いのちの写真と光の言葉
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幽玄
2011-06-10 Fri 22:09
                                           『苔の神秘』
苔の神秘ーmoss-48_10_11
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日記『無色透明』  2005年 ”44日目 - 幽玄” より転載。

『幽玄』

意識は更に澄んできている。
どんどん透き通ってきている。
まるで青空のようだ。
日本晴れの快晴の青空。
「私」は雲のようなものだろうか。
いろんな形がある。
いろんな形になる。
刻々と形を変えている。
でも、掴もうとすると、スルリと手から抜け落ちてしまう。
掴もうにも、掴めない。
それが「私」の実体だ。
あるように見えるけど、実体は霞(かすみ)のようなものだ。
イメージという霞。

雲という言葉はあるけど、固定した雲はない。
「私」という言葉もあるけど、固定した「私」はない。
双方とも刻々に変化している。
もし雲が固定していたら、それは石だ。
空に浮いていることはできない。
もし「私」が固定していたら、それは死体だ。
生きて活動することはできない。
それぞれ変化している。
「私」はまるで雲のように変化している。
「私」を掴もうなんて、まるで雲を掴むような話だ。
どこに「私」がいるの?
どうやって「私」を掴めばいいの?
掴んだと思った瞬間、それはスルリと手の中を抜けていく。
手に残っているのは「私」の痕跡だけ。
記憶という抜け殻の「私」。
いまの「私」はどこにもいない。

「私」という幻の雲が、今日もたくさん浮かんでいる。
それらの雲を包み込み、透明な青空は限りなく広がっている。
雲があってもなくても、青空は常に存在する。
宇宙に繋がる青空は、あらゆるものを包容しながら静かに存在している。
青空は空。
青空の中に存在する雲は色。
空っぽの心と、その空っぽの心の中に湧き起こる様々な思いや感情。
空の心と、色の心。

無限の青空の中で、限りない現象が繰り返される。
無限の心の中で、数え切れないドラマが繰り返される。
永遠という時間の中で、数限りない時間が存在する。
現象が現れて消えゆく時間。
人が生まれて死にゆく時間。
宇宙の歴史が始まって終わりゆく時間。
人類が発生して滅びゆく時間。
悠久の時間と限りある時間。
空と色。
変わらぬ空と、変わりゆく色。
あるようでないような空と、あるようで掴むことのできない色。
結局、同じものなのだ。
空を掴むことはできない。
色を掴むこともできない。
何も掴むことはできない。
しばらくの間だけ、掴んだつもりになることができるだけ。
絶えざる創造。
想像による創造。
無限の空に浮かぶ有限の色。
それが創造。
無限に続く創造。

瞬間瞬間の煌(きら)めき。
星空のような煌めき。
満天の星々は、あなただろうか。
瞬々のいのち。
刻々に変わる輝き。
それが、あなただろうか。
無数の星々と同じように、無数の命が輝くところ。
あなたは、いま輝いている。
輝く命。
命(みこと)を持った命(いのち)。
それぞれの命(みこと)を持った尊(みこと)。
それぞれの役割を担った存在。
それが、あなただ。
一人一人だ。
空より生まれし色。
いのちより生まれし命。
すべては、ひとつ。
いまこの瞬間も別々でひとつ。
色即是空。
空即是色。
無限の無限の、有限の物語。
有限の有限の、無限の物語。
わかります?
わからない人は、こういうのを「幽玄」と言うと覚えておきましょう。
訳のわからないことの代名詞だ。

限りなく現れてくる有限は、無限と呼ぶ。
限りなく生み出される創造は、有限の創造であり、無限の創造だ。
有限の先に無限があり、無限の先に有限がある。
本当は、有限も無限もない。
あるのは、ひとつ。
ひとつのものの、有限の姿と無限の姿。
それが幽玄だ。




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静かに聴き入る
2010-07-13 Tue 06:51
                                            『苔の夢』
苔の夢ーmoss-37_10
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『静かに聴き入る』     
  
自分の根底的な願いが明確ではない。
自分が真に望むものがわからない。
私には、私自身の願いすらわからない・・・

昨日の日記に対して、そういうコメントがあった。
それは多くの人の実感かもしれない。

自分自身の真の願いは何だろう?
今生はどんな願いを持って生まれてきたのだろう?

