね。
     先程の話で言えば、自分の興味で聞くのではなくて、相手に対する関心、愛から
     聞くというか・・・
     自我の感受性は自己の利益に根ざしているけど、トータルな感受性というのは
     全体に対する愛に根ざしているというか・・・
     そうすると、集中による疲れもなくて、何かエネルギーが静かに高揚してくるよう
     な・・・
 
                                   ・・・明日に続きます

                    K-Communication №33(1992年 7月号) より
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自我 - 3
2008-02-03 Sun 00:45
                                     『緑の世界の白い水』
緑の世界の白い水ー30-apr
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   K-Communication より

   自我 - 3   ミーティングレポートより  (昨日の続きです)

   レポート中のイニシャル、F が kimiさん (古沢仁宏) です。
 

   G いや、逆に言えば、Fさんはもう一つのエネルギーがちゃんと感じられてわかる
     んだから、僕はそれがわからない。
   F クリシュナムルティはエネルギーがもう一つあるとか、別々にあるとか、いろんな
     段階があるとかいう言い方はしない訳ですよね。
     エネルギーは一つだ、同じだと言うんですけど、そのエネルギーが自我の方に
     使われちゃってるだけだという言い方をするんですけどね。
   M エネルギーは同じですよね。
     使っている回路が違う。
   F そうそう。
     葛藤の方に使われてるだけだって言うんだよね。
   M 全く違うんですよ、使ってる回路が。
     それを感じたんですよ、本当に今日は。
     全然違う使い方でしょうね、あれは。
     今までの聞き方ではできないですよ、たぶん。
   F 思考を通して使ってるんだろうね、エネルギーを。
     思考を通さないで使う使い方があるんだろうね。
   M 宗教的に言うと、キリスト教の 『御心のままに』 というやつだよね。
     たぶん、御心のままが作用しちゃうというか。
   F 思考で歪めないというか、色づけしないで生きていけばいいというか・・・
     みんなそうだよね、道教の 『無為自然』 というのもそうだし、神道の 『神ながら』
     もそうだしね。
     みんなそうだよね。
     いかに自我がそこで歪めないかということでしょう。
     でも、自我自体もそのエネルギーで生かされてる訳だけどね。
   M そうなんですよ。
     だから、社会で成功するというのは効率的にそのエネルギーを自我で使えると
     いうかね。
   F だから、葛藤の少ない人が多いというか・・・
   M 葛藤はいらないですよね。
     自我がうまく機能すればね。
   F そうそう。
     効率的に、割り切って考えてね、パッパッパッとやっちゃえばね。
   M 自分の中で相反しなきゃいいんですからね。  
     こう思ったらこう、信念でね。
   F そうそうそう。
     やっちゃえばいいわけだよ。
     普通の人は自分の中で葛藤したり悩んだり躊躇したりしてエネルギーを消耗し
     て・・・
     もっと強引な人は自分の思う通りやっちゃうから、エネルギーの浪費がないから
     ね、目的を達成しちゃうんじゃないですか。
   M 競争ですからね、この社会は。
 
                                   ・・・明日に続きます

                    K-Communication №33(1992年 7月号) より
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自我 - 2
2008-02-02 Sat 01:34
                                        『深い苔の世界』
深い苔の世界ー29-apr
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   K-Communication より

   自我 - 2   ミーティングレポートより  (昨日の続きです)

   レポート中のイニシャル、F が kimiさん (古沢仁宏) です。

   (中略)
 
