いのちの写真と光の言葉
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ずーっと、いつも幸せ?
2011-01-17 Mon 01:46
                                              『落日』
落日ー13-dec_07_10.
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『ずーっと、いつも幸せ?』         

掲示板に、次のような書き込みがあった。

【うーん、「恋したい」
ときめく恋、切ない恋、ラブラブハッピーな恋、情熱の恋、禁断の恋??
私は、熱しやすく、冷めやすい。
好きでもどこかで疑う。
いつも、いつも、人は裏切るから。
傷つきたくない、ハッピーなままで居たい。
(無理、無理・・・)ハァー・・・
ずーっと幸せなんてあるのかしら?
kimiさんいつも幸せ?
人を好きになる?愛する?信じる?
何処までが本当に信じていいこと、信じすぎて裏切られたら・・どうする。。
自分が裏切るかも・・・
いかん。。考えすぎた思考回路が・・まわるマワル、ハッピーの心ブルーの
心永遠にまわる。】

ずーっと幸せ?
いつも幸せ?
そんなことがあるのだろうか。

人を好きになる。
愛する。
そこまでは何も問題はない。

信じる?
どこまで本当に信じていい?
信じすぎて裏切られたら?
自分が裏切るかも?

信じるとはどういうことだろうか。
ずーっと自分を愛してくれると信じる?
この人は自分を裏切らないと信じる?
二人の愛は永遠だと信じる?

でも、でも、そんなことが・・・?
どこかで疑う。
人は裏切るから。
傷つきたくないから。
ハッピーなままでいたいから・・・

人は裏切る。
人は他人の期待を裏切る。
人は他人ではないから。
他人の思う通りにはならない・・・

信じるとは何だろう?
期待すること?
願うこと?
それとも、思い込むこと?

人はどうして信じたがるのだろう?
裏切られたくないから?
もう傷つきたくないから?
自信がないから?

人はありのままの事実と共に生きることはできないのだろうか。
信じなければ生きていけないのだろうか。
相手は裏切るかもしれないし、裏切らないかもしれない。
そんな不安定な状態に耐えられないから信じようとするのだろうか。

裏切らないという保証があったら、この人と結婚する?
傷つけられないという保証があったら、この人と深く付き合う?
結局、保証がほしいのだろうか。
保証がないと、今一歩が踏み出せないのだろうか。

もちろん、保証はある。
君を一生大切にするから!
僕の君への愛は一生変わらない!!
言葉の保証はいくらでもある。
しかし・・・

事実は、それから何ヶ月も経たないうちに人の心は変わる。
口先の保証は何の役にも立たない。
安全を約束されていたのに、しっかり裏切られ、傷ついてしまう。
保証はあってなきがごときもの。

この世は不確定。
不確定だからこそ、人は何かを信じようとするのだろうか。
少しでも安定するために。
自分を安心させるために。

今、今を生きることはできないのだろうか。
なぜ先の保証を求めるのだろうか。
今、幸せならばそれでいいのではないだろうか。

ずーっと幸せでいたい?
いつも幸せでいたい?
それは思考が求める架空のものだろうか。
それは欲望だろうか。

目の前の事実と共にいる。
幸せも不幸せもない。
ただ、ありがとうと感謝して生きる。
それ以上に何を求めるのだろうか。

永遠の保証がほしいのだろうか。
いつも変わらぬ幸せの保証がほしいのだろうか。
いつも幸せならば、幸せと感じることはないだろう。
不幸せがあるから、幸せもある。
幸せとは、そういうもの。

淡々と事実と共に生きる。
いつも幸せとか、裏切られないとか、架空の幻想を抱かない。
今の事実を大切にする。
今を味わい、今を生きる。

意識を先に飛ばさない。
今、今、今・・・
意識が先へ飛ぶと、架空の世界に迷い込んでしまう。
自分の期待や願望の中に入り込んでしまう。

この世に変わらぬものはない。
永遠に続く恋愛もない。
ただ、意識が深まった時に、変わらぬ生きたものに出会うことができる
かもしれない。
それでさえ固定はしていない。
生きている。
愛は生きている。
永遠に変わらぬものはない。

外に変わらぬものを求めている限り、努力は徒労に終わる。
自分の外に変わらぬものはない。
自分の内でさえ刻々に変化している。
それらの変化を含めて、すべてを見守る。
大きく、大きく見守る。

その見守る意識でさえ、固定したものではない。
固定したものは死んだもの。
見守る意識でさえ生きている。
生きながら、すべてを見守っている。

固定した永久不滅のものを求めるのは、思考の思い込み。
自分の安全を願う思考の願望。
不安定な現実と共に生きていけない思考の弱さ。
しっかりと事実ベースで生きていくことだろうか。
もう一度自分自身を見つめ直して、生きていくことだろうか。