誰かに聞いてもわからない。
チャネリング情報に頼っても、それが本当かどうかわからない。
結局、わからない・・・

今、わからないならば、わからないままでいい。
無理にわかる必要はない。
わかろうと思って、すぐにわかるものでもない。

でも、「自分の真の願いは何だろう?」という疑問は、自分の中で持って
いた方がいい。
それを意識していると、意識していないでは、天と地ほどの差が生じる。
意識していない限り、何も気づくことはない。
まず意識することから、すべてが始まる。
疑問に思っていれば、やがてわかる時が来る。
真剣に求めれば求めるほど、それは早くなる。

絶えず自分自身に問うこと。
「本当は何をしたいの?」
「本当にしたいことは何なの?」

自分の気持ちを聴く。
静かに聴く。
ありのままの正直な気持ちを聴く。
どんな気持ちでもいい。
ありのままの素直な気持ちを聴く。

それは日替わりかもしれない。
気持ちは気分屋かもしれない。
それでも、静かに聴く。
ありのままの正直な気持ちを聴く。
それを気がついた時に、絶えず繰り返す。
そうする中で、徐々に自分の深い気持ちが表面に表れてくる。

良い悪いは一切ない。
ただありのままの気持ちと一緒にいる。
それが正直な自分。
ありのままの素の自分。

それでいいのだ。
ありのままの正直な自分が一番。
それが今の自分。
肩の力を抜いて、楽にありのままに生きればいい。
無理をしないで、見栄をはらないで、ありのままでいい。

絶えず自分の気持ちを聴く。
気づいたら聴く。
何かあったら聴く。
いつも自分の気持ちを聴く。
そうすると自分が落ち着く。
ありのままの自分でいられる。

良いも悪いもない。
優れているも劣っているもない。
正直にありのままの自分の気持ちを聴く。
それしかない。
それしか自分の深みにふれる方法はない。

人に聞いてもわからない。
結局、自分で納得しない限り何も変化は起きない。
自分自身に聴くことだ。
無理をしないで、お金をかけないで、ゆったりと聴けばいい。

自分の中にすべてはある。
すべてがあるのだから、ただそれを聴けばいいだけ。
何も難しいことはない。
ただ、そういうことをしたことがないだけ。
ただ、そういう習慣がないだけ。
だから、新しく始めればいいだけ。

ゆっくり自分自身と一緒にいる。
そして、自分自身の気持ちをよーく感じる。
別にそれを言葉にしなくてもいい。
ただ一緒にいればいい。
それだけでも気持ちは落ち着く。
気持ちが落ち着いたら、更に深い気持ちを感じてみる。
ふと、「何をしたいの?」と聞いてみてもいい。
そして、静かに自分の内に聴き入る。
自分と一緒にいる。

自分と一緒にいることが何よりもすばらしい。
ただ一緒にいる。
何の目的も何の意図もなく、ただ自分と一緒にいる。
自分の気持ちと一緒にいる。
自分の気持ちをよーく聴いてあげる。
何もしなくていい。
ただ自分と一緒にいて、自分の気持ちを感じていれば・・・

静かに、静かに自分と一緒にいる。
静かに、静かに自分自身に聴き入る。
               
                  >>日記 無色透明 『268日目 - 静かに聴き入る』 より

      
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リッチ?
2010-07-09 Fri 23:24
                                           『苔の神秘』
苔の神秘ーmoss-48_10
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『リッチ?』     

夜、電気を消すと、先程まで輝いていたゴールドルチルの水晶たちが、まったく
見えなくなる。
あの輝きはどこへ行ってしまったのだろうか?
光がないと、輝きはない。
色の世界とは、光の世界なのだ。
光がこの世に万華鏡のような色彩をもたらしている。
光がなければ、すべての色彩もない。
この美しい色の世界は、光の世界だったのだ。

では、闇の世界はどんな世界だろう?
電気を消してもあるもの?
それは、意識。
意識は変わらず存在し続けている。
色が光ならば、意識は闇。
色が万華鏡の世界ならば、意識は何もない世界。

色は姿形が見える世界。
そう、昼の世界。
意識は、姿形のない世界。
つまり、夜の世界。

この世は、昼の世界?
それとも、夜の世界?
昼間に見える姿形の世界は、夜の意識が投影されたもの。
この物質次元は、意識の投影。

まず意識の世界があって、それが投影されて姿形の世界ができる。
闇の世界にあったものが、光が当たることによって姿を現す。
まず意識の中に生まれ、それから現象化する。
けっしてその逆ではない。
それが宇宙の有り様。

お金があることがリッチだろうか?
物をたくさん持っていることがリッチだろうか?
この世では、そのような人をリッチと言う。
でも、それが本当のリッチだろうか?

この世は、内なる意識を表現するところ。
意識の中にある無限の可能性を光の中で現象化するところ。
この世は、お金や富を得るところではない。
それは本末転倒。
順番が逆なのだ。

意識が物を持って何になる?
意識がお金を持って何になる?
それは砂漠の中で札束を持っているようなものだ。
何の役にも立たない。
意識が自分自身を表現する場が、この世。
この世を生きるために意識が存在するわけではない。
意識の表現の場が、この世なのだ。

お金や富は、物質次元に条件づけられた豊かさでしかない。
この世で認められる豊かさではあっても、永遠の豊かさではない。
この世限りのささやかな豊かさなのだ。
真の豊かさとは、内なる豊かさ。
無限の無限の内から湧き出す豊かさなのだ。
汲めども尽きぬ豊かさが真の豊かさであり、それは無限の宇宙とつながる
豊かさなのだ。

