いのちの写真と光の言葉
現実 - 3 -
2007-03-31 Sat 10:41
                                        『朝陽のジェット』
朝陽のジェットー18-m
 
    
   現実 - 3 -   (昨日の続きです)  
 
   現実を固定的なものと捉えることは、思い込み。
   現実は可変的。
   見る人の意識しだいで、どうにでも変わる。
   自分が選ぶ自分の人生。

   美しい人生を生きるのもよし。
   苦しい人生を生きるのも、またよし。
   ダイナミックな人生を体験するのも、すばらしい。
   安全第一の人生もある。

   いかように生きようとも自分の人生。
   誰も文句は言わない。
   自分の人生を変えられるのは、自分だけ。
   いかに生きるかは、自分が決めること。

   見える世界は自分の意識の投影であるということを
   自覚しているといいかもしれない。
   現実に振り回されなくなるかもしれない。
   自分が解釈し判断しているだけ。
   自分のフィルターを通して見ているだけ。

   自分の中のフィルターを外していくと、また世界が違ってくる。
   解釈や判断や評価のない次元もある。
   ピュアーな意識の上に、いろんなフィルターがかかっている。
   そのフィルターを自覚することだろうか。

   目に映る世界は自分の意識の投影。
   自分が見ている現実は、自分が選んでいるだけ。
   意識が変われば、世界も変わる。
   まずは自分の意識の有り様を自覚することだろうか。
  
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現実 - 2 -
2007-03-30 Fri 10:07
                                  『口之永良部島のジェット』
口之永良部島のジェットー24-m
     
   現実 - 2 -   (昨日の続きです)  
 
   目に見える世界は、自分の意識の投影。
   自分が見たいように見ているだけ。
   けっして客観的ではない。
   自分が見ている自分の人生。

   自分の意識が変われば、自分の人生も変わる。
   意識しだいで、どうにでもなる。
   人生とは、自分の意識を外に見ているだけ。
   自分を投影させて見ているだけ。

   どんな人生にするか、それは自分しだい。
   どんな人生にでもできる。
   今の人生が気に入らなければ、意識を改めればいい。
   フォーカスを変えればいい。

   すばらしいことだけにフォーカスすれば、人生はすばらしくなる。
   イヤなことだけにフォーカスすれば、生きるのがイヤになる。
   どちらでも自分の意識しだい。
   何にフォーカスするかというだけ。

   宇宙の壮大さにフォーカスするもよし。
   自然の厳しさにフォーカスするもよし。
   人生の奇跡にフォーカスしてもいい。
   人類の非苦にフォーカスすることも可能。

   自分がフォーカスした通りの人生が目の前で展開する。
   自分が見ている現実は、自分の意識の投影。
   意識が変われば、現実も変わる。
   いかようにも変えられる。
                
                       ・・・明日に続きます
  
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現実 - 1 -
2007-03-29 Thu 07:54
                                             『夕雲』
夕雲ーcloud-14

    
   現実 - 1 -   
      
   人それぞれ。
   たくさんの側面を持っている。
   長所・短所様々。
   どこにフォーカスするかで、その人の印象も違ってくる。

   その人の好感の持てるところにフォーカスすれば、その人が
   好きになる。
   その人のイヤなところにフォーカスすれば、その人が嫌いになる。
   どちらでも可能。
   しかし、実際は・・・

   どちらでも可能ではない。
   どちらかに偏っている。
   自分の癖、傾向がある。
   それは、しなやかとは限らない。

   ある一定の角度から人を評価するようになっている。
   その人の欠点だけに目がいく。
   イヤなところだけが気になる。
   長所に目がいかない。

   それは自分の意識の反映。
   自分の色眼鏡で人を見ていること。
   自分の中の傾向に気づかずに人を判断すれば、客観的
   とは言えない。
   思い込みのままに人を評価し判断することになる。

   人の欠点だけが目につくということは、
   自分の意識が欠点にフォーカスしているということ。
   人の長所に目がいくということは、
   自分の意識が長所にフォーカスしているということ。
   相手は相手そのものではなく、自分の意識の投影。
   自分の見たい角度から見ているだけ。

   人生がイヤだということは、
   自分がイヤなことにフォーカスしているということ。
   人生がすばらしいということは、
   自分がすばらしいことにフォーカスしているということ。
   自分がフォーカスした通りの人生が目の前に展開する。
   それ以外の人生はあり得ない。

                           ・・・明日に続きます  

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不確定 - 3 -
2007-03-28 Wed 09:40
                                           『二重の虹』
二重の虹ー2-d
    
    
   不確定 - 3 -   (昨日の続きです)  
      
   自分なりに解釈し、判断して記憶に収めれば、
   それは自我の根拠となる。
   次からは、それによって解釈し判断するようになる。
   その積み重なりが、自我そのもの。
   自己所有の堆積物。