周りの現象も、人の心も変わる。
変わるものは、変わるままに。
動くものは、動くままに。
それを固定させようとするのは、自我の我が儘。
自分勝手。

静かに自分自身を見つめ、生きることだろうか。
安定を求める自分。
傷つくことを恐れる自分。
裏切られたくない自分。
それもまた自分。

そういう自分もありのままに認め、そういう自分と共に生きていく。
裏切る人も、裏切らない人も、すべてを見守って生きる。
信じようとする自分も、裏切られることを恐れる自分も、そのまま認め見守る。
すべてを見守り生きる。
幻を追い求めないで・・・
          

      
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感性
2010-12-13 Mon 01:53
                                   『口之永良部島の夕陽』
口之永良部島の夕陽ーevening-sun-9_10.
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『目の前に 見える夕陽は 何だろう 夕陽にあらず いのちの輝き』


『感性』       
 
夕陽を感じるものは何だろう。
夕陽に感動するものは何だろう。
夕陽を見ている主体は何だろう。
目ではない。

目を通して見ているものは何だろう。
皮膚を通して肌触りを感じているものは何だろう。
鼻を通して香りを嗅いでいるものは何だろう。
耳を通して音を聞いているものは何だろう。

美味しいものを食べて喜んでいるものは何だろう。
いろいろ判断したり、考えたりしているものは何だろう。
喜んだり悲しんだりしているものは何だろう。
今、この日記を読みながら感じている主体は何だろう。

五感を通して感じている主体。
感情を持ち喜怒哀楽を表現する主体。
思考を使い判断や解釈する主体。
それは何だろう。

肉体ではない。
感覚でもない。
感情でもなく、思考でもない。
それは何だろう。

自分の主体は何だろう。
何が感じ判断し解釈しているのだろうか。
自分?
自分って?

鳥の声を頭を通して聞くか、ただ聞くか。
頭を通せば、判断や解釈が伴う。
鳥の声を耳を通し、思考を経由せずにそのまま聞く。
そうすると何かが違う。

鳥の声をそのまま聞く。
耳を通していることさえ忘れて、ただ鳥の声を聞く。
そこにあるのは鳥の声だけ。
その時、鳥の声が今までとは違って聞こえるかもしれない。

感性。
感じる主体。
共振・共鳴。
自然の中で感性は研ぎ澄まされていく。

世俗の惰性的な感性を超える感性。
これまでの人間的な条件づけを超える感性。
これまでの自分を超える感性。
感性の純化。

肉体を通して感じているもの。
その感性を研ぎ澄ます。
空気を触(さわ)るような感性。
直に自然に触(ふ)れるような感性。

鳥の声が直に感じられる感性。
自然の声を聞ける感性。
自然の中で自然と共に生きる感性。
改めて自分の感性を感じてみるといいかもしれない。
            
               >>日記 無色透明 『659日目 - 感性』 より

      
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落日
2010-01-15 Fri 14:44
                                              『落日』
落日ー13-dec_07
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   『刻々に 変わる姿は 相対の 現象宇宙 変わらざるなし』


   『夕陽見る 心はいつも 涙ぐむ 宇宙のドラマ 目の前にして』


                          日記 『無色透明』 より


      
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あるK理解 - 2
2008-02-07 Thu 07:12
                                       『夕陽のジェット』
夕陽のジェットー26-m
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   K-Communication より

   あるK理解 - 2 
 
   『 To be a light to oneself is the light of all others. 』
   (自分自身を照らす光であることが他の全ての人々にとっての光である)

   これを注意深く読むと、そこには 『自分自身』 と 『光』 の二重性があることに気づき
   ます。
   自分自身とは反応であり 『私』 でしょう。
   そして 『光』 とはそれを見つめることではないでしょうか。
   『反応』 と 『見つめること=光』 が自分の中に同時に存在します。
   それは明らかに二重構造です。
   『反応』 とは、これまでの無意識のうちに蓄積してきた過去であり、まだ自覚されて
   いない内なる闇です。
   そして 『光』 とは、それを見つめることによってそれに光を当てることを意味します。
   自分の内なる闇に光が当てられる時、それは白日の下に晒され消えていきます。
   しかし、実際は 『見つめている状態』 そのものが光ですので、その状態にあれば問
   題そのものが存在しないとも言えます。
   静かに見つめていることが全てであり、それが瞑想ということではないでしょうか。

   人の中に 『反応 (自我)』 と、それを見つめる 『光』 の両面があります。
   『光』 も本来人の中に備わっています。
   そうでなければ見ることも気づくこともできません。
   そして本来備わっているが故に、何の努力も、何の方法がなくても、即座に実現する
   ことができるのではないでしょうか。
   それが、今・ここでの注意ということでしょう。