一人一人の内に宇宙の無限とつながる豊かさが眠っている。
この世的な富を追い求めるのではなくて、内なる無限の豊かさに気づく時、
人は真にリッチになる。
限りある物質ではなくて、無限の宇宙の無限の意識の世界。
その世界にベースを置いて、この三次元に無限の表現を創り出す。
それはアートとしか言いようがない。
どのようなものであれ、真のアートは内側の深いところから湧き出すものだ。
だからこそ、みんなが共感し、感動する。
それは各自の内深くに共振するものがあるからだ。

この世に弄(もてあそ)ばれるのではなくて、この世を遊ぶ。
この世の中に自分自身を表現して、楽しむ。
そういう生き方の時代が、やがて来るだろう。
生き方が逆転する。

人は何のために生きるのか?
何かのためではなくて、自分自身を表現するために。
自分自身をアートするために。

色の世界は光の世界。
意識の闇に光を当て、それを現象化するところ。
内なる存在を外なる存在に顕現するところ。
無限の無限のアート。
無限の無限の創造。
ゆっくりと楽しもう。
                 
                  >>日記 無色透明 『266日目 - リッチ?』 より

      
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春の風景 - 5 『句&歌 - 2』
2009-03-17 Tue 12:06
                                           『新芽たち』
新芽たちー30-a_~06
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   K-Communication より

   春の風景 - 5 

   『新しき いのちが萌える 春となる』

   『めぐり来る 春に花々 咲き競う』

   『一斉に 芽吹く若葉に 春の風』

   『新しき 生命(いのち)の芽生え そこここに ふみつけぬよう 愛しみ歩く』

   『さまざまの 姿形にあらわれて 宇宙の生命(いのち) 地に花咲かん』


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編集便り - 5
2008-12-04 Thu 08:44
                                          『巨大な倒木』
巨大な倒木ー28-sep_08
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   K-Communication より

   編集便り - 5

   面白いことに、「静かに”なろう”」 としたら絶対に静かになることはできません。
   なぜなら、静かになろうとすると、その静かに ”なろう” とする行為そのものが静
   かではないからです。
   つまり、静かになろうとすればする程、静かさからは遠ざかってしまいます。

   静かさとは、後で、ふと、静かだったと気づくだけではないでしょうか。
   しかし、気づいた瞬間、その静かさは消えています。
   なぜなら、気づいた瞬間は静かさそのものではないからです。
   静かさそのものの時には、静かさに気づくということもありません。
   ただ、静かさそのものであるだけです。

   ”気づき” というのは、心が静まる前段階として、条件付けや思考の性質に気づく
   ためにあるのかもしれません。
   心が静まってくれば、反応も少なくなり、自分の心に気づくということもあまり必要で
   はなくなるでしょう。
   その時は、ただ周囲(まわり)を感じて生きるということがあるだけではないでしょう
   か。


   何事も落ち着いて対処できれば、それ程問題はないのかもしれません。
   自分の中に落ち着いたものがないと、全てが浮き足立ち、様々な問題が生じがち
   です。
   自分が落ち着いていれば、何が起きても、目の前の状況に冷静に対処することが
   できます。
   そして、落ち着いて対処できれば、そうそう解決できない問題というものはありませ
   ん。
   焦って要らぬことをしたり、不用意な発言をするから問題がこじれてしまいます。
   落ち着いて事にあたれば、問題も自然に消滅するのではないでしょうか。

   頭だけで対処するとトラブルが発生しがちですが、落ち着いて自分の全体で対応で
   きれば、そう問題はおきないのではないでしょうか。
   ゆっくりと落ち着いて対処しさえすれば、打開できないものはないように感じる今日
   この頃です。
   落ち着いた心とは、しっとりとして、静かさと安らぎに満ちた心です。

                   K-Communication №44 (1994年4月27日発行) より
                                    >>K-Communication

      
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ミーティングインフォメーション - 6
2007-12-28 Fri 14:46
                                           『苔の神秘』
苔ー64
 写真をクリックしますと、1024サイズの大きな画面でご覧になれます。
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   K-Communication誌上でのミーティングインフォメーションの言葉を掲載
   しています。今日は六日目です。
   これらの文章が、読まれる方の何かの参考になれば幸いです。  ぴあの

                                   
   ミーティングインフォメーション - 6

   ミーティングのポイントは
   見る目・聞く耳が育つことです
   私が見・私が聞くのではありません
   ただ見・ただ聞くのです 

   〈 問いかけの集い 〉

   自分の意見や考えを言いあうのではなく、お互いに問いかけて
   理解を深めましょう。
   必要最小限の言葉は、全て ”問いかけ” として発言しましょう。
   すぐに自分の考えを言い出す自分自身に気づけるでしょうか。
   問われたことを静かに受け止めることができるでしょうか。
   すぐに反応して答えようとするでしょうか。