   安定した基盤の上で生きたい。
   そのための自分流の解釈や判断。
   それらが積み重なった先入観や固定観念。
   その集大成が自我そのものに他ならない。

   それらのものを一切外す。
   何も所有しない。
   わからないものは、わからないまま。
   不安定のまま、不確実のまま。
   そういう生き方ができるだろうか。

   心配することも 不安になることもなく
   わからないものは わからないままに
   不確実なものは 不確実なままに
   生きることができるだろうか

   ゆれながら しなやかに
   流れながら 軽やかに
   自由に おおらかに
   生きることができるだろうか

   もしできるならば
   それは自我の生とは異なるものとなる

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不確定 - 2 -
2007-03-27 Tue 10:44
                                             『鳳凰』
鳳凰ー15-cloud
 
    
   不確定 - 2 -   (昨日の続きです)
      
   人はすべてのことを自分の解釈下におきたがる。
   自分なりの説明をつけて納得する。
   それによって自分のものになったかのように安心する。

   自分の中に解釈や判断と共に仕舞い込む。
   そうすることで自分ワールドが安定する。
   何かわからないものを、そのままにはしておけない。
   それでは自分ワールドが不安定になってしまう。

   すべてを支配する。
   すべてをコントロールする。
   すべてを所有する。
   それが自分ワールドの主人公のやること。

   わからないものを、わからないままにしておく。
   支配しない。
   コントロールしない。
   何も所有しない。

   そういう生き方ができるだろうか。
   不安定と共にいる。
   不確実と共に生きる。
   それは自我の生き方とは異なる。

                           ・・・明日に続きます  

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不確定 - 1 -
2007-03-26 Mon 11:02
                                          『龍の舞い』
龍の舞いー22-cloud
 
    
   不確定 - 1 -   
   
   わからないものを、わからないままにしておけない。
   なんとかモヤモヤを晴らそうとする。
   何か自分が納得できる答を欲しがる。
   それもまた自我の行為の一つ。

   わからないものを、どうしてわからないままにしておけないの
   だろうか。
   わからないままでは自分が不安なのだろうか。
   不確定のままでは安心できないのだろうか。
   なんとか確定させて安心したいのだろうか。

   わからないものを、わからないままにしておけるのも、
   キャパシティの一つ。
   人は不確定なもの、曖昧なものをはっきりさせたがる。
   それも悪くはない。
   必要な場合もある。
   しかし・・・

   多くの場合は、不確定では自分が心配だから。
   自分が安心したいがために確定させたがる。
   何かで説明がつくことによって安心する。
   それは何を意味するのだろうか。

   それはすべてを自分の支配下におきたい、
   すべてを自分のコントロール下におきたいということの現れだろうか。
   自分の元を離れて自由に動き回られては困るのだろうか。
   困るというより、自分が安心できないということだろうか。

                            ・・・明日に続きます  

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自我を超えた生 - 2 -
2007-03-25 Sun 07:56
                                   『口之永良部島の夕陽』
口之永良部島の夕陽ー03-e-sun
 
    
   自我を超えた生 - 2 -   (昨日の続きです)  
   
   自我の人生は重たい。
   たくさんのものを抱えている。
   そして、更に多くのものを所有しようとする。
   みんな自分のものにしたがる。

   自我を超えれば、すべてのものは流れているだけ。
   自分のものはない。
   ただ、ひととき使わせてもらっているだけ。
   物も体も心も・・・

   意識はある。
   しかし、自分はない。
   個性もあるし、人格もある。
   しかし、自分、自分、自分ではない。

   自分も全体の一部。
   全体と共に生きていく。
   何が何でも自分の思う通りに、ということはない。
   自然体がベース。

   成し遂げよう。
   達成しよう。
   成功しよう。
   それもいい。

   そういう人生を生きたければ、思いっきり生きればいい。
   しかし、時代は自我の時代を超えようとしている。
   自分中心では世界がたちいかなくなってきている。
   全体と共に生きるしかなくなってきている。

   自我の生を理解する。
   自分自身を通して理解する。
   そして、ゆっくりと超えていく。
   それがこれからの人類の課題となる。

   自分に対するフォーカスをゆるめ、ゆったりと生きる。
   流れと共に、ゆったりと生きる。
   全体と共に、ゆったりと生きる。
   すべてを見守りながら、ゆったりと生きる。

   『軽やかに すべてのものを 見守って 流れと共に ゆったり生きる』

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自我を超えた生 - 1 -
2007-03-24 Sat 11:55
                                     『山と海と夕陽と・・・』
山と海と夕陽と・・・ー12-e-sun

    
   自我を超えた生 - 1 -     
   
   自我の生とは、何事にもこだわる生き方。
   こうでなければならない。
   こうあるべきだ。
   自分で決めた枠の中の生。

   自我を超えれば、そのようなこだわりはない。
   すべてを包容し、ゆったりと生きる。
   すべてを見守り、すべてを包み込む。
   こうでなければならないということはない。

