いのちの写真と光の言葉
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人の生きる道
2011-08-29 Mon 18:02
                                         『光のスイレン』
光のスイレンー22-sep_11.htm
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日記『無色透明』  2010年 ”1972日目 - 人の生きる道” より転載。

『人の生きる道』

この世に意図なしで存在するものがあるだろうか。
偶然の産物があるだろうか。
すべては、何らかの意図が働いているのではないだろうか。
美しい水晶を創り出す天使たちがいるのではないだろうか。

人は、自己保存の本能をベースに生きている。
生きることを最大の命題としている。
それは、必要なこと。
しかし・・・

肉体を維持するだけでは、十分とは言えない。
それだけなら、動物と変わらない。
動物たちも必死に種の保存のために生きている。
本能のままに生きている。

人が花や犬の新種を創り出すのさえ、生活のため。
自分自身を守るため。
純粋な創造行為とは言いにくい。
それも自己保存の一部。

しかし、天使たちが美しい水晶や花を創るのは、少し違うかもしれない。
それは、宇宙の創造行為の一環かもしれない。
自己保存のためではなく、地球創造?
趣味のガーデニングみたいなもの?

人は、パンのみにて生きるものにあらず!
人が肉体を維持するのは、必要条件。
それとともに、宇宙創造の一翼を担うのが十分条件だろうか。
それでこそ、神々の末裔と言えるのではないだろうか。

自分の肉体を維持したうえで、地上で現実創造を行う。
宇宙創造の一環としての地球創造の一翼を担う。
それが、人の役割ではないだろうか。
それでこそ、必要十分条件が満たされるのではないだろうか。

人は、天と地をつなぐもの。
天とは、宇宙の意志。
地とは、地球の創造。
天の意志を地上に実現するのが、人の役割ではないのだろうか。

人とは、霊止(ひと)。
霊が肉体に止まっている存在。
それは、霊(天)と物質(地)を融合させるための存在形態。
天にあるごとく地にもあらしめるためのもの。

天の意志は、自分の魂を通してやって来る。
この地上での自分の使命。
自分の役割。
それが、宇宙創造の一翼を担うということ。

自己保存だけでは、動物と同じ。
それでは、神々の末裔とは言い難い。
最も大切なものが、欠落している。
それは、霊性。

天と地を肉体を通して融合させる。
天の意志を地に実現する。
宇宙創造の一翼を担う。
それが、人の生きる道ではないだろうか。

これまでの人類は、自己保存ベースで生きてきた。
肉体を維持することを第一命題としてきた。
それも必要なことだけれども、それだけでは不十分。
天の意志が欠落している。

天の意志とは、霊性。
自分のなかに生きる神。
魂やグループソウル。
八百万の神々。

そういう存在と一つになって生きることだろうか。
自我という宇宙の孤児になって生きないことだろうか。
肉体限定バージョンの意識で生きないことだろうか。
無限につながる意識と共に生きることだろうか。

人は、肉体のみにあらず。
自分のうちに無限の可能性を宿すもの。
神々の末裔。
宇宙創造の一翼を担うもの。

深く深く自分自身と一緒に生きることだろうか。
意識の奥の声を聞きながら生きることだろうか。
魂や神々とつながって生きることだろうか。
自分の真実を求め続け、自分の真実を生きることだろうか。


『人はみな 地を這うものに あらずして 天に羽ばたく 翼持つもの』




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真の願いと自我の願い
2011-08-19 Fri 01:58
                                              『睡蓮』
睡蓮ー21-oct_10_11
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日記『無色透明』  2009年 ”1659日目 - 真の願いと自我の願い” より転載。

『真の願いと自我の願い』

真の願いと自我の願い。
それは、どのように違うのだろうか。
どうやって見分けるのだろうか。

真の願いは、魂の願い。
今生の意識の願いだけではない。
今生の意識と魂の意識が一体となった願い。
それが真実の願い。

この世で実現したいもの。
今生に生れてきた目的。
それは、多少の困難で揺らぐようなものではない。
どうあっても実現したい夢。

一方の自我の願いは、どうだろうか。
自分の思うようになると喜ぶ。
思うようにならないと落胆する。
まさに一喜一憂。

この世的なものに惹かれる。
カッコいいかどうか。
お金になるかどうか。
幸せになれそうかどうか。

地位、名誉、財産、幸福・・・
すべて社会的に認められた価値。
自分がどのように思われるか。
自分がいかに認められるか。

注目を浴び、賞賛される。
羨ましがられ、自慢できる。
見下されることなく、尊敬の眼差しで見られる。
親戚や知り合いからも尊重される。

自我の願いは、意識が外側に向いている。
いつも自分がどのように見られるかが気にかかる。
自分のことが何よりも大切。
外側の状況に振り回される。

自我の願いは、意識の表層の願い。
それは、社会的影響によってできあがったもの。
成長過程の価値観が投影されたもの。
生まれ育った環境によって左右されるもの。

しかし、真の願いは、そうではない。
深い深い願い。
生まれ出る前からの願い。
内側から湧き上がってくる願い。

本当に真の願いを生きている時は、深い喜びがある。
心から充実している。
このために生れて来たという充足感がある。
魂と自分が一つになっている。

真の願いを生きることだろうか。
魂の願いを生きることだろうか。
この世に生れてきた目的を生きることだろうか。
それが最も充実した生き方なのだから。

表層の自我で生きれば、一喜一憂、喜怒哀楽。
外側に振り回される人生。
外側をベースに生きるか、内側をベースに生きるか。
この世的な価値を生きるか、この世を超えた価値を生きるか。

真に自分が望んでいるものは何か。
今の生き方でいいのか。
この方向で間違っていないのか。
常に自分に問いかけることだろうか。

問題は、相手ではない。
夫でもなく、恋人でもない。
好きな人でもなく、恋い焦がれる人でもない。
問題は、自分自身。

自分の生き方が、すべて。
自分の生き方が問われているだけ。
自分は、どのように生きたいのか。
ただそれを明確にすること。

そして、それが明確になったら、それを生きる。
相手がどうだからと、自分が揺さぶられない。
自分を生きる。
相手に左右されるのではなく。

自分の生き方を明確にすれば、相手はそれに沿ってくれる。
沿ってくれなければ、縁がないということ。
あるいは、時期が来ていないということ。
生まれてくる時に契(ちぎ)りを交わしている相手であれば、きっと応じてくれる。

いずれにしても、相手ではない。
自分の生き方をいかに明確にするか。
それがすべて。
それが明確であれば、それに沿って事態は展開する。

自分がクリエイトする自分の人生。
自分の生きる方針を明確にすることだろうか。
自我の方針ではなく、魂の方針に気づくことだろうか。
真に魂が願っていることに気づくことだろうか。

それには・・・
常に自分自身に問いかけること。
これでいいのか。
自分は本当は何をしたいのか。



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リアリティ求めるならば・・・
2011-06-17 Fri 23:07
                                              『誠蓮』
誠蓮ーseiren-1_10_11
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日記『無色透明』  2008年 ”1372日目 - リアリティ求めるならば・・・” より

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『リアリティ求めるならば・・・』

コメント欄に次のような書き込みがありました。

「いつも読ませていただいています。 

   ( 中略 )

真のリアリティーとは何でしょうか。。? 
瞑想で出会うハイヤーセルフや神々の存在も、事実だといえば、
その時のわたしの事実。。? 
また、感覚や感情や思考が動いているのも、その時のわたしの事実だし。。?
目に見えるもの、目に見えないもの、様々な次元がありますが、その時々で、
入ってくるそれらを自覚していることが、事実と共にいるということですか?
すみません。結局、質問になってしまいました。
今一歩、ここを超えたいので、よろしくお願いします! 」


事実と共にいるということは、幻想のなかに溺れないということですね。
思いの世界に埋没しないことです。
思い込みワールドのなかで生きないということですね。
しっかり自分自身にグランディングして生きるということです。