   K-Communicationとは、クリシュナムルティ(Krishnamurti、1895-1986)の
   著作をベースにしたコミュニケーションの場です。
   1989年5月にKimiさんが中心となってスタートし、1994年末まで足かけ
   6年間活動しました。
   その間、313回のミーティングが開催され、49冊のK-Communication誌を
   発行、その総ページ数は2000ページを超えました。


          
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ミーティングインフォメーション - 5
2007-12-27 Thu 12:41
                                           『苔の神秘』
苔ー62
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   K-Communication誌上でのミーティングインフォメーションの言葉を掲載
   しています。今日は五日目です。
   これらの文章が、読まれる方の何かの参考になれば幸いです。  ぴあの

                                   
   ミーティングインフォメーション - 5 

   〈 目と目の集い 〉

   話をする時、必ず聞いている人の目を見て話しましょう。
   話を聞く時、必ず話している人の目を見て聞きましょう。
   お互いがお互いの目を見つめ合って話をしましょう。
   真剣に話し、真剣に聞く時、つまり注意深い時、人は相手の目を見つめて
   いるのではないでしょうか。
   目と目を見つめて、真剣に、注意深く話し合いましょう。


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ひとつのいのち - 2
2007-12-11 Tue 08:18
                                           『苔の神秘』
苔-63
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   日記 『無色透明』 より

   ひとつのいのち - 2 (昨日の続きです)

   ひとつの宇宙を体験するといい。
   実際に宇宙は、ひとつ。
   ひとつのいのちが息づいているだけ。
   あなたも私もない。
   あるのは、ひとつのいのちだけ。
   ひとつのいのちが万象万物となって現れているだけ。

   *  *  *  *  *  *  *  *

   自分が消えると、ひとつが現れるという世界だよね。
   自分が現れると、ひとつは消えてしまう。
   ただひとつがあるだけ。
   ただ全体があるだけ。

   本当に身体みたいなんだよ。
   指や足やいろんな部分があるけど、意識はひとつでしょう。
   それと同じだよ。
   ひとつなんだね。
   ひとつがあるだけ。
   ひとつの無限の現れ。

   今、隣でオーケストラが演奏している。
   テレビの中でね。
   オーケストラには、たくさんの楽器がある。
   それぞれの受け持ちがある。
   でも、演奏しているのは、ひとつの曲。
   ひとつの曲があるだけ。
   そういうことなんだよ。
   宇宙はひとつの曲を壮大に演奏しているだけ。
   小さなパートには隠されたリズムがあるのかもしれない。
   でも、それらすべてでひとつの曲になっている。
   それが、まさに宇宙なんだね。

          日記 『無色透明』 ” 399日目 - 宇宙” からの抜粋と、
          コメントレスからです。全文は >>こちらから
               
 
          
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ひとつのいのち - 1
2007-12-10 Mon 11:21
                                           『苔の神秘』
苔ー61
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   日記 『無色透明』 より

   ひとつのいのち - 1

   宇宙というのは、アメーバーのようなものだろうか。
   どこかが動けば、同時に別のところも動く。
   一ヶ所だけ動くということはない。
   全てが連動している。
   あるところが突き出せば、別のところが引っ込む。
   全て関連している。
   単独な存在というものはない。
   全てが微妙に関わっている。

   あるのは、ひとつのいのち。
   ひとつの宇宙。
   存在するのは、ひとつのアメーバーだけ。
   それがクニョクニョと、まるで軟体動物のように動いている。
   全ての動きがひとつの動き。
   ひとつの存在。
   ただひとつの宇宙があるだけ。
   全てが連動した宇宙があるだけ。

   それはまるで人体のようにも見える。
   60兆の細胞が、それぞれ独立している。
   独立しているけれども、ひとつの人体。
   個々バラバラに動いているように見えても、ひとつのいのちとして動いている。
   右手を上げれば、バランスを取るために左手が下がる。
   全てが連動して動く。
   それが人体。
   それが宇宙。

   全ては、ひとつ。
   全体で、ひとつ。
   ひとつのいのちがあるだけ。
   人体も宇宙も変わらない。
   人体は宇宙の縮図。
   人体のビッグバージョンが宇宙。

   あなたの一挙手一投足が全宇宙に影響を与える。
   無関係ということはあり得ない。
   全てが連動している。
   足の指にトゲが刺さっても、虫歯になっても、頭痛がしても、同じように痛い。
   どこであれ、痛みに変わりはない。
   あなたが痛い。
   宇宙が痛い。
   部分や個人に関わりなく、ただ痛い。

   自分と関わりがないことは一つもない。
   全宇宙がつながっている。
   どこかが傷つけば、宇宙が痛む。
   誰かが苦しめば、宇宙が苦しむ。
   誰かが喜べば、宇宙が喜ぶ。
   すべてはつながっている。
   ひとつのいのちがあるだけ。

   ひとつの宇宙を体験するといい。
   実際に宇宙は、ひとつ。
   ひとつのいのちが息づいているだけ。
   あなたも私もない。
   あるのは、ひとつのいのちだけ。
   ひとつのいのちが万象万物となって現れているだけ。