   自我で生きるとは、自分こそが宇宙の中心。
   自分を中心に世界は回っている。
   見ているのは、自分を通した世界。
   本当の意味では世界が見えていない。

   事実を見てはいない。
   自分の思い込みを通して世界を解釈しているだけ。
   自分流に世界を捉えているだけ。
   自分の思い込みワールドの中で生きているだけ。

   自我を超えれば、事実をそのまま見ている。
   個人的な願望というのがないので、世界がありのままに見える。
   欲に目が眩んで身を誤るということも起きない。
   自分だけにフォーカスし過ぎると、周りが見えなくなる。

   自我とは、経験、記憶、所有、達成、集中・・・
   自分のイメージを確立し、そのイメージに基づいて生きる生き方。
   全体から分離した個を体験する期間。
   それも数ある宇宙の人生の中の一つ。

   一喜一憂、喜怒哀楽。
   自分をベースに様々な感情を体験する。
   自分ベースで、すべてを生きようとする。
   それも悪くはない。

   ただ、それだけに浸りきっていると、苦しみが生じる。
   成功と失敗。
   勝ちと負け。
   常に表と裏がある。

   全体にフォーカスしないで、一方にだけフォーカスしようとする。
   成功と勝ちだけを欲しがる。
   しかし、成功の裏には失敗があり、勝つ者があれば敗れる者も必ずいる。
   その全体を理解することだろうか。

   自我の人生とは、まるでシーソーの片方から片方へ移るようなもの。
   常に低い方から高い方へ移ろうと努力する。
   しかし、高い方へ行けば、高い方は自然に低い方になってしまう。
   必ずそうなる。

                           ・・・明日に続きます  

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静 - 留まること
2007-03-23 Fri 12:57
                                       『オタマジャクシ』
オタマジャクシー29-a
 
    
   『おだやかに 水の面(おも)にも 春の波』

                
   動は動を呼びます。
   静は静からしか生れません。
   ただ静かにありのままの自分と留まること、
   そこからしか静は生れません。
   静とは留まることです。

                  K-Communication №21、26 より

         
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サツマイナモリ                            
2007-03-22 Thu 07:22
サツマイナモリー04-may
 
    
   見ること  
   
   過去の記憶や反応は
   現われ そして 消えていく
   その反応を 何もせず
   見ていることができるだろうか
   一切それらにとらわれず
   出てきたものを そのままに 
   見ていることができるだろうか

   普通は自分の反応に
   あわてふためき何らかの
   行為をしようと試みる
   怒り、憎しみ、屈辱感・・・
   それらが起きた その時に
   見ていることができるだろうか

   居たたまれずに 反応に
   また反応して 新たなる
   こだわりつくっているばかり
   次から次に反応が
   反応を呼ぶ 悪循環
   果てなき罠にかかっている

   反応出たら そのままに
   黙って見ているだけでいい
   出てきた時は消える時
   一切何もしなければ
   出てきて そのまま 消えていく
   私が何かをするたびに
   それを再び仕舞い込む

   ただ黙って見ていれば
   現われたものは消えていく
   私が介入しなければ
   自然にみんな消えていく

   静かに黙って見ているか
   あわてて何かをしでかすか
   それが大事なキーになる

   ただ見ることは 今ここで
   全身全霊 真剣に
   注意しているだけのこと

   注意がゆるめば すぐさまに
   過去が今に反応し
   不安 動揺果てしない
 
   記憶 反応 それから思考
   それらの渦に巻き込まれ
   反応だけの生となる

   ただ真剣に注意して
   見ている他に何もない
   何かをすれば 限りない
   反応地獄に落ちるだけ

   ただ 今 ここで 真剣に
   見ている他に何もない

              K-Communication №8 より

         
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巨大な屋久杉の切り株                     
2007-03-21 Wed 08:12
巨大な屋久杉の切り株ー06-june
  
    
   傷つく - 4 -   (昨日の続きです)   
   
   傷つくのが当たり前。
   傷つくということの本質を見極めることなく、社会の常識を鵜呑みに
   して生きている。
   成長過程で刷り込まれた価値観のままに人生を過ごしている。
   自分自身を理解することなく・・・

   自分の中の思い込みワールドを、もう一度点検してほしい。
   何が傷ついているのか、はっきりと見極めてほしい。
   そうしない限り、一生周りに振り回されるだけ。
   自分の人生とは名ばかり。
   人のせいにして、周りに翻弄されて終わる人生となる。

   自分を見つめる。
   自分を理解する。
   そうしない限り、自由はない。
   ただ過去に縛られた人生があるだけ。

   ゆっくりと落ち着いて、自分自身を見つめてほしい。
   焦る必要はないので、じっくり自分自身を理解しようとしてほしい。
   理解の先に自由がある。
   理解がなければ、過去に束縛された人生があるだけ。