事実に対して、あれこれ思いが浮かびます。
そのこと自体を否定する必要はありません。
思いが浮かぶのは、事実ですから。
問題は、思いのなかに呑み込まれてしまうことです。

あれやこれやと思い煩い、いつのまにか自分を見失ってしまうのですね。
自分が思いのなかに吸収されてしまいます。
主体が曖昧になってしまうのですね。
しっかり自分にグランディングできていない状態です。

いくら思いの世界をさ迷っても、リアリティに出会うことはできません。
リアリティは、思いの世界のなかにはありません。
リアリティは、思いの世界を超えないとわかりません。
それには、静かに見つめる必要があります。

静かに静かに、見守り見つめるなかにリアリティはあります。
そういうなかで、気づきや洞察が起きます。
ハイアーセルフや神と名乗るものが出てくるかもしれません。
しかし、そういうものにも心を奪われないことです。

ただ静かに見守ることですね。
心を奪われると、奪われたところで意識がストップしてしまいます。
そこにフォーカスすることになるのですね。
それも悪くはないのですが、意識は無限の可能性を秘めています。

どのような状態になっても、主体を見失わないことです。
天使や菩薩が出てきても、自分の主体はしっかりとキープしておくことですよ。
今は、個として生きているのですから。
このパーソナリティで生きているのですから。

自分の主体を譲り渡さないことですね。
しっかり自分自身にグランディングすることですよ。
やがて天使や菩薩も超えていくことができるのですから。
途中下車しないことです。

途中下車して楽しんでもいいのですが、そこが終着駅ではないということです。
何ものにも引っ掛からないことですね。
ネガティブなものにもポジティブなものにも。
何にも囚われないことですよ。

ただスーッと透き通るような意識で生きることですね。
それが無限に通じる道です。
途中下車しない。
何ものにも引っ掛からない。

事実と共に生きる。
事実に寄り添って生きる。
事実を包み込むように生きる。
事実を見守りながら生きる。

何ものにも引っ掛からない意識は、限りなく広がっていきます。
どこまでも澄みきっていくのですね。
それは、どこまでも繊細になり、宇宙に溶けていきます。
宇宙に溶けて、愛になるのですよ。

神を求めない。
救いを求めない。
救世主を求めない。
自分自身が、そのものなのですから。

自分自身がそれ自体であれば、どうして外に求める必要があるでしょう。
生かされている?
生きている?
いえいえ・・・

生かされているも生きているもないのですよ。
ひとつのいのちがあるだけです。
自分自身が、いのちそのものです。
ただいのちが生きて在るだけです。

真のリアリティを求めるのであれば、途中下車しないことですね。
ただただ透き通る意識でいることですよ。
何ものにも囚われないで。
それのみが、真のリアリティに通じる道です。


『透き通る 意識の奥に 愛がある ただ愛だけの 世界広がる』



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自分の源
2011-05-19 Thu 21:48
                                        『サツマイナモリ』
サツマイナモリー07-may_06_11
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日記『無色透明』  2005年 ”167日目 - 自分の源” より転載。

『自分の源』

人それぞれにビジョンがある。
それは今生で創ったビジョン?
それとも、生まれてくる前に創ったビジョン?
今生のビジョンと生まれてくる前に創ったビジョンが一致すれば、それは
100%実現する。
今生のビジョンを持ってなくても、自分の人生の流れに沿って生きていれば、
生まれてくる前に創ったビジョンがそのまま実現する。
もし、今生のビジョンと生まれてくる前に創ったビジョンが一致しなかったら?
さて、これは難しい。

願望実現法というのが、巷には氾濫している。
もし、その願望が生まれてくる前のビジョンに近いものであれば、それは
スムーズに実現するだろう。
でも、まったく懸け離れていたら?
なかなか実現は難しい。
それでも念力で力まかせに実現させたら?
欲望は実現するだろうが、今生の目的は達成されないだろう。

それでも、その人生は間違いだったということではない。
あくまで人生の主導権は、今の意識にある。
今生の目的は達成できなかったけれども、それなりの人生を体験したのだ。
でも、魂は悲しんでいるかもしれない。
今生の目的が達成できなかったわけだから。
そのために送り出したのに・・・

自分自身と一緒にいて、自分の中をよーく感じてみる。
本当は自分は何をしたいのか。
今生で何をしたいのか。
今、何をしたいのか。

深く自分の中を感じられたら、きっとそれが生まれてくる前に自分が計画
したことだろう。
本当は、それをやりたいに決まっている。
そのために生まれてきたのだから。
だから、自分と一緒にいて、自分をよーく感じてみよう。

物質に踊らされ、肉体に翻弄され、自分の魂の声を忘れる。
この世の富を求め、この世だけで通用する名声を欲しがる。
欲望のままに人生を終え、残るものは何だろうか。
残るものは、虚しさだけだ。
あの世へ帰って自分を振り返って見て、感じるものは慚愧の念だけだ。
何のために生まれたのか・・・

それもまた人生ではあるけれど・・・
自我の、エゴの人生だ。
それもまた否定するものではないけれど・・・
でも、なにかさびしい。

人生のビジョンを持つ生き方もある。
ビジョンに向かって、いきいきと生きる。
それも悪くはない。
夢があって、楽しそう。

でも、ビジョンを持たない生き方もある。
何のビジョンもなく、生きる。
ただ生きる。

キリスト教的に言えば、神の御心のままに。
神道的に言えば、惟神(かむながら)。
道教では、無為自然。
仏教では、空。

いずれも恣意をはさまず、ただ宇宙の心のままに生きる。
それは、小さな自我のビジョンを生きるのではなく、元の元のビジョンを
生きる生き方。
それが自分の源、元々の生き方。
本来の生き方とも言える。

ビジョンがあってもいい。
それが魂のビジョンであれば。
それが生まれてくる前のビジョンであれば。
今生だけのビジョンでなければ。

魂のビジョンであれば、生まれてくる前のビジョンであれば、それは源に
つながっている。
それは宇宙の流れにつながっている。
元の元から来た流れだ。
その流れに乗る時、物事はスムーズに流れる。
何事も自然に実現する。
それが宇宙の流れだから。

三次元、物質次元の狭い経験から創りだした自分のビジョンで生きるか、
それとも、生まれてくる前に創ってきた本来のビジョンで生きるか、
いずれも可能だ。
どちらを選ぶかによって、人生は大きく変わってくる。

あなたの人生だ。
あなたが決めることだ。

静かに 静かに 自分自身と一緒にいる
静かに 静かに 自分自身を感じる
自分自身・・・
自分自身・・・
これが自分自身
これが本来の自分自身
裡から感動が湧き上がってくる
これが自分自身
感動の源
すべての源
そこには自分はいない
ただ感動があるだけ
私はいないのだ

何もない
何もない
ただ感動がある
ハートが感動している
ただそれだけ
それだけ・・・

何もなくても
何もほしくない
何もなくても
何もいらない
すべてがあるから

ただハートが感動に打ち震えているだけ・・・



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もしもあなたが神ならば
2011-05-06 Fri 09:48
                                     『オオニワゼキショウ』
オオニワゼキショウーooniwazekisyou_10_11
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日記『無色透明』 ”1185日目 - もしもあなたが神ならば” より