                    K-Communication №37(1993年 Vol.37) より
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統合の秋(とき) - 2
2007-11-23 Fri 10:10
                                              『夕陽』
夕陽ー15-dec
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   日記 『無色透明』 より

   統合の秋(とき) - 2

   自分は
   肉体であり
   感覚であり
   感情であり

   想像力であり
   思考力であり
   それらすべてであり
   それ以上のものである

   それらすべてを抱擁するものであり
   それらすべてを見守るものであり
   それらすべてを統合するものである
   それが自分の真実

   宇宙は多次元であり
   意識も多次元であり
   自分も多次元であり
   ひとつでもある

   ムーとアトランティスを融合させ
   宗教と科学を融合させ
   右脳と左脳を融合させ
   女性性と男性性を融合させる

   想像力と思考力を統合し
   直観と論理を統合し
   アナログとデジタルを統合し
   霊と物質を統合する

   そのすべてを
   自分の中で調和させ
   融合させ
   ひとつにする

   それが今の地球の課題
   そのために
   自分自身を見つめ直し
   自分自身を深く理解する

   肉体や感覚や感情に負けないで
   想像力や思考力に埋没しないで
   それらをマスターし
   それらと共に生きる

   主体性を確立し
   すべてを統合し
   すべてを自由に使いこなし
   真の自分自身を生きる

   肉体に宿る霊
   霊止(ひと)として
   肉の身にあって
   トータルに生きる

   ”統合の秋(とき)  - 1、2” 日記 『無色透明』 からの抜粋です。    
    全文は >>こちらから
               
 
          
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統合の秋(とき) - 1
2007-11-22 Thu 16:00
                                        『空を飛ぶもの』
空を飛ぶものー11-dec
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   日記 『無色透明』 より

   統合の秋(とき) - 1

   人は
   想像力と
   思考力を
   併せ持っている

   その両方を
   必要に応じ
   使い分けている
   しかし

   まだ
   不完全
   想像力や思考力に
   翻弄されている

   空想に浸り
   強迫観念に追われ
   想像力や思考力に
   振り回されている

   想像力も思考力も
   それぞれが
   エネルギー場
   人の持つキャパシティの一部

   しかし
   人は
   まだ
   それらをマスターしてはいない

   肉体に溺れ
   感覚に振り回され
   感情に翻弄され
   思考に自分を見失う

   体験し
   実感し
   理解し
   マスターする

   人類は
   まだまだ道の途中
   とても
   マスターしているとは言えない

   右脳も左脳も
   想像力も思考力も
   感覚も感情も
   すべてを体験し

   実感し
   深く理解し
   自由に使いこなす
   には至っていない

   まだまだ
   それらのものに使われている
   主体性を確立できていない
   時に主客が逆転する

   ムーの経験も
   アトランティスの経験も
   想像力も
   思考力も

   すべて統合し
   新たな地平へ進む
   それが
   今回の課題

   肉体も
   感覚も
   感情も
   思考も超え

   新たな意識に至る
   それが今回の挑戦
   すべてを統合し
   新しい次元を開く

   そのためには
   すべてを理解し
   マスターしなければならない
   これまで経験してきたすべてを

   そのために
   今回は生まれてきている
   今
   翻弄されている場合ではない

   今は
   自分自身を見つめ直し
   総括し
   理解する時

   深く理解する中で
   気づきという
   新たな意識を開く時
   ダイレクトにわかる感性を身につける時

   そのためには
   情熱的に体験し
   冷静に学び
   マスターする必要がある

                   ・・・明日に続きます

           
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Q&A - 2
2007-09-27 Thu 07:04
                                 『口之永良部島に沈む夕陽』
口之永良部島に沈む夕陽ー3007-june
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   K-Communication より 
   
   Q&A - 2 (昨日の続きです)

   次に、『ただ自我の反応と共にいるだけで、意識の変容が起きる』 ということですが。
   見るエネルギーが強いとき、あるいは、出てきた反応が弱いとき、そのようなときは、
   それこそ、一瞥するだけで、瞬間的にその反応は消えてしまいます。
   しかし、反応がとても強いとき(深くこだわっていたり、根深いとき)、それは少し見ら
   れたくらいではビクともしません。
   そんなとき、一人になって、その感情と一緒にいます。
   感情に触れ、自然に感情と溶け合います。
   そうすると、それがハートのあたりで、愛・感動に変わってしまうのです。
   泣き出してしまいたくなるぐらいの感動・・・
   なぜそうなるのかはわかりませんが、実際にそうなります。
   たぶん、感情が愛に触れられることによって愛に変わる、ような気がします。
   これはいくら説明しても、体験しないとわかっていただけないかもしれませんね。
   また、説明は、本人にとっては必要ではありません。
   事実があれば、それで十分なのです。
   この体験の後は、何が起きても怖くない、反応が出たらただ一緒にいればいい、
   そうすればそれは消えてしまう、愛に変わってしまう ― という感じで、とても楽に
   なりました。