   思い込みワールドから、真の自由へ。
   思い込みワールドから脱しない限り、アセンションはあり得ない。
   新しい世界は開かない。
   思い込みワールドの中に真実はない。
   ただ自分の思い込みの中で生きているだけ・・・ 

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屋久杉のオブジェ
2007-03-20 Tue 08:01
屋久杉のオブジェー05-june
     
   傷つく - 3 -   (昨日の続きです)   
   
   相手を理解するのではなく、
   自分のことだけに意識が向いていると、傷つきやすくなる。
   自分に対する思い込みが多いと、傷つきやすくなる。
   事実ベースではなく、思い込みベースで生きていると、
   傷つきやすくなる。
   傷つくのは、思い込み。
   事実は傷つかない。

   自分の思い込みが否定される時、
   人は自分が否定されたような錯覚に陥る。
   その時、自分は傷つけられたと思う。
   相手は傷つけた人にされてしまう。
   相手にその意図があろうとなかろうと。

   自分の思い込みと別のことを言われると、
   自分が否定されたように思い込む。
   そして、勝手に傷つく。
   自損自傷?
   誰も傷つけてはいない。

   自分が傷ついたことを正当化するために、人のせいにする。
   人によって自分は傷つけられたと思い込む。
   そもそも、人によって自分は傷つけられるものと思い込んでいる。
   自分は傷つく弱いものだという思い込みがある。

   傷つくとは何?
   その本質を理解することなく、傷つくことを前提として生きている。
   人生の無理解。
   無明!

   自分自身に光を当て、自分の無意識を照らし出さない限り、
   人は成長過程の刷り込みのままに生きるしかない。
   家族や社会の固定観念や偏見のままに一生を終わることになる。
   人は自分を知らない。
   自分の意識構造を理解していない。
   無意識のままに社会常識に振り回されているだけ。

                             ・・・明日に続きます  

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倒れた切り株
2007-03-19 Mon 07:11
倒れた切り株ー04-june
 
    
   傷つく - 2 -   (昨日の続きです)   
   
   相手の言うことが気になる?
   何と言われているのか気にかかる?
   自分のことをどう思われているのか心配?
   そういう人は、傷つく準備ができていることになる。

   自分を強く意識していると、傷つきやすくなる。
   自分に自信がないと、更に傷つきやすくなる。
   周りの目を気にしていると、更に更に傷つきやすくなる。
   それは傷つくためのスタンバイ状態にあると言っても過言ではない。
   
   自分を意識し、自分に自信がなく、周りの目を気にしている・・・
   それは、まるで薄い氷の上を歩いているようなもの。
   いつでも傷つけてくださいと言いながら生きているようなもの。
   それでは些細なことにも傷ついてしまう。

   傷つくとはどういうことだろう?
   何が傷つくのだろうか。
   傷つくものは、自分のプライド?
   それとも、自尊心?

   それでは、プライドとは?
   自尊心とは?
   それは思い込みの別名だろうか。
   自分に対して持っている自分のイメージ。

   そのイメージと懸け離れたことを言われると傷つく?
   「頭悪いんだから!」
   「こんなこともわからないの!」
   「なんてセンスがないの!」

   自分では、そんなふうには思っていない。
   少しは思っていても、面と向かって言われたくない。
   自分の存在を否定するような言葉に傷ついてしまう。
   相手のトゲが心に刺さる。

   隙があると、刺される。
   しっかりガードしていないと、刺される。
   心を開いたら、危ない。
   いつもしっかりガードしていないと・・・

   暖簾(のれん)に腕押し。
   糠(ぬか)に釘。
   叩かれても刺されても、ビクともしない人もいる。
   大きな包容力で包み込める人もいる。

                           ・・・明日に続きます  

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緑の世界
2007-03-18 Sun 06:16
緑の世界ー02-june
 
    
   傷つく - 1 -   
   
   傷つくとはどういうことだろう?
   何が傷ついているのだろうか。
   そのあたりが理解されていないから傷つくのだろうか。

   問題は、相手が傷つけるつもりがあるかどうかではない。
   相手に傷つけるつもりがなくても、傷つく人は傷つく。
   相手に傷つけるつもりがあっても、傷つかない人は傷つかない。
   それは何を意味するのだろうか。

   相手に傷つけるつもりがあろうとなかろうと、傷つく人は傷つく。
   傷つかない人は傷つかない。
   それが事実。
   ということは?