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『もしもあなたが神ならば』

もしもあなたが神ならば
あなたはお金を貯めるだろうか
もしもあなたが神ならば
あなたは土地を欲しがるだろうか

もしもあなたが神ならば
あなたは何かを奪うだろうか
もしもあなたが神ならば
あなたは人を殺すだろうか

もしもあなたが神ならば
あなたは何かにこだわるだろうか
もしもあなたが神ならば
あなたは何かを支配するだろうか

もしもあなたが神ならば
あなたはすべてを持っている
だから貯め込むこともない
人から奪うこともない

もしもあなたが神ならば
すべてが自分のものだから
人と争うこともない
人を殺すこともない

もしもあなたが神ならば
すべてそのまま見守って
大きく包み抱きしめて
いとおしむに違いない

もしもあなたが神ならば
小さなことにこだわらず
そのまますべて受け入れて
愛の心で満たすだろう

もしもあなたが神ならば
何も掴まず所有せず
そのまま流し循環させ
宇宙の変化を楽しむだろう

もしもあなたが神ならば
介入せずにそのままに
それぞれ個性を発揮させ
創る世界を愛でるだろう

あなたが神と思わずに
自分を小さな断片と
思い込むから人生の
すべての混乱起きてくる

もしもあなたが全体と
自分を見なせば人生は
100パーセント変化する
不安や心配消えてゆく

人は自分を宇宙から
切り離された断片と
思い込むから人生が
孤独と怖れに覆われる

もしもあなたが全体と
ひとつと思い感じれば
人生すべてが変化する
何もなくても生きられる

なぜならすべてあなたのもの
すべてが自分のものならば
己のものにするために
人と争うこともない

あなたは自分を個であると
思い込むから生きるのが
心細くて寂しくて
誰かに依存したくなる

あなたは自分の存在を
小さなものと決めつけて
小さく小さく生きている
自分で小さく生きている

もしもあなたが個ではなく
全体ならばどうだろう
その時人生激変し
天地が逆になるはずだ

もしもあなたが神ならば
あなたはすべてを見守って
何も欲しがることはない
すべては自分のものだから

もしもあなたが神ならば
何も掴まず次々に
循環させて変化させ
宇宙曼荼羅(まんだら)愛でるだけ

もしもあなたが神ならば
何も苦しむことはない
何も悲しむことはない
すべては愛のなかにある

もしもあなたが神ならば
愛でるだけでは飽き足らず
個々に分かれて行動し
共に宇宙を創るだろう

もしもあなたが神ならば
全体であり個であると
わかったうえで個となって
宇宙創造皆で楽しむ

もしもあなたが神ならば
自分が播いた神の種
大事に育てはぐくんで
大きな花を咲かすだろう


『真実は 今ここにある 生きている 己の裡に 生きて輝く』
 


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大地震
2011-03-15 Tue 16:31
                                             『レンゲ』
レンゲーrenge-01_10_11
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日記『無色透明』 より、3月12日 ”2260日目 - 大地震” 転載


『大地震』

昨日、大地震が起きた。
マグニチュード8.8。
明治以降で最大規模とのこと。
来るべきものが、来てしまった。

予想されたこととはいえ、現実になると、やはりたいへん。
どれだけの被害が出たのか、まだはっきりしない。
しかし、日々の殺人事件や交通事故が、まったく報道されないレベルであるのは確か。
リビア情勢も原油の高騰も、吹っ飛んでしまった。

地震の一日前とは、なにか世界が変わってしまった感じ。
日々の事件が、とても小さなことに感じられる。
まして政治のいざこざなど・・・
まさにコップの中の嵐。

花粉症もノロウイルスも鳥インフルエンザも・・・
みんな吹き飛んでしまった。
もうそんなことを言っている場合ではなくなった。
それが、マスコミ初め国民の偽らざる心情だろう。

本当は、今日は九州新幹線が全線開通の記念の日。
そのため、いろんなイベントが準備されていた。
しかし、祝典は中止になった。
イベントも、多くは中止を余儀なくされるだろう。

大きなアクシデントが起きると、これまでのことが些細なことのように思われる。
大きなアクシデントが起きる前までは、それが大事件だったのに・・・
人の意識は、相対的。
今の自分にとっては死活問題と思えることも、時間が経つと、また感じ方も変わってくる。

みんなが同情した霧島の温泉郷や都城の火山灰被害も、大地震の前では色褪せてしまう。
今は、全国民の関心が、東北・関東方面に向いている。
しかし、地震は、これだけでは済まない可能性がある。
もっと広がる可能性もある。

現象面を見れば、悲惨極まりない。
被害に遭われた方には、言葉もない。
東北・関東地方にも、知り合いがたくさんいる。
そういう意味では、安否が気にかかる。

セミナーをやっていた時代も、ガイドや水晶の発送をしている今も、日本全国の人と付き合いがある。
そういう意味では、日本全国に知り合いがいる。
日本全国が激動すれば、当然、知り合いの安否が気にかかる。
無事でいてほしいと願う。

しかし、それは現象面。
実は、エネルギー的には・・・
危惧するようなことは、何もない。
大地震の後なので、あまり不謹慎なことは言えない。

しかし、エネルギー的には、何かが抜けてスッキリしている。
詰まっていたものが外れ、クリアーになっている。
昨夜の月も、ことさら美しかった。
空気は、澄み切っていた。

現象だけを見れば、悲惨。
友人、知人の安否も気にかかる。
しかし、大局的に見れば、起きるべくして起きた地震。
地球と人類の調整局面。

人類が早く目覚めれば、このような現象は最小限で済む。
しかし、目覚めなければ・・・
目覚めるまで、現象が続く可能性がある。
それは、屋久島も例外ではない。

屋久島も大地震の可能性がある。
山が崩れ、海水が住宅を飲み込む。
あり得ない構図ではない。
しかし、それには意味がある。

屋久島の再生。
屋久島の新生。
屋久島の神聖。
神聖な屋久島になるためのプロセス。

本来の屋久島が、姿を現す。
光輝く屋久島。
神聖な屋久島。
日本や世界の雛形にふさわしい屋久島。

今のままでは、それは遠い。
屋久島を本来の状態に戻すには、荒治療があるかもしれない。
それは、屋久島に限らない。
日本列島も世界も同じ。

本来の健全な地球に戻るためのプロセス。
そのために起きている現象。
表面だけを見ないことだろうか。
もっと底流で流れているものに目を向けることだろうか。

現象面だけを見れば、これから地上は地獄の様相を呈(てい)するかもしれない。
表面意識で生きている人にとっては、巷は地獄と化す可能性がある。
いかに深く生きるか。
それが問われる。

もうごまかせない。
もう自分を偽っては生きられない。
待ったなし!
真実で生きるしかない。

自分の真実を生きる。
モラトリアムは終了。
いつまでも物質人間でいれば、物質的な崩壊にみまわれる。
物質を抜けるしかない。

物質を超え、霊性を自分の基とするしかない。
それ以外に選択肢はない。
もう選んでいられる時代は終わった。
新しい地球と共に生きたければ、選択肢は一つだけ。

時代は、急展開している。
かなり煮詰まってきた。
しっかり生きることだろうか。
自分の真実を生きることだろうか。

慌てず、騒がず、静かに生きる。
本当の自分で生きる。
もうこの世を生きるための仮面はいらない。
自己保存のための鎧は、必要ない。

冷静に、霊静に、霊聖に。
基本は、冷静。
冷静は、霊性に通じる。
冷静は、やがて霊静となり、遂には霊聖に至る。

静かに落ち着いて生きることだろうか。
現象面に振り回されず、深く生きることだろうか。
もう自分をごまかさないで、真実の自分を生きることだろうか。
新しい生き方にチェンジする必要がある。


『人類の 生き方を問う 大地震 まだまだ続く 目覚めるまでは』

『真実に 生きよと告げる 大地震 人の魂 揺さぶり起こす』

『冷静に 生きることから 霊性に つながっていく 霊聖の道』


これが日記を書き始めて2260日目の心境。

      


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流れと共に
2011-03-06 Sun 04:21
                                    『オオゴカヨウオウレン』
オオゴカヨウオウレンーoogokayououren_11
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『流れと共に』

すべては変わる。
この宇宙に変わらぬものはない。
それが生きるということ。
いのちというもの。
創造とは、いのちの別名に過ぎない。

いのちとは、変化。
創造もまた変化。
新たなものを創り出し、破壊し、創造し続ける。
それが宇宙の営み。

良いも悪いもない事実。
無常という現実。
無限の創造が繰り返されるところ。
宇宙劇場。
いのちの躍動。

その中の地球劇場という舞台で、今、人類は創造活動をしている。
何を創り出しているだろうか。
あなたは何を創造しているだろうか。
それがあなたの創造宇宙。
あなたはあなたの宇宙の創造主。