   キーは、やはり見るエネルギーだと思います。
   これが強いと、気づいた一瞬のうちに反応は消えてしまいます。
   しかし、弱いと時間がかかります。
   何回も何回も見る必要があります。
   見るエネルギーを強める唯一の方法は、”見る” ことです。
   日々、自分自身を見つめている。
   一切、判断・解釈・言語化せずに・・・
   そして、Kの本を読む。
   見るエネルギーは見ることによってのみ育ちます。
   見ることが初めであり、見ることが終わりです。
   見るエネルギーが、全てをほどいていきます。
   全てを溶かしていきます。
   それが解放であり、自由です。
   それは、”私” にはコントロールすることができません。
   ”私” にできることは、ただ見ようと意図することだけです。
   そのとき、見るエネルギーが流れ始めるのです。
  
                  K-Communication №4(1989年 11月号) より
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受動的気づきの状態 - 2
2007-09-19 Wed 08:04
                                              『夕陽』
夕陽ー10-dec
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   K-Communication より
  
   受動的気づきの状態 - 2 (昨日の続きです) 
   ― A state of passive awareness ―

   また、別の言い方をすれば、前者は意志(自我)の方にフォーカスが行って
   おり、後者は気づいているエネルギーの方にフォーカスが行っているとも
   言えるかもしれません。
   実際は、見ているエネルギーの方が意志(自我)を全体的に包んでいるという
   感じがあります。
   それは、意識のどんな微妙な反応も感じてしまうような、透明で精妙な限界と
   いうもののない全体的エネルギーなのです。

   以上の経過の中で、最も重要なことは、意識的に見始める時に、けして、
   判断・解釈・言語化をしないということです。
   それをやっている限り、自我の外に出ることはできません。
   つまり、受動的気づきの状態は、けして起きないのです。
   ただ、黙って事実と共にある時に、言葉では言い表せない気づきが突然やっ
   てきます。
   パッと何かを感じるのです。
   即座にわかってしまうのです。
   それは自我では説明できない不思議なことです。
   キーになるのは、言語化せずに、ただ、事実と共にとどまれるかどうかという
   ことです。

   もう一つ、とても大切だと思うことは、毎日、K(Krishnamurti)の本を読むことです。
   Kの本を読むことは、自分自身を見つめることです。
   それは見る訓練であり、その中で、見る目(芽) が育つのです。
   見るエネルギーが増大するのです。
   日常生活の中で見ることは最も大切なことですが、ややもすると、私達は忙しさ
   に追われ、見ることを忘れがちになってしまいます。
   しかし、そういう場合でも、毎日Kを読み続けていれば、知らないうちに見るエネ
   ルギーは育ち続けます。
   それが、やがて受動的気づきの状態へとつながって行きます。

   以上は、あくまで個人的体験を通して見た、受動的気づきの状態についての
   一つの記述でしかありません。
   もしかしたら、間違っているかもしれません。
   いずれにせよ、人は、その真実を ”自らを通して” 発見するしかありません。
   ただ、受動的気づきの状態というのが、とてもわかりにくいという声をよく聞くので、
   何かの参考になればと思ってまとめてみました。
                                
                  K-Communication №3(1989年 10月号) より
                                  >>K-Communication
           
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メッセージ
2007-08-09 Thu 14:04
                                         『夕陽の屏風』
夕陽の屏風ー16-e-sun
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   T&F光のネットワーク  Light Letter より

   ぴあの編集前記:
   今日の文章は、個人セッションでのセッション内容をお伝えします。
   これからの時代の流れ、方向に関する情報などが出てきたセッションでの、
   その一部分を御紹介します。
   (Letterでは、およそ3ページにわたる情報でした。そのほんの一部です)
   この情報は、セッションを受けている人(30才主婦、光のセミナーに一回
   参加、個人セッションは初めて) を見守っている存在からのメッセージです。
   そのメッセージの、最後の部分です。
   自分を見守ってくれている存在に繋がるには、また、日常を生きる上での
   何かの参考になればと思い、掲載します。
   それから、昨日の文章はこのメッセージに対するkimiさんのメモでした。
   昨日の文章とリンクして読んでいただければ、より一層理解が深まるかと
   思います。 
   前置きが長くなりました。それでは、どうぞ。 