   色は空に他ならず、空は色に他ならない。
   ひとつのいのちが、様々ないのちとなる。
   様々ないのちは、ひとつのいのちの現れ。
   色即是空、空即是色。

   ひとつのいのちが、万象万物となって花開いている。
   宇宙は、ひとつのいのち。
   千変万化の花の宴。               
 
          
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想像力と見るエネルギー - 4
2007-10-06 Sat 08:41
                                           『苔の宇宙』
苔ー56
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   K-Communication より 

   想像力と見るエネルギー - 4 (昨日の続きです)

   平和を妨げているものは何か。
   個々の自我がぶつかり合っているのが、全ての問題の根源ではないのか。
   その自我からの自由なくして、真の平和があるだろうか。
   平和のイメージは困難な現実からの逃避ではないのか。
   真に必要なのは、平和のイメージではなく、今、実際に平和に生きること。
   それには何が必要だろう。
   それは悩み、苦しみ、葛藤している自分自身を理解することではないだろうか。
   自我からの自由なくして、真の平和はない。
   想像力を使って未来の中に逃げるのではなく、今、現実の中で真剣に生きる
   ことが大切ではないだろうか。
   今の中にのみ真実はある。
   今の中に永遠の生がある。

                    K-Communication №9(1990年 4月号) より
                                  >>K-Communication
           
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想像力と見るエネルギー - 3
2007-10-05 Fri 06:59
                                           『苔の宇宙』
苔ー57
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   K-Communication より 

   想像力と見るエネルギー - 3 (昨日の続きです)

   想像力の有効性と、その限界を理解しよう。
   想像力を使っているのは誰か。
   それは 『私』 =思考ではないのか。
   思考、つまり過去。
   過去の未来への投影。
   つまり、時間の運動。
   そこに自由はない。
   過去に限界づけられている。
   過去の外へはいけない。
   決して時間の外、自我の外へ出ることはできない。
   まだ 『私』 の世界である。
   ただし、想像力は力である。
   それは確かに現実を変える。
   平和を願えば、それはそれなりの効果がある。
   しかし、それを願っているその人が、真に平和に生きていないなら、それはあまり
   意味がない。
   平和を願うことよりも実際に平和に生きることの方が、はるかに重要でありエネル
   ギーも強い。
   それはイメージで平和を作り出すことより、はるかにパワフルである。
   今、平和に生きること!
   憎しみや怒りや葛藤の生ではなく、真に安らかに生きること。
   それは平和のイメージの中へ逃げることではなく、今、真剣に平和に生きている
   ことである。
                          
                             ・・・明日に続きます     

                    K-Communication №9(1990年 4月号) より
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想像力と見るエネルギー - 2
2007-10-04 Thu 07:09
                                           『苔の宇宙』
苔ー55
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   K-Communication より 

   想像力と見るエネルギー - 2 (昨日の続きです)

   見るエネルギーは自我を越えている。
   想像力は自我の領域内にある。
   一方は必然的に調和へと向かい、他方は混乱へと向かう可能性を秘めている。
   自我以上のものが確立した時にのみ、想像力の調和が保証される。
   しかしその時、人は意識的に想像力を使うことはない。
   見ることからの即座の行為がある。
   一切想像力を使う必要がない程に、今に生きるようになる。
   想像力はあくまで時間の中、未来に実現するという運動である。
   見るエネルギーに明日はない。
   それは時間の中にはない。
   今、永遠の今に生きている。

   想像力と見るエネルギーとの違い。
   一方は時間の内、有限の運動であり、他方は時間の外、無限の運動である。
   一方は思考の領域内にあり、他方は思考の領域外にある。
   一方は混乱を生み出す可能性を秘め、他方は調和へと向かう大河である。
   一方は自我の生であり、他方は無我の生である。
   一方は 『私』 の道具であり、他方は無私のエネルギーである。
   想像力は 『私』 の道具であるが故に、争いの道具となり、破壊の道具となり得る。
   しかし、見るエネルギーは決してそのようなことはない。
   それは宇宙の調和へと向かう必然の運動である。
                          
                              ・・・明日に続きます     

                    K-Communication №9(1990年 4月号) より
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想像力と見るエネルギー - 1
2007-10-03 Wed 10:38
                                           『苔の宇宙』
苔ー54
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   K-Communication より 

   想像力と見るエネルギー - 1

   想念はものを作る。
   それは事実である。
   想念は現実を作り出す。
   それは事実である。
   だから、ポジティブ・シンキングやマインド・コントロールが流行する。
   マインドの力を使って、自分の望むような現実を作り出す。
   明確にイメージすることにより、強く強く念じることにより自分が望む現実を作り
   出していく。
   それはそれなりに有効であるし、事実変化が起きる。
   (なぜなら、この世は人々の想いによって成り立っている部分が大きい)
   しかし、そこにはまだ自我がある。
   私が想像し、私が念じる。
   それは善悪双方に使える。
   想像力は力ではあるが、それは自我によってコントロール可能な一つの道具で
   しかない。