   自損自傷?
   自尊心が高すぎるので傷つく?
   自意識過剰?
   少なくとも、誰かのせいでないのは確か。

   あの人のせいで自分は傷ついたと思っている。
   あの人に自分は傷つけられたと思っている。
   しかし、同じような状況でも傷つかない人もいる。
   あの人のせいとは言い切れない。

   何を言われようと傷つかないことも可能。
   傷つく用意ができていなければ、人は傷つかない。
   相手の言うことを歯牙にもかけなければ、傷つくことはできない。
   傷つきたくても傷つけない。

                           ・・・明日に続きます  

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透明な川
2007-03-17 Sat 10:54
透明な川ー26-nov
 
    
   自我の生 - 4 -   (昨日の続きです)

   自我とは、全体から分離した生存のあり方。
   全体から分離すれば、必然的に孤独となり、不安となり、
   恐れが生じる。
   それ故に、安定を求め、すがる対象を求める。
   それは恋人であり、会社であり、信念であり、宗教となる。

   孤独であるが故に、何かにすがろうとする。
   しかし、いくら何かにすがっても、孤独地獄から抜けることはできない。
   それは一時の慰め。
   ひとときの気休め。

   根本的に孤独地獄から抜けるには、自我の生から脱皮するしかない。
   全体と共に生きるしかない。
   それが唯一の孤独から自由になる方法。
   全体に溶け入るしか、孤独から脱する道はない。

   ゆっくりと全体と共に生きる。
   過去・現在・未来、そのすべて。
   自分、周りの人、そのすべて。
   時間も空間も、そのすべてと共に生きるしかない。

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癒しの森
2007-03-16 Fri 08:18
癒しの森ー26-oct
 
    
   自我の生 - 3 -   (昨日の続きです)

   自我の生は寂しい。
   一人の生。
   故に、群れようとする。
   群集心理に動かされる。

   全体が見えず、目先のことで扇動される。
   思い込み、信じ込み、自己の安全を確保しようとする。
   孤独であるが故に、何かにすがろうとする。
   すがる対象は、孤独な自我が選んだ思い込みの安心。

   自我の孤独の中に生きている限り、何をしても安心立命はない。
   孤独な自我から脱皮しない限り、安心立命はあり得ない。
   なぜなら、自我とは孤独であり、孤独とは不安であり、恐れだから。
   全体と繋がらない限り、この孤独地獄からは抜けられない。

                           ・・・明日に続きます  

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木霊の森
2007-03-15 Thu 11:06
木霊の森-11
 
    
   自我の生 - 2 -   (昨日の続きです)

   肉体は個別化し、分離している。
   その肉体をベースに生きる時、自我の生となる。
   しかし、孤立した肉体というものはない。
   肉体でさえ、見えないところで繋がっている。

   一人がアクビをすれば、連鎖反応が起きる。
   生命力が弱った人には、生命力の強い人から自然に
   エネルギーが流れる。
   体は体なりに繋がっている。
   まして精神は・・・

   肉体をベースにした自我だけが、孤立している。
   感情でさえ、連鎖反応が起きる。
   愛のエネルギーが満ちる時、人は共感し共鳴する。
   自我だけが孤独の生を生きる。

                         ・・・明日に続きます  

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コバノタツナミ
2007-03-14 Wed 07:56
コバノタツナミー03-may
 
  
   自我の生 - 1 -
   
   今だけが孤立して存在することはない。
   過去があり、未来があり、今がある。
   そのトータルが今。

   自分だけが孤立して存在することもない。
   自分もいて、周りの人もいて、すべてが存在する。
   それらは同時に存在する。
   全体でワンパック。

   けっして自分だけ、今だけがある訳ではない。
   すべてはひとつ。
   ひとつのものが存在するだけ。
   それが全体。

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安房の虹
2007-03-13 Tue 08:25
安房の虹ー04-sep
 
    
   
   真剣に、全身全霊で生きる時、道は開ける。
   その真剣さが扉を開く。
   内なる情熱が無限への鍵となる。
   いかに日々、誠実に生きるか。

   特別なことは何もない。
   ありふれた日常の中で、いかに心を込め、魂を込めて生きるか。
   ただそれだけのこと。
   それ以外に真実に至る道はない。

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のんびりクリアー
2007-03-12 Mon 08:00
雲ー02
  
      
   
   ゆったりと、おおらかに生きる。
   すべてを見守り、すべてを抱(いだ)き参らせる。
   目先のことに執着しない。
   視線は遙か宇宙を見ている。

   何を生き急ぐ。
   何を慌てる。
   ゆったりと悠久の時を生きる。
   永遠の今を生きる。

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大きな虹
2007-03-11 Sun 07:16
大きな虹ー25-dec
 

   フォーカス - 3 -   (昨日の続きです)
   
   相手は自分の意識の投影。
   相手が自分にどう写るかは、自分の意識の反映。
   相手だけが独立している訳ではない。
   受け止める自分サイドによって相手は違う顔を見せる。

   自分サイドをよく理解しておくことだろうか。
   相手サイドだけではなく。
   そうでないと客観的な見方はできない。
   主観的な見方を絶対だと思ってしまう。