                                       

   メッセージ

   いつも聖なるものへの憧れ ― これを持ち続けるようにしてください。
   憧れはあなたを引き上げていきます。
   聖なるもの、美しいもの、神聖さの溢れるところへ常に目を向けるようにしましょう。
   思いの波を清らかにして生きるなら、必ずつながり、深く癒される時が来ます。
   いつも待っています。
   しかし、あなたの方から発してくれなければどうすることもできません。
   なぜなら、自由意志というものにゆだねてあるからです。
   自ら自分の意識を美しい方、聖なるものに向ければ、瞬時につながり、良き方
   へ導くことができるわけです。
   忘れないでください。
   いつも見守っています。

   いつもこうして、時々、というより毎日ですね、自分を空(から)にして、つながる
   時間を持ってください。
   今日は突然、チャンネルを開くことができました。
   つながったということがとても大切でした。
   メッセージを届ける機会を持てたことは、大変幸運でした。
   あなたにはこうした時間が必要です。
   これからまた日常の中に戻るわけですが、もちろん日々の生活も大切ですが、
   またそればかりに追われてしまわないで、自分を空(から)にして天地とつながる
   時間を持ってください。
   よりクリアーにこれからの時代を生きていってください。
   何でも自分一人で決めてしまわないで、身近な人に相談することも大切です。
   意外とすんなり協力してくれたりするものです。

   いまは本質にそぐわないものはどんどん消去されていく時代ですから、よく本質を
   見つめ、自分の霊性を高めていくことが、ひいてはあなたに関係の深い魂を救って
   いくことにもなるわけです。
   自分の本質を見極め、霊性を高めていくこと ― それはけっして独りよがりではなく、
   自分を高めることが周りを高めることになるのです。

   個を生かすことで全体を生かすということが真の意味で発揮されるならば、こんなに
   簡単に周りも幸福になる道はないわけです。
   自分を高めることが周りを高めていくということを忘れないでください。
                        
                             Light Letter №5 (2000年) より
                                
           
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戦争の源 - 1 -
2007-06-26 Tue 09:32
                                              『夕陽』
夕陽ー16-e-sun
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   K-Communication №19 より 『戦争の源』 を
   今日から三日間連載します。 どうぞ続けてお読みください。


   戦争の源 - 1 - 

   1月に湾岸戦争が勃発し、世界は騒然としています。
   (*注:この文章は1991年のものです)
   戦争が始まってからしばらくして、ある人から戦争について
   『K-Comm』 に書いてほしいと言われました。
   しかし何を書いたらいいのか、全く何も浮かんではきませんでした。
   『K-Comm』 を読んでおられる方からも、なんとなく不安や心配の
   気配が伝わってきます。
   ミーティングでも戦争のことが話題になります。
   しかし、それでも戦争について書くことは、何も浮かんではきません
   でした。
   ところが、あることから人間関係のトラブルが生じ、それが思っても
   みなかった怒りの爆発を呼び起こしました。
   そこから、やっと戦争について書くことが浮かんできました。

   自己を主張し、それを通そうとすることが戦争の原形ではないで
   しょうか。
   自分の気に入らないことが起きると、感情的になり、力で自分を
   押し通そうとします。
   それをお互いがやり出すと争いが生じます。
   それが戦争の源ではないでしょうか。

   自己を主張する 『自己』 とは、過去の条件づけです。
   生まれてから今日までの一人一人の経験であり知識です。
   そして、それらに基づく信念や先入観や意見です。
   一人一人の条件づけが違うので、お互いが自己を主張する時、
   必ず葛藤が生じます。
   お互いが自分の過去から発信し行動する限り、必ず争いが起きる
   構造があります。
   自分の意見、主義主張、信念や信仰、思い込みなどを持ち込む限り、
   家庭においても、職場においても、友人関係やサークルにおいても、
   民族や国家関係においても、争いは避けることができないでしょう。

   暴力とは、自分の過去を押し通そうとすることではないでしょうか。
   ある過去が、他の過去を力で押さえ込もうとすることが暴力ではない
   でしょうか。
   そこから必然的に力と力の争いが生じます。
   この争いを防ぐ唯一の道は、一人一人がこの構造を理解し、
   注意深く日々の自分の反応を見つめることではないでしょうか。
   自分の過去が出てきた時に、信念と信念が、思い込みと思い込みが、
   条件づけと条件づけがそれぞれ異なるためにぶつかる時に、
   その場で、そのことに気づけるでしょうか・・・
   自分の過去が反応していること、自分の過去が異質の過去に反発
   していること、それが不愉快であり不満であるので感情が高ぶって
   いること・・・
   その不快感を一掃するために怒りを爆発させたり、相手を非難したり
   否定したり・・・
   それは、あくまで自分の過去に固執し、自分の過去を守ろうとして
   いることに気づけるでしょうか・・・