   見るエネルギーは想像力ではない。
   そこに自我はなく方向性はない。
   何かを実現しようという意図はなく、ただ見ているだけのエネルギーである。
   想像力には明らかに思考が働いているが、見るエネルギーには思考はない。
   想像力には意志が必要であるが、見るエネルギーには特定の意志はない。
   想像力は現実を変えはするが、それはまだ恣意的な変化の域を出ない。
   それは世界に調和をもたらすとは限らない。
   想像力はあくまで一つの道具に過ぎない。
   それは使う主体に依拠している。
   見るエネルギーも現実を変える。
   それは想像力より、はるかに速いスピードで変えていく。
   特定の方向性を持たず、恣意的でもないが、そこには調和へと向かう自然な動き
   がある。
   宇宙の秩序へと向かう本然の流れがある。
                          
                              ・・・明日に続きます     

                    K-Communication №9(1990年 4月号) より
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人体  - 2 -
2007-07-11 Wed 07:09
                                           『苔の宝石』
苔ー53
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     日記 『無色透明』 より

     人体  - 2 -  (昨日の続きです)

     宇宙はひとつ
     意識はひとつ
     ひとつの宇宙が
     ひとつのドラマを演じている
 
     人は
     宇宙という壮大なドラマの一翼を担っている
     ほんの小さなパートだが
     なくてはならないパート

     人は霊止(ひと)
     自分の役割のところに止まっているだけ
     自己同一化しているだけ
     今はそこにフォーカスしているだけ

     宇宙も
     意識も
     人体も
     すべて同じ

     全体はひとつ
     ひとつのいのち
     ひとつのいのちの躍動
     その多様性

     心臓も腎臓も
     手の指も足の指も
     どれが偉いということはない
     単なる役割分担

     目がなくても困るし
     耳がなくても困る
     すべてのパーツで
     ひとつ

     それぞれが
     それぞれの役割を果たし
     なおかつ
     一個の人体として機能している

     人は
     個である
     と同時に
     全体でもある

     個の意識であると共に
     宇宙意識そのものでもある
     宇宙意識が
     個々のパートと自己同一化しているに過ぎない

     個々のパートと自己同一化し
     その使命を担い
     その氏名となって生きているのが
     霊止(ひと)=人

     自己同一化を外せば
     宇宙意識
     自己同一化すれば
     個人

     人は
     個であり
     同時に
     全体でもある

     ひとつの意識は全体
     空
     一つの意識は個
     色

     人体は
     宇宙の縮図
     人体は
     意識の縮図

     何かわからないことがあったら
     人体を思い浮かべるといい
     人体こそが自分の縮図
     自分の鏡

     人体のように
     宇宙はできており
     人体のように
     意識はできている

     今は
     肉体に入っているので
     人体と共に
     人として生きる

     多くの器の
     一番外側にあるのが
     人体
     霊の器

     身は社(やしろ)
     心は神の分霊(わけみたま)
     人と自己同一化して
     人として生きているだけ

     自己同一化を外せば
     個は消え
     全体となり
     宇宙となる

     それが意識の本質であり
     神髄であり
     自分自身であり
     真実である

                  日記 『無色透明』 より  全文は>>こちら

           
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人体  - 1 -
2007-07-10 Tue 09:44
                                           『苔の宝石』
苔ー52
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     日記 『無色透明』 より

     人体  - 1 -

     人体は
     宇宙に似ている
     意識は
     人体に似ている

     宇宙には
     多くの星雲や島宇宙がある
     無数の星々がある
     その全体が宇宙

     人体には
     心臓や腎臓や
     多くの器官がある
     その全体が人体

     心臓には心臓の
     腎臓には腎臓の
     役割があり
     意識がある

     目や耳や口や鼻にも
     それぞれの
     役割があり
     意識がある

     心臓が停止しても
     髪の毛は伸び続け
     脳死の後も
     臓器はまだ生きている

     人が眠っている時も
     心臓は動き続け
     呼吸は続き
     肺も働いている

     消化器官も活動し
     消化吸収し
     体をリフレッシュさせ
     成長させる

     危険な状況になれば
     体は独りでに反応する
     目に何かが近づけば
     自然に瞼(まぶた)が閉じる

     人格とは別の
     体の意識がある
     器官ごとの意識があり
     細胞ごとの意識がある

     八百万(やおよろず)の神々には
     それぞれの使命がある
     それを
     命(みこと)と言う

     それぞれの使命とは
     この宇宙で果たすべき役割
     受け持ち
     担当パート

     人体で言えば
     心臓や腎臓
     目や耳や口や鼻・・・
     のようなもの

     命(みこと)とは
     神の命令
     神からの指令
     そこから名前が生まれた

     氏名とは使命
     その役割を表すもの
     神々の呼び名は
     ○○の命(みこと)