   どこに意識をフォーカスするか。
   自分のベースはどこか。
   自分の原点はどこにあるか。
   それを自覚した方がいいだろう。

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森の下から出る虹
2007-03-10 Sat 11:21
森の下から出る虹ー24-dec
 

   フォーカス - 2 -   (昨日の続きです)
   
   自分のベースを自覚していないと、すべて相手のせいにしてしまう。
   自分の拠り所が不明確だと、相手に振り回される。
   主導権が相手にいってしまう。
   自分の主体性が希薄になる。

   肉体を体験し、感情を体験し、思いを体験し、魂を体験する。
   いろんなレベルの体験がある。
   それぞれを体験すればいい。
   しかし、自分のベースはどこだろう。

   時には自分の依って立つ基盤を再確認するのもいいかもしれない。
   自分の基盤に沿って物事は見える。
   どこにフォーカスするかによって物事の見え方は違ってくる。
   同じ相手でも、どこにフォーカスするかによって相手は違って見える。

   意識の表面にフォーカスしていると、一喜一憂・喜怒哀楽。
   相手に振り回されることになる。
   深い意識にフォーカスしていると、多少のことでは動揺しない。
   安定した精神状態となる。

   湖面は波立ちやすい。
   湖底は安定している。
   どこにベースを置くかで、人生は違ってくる。
   自分のベースを置いたところに応じて、人生の見え方も違ってくる。

                            ・・・明日に続きます  
                                     
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淡い虹
2007-03-09 Fri 11:23
淡い虹ー19-dec
  

   フォーカス - 1 -   
   
   相手のどこを見るかということは、
   自分がどこにベースを置いて生きているかということ。
   外見だけに惹かれる人は、自分も外見ベースで生きている。
   精神の深みを見る人は、自分も精神の深みにベースを置いて
   生きている。
   人は、自分の生き方を反映して相手を見ている。

   相手が醜く見えるのは、自分も醜いからだろうか。
   相手が美しく見えるのは、自分も美しいからだろうか。
   相手の感情に振り回されるのは、自分も感情をベースに
   生きているからだろうか。
   相手の信念に揺さぶられるのは、自分も信念をベースに
   生きたいと思っているからだろうか。

   人は、自分がベースを置いているところから相手を見ている。
   相手のどこにフォーカスするかということは、
   自分がどこにフォーカスして生きているかということ。
   肉体か、精神か、魂か、それとも、もっと深いところか・・・
   自分のベースはどこだろう。

   どこにベースを置いた方がいいということはない。
   どこに置くこともできる。
   変化することも可能。
   しかし、それを自覚しておいた方がいい。

                            ・・・明日に続きます  
                                     
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海の波紋
2007-03-08 Thu 11:23
海の波紋ー08-feb
 

   自我からの自由 - 4 -   (昨日の続きです)
   
   自発の行為がある。
   本来のいのちが目覚める。
   萎縮していたいのちが、活き活きと生きようとする。
   それは自然なこと。
   だから、ただ見守ればいい。
   徹底的に見守ればいい。

   あなたは魚であり、海なのだ。
   あなたは色であり、空なのだ。
   あなたは三次元に生きるものであり、同時に多次元に
   生きるものなのだ。

   二つの目だけでは足りない。
   それでは自分は見れない。
   第三の目がいるのだ。
   あなたの背後から見守る目。
   それで初めて自分自身が見える。
   多次元の中で三次元が見える。
   その時、あなたは三次元に生きるものであり、
   同時に多次元に生きるものとなる。
                                     
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芙蓉の蕾
2007-03-07 Wed 08:57
芙蓉の蕾ー17-nov
 

   自我からの自由 - 3 -   (昨日の続きです)
   
   海の意識を忘れた魚は、海の迷子となる。
   海の中にいても海を感じず、海に守られていても、
   それがわからない。
   孤独地獄に堕ち、自分の位置を忘失する。
   何のために生きているのか悩み苦しむ。
   自分のことが何も見えていない。

   自分自身を背後から見守る。
   海のように包み込んで見守る。
   その時、初めて自分の真の姿がわかる。
   孤独の中で迷子になっている自分。
   思いっきり生きることを躊躇している自分。
   小さく身の安全だけを考えている自分。
   頭の中で老後の計算をしている自分。
   今を活き活きと生きることを忘れている自分。
   そういう自分が見えてくる。
   ありのままの自分が見えてくる。

   それは事実。
   ありのままの事実。
   良いも悪いもない単なる事実。
   その現実をよくよく見、わかることだろうか。
   本当にわかったら、自然な行動が起きる。
   自然な行動が起きるまでは、自分を見守っていればいい。

                     (・・・明日に続きます)
                                     
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谷間の二重の虹
2007-03-06 Tue 11:52
谷間の二重の虹ー21-dec
 

   自我からの自由 - 2 -   (昨日の続きです)
   
