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木霊の森のキノコ
2006-05-19 Fri 12:10
   フォーカス - 1

   どこに意識の中心を置くかによって、人生は大きく変わってくる。
   人は自分が意識の中心を置いた視点で人生を体験することになる。
   だから、自分が見ている現実は、まさに自分が見ているのである。
   他の人は他の現実を見ている。
   もし自分が荒い波動に意識の中心を置けば、周りの人からも荒い波動が感じられる。
   「なんてあの人は荒っぽいのだろう。いやになってしまう」ということになる。
   もし自分の意識の中心を精妙な意識に置けば、周りの景色も違ってくる。
   たとえ隣に怒って声を荒げている人がいたとしても、
   だからその人が荒っぽい人だとは思わない。
   その人の表面意識が荒っぽくなっていると映る。
   冷静にその人の全体が見えるのだ。
   人は自分が意識の中心を置いているところで、周りを見ている。
   だから、周りがどのように感じられるかということは、
   実は自分がどういうふうに周りを見ているかということに他ならない。
   周りから感じられるものが、自分が発している波動でもある。
   周りは自分を映す鏡に過ぎない。
   ただ自分の波動が自分に帰ってきているだけだ。

   どこに意識をフォーカスしているかで、周りの景色は異なる。
   自分の人生自体が違ってくる。
   どこにフォーカスして生きることも可能。
   フォーカスしたところが自分の世界となる。
   同じ場にいても、見えているもの、感じていることは人によって異なる。
   自分が意識を置いているところで人は生きているだけ。
   同じ三次元にいながら、意識は異なるところで生きている。
   それが現実というものだ。

   自分にとっての現実が、自分の現実なのだ。
   自分が感じている現実。
   あなたは荒っぽい現実の中で生きているだろうか。
   それとも繊細な現実の中で生きているだろうか。
   あなたは争いの現実の中で生きているだろうか。
   それとも、心安らぐ現実の中で生きているだろうか。
   意識のフォーカスをどこに置くかによって、体験する現実はまったく違ってくる。
   怒りに対して、怒りで応じるか。
   怒りに対して、その奥にあるものを感じるか。
   どこに意識の中心を置くかによって、まったく反応は異なる。
   問題は周りの状況ではない。
   問題は自分の意識の在処(ありか)なのだ。

                       >>無色透明 より    全文は >>こちら


木霊の森のキノコー09-m



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