                       ・・・明日に続きます

                  K-Communication №19(1991年 3月号) より
                                 >>K-Communication
           
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静けさ
2007-06-02 Sat 12:15
                                           『夕陽の色』
夕陽の色ー13-e-sun
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   静けさ

   静かに見つめていること
   そうすれば 自分自身が見えてくる
   周りの状況もはっきりしてくる
   静かに見つめていれば
   自然に為すべきこともわかってくる
   何もしなくても ただ静かに見つめていれば
   自(おのずか)ら叡智が湧いてくる
   努力することも 頑張ることも必要ない
   ただ静かに見つめていれば
   その静けさの中に 真理が宿っている
   方法は何もない
   方法を講じることは
   その静けさを妨げる行為でしかない
   ただ静かに見つめているしかない
   それ以外は全て方便
   ただ静かに見つめていること
   それが究極の方法であり 真実そのものである
   静けさの中に真理が宿る

   静かにKの本を読み
   静かに自分自身を見守る
   そうすれば 静けさが自分自身に浸透してくる
   やがて自分自身が静けさそのものとなる
   静かに物事を見つめ 静かに行動し
   心静かに生きること
   それが真実の生き方
   ただ静かに見つめる
   その深まりだけが真実である

                     (K=Krishnamurtiです)         
                  K-Communication №46(1994年 46号) より
                                 >>K-Communication

           
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天国と地獄
2007-05-05 Sat 08:10
                                   『口之永良部島の夕陽』
口之永良部島の夕陽ー14-e-sun
 

   天国と地獄

   天国と言い 地獄と言う
   本によれば 幽界・霊界に天国も地獄もあるという
   しかし それは誰にとっての天国であり 誰にとっての地獄であろうか
   もし『私』がなければ はたして天国や地獄があるだろうか
   それは『私』にとっての天国であり 『私』にとっての地獄ではないだろうか
   『私』 が天国と感じ 『私』が地獄と感じているのではないだろうか
   天国も地獄も まだ 『私』にこだわっている世界であり
   まだ『私』に縛られている世界ではないだろうか
   だから また生まれ変わる?
   まだ 輪廻転生の輪の中にいる?
   『私』がある限り その輪の中を永遠に周り続ける・・・

   天国と言い 地獄と言うも
   これらすべては地上の意識の延長であり
   『私』がすべてを造り出しているのではないだろうか
   だから『私』が消えるとき 同時に 天国も地獄も消える
   そのとき初めて 天国や地獄という幻想ではない
   真なるものが姿を現すのかもしれない
   目の前に 『私』の意識では全く理解できない何かが
   広がっているのかもしれない
                  
                 K-Communication №7(1990年2月号) より
                               >>K-Communication

        
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真の自由
2007-04-13 Fri 08:36
                                        『夕陽の上の雲』
夕陽の上の雲ー05-e-sun
    
   真の自由
  
   M さんへの手紙 - 2 -  (昨日の続きです) 

   あなたは、「クリシュナムルティを学ぶことによって、躁鬱病が良くなる
   ことを信じたい」 とおっしゃいました。
   「信じることは、より回復を早める」 ともおっしゃいました。
   はたして、そうでしょうか?
   確かに、クリシュナムルティを学べば良くなると信じ込めば、一時的
   には回復したかのように感じられることがあるかもしれません。
   しかし、それは本当に回復したのでしょうか?
   肯定的なことを信じれば肯定的な結果が、否定的なことを信じれば
   否定的な結果が出る ― ― それは事実かもしれません。
   しかし、それは信じたことの結果でしかないのもまた事実です。
   つまり、それは信じること・イメージすること・想うことによって造り
   出されたものに過ぎないのです。
   ですから、信じることをやめれば、イメージすることを中止すれば、
   あるいは、逆のことを信じれば、別のイメージを作れば、それらは
   終ってしまうのです。
   それは想うことが造り出した幻想ではないでしょうか。
   肯定的な想いも否定的な想いも、いずれも思考の次元にあり、
   コインの裏表に過ぎません。
   それはどちらにも変わり得る同一平面にあり、何時また病気になるかも
   しれないのです。