   F 自我は生きられない訳でしょう、葛藤なしでは。
     もう本当に葛藤なしで生きてたら自我じゃないですよ。
   M そうそう、自我は葛藤をエネルギーとしているんだよね。
     葛藤がないと自我が死んじゃうから・・・
   F だからエネルギーが衰退するんでしょう。
     何か目標を持って、それに向かって困難を乗り越えて努力していくみたいな葛藤
     がないと、自我は萎えてくる訳でしょう。
     何もしないなんてやったら、萎えちゃうよ、自我は。
     虚しくなってだんだん小っちゃくなっちゃう。
   M 本当に何もしないと、思考ではない他のものが働くんですけど、そこまで行けば
     いいんですけど、そこまで行けない人が悩む訳ですよ。(笑)
   F 途中でね。
   M 途中が大変なんですよ。
     途中で自我は衰退しちゃうは他のも来ないわで。
   F どっちのエネルギーもなくて。
   M それはしんどいよね。
     だから下手にクリシュナムルティは薦められない。
   F それはそうだね。
   M 余程へたばっている人でないとね。
   F 難しいところだね。
     あんまりへたばっている人だと、そのままいっちゃうよ。
     ある程度エネルギーがないと。(笑)
   M へたばるというか、人生にそんなに楽しいということがないという感じになってる
     人というのがいるじゃないですか。
     楽しんでる間は、やっぱしね・・・
   F 楽しんでる間は、まだ楽しみたいんだから、まだ楽しめばいいし、その楽しんで
     るのに苦しみが必然的に伴うということが本当にわかりだしたらね、クリシュナ
     ムルティを読むのもいいんだろうけど・・・
     クリシュナムルティは、見るためにはエネルギーがいるってはっきり言ってたな、
     今、訳してる中で。
     だからお年寄りなんて見ることはできないでしょう。
     エネルギーが衰弱してたら。
     いろんなこだわりとか欲得は抜けてるけど、自分を見るなんてことは・・・  
     先程の、人の話を聞きながら自分の反応に気づく(前回掲載 ”聞く” シリーズ)
     というのは、すごいエネルギーがないとできないものね。
     Yさんはどう?エネルギーはありますか?
   Y いや、あんまりエネルギーが溢れているような感じはしませんけど。(笑)
   F そうね。 
     あんまりギンギラギンという感じはしないよね。
     そういう意味では悪くはないんだけど、でも、ギンギラギンではないけれども、自
     我のエネルギーはそんなに強いという感じはしないけれども、もう一つ別のエネ
     ルギーが強いかというと、そっちもそれ程感じられないというか・・・
   M それは失礼な言い方かもしれない。(笑)
   F まあまあ、失礼な言い方だよね。
   Y いえいえ、そんなことはないです。(笑)
  
                                   ・・・明日に続きます

                    K-Communication №33(1992年 7月号) より
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自我 - 1
2008-02-01 Fri 10:42
                                        『苔の緑の世界』
苔の緑の世界ー4-28-apr
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   K-Communication より

   今日から、K-Communication ミーティングレポートより、”自我” をテーマにお送
   りします。
   レポート中のイニシャル、F が kimiさん (古沢仁宏) です。


   自我 - 1  ミーティングレポートより
 
   G 自我の終焉というのはありますよね。
     でも、自我の終焉の前には自我の衰弱という状態の時期がある程度あるんで
     すか。
   F 自我の衰弱ですか。(笑)
   G 一変にパタッとなくなるのなら、すごくそれはいいけど、その前には・・・
   F それは徐々にという意味ですか。
   G ええ、徐々にというか、明らかにまだ自我が残っているんだけれども、前みたい
     に執着も強くなく、頑張るとか努力してという勢いもなくなった状態という・・・
   F それはあるんじゃないですか。
     厳密に言えば、自我があるかないかという二つに分けられちゃうけど、自我が
     ある中での段階みたいなものはあるでしょうね。
     自我のある段階の中ではグレードがあるということではないですか。
     でも、まだ自我があるには違いないですね。
     ただ中身が多少薄くなっているという・・・クリシュナムルティは中身のことは言
     わない訳ですよね。
     あるかないかだけしか言わない。
     ところが一般的にはグレードを言う訳ですよね。
     だんだん軽くなってくる、だんだん軽くなってなくなるというような言い方をする訳
     でしょう。
     山に登るみたいに、そのまま行けば頂上だと。
     でもそこには明らかにギャップがあるというか、川があるというか・・・
   G 私は先程言ったように衰弱したような感じが単に年取ったからなのか、(笑)
     どうなってるんだろうと考えるんだけど、逆にもっと若い人がですね、自我の衰
     弱の状態はどうなんだろうと・・・
   F エネルギー状態が違うんじゃないですか。
     エネルギー状態が自我が衰弱するに従って高くなりますよね。
     ポテンシャルが高くなってくると思うんですよね。
     で、年取ってだんだん気力がなくなってくるというのがありますね、だんだん無関
     心になる。
     それはエネルギーが落ちてますよね、明らかに。
     その違いじゃないですか。
     自我性がだんだん薄くなる時にはエネルギーは上がってますよね。
   
                                   ・・・明日に続きます

                    K-Communication №33(1992年 7月号) より
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