どのような宇宙を創り出していくか、よーく考えてみるといい。
どのような宇宙も創造可能。
創造に限界はない。
自分の制限を取り払いさえすれば、無限の創造ができる。

あなたの人生は、あなたの創造した作品。
誰にも文句は言えない。
なぜなら、創造主はあなただから。        


      
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自分自身
2011-02-27 Sun 14:32
                                    『オオゴカヨウオウレン』
oogokayououren-03_11ーオオゴカヨウオウレン
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『自分自身』

だいたい普通の人は、外面(そとづら)の良さそうな仮面を被っている
ものだよね。
人から悪く思われないような仮面。
でも、逆に恐そうな仮面を被っている暴力団系の人もいるけどね。
素のままの自分で生きている人は少ない。
多かれ少なかれ何らかの仮面を付けている。

人は身構えて、何を守ろうとしているんだろう?
自分自身だよね。
自分がつくりあげた「私」というイメージ。
それが壊れないように一生懸命守っている。
守るために疲れていると言ってもいいかな?
ありのままの自分で生きれば、疲れないのにね。
かっこよく見られたいとか、偉く見られたいとか、バカにされたくないとか、
良い人に思われたいとか・・・なかなか大変だ。
そんなに何が大切なんだろうね?

もう一度裸になって確かめてみるといいかもしれない。
いったんぜんぶ手放して、ありのままの自分の気持ちを聞いてみる。
別にそのまま表現することはないよ。
とりあえず、正直な自分を再確認してみる。
そして、正直なままで生きれそうかどうか、よーく見てみるといいよね。
別に仮面を被っていても、正直に生きれなくても、悪くはない。
自分を責める必要はない。
ただ、そういう事実をはっきりとわかっていることだよね。

曖昧にしない。
逃げない。
誤魔化さない。
不正直な自分と一緒にいる。
そうしていれば、そのうちに正直に生きたくなるかもしれない。
自分を非難したり、批判したりしていると、いつまで経っても変わらない。
非難したり批判したりすることで、自分を正当化しているから。
本当はそういう自分ではないんだけど、ここのところはよくないと。
自分を弁護しているんだね。
変われない自分を正当化しているだけ。
そういう自己欺瞞はやめて、ありのままの自分自身と一緒にいる。
そうすれば、変わる可能性がある。

黙って、ありのままの自分自身と一緒にいる。
批判も、非難もしない。
自己憐憫(れんびん)も、自己否定もいらない。
ただ黙って自分自身と一緒にいる。
その時に、何かが起きるんだね。
実際に自分で体験してみてください。
         

      
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観音菩薩
2010-09-19 Sun 13:28
                                              『睡蓮』
睡蓮ー21-oct_10
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『観音菩薩』       

えっちゃんから次のようなコメントが届いた。

「観音様って、音を観るっていうことって聞いて、観世音大菩薩の略が
観音様だとしたら、世の音を観ると言う事ですよね。
これは、サンスクリット語の音訳でなくて、ちゃんと意味のあるお名前
だとしたら、この世の、または人々の波動を見守る仏様といことでしょうか?
波動はエネルギーのことかなあ?
観音様は私たちの生きるエネルギーがいい波動をしているか見守って
くださってるのですか?
子供の元気を見守る母親のように。

手のひらの地球を見守る慈母観音・・・
ちょっと、身近にかんじました。」

観音菩薩は、観自在菩薩から転じたものらしい・・・
本来はアボロキティシュバラーとサンスクリッドでは言う。
すべてを見通せる存在という意味。
般若心経の一番最初に出てくる。
「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 
色不異空  空不異色  色即是空  空即是色・・・」
すべては空であり、苦しみは一切ないということがわかる存在。
そのことを釈迦の十大弟子の筆頭である舎利子(シャーリープトラ)に説き聞
かせたのが、600巻にのぼる大般若経。
そのエッセンスが般若心経。
日本で広まっているものは、西遊記の三蔵法師が漢訳したものがベースに
なっていると言われている。

私達が観音菩薩に見守られていることは間違いない。
しかし、私達一人一人がその存在でもある。
観音菩薩と自分自身は別々ではない。
自分の中にもそのエネルギーは流れている。
ある次元で合流している。

自分の外に見ない。
自分の外に見ると、仏像やキリスト像を造ることになる。
それは分離の意識。
それらの偶像を拝み、願い事をする。
そうすると、それらのものは自分から離れてしまう。
遠い遠い存在になってしまう。
ただ崇拝するだけに終わってしまう。

一般衆生に普及する方便として途中からそういう方法が採られた。
しかし、最初は偶像などはなかった。
お釈迦様やイエス・キリスト本人が生きていたから、そういう必要はなかった。
イスラム教では、今でも偶像は禁止されている。
その部分に関しては、本来の姿を保持している。

荒れてすさんだ衆生の気持を偶像に集中させることによって、やすらぎを
見出させる。
それが念仏であれ、お題目であれ、それなりの効果はある。
御仏の慈悲にすがり西方浄土を求める。
それはあまりにも厳しい娑婆世界から救われるための方便。
それによって心がやすらぎ、癒されれば、それはそれで救い。
そういう時代もあった。

偶像を拝むことによって、自分の中にある仏心やキリスト意識が溢れ出る
のであれば、それはそれでいいのかもしれない。
偶像とはいえ、確かにエネルギーが来ているものもある。
それはエネルギーチャージャーの役割を果たす。
ややもすると自我に流れやすい意識を、仏心やキリスト意識の方へ向ける
効果はある。
そういう意味では、小さなロザリオですら否定することはない。

しかし、自分の中に仏心やキリスト意識を直に感じれば、偶像は必要では
なくなる。
元々、偶像は方便。
自分の中の仏心やキリスト意識に気づくための方便。
しかし、それを長い間やってきて、いつのまにか本来の意味が見失われて
しまった。
すべてを外に求めるようになった。
自分自身の中にあるものを外に求めるようになった。

それが西方浄土であり、天にまします我らが父になってしまった。
今ここから遠く離れてしまった。
遙か彼方の憧れになってしまった。
まるで古い記憶ででもあるかのように・・・

それでは青い鳥探しと変わらない。
いつまで経っても青い鳥は見つからない。
方向が違うから。
外に求めているから。
それでは逆に自分と仏心やキリスト意識とを切り離してしまう。
真実は外には存在しない。
自分の内にしか存在しない。

外のものを崇(あが)め奉(たてま)っている限り、自分を低きに貶(おとし)める
ことになる。
罪の子、罪業深甚救いなし。
我らの罪を許したまえ・・・
罪悪感の虜となってしまう。
それは多くのキリスト教徒の潜在意識の中にある。
それは教会権力の民衆支配の手段にもなってきた。
贖罪(しょくざい)、免罪符・・・

自分の外に権威を認めれば、支配されるしかない。
一切の権威を認めない時にだけ、完全な自由がある。
たとえそれが仏陀やイエス・キリストであろうとも、権威を認めた途端、従属
することになる。
その時、意識の自由は消失する。
同時に真実の自分に出会うこともできなくなる。

真実の自分は完全な自由。
自分の外に権威は存在しない。
完全な自由になるためには、偶像は邪魔者以外の何ものでもない。
それはプロセス。
人類の意識の発達史の途中経過。
それは単なる憧れ。
人類の憧憬。
まだ人類が夢見ていた頃・・・

もう夢から覚める時。
自分が夢を創る時。
自分の夢を実現する時。
中心を自分自身に置く時。

偶像も思い込みの産物。
自我も思い込み。
慈悲のエネルギーを、あんな小さな仏像に封じ込めることができるだろうか。
自分という偉大な存在を、どうして小さな自我に閉じ込めてしまうのだろうか。
いずれもエネルギーを歪曲しただけ。
小さく小さく封印しただけ。
イメージ。
思い込みの世界。

