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ヤクシマシャクナゲ
2006-08-29 Tue 12:58
石楠花ー13-june
  

   内なる愛

   一人の淋しさから、個の孤独から、人は愛されることを求める。
   しかし、それが苦の始まりとなる。
   誰一人、望みどおりの愛を与え続けてくれる人はいない。

   愛 ― 唯一、人を心から満たすことのできる泉。
   宇宙の果てまで青い鳥を捜し求めても、
   愛の不死鳥を発見することはできないだろう。
   永遠に変わることのない愛は、ただ己の内にしか見出せない。
   それを発見し、それを生きることによってしか、
   愛に満たされる術(すべ)はない。
   外に求めている限り、いつまで経っても手の届かぬ青い鳥であろう。
   内を見つめることの中でのみ、人は不動の愛を発見する。

   救世主もマイトレーヤーもいらない。
   意識がそれら外のものに向いている限り、
   内なる愛を発見することはできない。
   静かに静かに自己に潜んでいく時にのみ、人は愛に出会う。

   愛に出会うことと、愛を生きることは同じではない。
   瞬間的に、人は内なる愛に出会うことができる。
   しかし、常に愛を生きることは限りなく難しい。

   愛を邪魔するもの(自我=思考)が理解されない限り、
   愛はそのまま現われることできない。
   それは、自我を通して脚色された愛となる。
   自我=思考が、その役割と限界を理解し、自ら静まる時にのみ、
   愛は静かに花開く。

   観念が外れた先で出会う愛こそが真実の愛である。
   愛はイメージでも信仰でもない。
   愛とは 『私』 がないことである。
   『私』 がないが故に全体とつながっている。
   全体とつながっているが故に即座の行為ができる。

   人は愛を生きる時にのみ、真の安らぎを感じることができる。
   内なる愛に生きるより他に、真に満たされる道はない。

                         K-Communication №13 より
   

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