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苔の雫
2006-08-05 Sat 15:25
苔ー34
  

   意識 - 1   

   意識は、ひとつ。
   元の元は、ひとつだ。
   それが幾つにも無数に別れているように見える。
   少なくとも、今の人間には、ひとつの意識とは映っていない。
   人は自分のことを、個々別々の存在だと思っている。
   このギャップは何だろう?
   ひとつの意識から人の意識になるまでの間に、問題がありそうだ。
   何がひとつという意識を感じるのを妨げているのだろうか。
   距離か。
   次元の違いか。
   波動の差か。
   ひとつの意識と人の意識の間に、妨げる何かがある。
   それは何だろう?

   人は、喩(たとえ)えて言えば、重箱のような存在だ。
   何層にも器が重なっている。
   その中の一つの器にすぎない。
   上にも下にも器がある。
   上には幽体や霊体や神体の器、下には肉体や各臓器や細胞という器。
   上下の意識を併せ持ちながら多重的に存在している。
   それらの意識をどこまで自覚できているかは、人によって異なる。
   自分を肉体存在だと思っている人もいる。
   自分を霊的な存在だと思っている人もいる。

   器とは何か?
   それはエネルギー場だろう。
   肉体という器に霊が宿る、みたいなものだ。
   ところが、肉体に霊が宿ると、肉体の制約を受ける。
   霊そのものとしては活動できなくなる。
   自由に飛べないし、思ったことはすぐには実現しない。
   器によって制限されるのである。
   波動の違いによって制限されると言ってもいい。
   生まれた時から肉体と共に成長する中で、自分を肉体だと錯覚してしまう。
   霊は肉体という器の制約下にある。
   故に、ひとつという意識を忘れてしまう。
   地上に誕生した途端、忘却の水を飲むことになる。
   それでも、まだ幼い頃は朧気(おぼろげ)にでも霊的な意識が残っている。
   しかし、思春期を過ぎる頃になると、立派な「私」に変身している。
   それがこれまでの一般的なパターンだった。
   ひとつの意識を忘れさせるものは、自分が入る器のせいだ。
   ひとつの意識は、入る器によって制約を受ける。
   それによって、だんだんとひとつの意識は薄れていく。
   人間まで来ると、もう遠い記憶だ。
 
                              (明日に続きます)
                        
                 >>日記 無色透明 より    全文は >>こちら

   

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