仏像もキリスト像も美しい。
そこにはエネルギーが流れている。
しかし、人から流れ出す愛や慈悲のエネルギーは、偶像から流れ出すものより
も遙かにすばらしい。
偶像は、愛や慈悲が人から流れ出すためのきっかけであり、方便に過ぎない。
これからは一人一人が仏像となりキリスト像となる時代。
偶像を崇めたり、拝んだりする時代は過ぎた。
一人一人が愛となり慈悲となる。
方便はいらない。
ダイレクトにそのものになる。

観音菩薩も仏陀もイエス・キリストも、すべて繋がっている。
それらは別々の存在ではない。
自分を中心に同心円のようにひとつに繋がっている。
自分自身を低からしめない。
自分を小さく規定しない。
自分の限定を外す。
無限定。
無制限。
それが自分の真実。

もうママゴトは終わり。
思い込みの夢から覚めて、真実を生きる。
偶像や自我という小さな思い込みから自由になって、無限定の宇宙に遊ぶ。
自分の夢を実現させる。
楽しく遊ぶ。

夢と知りながら夢を楽しむ。
無自覚の時代は終わった。
無意識の時代は終わった。
思い込みの時代は終わった。
はっきりと目覚める時代。
リアリティで生きる時代。


『仏像も キリスト像も 人類の 悲苦の歴史の 生み出せるもの』

『観音の 願い生きれば そのままで 一人一人が 観世音菩薩』

『現世(うつしよ)は 現れ消える 一時(ひととき)の 無常の夢と 知るや知らずや』

『現世(うつしよ)の 夢とも知らず 夢を見て 夢に遊ばれ 夢に溺れる』

『現世(うつしよ)の 夢と知りつつ 夢を見る 夢と戯(たわむ)れ 夢を楽しむ』
               
                 >>日記 無色透明 『436日目 - 観音菩薩』 より

      
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先祖供養 - 4
2010-08-12 Thu 17:29
                                         『トンボと誠蓮』
トンボと誠蓮ーseiren-2_10
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   「先祖供養」のテーマで連載をお送りしています。
   今日の日記は『無色透明』で大晦日に掲載されたものです。



『先祖供養 - 4』     
  
昨日掲載したメールに対して、次のような返事が届いた。

「この間はさっそくお返事をいただきありがとうございました。
ご先祖様のことよくわかりました。

でも、お墓のことでまだわからないことがあります。
わたしは二人姉妹の長女ですが、長男の所へお嫁にきてしまいました。
わたしの両親のお墓に入る者はいなくなりますので、先では供養が出来なくなります。
どうしたらよいのでしょうか。
そして、私どもの子供も二人姉妹なので、先では婿養子を考えたほうが良いのでしょうか。

こんなことまでkimiさんにお聞きして申し訳ありません。
またお時間のある時で結構ですので、お考えをお聞かせください。」

この問いに対して、次のように返事をした。

「墓とは何でしょう?
それは先祖の肉体が眠るところでしょうか。
既に大地に還った肉体もあることでしょう。
最近の祖先は遺骨が少しあるだけですね。

ほとんどの先祖は、墓にはいません。
迷えるものだけが墓の周りにいる場合があります。
墓を自分の住処(すみか)と間違えているのですね。

墓というところは、肉体の先祖を思い出し、感謝のエネルギーを送る場所です。
でも、毎日出かけるのは大変だから、自宅に仏壇を置いて、そこで供養することになった
のでしょう。
仏壇には肉親の位牌が置かれています。
仏壇は墓の代理みたいなものです。
そこで、毎日、感謝と愛のエネルギーを送るということですね。

自分の実家と夫の実家の両方の先祖に、感謝と愛のエネルギーを送ればいいでしょう。
自分が亡くなった後?
その頃には地球はアセンションしているでしょう。
アセンションしているということは、既に迷える霊は存在しないということです。
また、既に肉体はないということでもあります。
そんな次元になった時に、先祖供養がまだ必要でしょうか。

自分が肉体を持っている間だけで十分でしょう。
アセンションした後では、墓など存在しないでしょう。
まったく無意味です。
既に肉体の世界は終わったのです。
何も心配いりません。

それでも心にかかるのならば、自分が死んだ後も、あの世から肉体の先祖に感謝と愛
のエネルギーを送ればいいでしょう。
別に子孫が墓に行くまでもありません。
要は、感謝と愛のエネルギーが重要なのですから。
でも、たぶんそんな必要はないでしょう。
時代がまったく変わっていますから。
光の体で生きる時代になるのですよ。
やがて、肉体の形ではなくて、光そのものとして存在するようになります。

そんなに肉体の先祖や墓や供養を気にすることはありません。
光の中で光と共に生きればいいのです。
あまりこの世的なことに囚われないことです。
物質的な幸せよりも、精神的な幸せを求めることですよ。
光の中を生きることですね。」

墓や供養にこだわることはない。
ただ感謝と愛のエネルギーを送っていればいい。
それで十分。
それよりも、日々の生活を真実に生きること。
自分に正直に、周りに誠実に。
それが何よりの供養になる。
それに勝るものはない。

今年も今日で終わり。
最近は本当に早い。
時間がどんどんスピードアップしている。
地球の波動が上がってきている。
時代は急速に変化している。
光の時代に近づいている。

古いものは手放し、軽やかに、さわやかに生きよう。
除夜の鐘と共に一年の心の垢を洗い流そう。
過去のものは何も持たないで、空っぽで新年を迎えよう。
新年は、心新たに迎えるものだ。

『一年の 汚(けが)れを落(音)す 除夜の鐘 心に残る 思いを放下(はな)す』
               
                
      
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先祖供養 - 1
2010-07-29 Thu 16:41
                                              『睡蓮』
睡蓮ーlotus-01_10
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   「先祖供養」のテーマで連載をお送りします。
   『古い時代に別れを告げるテーマ』ということで、日記「無色透明」で年末に
   連載されたものですが、お盆も近づいてきていますので、取り上げてみたい
   と思います。         ぴあの



『先祖供養 - 1』     
  
「屋久島のお墓は、お花がとてもきれいだとありました。
屋久島の方々は、御先祖を大切にされているんですね。
御先祖様の供養というのは、どう考えればよいのでしょうか。
供養と感謝は、やはり意味が違うのでしょうか。
ある人に、家系図をきちんと作って、祀りもれている人がいないかをみて、
水子霊などがあれば、お祀りした方がよいと勧められたのですが、なんとなく
一歩踏み出せないでいます。
どのように考えたらよいか、よろしければご指導いただけましたら幸いです。」

この質問に対して、次のような返事を送った。

先祖というのは、肉体の先祖だよね。
先祖の中から守護霊が選ばれるとも言われています。
みんな子孫の繁栄を願っていることは間違いないよね。
だから、普通の先祖は何の問題もない。
供養をする必要はないよね。
問題なのは、まだ迷っている先祖だね。
こちらは子孫に悪さをしようというつもりはないんだけど、子孫に頼ってしまう。
その結果、子孫に悪い影響が出ることもあるんだね。
それをどうするか。

基本的に、先祖に対しては感謝するものだよね。
この肉体をいただいたのだから。
そして、子供たちにも血が引き継がれていくのだから。
毎朝、仏壇にお参りするという習慣は古くからあるよね。
それは先祖に感謝をして、今日も一日、一家をお守りくださいということだよね。
それはやればいいのではないの。
やることによって、先祖とより繋がれるでしょう。
それはたぶん良い結果になるよね。

では、迷っている先祖に対してはどうするか。
そもそも供養とはどういうことだろう?
それは、迷っている者に対して、早く成仏して光の世界へ行ってくださいという
想いを送ることではないのだろうか。
その子孫のエネルギーに支えられて、迷える者は成仏していくんだね。
その愛念は、成仏する際のサポートになるのだよ。
直接的には、迷える者の守護霊や縁のある光の霊たちが救いに来るんだね。
そのきっかけになったり、サポートになったりするんだよ。
自分の子孫から暖かいエネルギーが届くことによって、迷える霊も少しは気づく
んだね。
もっと暖かい世界に住みたいと。
そういう心境になると、光の霊たちの光に反応するようになる。
そして、その霊たちにガードされて光の世界へ登っていくんだね。
そのための供養なんだね。