     その神々の末裔である人も
     また
     それぞれの使命を持っている
     使命のない人はいない

     神々の系譜
     霊統
     すべての人が
     何らかの霊統に属している

     何段階にも細分化された役割分担があり
     その末端を
     人は担っている
     神々の末裔として

     もちろん
     ほとんどの人は
     その自覚はない
     忘れてしまっている

     それでも
     目に見えない流れの中に
     無意識の中に
     霊的な流れは存在している

     人は生まれてくる時
     今生の目標を設定してくる
     自分の霊的系譜の中で
     自分の使命を決めてくる

     氏名とは
     本来
     その使命を表すもの
     それ以外に氏名の意味はない

     しかし
     そのようなことは忘れられ
     この世的な氏名がはびこり
     人は物質的に生きている

     あの世にも氏名はあり
     神々にも氏名があり
     すべてに
     使命に応じた氏名が与えられている

                       ・・・明日に続きます

                  日記 『無色透明』 より  全文は>>こちら

           
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スライドショー『苔の神秘』
2007-05-20 Sun 01:37
                                       『虹色のクモの糸』
苔ー51
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   『苔の神秘』 スライドショー、リニューアルしました。
   幻想的、神秘の苔の世界、どうぞご覧くださいませ >>こちらからどうぞ

   音楽が鳴りますので、音量にご注意ください。
   別ウインドウで開きます。
   スライドショーをやめたい場合は、閉じるボタンをクリックしてください。
   画面領域1024×768以下の方は、F11キーを押して画面を広げて
   ご覧いただくと、一層美しく見ていただけます。
   (元に戻すには、再度F11キーを押下してください)


           
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祈り - 序章 -
2007-05-07 Mon 11:08
                                          『苔の宝石』
苔の宝石ー07-jan
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   祈り - 序章 - (5月11日 Kの誕生日)

   一日中雨の降りしきる中、16人の方がお集まりいただきありがとうござい
   ました。
   熱心に9時過ぎまで話合いましたが、ちょっと時間切れに終わったようです。
   その中で『祈りは自我か』 ということが話題になりました。
   自分のためではなく他人のために祈るとき、不幸な人を見て自然に
   祈らずにはいられないとき、それは、自我ではないという意見が多かった
   のですが・・・

   今、一人になって感じるのは・・・ 祈りには祈っている私がいます。
   私の意志が働いています。
   祈っている人と祈る対象との分離があります。 
   私と神の分離です。
   この分離こそが、『私』の本質であり、自我の本質ではないでしょうか。
   私と神、私とあなた、私と私以外のすべて・・・ 
   そして、この『私』 こそがあらゆる問題の元凶なのです。
   静かに自分自身を見つめてみると・・・ やはり、祈りの中に私の願望を
   感じます。
   『こうあってほしい』、『・・・・になってほしい』、その内容が善かれ悪しかれ、
   そこには、あるべき姿・理想・自分のイメージの投影があります。
   『健康であることは良いことだ』、 『貧しいことは良くないことだ』、だから、
   『健康で豊かになってほしい』。
   その現実を認めるのではなく、それを私の理想・あるべき姿に変えたい。
   ありのままの現実ではなく、人を変えたい、変わってほしいと願うことじたいが、
   私が、人に私の思うようであってほしいという願望ではないでしょうか。 
   それは、私が人を私の思うように支配・所有したいということではないでしょうか。

   祈りの内容が、たとえ善意に満ちたものでも、その善意じたいが私の善意で
   しかなく(私が善・正しいと思っている観念・イメージにしかすぎず)、 それは
   他人のものとは当然違い、ひとつの主義・主張とさえ言えばいえるのではない
   でしょうか。
   極端にいえば、祈りは私の主義・主張を他人に押しつけることにならないで
   しょうか。
   人のありのままの状態に、私の主義・主張(こうあるべきだ・そうあってほしい) 
   を押しつける訳です。 
   主義・主張は人それぞれに違い、それ故に争いも起きます。
   人は、それぞれ自分の人生を自分で生きています。 
   そこに、むやみに干渉することは慎むべきではないでしょうか。
   どうかもう一度、自分の中をよーくのぞいてみてください。 
                 
                   K-Communication №0(1989年) より
                                 >>K-Communication

     今日からしばらく、この『祈り』について連載します。 
     (祈りの段階、新しい時代の愛、自我の領域と非自我の領域について)
     どうぞ続けてお読みください。

        

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見ること - 2
2007-04-23 Mon 12:12
                                            『苔の夢』
苔ー44
 
    
   見ること - 2

   ― 見ること - 1 ―

   見ること
   言葉では表現できないエネルギー
   自我を越えた・思考を越えたエネルギー
   自我は何もすることなく
   ただ見ることによって全てが成されていく
   まるで魔法の杖のよう
   しかるべきところへ・落ち着くべきところへ
   それは導いていく
   自我の意図や願望ではなく
   宇宙の秩序に基づいた状態へ自然に収まっていく
   一切意志を使わなくても
   ただ見ていれば 成るべくして成る
   一切心配なく 一切不安なく ただ見ている
   それは明らかに いつもの私=自我ではない
   その見るエネルギーが全てを調和へと変えていく
   決して 『私』 が変えるのではない
   見るという 全く 『私』 を含まないエネルギーが
   全てを宇宙の秩序へと導いていく
   私は意志を使わずに
   ただ気づいたままに生きていればいい