   思考が自我を見つめる時、そこには判断があり、解釈があり、
   評価がある。
   ただありのままの事実を見ることはできない。
   なぜなら、思考とは比較だから。
   自我は比較によって成り立つ。
   他人と比較することによって自分というイメージができあがる。
   それが自我に他ならない。
   相対的で、揺れ動く自我。
   その全貌を思考で見ることはできない。
   なぜなら、それは思考がつくり出すものだから。
   思考が思考を見ても、更なるイメージができるだけ。
   それでは自分の尻尾を追いかけ回す犬でしかない。
   それは思考の空騒ぎ。
   多次元空間から見守る時にだけ、自我からの自由がある。

   三次元は地球の現実。
   肉眼にだけ映る物質世界。
   宇宙の真実は、多次元世界。

   世界は魚だけと思い込んでいるのが、自我の三次元世界。
   海の感覚が第三の目、多次元世界。

   実は、この海も一層や二層ではない。
   限りない波動の層の世界。
   それは同心円、いや、同心球。
   何層にも何層にも球が重なっている。
   最後の一番大きい球が、空。
   それは形のない球。

   その空がすべての中に浸透し、すべてを包み込んでいる。
   まるで海のように、自分の中ですべてを生かし、すべてを
   見守っている。
   それだけでなく、その海の中で泳ぐ魚でもある。
   実は、魚は、魚の意識と海の意識の両方を持っている。
   魚であり、海である。
   色であり、空である。

                     (・・・明日に続きます)
                                     
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永田いなか浜夕景
2007-03-05 Mon 13:01
永田いなか浜夕景ー08-dec
 

   自我からの自由 - 1 -    
   (今日から4日間連載でアップします。どうぞ続けてお読みください)
   
   あなたは魚であり、海である。
   あなたは活き活きと楽しく泳ぎ回る魚であり、
   それをやさしく包み込む海である。
   あなたは自分の色を出しきり、思いっきり生き抜く。
   あなたはすべてを優しく抱きしめ、限りない愛と共に見守る。
   あなたは海であり、魚である。

   魚は最初の頃は何も考えないで楽しく泳いでいた。
   苦しみなど知らなかった。
   ところが、いつの頃からか苦しみが始まった。
   それは自我に目覚めた頃だろうか。
   他人との比較によって悩むようになったのだろうか。
   自分の世界だけで生きていた幼児期には、悩みなどはなかった。
   思考力が目覚め、他人と自分を比較するようになって、
   苦悩の世界に沈んでしまった。

   苦悩の闇に沈む魚を救い出す術(すべ)はないのだろうか。
   それは苦悩の原因を明らかにする光だろうか。
   その光はどこにあるのだろうか。
   それは見守ることの中にあるのだろうか。

   魚の目は外を見るようにできている。
   外を見、餌を見つけ、生命を維持するようにできている。
   外を見、危険をキャッチし、身を守るようにできている。
   自分の内面を見るようにはできていない。
   自分自身を見守るには別の目がいる。
   それは背後から見守る第三の目。
   それによって初めて自分自身が見える。

   それまでは、自分を見ているようで見えてはいない。
   それは思考が思考を見ているだけ。
   同一次元で見ている限り、自我から自由になることはできない。
   
                               (・・・明日に続きます)
                                     
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木霊の森の木霊
2007-03-04 Sun 14:03
木霊の森ー10
 

   信じること - 3 -    (昨日の続きです)
   
   「信じない」と決めることではなくて、
   信じる必要がないのを理解すること。
   明確に見えれば、何も信じる必要はない。
   「信じない」と決めることは、
   「信じる必要はない」と信じるみたいなもの。
   理解すること。
   理解されれば、後は何もいらない。
   信じる必要のないことが真に理解されれば、
   信じるという行為は消える。
   理解があるところに、信じることはない。
   理解がないから、信じるという行為が生まれる。
   明確にクリアーに理解することに尽きる。

   信じる・信じないの次元から、まったく異なる次元へ飛ぶ。
   信じる必要もない世界へワープする。
   赤ちゃんや幼子が絶対的に母親を信頼しているように、
   疑う余地のない信頼の次元へ。
   信頼や信じるという言葉が必要のない世界へ。
   直にありありと愛が感じられる次元へ。
   愛に満たされ、愛によってつながっている世界へ。
   思考から愛の次元へ。
   歌にあるガンダーラのような愛の国へ。
   さてさて、そんな国があるのだろうか・・・

   それはいくら言葉で説明しても、実感されることはない。
   一人一人がその国へ行ってみるしかない。
   その国はどこにあるの?
   地図にはない。
   では、どうやって行くの?
   磁石はある。
   磁石?
   そう、磁石だけは誰もが持っている。
   どこに?
   ハートの中に・・・
                                     
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別窓 | 木霊の森 | コメント:2
木霊の森
2007-03-03 Sat 11:32
木霊の森-08