家系図を作っても、誰が迷っているかわかるの?
たぶん誰かに聞かないとわからないよね。
特定すればエネルギーは届きやすいけど、でも、その特定が正しいという保証
はない。
もれている霊もいるかもしれない。
ただ信じるしかない。
確認のしようがないんだね。
でも、誰か信じられる人がいたら、それでもいいでしょう。
その人に供養してもらってもいい。
自分も一緒に供養してもいい。

でも、そうしなくても、自分で先祖に愛念を送ることもできる。
毎朝、すべての先祖に感謝のエネルギーを送り、迷っている方は早く光の世界
へ行ってください、という愛のエネルギーを付け加えることもできる。
それでもいいと思う。
基本は、感謝と愛のエネルギーだから。
それを先祖に、また縁のある方に送る。
それは亡くなった人だけに限らず、生きている人に対してでもいい。
また自分の家族に対してでもいい。
それを毎朝やれば、たぶん人生が変わるでしょう。
朝と寝る前の両方やると、更にいいかもね。

こちらには仏壇もないし、特に先祖供養ということもやっていない。
一番大切なことは、日々の生き方なんだね。
自分が愛と光に満ちた生き方をしているかどうか。
その姿を見て、迷える者は気がつくんだよ。
自分の生き方を見直す。
もっと幸せに生きようと思う。
光があるところに迷える者は集まってくる。
何もしなくても、日々の後ろ姿が迷える者を癒すんだね。
それが一番理想的なんだけど、まあ、そこまで一気には無理だよね。
だから、毎日時間を決めて、感謝と愛のエネルギーを送ればいいのではないの。
それが一番間違いがないと思うけど。

心から、
「ありがとうございます」
「成仏してください」
「どうか光の世界へ行ってください」
と、心を込めて感謝と愛のエネルギーを送るんだね。
それを毎日やれば、最高の先祖供養でしょう。
それで遍(あまね)く、すべての先祖にエネルギーが届くよね。
それは周り回って自分にも届くんだね。
まあ、そんな感じですが。


いろんな質問が来るたびに、自分の中で明確になるものがある。
お互いの関係性の中で事は進んでいく。
先祖供養に関しては、次の短歌に集約される。

『肉体の 先祖に届く 自(みずか)らの 愛と感謝と 日々の行い』
               
                
      
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時代
2010-07-21 Wed 14:10
                                              『誠蓮』
誠蓮ーseiren-1_10
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『時代』     
  
昨日のコメント欄に次のような質問があった。

「無知な中での質問で、スミマセン。
『まだ、わかってないの~?』って感じかもです。
何故、光に満ちてくる流れの中で、天変地異や、治安が悪くなったりと、
この世界の崩壊みたいなことが起きてくるのですか?
こういう状況になり、人は目覚めるから?
新しい生き方を求める過程の中で、古いものを脱ぎ去らなければ
ならないから?
私達がしてきた結果?

前に、人が目の前で亡くなっていくような状況が普通に起きてくるかも
しれない、と書かれていたのですが、そのような状況は少しでも避け
られないのですか?
確かに、今の地球の状況は私達が作り出してしまったもの。
そして、この波打つ地球で、生きているだけでもミラクル。
でも、今まで、沢山の人々が苦しみ、奪われてきたのに、もう人々は
充分体験したのに。
なのにそれ以上にこの世界が荒れるなんて。

新しい世界を求めて、新しい生き方を準備をしても、今、クリアであっても、
極限状態の中、人間がどうなるか、私はそういう人間の世界を少しだけど
みてきました。
人間ってそうだと思います。
そのような状態ですごく落ち着いている人もいるけれど。
この世界に住んでいけないような状況になってから、脱社会じゃなくて、
もっと、穏やかに、地球も人間もベースをつくってから次元上昇できない
のですか?

アセンションが宇宙の流れであれば、その流れに乗っていくのが自然ですが、
そこまで向かう過程は、私達によって、すごーく変わったりすることはあるの
ですか?
今の3次元も光の世界にしてから、次元上昇できたらいいのに。
(あれ変なこといってる??)」


その気持ちはよくわかります。
誰でも悲惨なことを目にしたくはないですよね。
平和のうちにアセンションできたら言うことはないですね。
みんながそうを望めば、そうなるのでしょうが・・・

でも、現実に目をやると、いたいけない子供たちが次々と殺されています。
凶悪犯罪は増加の一途です。
9・11以降、世界中が物騒になりました。
今も世界各地で戦争が続いています。
家庭内の争いも終わりを見ません。
肉親同士の殺し合いさえ起きています。
それが現実です。

この世界の現状から、どうやって平和裡にアセンションできるのでしょうか。
どうやったらそれが可能なのでしょうか。
こちらが質問したいのですが。
誰か答えられる人がいるでしょうか。

神に祈ればいい?
平和運動を広めればいい?
すべての宗教が神に祈っています。
すべての宗教が平和を口にしています。
それも昨日今日ではなく、何千年もの間。
それでも争いは終わりませんでした。
ユダヤとアラブの憎しみの歴史は、どうやったら終わらせることができるの
でしょうか。
人類の英知を持ってしても、未だ誰も終わらせることができないのです。

人は平和の中にいると、どうなるでしょうか。
アセンションを希求するでしょうか。
これまでの歴史は、そうではないことを物語っています。
ソドムとゴボラは同性愛の結果、死海に沈みました。
ローマ帝国の末期は、食欲と性欲に明け暮れていました。
古今東西、平和に溺れた民族は、やがて腐敗し堕落するのです。

明治維新の時、平和な改革を目指した公武合体の動きもありました。
でも、結局、実を結ぶことはありませんでした。
内戦を避けるために蟄居謹慎した徳川慶喜の気持ちは、鳥羽伏見の戦い
によって露と消えました。
時代が劇的に変わる時、平和ボケした古い人の出る幕はありません。
新しい時代は新しい人たちが切り開くのです。
平和の裡に革命が成就したことがあったでしょうか。
平和の中で人は新しい世界を求めるでしょうか。

日米開戦の際、当時の連合艦隊司令長官・山本五十六は、最後の最後まで
戦争回避に努めました。
しかし、日米交渉は決裂。
真珠湾攻撃となったのです。
その奇襲は戦争を短期間で終わらせるための山本五十六の苦肉の策でした。
ところが、日本では大戦果に戦意が盛り上がり、アメリカでは開戦通告のない
騙し討ちということで、それまであった和平論が姿を消し、一気に反日ムードと
なったのです。
山本五十六の目論見とは、まったく逆の結果になってしまいました。
それが時代の流れです。
時代の流れは一個人の平和の希望を打ち砕いてしまうのです。

キリストが新しい教えを説き始めた頃、ユダヤ教は形式的なものになり、
真に人を救うものではなくなっていました。
新しいことを始める人は古いものによって弾圧されます。
キリストは磔になり、その弟子たちは迫害されました。
平和を希求するなら、ユダヤ教のままの方がよかったのでしょうか。
腐敗堕落した司教たちの元で平和に暮らしていた方がよかったのでしょうか。
イエス・キリストは必要なかったのでしょうか。
文字どうり血と汗の結晶によってキリスト教は広まっていきました。
でも、それが権威になった時、また同じことが起きてしまうのです。
今の麻のように乱れた宗教界を統一することができるでしょうか。
同じように神を標榜しながら、お互いに争い合う宗教界を・・・

誰かメシアが現れて世界を救ってくれるのでしょうか。
私こそがメシアであるという人は、今監獄にいる髭ぼうぼうの人を始め、
たーくさんいます。
でも、世界は変わりません。
誰がいったい世界の現状を変えてくれるのでしょうか。
神様?
神様はどこにいるのでしょうか。
神の名は何と言うのでしょうか。
エホバですか、それともアラーですか。