   ― 見ること - 2 ―

   見るエネルギーとは
   全身で注意するとき
   全身全霊で注意するとき 溢れ出てくる
   それは自分自身が注意の炎と化すことである
   注意の炎に私はない

   それは単に冷静に見るだけのエネルギーではない
   それは溢れるような愛を伴う
   炎のようなエネルギーである
   全身全霊が愛の炎と化すのである

   見ることは純化の嵐であった          
            
                 K-Communication №13(1990年 8月号) より
                               >>K-Communication

        
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今に生きれば
2007-04-10 Tue 09:10
                                            『苔の雫』
苔ー46
   
   
   今に生きれば

   私達は先のことを心配する。
   『どうなるんだろう』 
   『何かまずいことが起きはしないだろうか』
   何か未知のことに直面する時、必ず不安が付きまとう。
   (本当は、一瞬先はすべて未知・・・だから心配しだすときりがない)

   しかし、心配すれば心配する程疲れてしまう。
   未来が始まる前に、心配で疲れきっている。
   私達は心配するから、よけい年を取る。
   心配でエネルギーをロスしてしまう。
   心配しても未来が変わる訳ではないのに(それはわかっているのに?) 
   どういう訳か心配する。
   安定が少しでも脅かされそうだと、すぐ心配の方に思考が働いてしまう。
   過去を悔いることも同じである。
   過去は終ってしまっていて、いまさらどうにもならないのに盛んに悔いる。
   これもエネルギーロスで疲れてしまう。

   未来のことを心配することなく、今と共にいれば、そのうち未来は厭でも
   やって来る。
   その時、心配したければすればいい。
   しかし、実際は、その時は ”今” になっているので、心配することは
   できない。
   心配は先のことしかできない。
   今を心配することはできない。
   心配とは先のことを想い描いて不安になることである。

   なにも先のことまで、今心配する必要はない。
   第一、心配するような事態は、今思考が想い描いているだけで現実化
   するかどうかわからない。
   私達はどうなるかわからない未来のことを、一人想像して心配する。

   今に生きれば、今にすべてのエネルギーがフォーカスされる。
   未来や過去に生きれば(想い描けば)、それだけ今のエネルギーが
   逃げていく。
   未来のことや過去のことを一切考えることなく、ただ今だけに生きる。
   そうすれば、ただ現実だけがある。
   思考で想像している未来や、記憶でしかない過去は実際には存在しない。

   未来のことを想い描くことは、現実からの逃避である。
   真剣に生きるとき、人は、今、目の前の現実に生きるしかない。
   未来や過去は幻想でしかない。

   今に生きるとき、不安や心配はない。
   それらは、ただ思考が造りだしているものに過ぎない。
   思考が過去の記憶をもとに、否定的な未来を想像して、一人で不安に
   なっているだけである。
   先のことを考えなければ心配はない。
   一切の想像なく、ただ今に生きれば、そのとき一切の不安や心配もない。
   それが真実に生きるということではないだろうか。
               
              K-Communication №3(1989年10月号) より
                            >>K-Communication
 
         
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直面すること - 2 -
2007-04-05 Thu 09:27
                                           『苔の雫』
苔ー50
   

   直面すること - 2 -   (昨日の続きです)

   様々な反応が起きた時 それと一緒にいる
   怒りの時も 哀しみの時も けして目をそらさない
   そうすれば それは別のものに変容する 何かに変わってしまう
   直視すること 直面すること けして逃げないこと
   その時 言葉では表現できない変容が起きる

   直面するには エネルギーがいる 勇気がいる
   エネルギーがないと直面できない 直面するのが怖い
   しかし 怖がっている限り それは逃避でしかない
   問題に直面しない限り けして解決されることはない
   自分を捨てるぐらいの覚悟がないと 恐怖には直面できない
   しかし 直面できた時 初めて 変容が起きる

   小さいことから 身近なことから 日常のありふれたことから
   一つ一つ見ていくことである
   一切判断せず そんな自分を責めないで ただ 優しく包んで
   あげること
   ただ 静かに ありのままの自分と一緒にいる
   何もすることなく その問題と一緒にいる
   反応し 苦しみ 悩んでいるエネルギーと共に そのままとどまる
   その時 苦しみのエネルギーは別のものへと変容していく
   見られることにより 触れられることにより 別のものへと変わっていく

   ただ 直面できるかどうか それがすべてである
   一切の知識はいらない それは何の役にもたたない
   ただ 直面できるかどうか
   逃げている限り 私たちに救いはない  
                  
              K-Communication №3(1989年10月号) より
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