   そうではない、完全にそのような不安定な次元とは別の回復は
   ないでしょうか。
   信じたり、イメージしたり、何かを意志的にすることによらない全快です。
   それは躁鬱病のメカニズムを、あなたが深いところで理解された時に
   実現するのかもしれません。
   過去を悔やみ、未来を心配し、思い悩むことが不安や恐怖を造り出し、
   それが度重なることによって思考が自縄自縛に陥り、どんどん空回り
   していきます。
   それが慢性的になり、常態化すると医者は鬱病と名付けるのです。
   逆に楽観的な想いやイメージが異常に増幅されると躁状態と名付け
   られるのではないでしょうか。
   いずれも思考が造り出す両極端の状態です。
   それは思考が自分で造り出した幻想の中で、自ら溺れている状態に
   他なりません。
   信じることも、肯定的なイメージを持つことも、またその逆も必要ないで
   しょう。
   必要なことは、ただ静かに自分自身の状態を見つめ、理解することで
   はないでしょうか。
   躁鬱病を理解することが、躁鬱病からの自由ではないでしょうか。
   
                      
   「病む時は病むがよくござそうろう。死ぬ時は死ぬがよくござそうろう。
   これ病死より救わるる妙薬にてござそうろう」 という良寛和尚の言葉を
   読んで、躁鬱病から回復した人の話を、あなたからお聞きしました。
   それは、もしかすると、自分で何とかしようという思いがある限り、
   病気の世界から真に抜け出ることはできないということを示しているの
   かもしれません。
   なぜなら、病気を造り出したのは思考であり、それを治そうとしているのも、
   また同じ思考に他ならないからです。
   ただ思考が見られ、理解され、静まる時にのみ、病気からの自由が
   あるのではないでしょうか。
   これはあなたに限ったことではなく、多かれ少なかれ、健康な人にも
   言えることでしょう。
   思考が異常に空回りすれば、誰でも躁鬱病になる可能性があります。
   心理的な問題は、あなたも私も本質的には同じではないでしょうか。

   ただ静かに注意深く自分自身を見つめていることが、真の自由では
   ないでしょうか。                           

              K-Communication №14(1990年10月号) より
                            >>K-Communication
    
   ☆ぴあの編集後記
   この文章(Mさんへの手紙)をアップに選ぶにあたって、すべての人に
   ”躁鬱病” というところを、”日々の自分の過去から来る根強いイメージ
   や自己限定” に当てはめて読んでいただきたい と思いました。
   ここから読まれた方は、ぜひ昨日の文章から続けてお読みください。
         
   
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無限定
2007-04-12 Thu 10:53
                                        『尾之間の夕陽』
尾之間の夕陽ー01-e-sun
     
   無限定
  
   M さんへの手紙 - 1 -

   あなたは、いつも自己紹介の時 「私は躁鬱病で・・・」 と話されます。
   それは事実を包み隠さずありのままに話している勇気あることの
   ようにも聞こえますが・・・
   はたして、どうでしょうか?
   それは、もしかしたら自己限定になっていないでしょうか?
   あなたは、それは事実であるとおっしゃるかもしれません。
   が、本当にそうでしょうか?
   あなたが躁鬱病で通院しておられるのは事実です。
   しかし、今、この瞬間、あなたは躁鬱病でしょうか?
   あなたが 「私は躁鬱病で・・・」 とおっしゃる時、あなたは過去を今に
   持ち込んでいないでしょうか。
   それは一瞬前までは事実であったかもしれませんが、今は、もう
   過去になっています。
   「今も躁鬱病です」 と、あなたはおっしゃりたいかもしれませんが、
   でも、本当にそうでしょうか?
   それはあくまで過去の記憶ではありませんか。
   今、この一瞬は過去ではありません。
   過去とは全く違う瞬間です。
   あなたが過去に別れを告げ、今に生きる時、そこに何があるでしょうか?
   はたして躁鬱病があるでしょうか?
   全ての過去を取り除いてしまった ”今” には、いったい何が残って
   いるでしょうか?
   何もありません!
   ”今” ― ― それは空白です。
   この真の存在次元には何もないのです。

   あなたが「私は躁鬱病で・・・」とおっしゃる時、それは過去の記憶を
   持ち込んで、”今” を規定しているのではないでしょうか。
   過去が過去のままに置かれ、”今” に持ち込まれない時、 ”今” は
   純粋に空白です。
   その時、過去である 『私』 もありません。
   ”今” この一瞬に 『私』 はないのです。
   『私』 は過去であり、過去が ”今” に持ち越される時にだけ 
   『私』 が存在します。
   人が ”今” に生きる時、『私』 はなく、ただ存在だけがあります。