肉体を浄化しようとする時、短期間に徹底的にやろうとすれば断食する
ことになります。
断食すると、どうなるでしょう?
これまで体内に溜まっていた毒素が一斉に吹き出します。
それは好転反応と呼ばれ、一定期間続きます。
その間は頭痛や吐き気や吹き出物など、とても苦しいものです。
でも、それが終わると、ウソのようにスッキリします。
溜まっていた毒素が出てしまったのです。

精神を浄化しようとすると、静かに瞑想することになります。
自分自身を見つめていると、これまで溜め込んだ恨みや憎しみや怒りや
恐れなどが大津波のように襲ってきます。
あまりの恐ろしさに直視できないくらいです。
でも、目を逸らせば精神が浄化されることはありません。
苦しくても見つめ続けるしかないのです。
それら溜まりに溜まっていたものが解放される時、精神は本来の空っぽ
になります。
青空のように意識が透き通るのです。

肉体も精神も短期間に浄化するには、それなりの苦痛が伴います。
溜め込んでいたものが多ければ多いほど、それは激しくなります。
自分が執着していたものを手放すのは、そう簡単ではありません。
今の自分を正直に見つめてみれば明白です。
個人にとっても心身を浄化して新しく生まれ変わるのは大変なことです。
まして人類となると・・・

そんな苦しみを見ないで、楽に解放されたい?
どうやったらそんなことができるのでしょうか。
もしそういう方法があったら教えてください。
もしあるのなら、みんながそうするでしょう。
でも、現状ではそんな夢のような方法は聞いたことがありません。
地道に一歩一歩やるしかないのです。
自分が播いた種は自分で刈り取るしかありません。
それは誰のせいでもないのだから。
自分がやったことなのだから。

もし、それが何かのせいであったとすれば、自分の人生とは何だったので
しょう?
何かにいいように操られた人生だったのでしょうか。
その場合、自分の主体性はどこにあるのでしょうか。
もし自分の人生が何かの結果であれば、自分の人生が変わるのも何かに
依存しなければなりません。
じっと自分の人生が変わるのを待つしかないのです。
そんな非主体的な生き方を、あなたは望みますか。
そうであれば、千年待つしかないでしょう。
待っても救われるという保証はありませんが・・・

今の世界の現状は、人類がこれまでに行ってきたことの結果です。
これまで潜在していたものが吹き出しているだけです。
吹き出さないことには、浄化されないのです。
人類のすべての潜在意識を解放する必要があるのです。
この数千年、いや数万年の間に溜めに溜めてきた怒りや憎しみや恨みや
恐れ・・・
それらのものを解放しない限り、人類が救われる道はないのです。

誰も救ってはくれません。
メシアは現れないのです。
一人一人が自分の救い主になるしかないのです。
その時にだけ、これまでの何生にも渡る人生が意味のあるものになります。
誰かに救ってもらったのでは何の意味もありません。
それでは何生にも渡る人生で何も学習しなかったということです。
ただ運命に翻弄される人生を生きてきたというだけです。
これまでの人生を総括し、学び、気づき、真の生き方を始める時です。
それがプログラムというものです。
あなたが望んだ人生プラン。
人類が望んだ地球でのプランなのです。

別に悲惨な現実をどうしても目にしなければならないということではありません。
でも、今の人類が目覚めるためには、他に道は見当たらないということです。
先のことはわかりませんが、その可能性が高いということです。
もっと平和的に移行できれば言うことはありません。
みんなが自己の本質に気づき、真の平和を希求すれば世界は変わるでしょう。
でも、はたして大多数の人がそのようになるでしょうか。
あなたはどう思いますか。

ハイアーセルフや守護霊は、時として愛する人を病気にさせたり交通事故に
遭わせたりします。
なぜでしょう?
愛するわが子が憎い人はいません。
でも、可愛い子には旅をさせろと言います。
病気になり交通事故に遭うことによって、気づいてほしいのです。
忘れている本来の自分自身に。
今生生まれてきた目的に。
本来の生き方に。
そのための方便なのです。

苦しみは喜びに至るための試練です。
その試練を超えて、人は真の喜びを体験するのです。
苦しみは苦しみのためにあるのではなく、更に深い喜びのためにあります。
だからこそ、苦しみを苦しみのままに終わらせてはいけないのです。
苦しみは苦しみを超えるためにのみ存在します。
苦しみを超えて真の喜びを体験するために、苦しみはこの世にあるのです。
それこそが深い深い愛なのです。
ただ黙って見守っている無上の愛なのです。

可愛い我が子が苦しむのを何もしないで見守る気持ちがわかりますか。
そこで手を出せば、子供は成長できないのです。
子供が自分で苦しみの原因を理解し、その苦しみの連鎖を断ち切る必要が
あるのです。
苦しみという現象だけに囚われないでください。
その奥にあるものを感じてください。
病気は病気のためにあるのでしょうか。
病気は人を苦しめるためにあるのでしょうか。
それとも、病気を通して健康のありがたさや、人の優しさをわかるために
あるのでしょうか。
病気という現象だけを見ないでください。
その奥にあるものを感じ取ってください。
病気の真の意味を理解してください。
人の真の生き方に気づいてください。

人は自らの真実に気づくために、自ら更に光り輝くために、この地球に
やって来ました。
苦しみを乗り超え、すばらしい世界を築くためにやって来たのです。
ただ苦しむためではありません。
苦しみを乗り超えることにこそ意味があるのです。
そして、今まさに人類はその時を迎えようとしています。
長い永い間待ちに待ったその時を。
何生も何生もかけて準備してきたその時を。
それが今なのです。

早く気づいてください。
自分自身の真実に。
外に求めないで、自分自身に求めてください。
あなたの中にすべてがあるのです。
この宇宙の始まりから終わりまで。
それがあなたという存在です。
あなたは宇宙であり、愛であり、光です。
あなたこそが真実です。
他に真実はないのです。
人は自分の中にすべてを持っているのです。
誰かに依存しないで、外に求めないで、自分自身にすべてを求めてください。
あなたの中に、すべてのすべてがあるのですから・・・
               
                >>日記 無色透明 『343日目 - 時代』 より

      
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美しさのふるさと
2010-06-15 Tue 07:03
                                           『大庭石菖』
大庭石菖ーooniwazekisyou_10
  写真をクリックすると、1024サイズの大きな画像でご覧になれます。
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『美しさのふるさと』     

植えた覚えもないような小さな花が咲いている。
雑草と呼ばれる類だろうが、この上なく美しい。
写真に撮りたかったけれども、少し風があったのでやめておいた。
夕方には萎(しぼ)んでいたので、朝方に撮影した方がいいだろう。
朝露があれば最高だが、その日の天気によって異なる。
朝露がある日もあれば、ない日もある。
湿度の関係だろうか・・・

こんなに美しいものをタダで見られるなんて、なんと神様は気前がいいことだろう。
本当に美しいものは、たいていタダだ。
どうしてだろう?
本当に美しいものは、お金では買えないということだろうか。

美しいものを見るのに必要なものは何だろう?
少なくともお金ではなさそうだ。
では、何だろう?
それは心ではないだろうか。
美しいものを美しいと感じる心。
その心がなかったら、目の前にどんなに美しいものがあっても、それはないに等しい。
もし美しいものを美しいと感じる心があったら、どんな小さな美しさも見逃さないだろう。
たとえ他の人が何も感じなくても、美しさを見い出すことができるに違いない。

美しさとは、目の前に存在するものだろうか。
それとも感じるものだろうか。
少なくとも感じる心がなければ、美しさを感じることはできそうにない。
お金だけに意識が行っていては、美しさを感じることはできないだろう。
しかし、いくら感じる心があっても、目の前が灰色のコンクリートで囲まれていたら、
美しさを感じることができるだろうか。
美しさが目の前に存在し、その美しさを感じる心が存在する時、美しさが生まれるの
だろうか。

美しさを感じる心は、美しい。
美しさを感じる心が、美しい。
なぜなら、そこには限りない美しさが秘められているから。
美しさを感じる心の中にこそ、限りない美しさが秘められているのだ。