   信じること - 2 -    (昨日の続きです)
   
   何がどう間違ってしまったのだろうか。
   あれほど美しく尊いものであった自己犠牲が、どうしてこんなにも
   貶(おとし)められてしまったのだろうか。
   それは思考で信じてしまったからだろうか。
   思考で信じることによって、純粋な信仰が思い込みに変わって
   しまったのだろうか。
   愛や直観から来る信仰ではなくて、思考の思い込みによる信仰に
   よって、すべてが狂ってしまったのだろうか。
   同じことが、オウム真理教や統一教会などについても言えるの
   だろうか。
   巷に氾濫する多くの新興宗教も同じ陥穽(かんせい)にはまっている
   のだろうか。

   これまでの歴史的な宗教戦争も、同じパターンだろうか。
   思い込みの信仰が、自分が信じる以外の宗教を敵と見なし、
   殲滅(せんめつ)しようとするのだろうか。
   それは愛ではなくて、自己保存の本能の延長だろうか。
   神への愛という美名の下、多くの殺戮が繰り返されてきた。
   それが人類史と言っても過言ではない。
   美しい純粋な自己犠牲もあった。
   それが、いつのまにか思考の思い込みによって大量殺人に
   変わってしまった。
   圧倒的な自我の力と、ごく少数の彗星のような自己犠牲の煌めき。
   それがこれまでの人類史だろうか・・・

   思考が人の意識の中心となり、信じることは妄信・狂信と化して
   しまった。
   狂信は狂気となり、やがて凶器に変わる。
   無差別自爆テロの源は、狂信。
   つまり、思考による思い込み信仰。
   今の段階で信じることは、思い込み信仰になってしまう。
   もう信仰の時代は終わった。
   それは、はっきりと断言できる。
   アクエリアスの時代は、クリアーな意識の時代。
   そんな時代に、信仰は時代遅れ。
   今も信仰している人たちは、過去世の名残に浸っているだけ。
   今は信仰している場合ではなく、思考によって曇ってしまった意識を
   クリアーにする時。
   次のピュアーな意識の時代に備える時。 
                               ・・・明日に続きます
                                     
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別窓 | 木霊の森 | コメント:0
木霊の森
2007-03-02 Fri 08:22
木霊の森ー09
 

   信じること - 1 -  
   (今日から3日間連載でアップします。どうぞ続けてお読みください)
   
   信じることは、先の見えない三次元の人生において、
   極めて尊いことだった。
   信じるもののために命を捧げることは、人類の美の極みだった。
   迫害され、磔(はりつけ)にされながらも、信じるもののために殉じる。
   それは涙なしには語れない愛の結晶。
   そういう過去世がたくさんあった。
   自己犠牲という美徳を過去世で経験している人は多いだろう。
   それは人類史に燦然(さんぜん)と輝く星なのだ。

   信じることは、ハートや直観をベースにしていることもある。
   それは美しい。
   何よりも美しい。
   それは愛であり、それ故に自己犠牲を厭(いと)わない。
   そういう信仰も、過去の歴史において多々見られた。
   それは人類の歴史において、今も美しい香りを放っている。
   それは肉の身を持つ者にとっての至宝。
   最高の尊さだ。

   そういう時代もあった。
   しかし、時はひとときとして同じところには留まらない。
   自己犠牲の美しさは既に過去のものとなってしまった。
   純粋な愛や直観に、思考が加わった。
   純粋な愛や直観もひとたび思考に捕まれば、思い込みと
   成り果ててしまう。
   中東で見られる自爆テロは、アラブやイスラムの人たちに
   とっては崇高な英雄的行為と映る。
   しかし、イスラエルやアメリカにとっては、無差別殺人以外の
   何ものでもない。

   しかしながら、広島や長崎に原爆を投下したアメリカに、
   無差別テロを非難する資格があるのだろうか。
   原爆では無差別テロの何百倍何千倍の人が一度に亡くなった。
   もちろん、南京大虐殺をおこなった日本にも非難する資格はない。
   もしかすると、誰も非難する資格はないのかもしれない。
   なぜなら、自分と違う意見や価値観を持つ人を攻撃したり、非難
   したりしない人は希(まれ)だ。
   それは無差別テロと程度の差でしかない。
   他人は責めなくても、自分を責めていれば同じ。
   自分の信じるもの以外を攻撃したり非難したり否定したりすれば、
   やがて、それが無差別自爆テロにつながらないと誰が断言できる
   だろうか。
   自己犠牲は美しいけれども、それが敵に向けられる時、憎しみの
   連鎖を呼ぶ。

   何がどう間違ってしまったのだろうか。
   あれほど美しく尊いものであった自己犠牲が、どうしてこんなにも
   貶(おとし)められてしまったのだろうか。   
                               ・・・明日に続きます
                                     
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