美しさを極めれば、何になるだろうか。
美しさを極めれば、愛になるだろうか。
美しさを極めれば、光になるだろうか。
美しさを極めれば、いのちになるだろうか。
美しさを極めれば、ひとつのいのちになるだろうか。
美しさを極めれば、すべてを生かすひとつのいのちになるだろうか。

美しい。
ただ美しい。
限りなく美しい。
限りない美しさは、具象から抽象へ変わる。
花の美しさではなくて、美しさそのものへと変わる。
ただ美しい。
花を生きるいのちが美しい。
そのいのちの輝きが美しい。
花を生きるいのちと、人を生きるいのちが共鳴する。
花を生きるいのちと、人を生きるいのちが共振する。
いのちといのち。
同じいのちが共振する。
同じいのちであるがゆえに共鳴する。
共に泣くのだ。
感動にうち震えるのだ。
その時、花は人であり、人は花となる。
いのちに差異はない。
いのちはいのち。
ひとつのいのち。
共に生きるひとつのいのち。
花であり、人であり、土であり、空であり、水であり、空気であり・・・
形は異なっていても、いのちはいのち。
ひとつのいのちの異なる姿。

共鳴し、共振し、ひとつのいのちを生きる。
生も死も超えてあり続ける、いのち。
すべてを生かし、すべてを眠らせ、すべてを甦らせる、いのち。
すべてに流れる、いのち。
いのちの共鳴が、美しい。
いのちの共振が、美しい。
いのちといのちの響き合いが、美しい。

いのちにいのちが反応する。
いのちがいのちを目覚めさせる。
いのちといのちのときめき。
それが美しさだ。

いのちといのち、二つのいのちがひとつになる時、美しさが生まれる。
二つのいのちが、ひとつのいのちに戻る時、美しさが甦る。
美しさとは、いのちの源。
いのちの源へ還ることが、美しさなのだ。

野の花の一輪の中に いのちのふるさとがある
花のいのちと人のいのち
二つのいのちがひとつになる時
ふるさとへ還る
いのちのふるさとへ
ひとつのいのちのふるさとへ
美しさというふるさとへ還る
                 
               >>日記 無色透明 『104日目 - 美しさのふるさと』 より

      
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紅いシャクナゲ
2010-05-19 Wed 07:00
                                       『紅いシャクナゲ』
紅いシャクナゲー07-june_08_10
  写真をクリックしますと、1024サイズの大きな画面でご覧になれます。
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   個であり全体であるという自覚が、生まれようとしている。
   新しい時代が、花開こうとしている。
   古い時代が、終わろうとしている。
   意識が変われば、すべてが変わる。

   意識が変わるためには、自分の意識を見つめていくことだろうか。
   深く深く見つめていけば、個を超えていく。
   この世の経験だけに裏打ちされた人生が、変容する。
   この世の奥に、更に深い世界がある。

   無限とも思える世界が広がっている。
   どこまでも意識は広がる。
   制限はない。
   小さなこの世的な意識は、霞(かす)んでいく。

   この世的な小さな意識が脱落した後には、限りない意識が広がる。
   この世的な囚われがなくなれば、自分のなかを風が吹き抜ける。
   何もない。
   ただ愛がある。   
                
           日記 無色透明 『1233日目 - 愛』 より 全文は >>こちら


      
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ハイノキ
2010-05-07 Fri 07:03
                                            『ハイノキ』
ハイノキー13-june_08_10
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   心はどんどん開く。
   無限に開いていく。
   心は無限に自由。

   無限の中で有限を見る。
   無限が一時(ひととき)の有限の姿となり、また無限に戻る。
   有限も無限の現れ。
   有限のように見えて無限。
   すべては無限。
   無限の一時の現れ。
                   
                      日記 『無色透明』 より


      
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サツマイナモリ
2010-05-03 Mon 00:20
                                        『サツマイナモリ』
サツマイナモリー07-may_06_10
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   精神的に深まるためには、一人の時間がとても重要なんだよ。
   一人静かにしている時間。
   別に何も考えなくてもいいんだけど。
   静かな時間が人に何かを与えるんだね。
   インスピレーションというか、何かをね。
   心も安らぐし・・・それは無上の時間なんだ。
                       
                            日記 『無色透明』 より


      
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木霊の森のリンゴツバキ
2010-04-25 Sun 18:33
                                  『木霊の森のリンゴツバキ』
木霊の森のリンゴツバキーringotubaki_02
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   これから個の意識と全体の意識が融合する時を迎える。
   個であり全体であるという意識状態になる。
   極微でありながら、極大でもある。

   その時初めて、極微は真に極美となる。
   全体との調和の中で極美の花が開く。
   個々に独立しながらも、全体とも繋がっている。

   今は過渡期。
   断絶から融合への過渡期。
   やがて断絶していた意識がひとつに繋がり、
   個でありながら全体となる。
 
   極大から極微に至り、極美を極める。
   それが霊止(ひと)。

   極大の霊から極微の霊へ。
   極微の霊から極美の霊へ。

   美しい極美の花を咲かせ、
   やがてまた極大へ戻る循環の宇宙。
   人として極美の花を咲かせ、
   極大と繋がり、個であり全体である人生を生きる。

   それが今の課題。
   アクエリアスの時代の人類の課題。  
                       
                        日記 『無色透明』 より


      
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苔のなかのリンゴツバキ
2010-04-21 Wed 09:33
                                  『苔のなかのリンゴツバキ』
苔のなかのリンゴツバキーringotubaki_01
  写真をクリックしますと、1024サイズの大きな画面でご覧になれます。
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   あなたの内に分離がある。
   私は正しい、君は間違っている。
   あなたの頭の中に分離が見える。
   二つに分かれて争っている。
   あなたの外に分離があるのではなく、
   分離はあなたの内にある。
   あなたの内にあるものが、
   あなたの外に投影されているだけだ。
   分離はあなたの内にある。

   目をつぶれば、何の分離もない。
   目を開ければ、分離だらけだ。
   分離している世界を、分離していない意識で統合する。
   その時、分離は統合された分離となる。
   「ひとつ」のものの万華鏡の世界となる。  
                       
                        日記 『無色透明』 より


      
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ハート
2010-03-02 Tue 12:30
                                             『レンゲ』
レンゲーrenge-01_10
  写真をクリックしますと、1024サイズの大きな画面でご覧になれます。
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   ハート

   開いている 開いている
   花が開いているように 心が開いている

   すべてを受け入れ 一切排除せず
   良いも悪いもなく 好きも嫌いもなく
   ただ そのままに そのあるがままに

   私を責める人は 責めるままに
   私を誉める人は 誉めるままに
   そのままで ただ そのままで
   そっと包んでいられたら・・・

   鳥が 蝶が 鈴虫が
   飛んでいるのを見ているように
   鳴いているのを聞くように
   そのまま いっしょにいられたら

   開いている 開いている
   心が自然に開いている
   その時 すべてが語りかける
   花も木も 鳥も犬も あの人も

   表面で反応している私
   好き 嫌い 良い 悪い
   それらの奥に ずーっと奥に
   共通に流れる何か

   言葉の前の 言葉ではない
   感じる何か

                  K-Communication より


      
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解放の詩
2010-02-22 Mon 07:47
                                            『ミゾソバ』
ミゾソバーmizosoba_10
  写真をクリックしますと、1024サイズの大きな画面でご覧になれます。
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      解放の詩・Ⅰ

      解放とは
      あなた自身が
      宇宙に向かって
      開かれることである

      あなたという人は
      あなたを包んでいる
      閉じられた空間でしかない

      あなたが開かれたとき
      宇宙があなたへ
      やってくる


      解放の詩・Ⅱ

      解放とは
      あなたという花が
      宇宙に向かって
      開くことである

      そのとき
      あなたのまわりには
      愛という香りがただよう

      あなたという人は
      宇宙の愛があふれだす
      一本の花でしかない

                  K-Communication より


      
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