   しかし、それでも躁鬱状態というのは、事実として ”今” もある、と
   おっしゃるかもしれません。
   しかし、意識は一瞬一瞬変わります。
   その変化する意識を、なぜ過去の病名で規定してしまうのでしょうか。
   名付ければ、それは躁鬱病になってしまいますが、
   もし名付けなければただ一瞬一瞬の意識の変化があるだけです。
   名付けることは、過去によって ”今” を規定することです。
   それは限定であり、事実ではありません。
   過去と全く同じ意識の瞬間などあり得ないのです。
   それなのに、なぜ、あなたは過去と同じ病名を ”今” に付けるので
   しょうか。
   ”今” は ”今” のままに、名付けることなく、限定することなく、
   そのままに置かれる時、そこに無限定の空間が生れます。
   そこには、”躁鬱病” はありません。
   そこにはただ空間 ― ― 仏教的に言えば ”空” があるだけです。
   あなたが 「私は躁鬱病で・・・」 と言い続ける限り、あなたは躁鬱病で
   あリ続けることでしょう。
   そう言うこと自体が躁鬱病を強化し続けます。
   あなたがそう言う度に、躁鬱病であるという自己イメージは
   増殖し続けるのです。
   あなたが 「私は躁鬱病で・・・」 という自己限定を止める時、
   目の前に自由な空間が広がるでしょう。
   真に ”今” を生きるとは、自己限定の一切ない ”空” を生きると
   いうことではないでしょうか。
   それは過去に決別するということです。
   ”今” は一瞬であり、永遠です。
   ”今” は ”空” 以外のなにものでもありません。

                             ・・・明日に続きます  

              K-Communication №14(1990年10月号) より
                            >>K-Communication
    
   ☆ぴあの編集後記
   この文章(Mさんへの手紙)をアップに選ぶにあたって、すべての人に
   ”躁鬱病” というところを、”日々の自分の過去から来る根強いイメージ
   や自己限定” に当てはめて読んでいただきたい と思いました。
   この文章は明日に続きますので、ぜひ続けてお読みください。
         
   
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自我を超えた生 - 2 -
2007-03-25 Sun 07:56
                                   『口之永良部島の夕陽』
口之永良部島の夕陽ー03-e-sun
 
    
   自我を超えた生 - 2 -   (昨日の続きです)  
   
   自我の人生は重たい。
   たくさんのものを抱えている。
   そして、更に多くのものを所有しようとする。
   みんな自分のものにしたがる。

   自我を超えれば、すべてのものは流れているだけ。
   自分のものはない。
   ただ、ひととき使わせてもらっているだけ。
   物も体も心も・・・

   意識はある。
   しかし、自分はない。
   個性もあるし、人格もある。
   しかし、自分、自分、自分ではない。

   自分も全体の一部。
   全体と共に生きていく。
   何が何でも自分の思う通りに、ということはない。
   自然体がベース。

   成し遂げよう。
   達成しよう。
   成功しよう。
   それもいい。

   そういう人生を生きたければ、思いっきり生きればいい。
   しかし、時代は自我の時代を超えようとしている。
   自分中心では世界がたちいかなくなってきている。
   全体と共に生きるしかなくなってきている。

   自我の生を理解する。
   自分自身を通して理解する。
   そして、ゆっくりと超えていく。
   それがこれからの人類の課題となる。

   自分に対するフォーカスをゆるめ、ゆったりと生きる。
   流れと共に、ゆったりと生きる。
   全体と共に、ゆったりと生きる。
   すべてを見守りながら、ゆったりと生きる。

   『軽やかに すべてのものを 見守って 流れと共に ゆったり生きる』

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自我を超えた生 - 1 -
2007-03-24 Sat 11:55
                                     『山と海と夕陽と・・・』
山と海と夕陽と・・・ー12-e-sun

    
   自我を超えた生 - 1 -     
   
   自我の生とは、何事にもこだわる生き方。
   こうでなければならない。
   こうあるべきだ。
   自分で決めた枠の中の生。

   自我を超えれば、そのようなこだわりはない。
   すべてを包容し、ゆったりと生きる。
   すべてを見守り、すべてを包み込む。
   こうでなければならないということはない。

   自我で生きるとは、自分こそが宇宙の中心。
   自分を中心に世界は回っている。
   見ているのは、自分を通した世界。
   本当の意味では世界が見えていない。

   事実を見てはいない。
   自分の思い込みを通して世界を解釈しているだけ。
   自分流に世界を捉えているだけ。
   自分の思い込みワールドの中で生きているだけ。

   自我を超えれば、事実をそのまま見ている。
   個人的な願望というのがないので、世界がありのままに見える。
   欲に目が眩んで身を誤るということも起きない。
   自分だけにフォーカスし過ぎると、周りが見えなくなる。

   自我とは、経験、記憶、所有、達成、集中・・・
   自分のイメージを確立し、そのイメージに基づいて生きる生き方。
   全体から分離した個を体験する期間。
   それも数ある宇宙の人生の中の一つ。

   一喜一憂、喜怒哀楽。
   自分をベースに様々な感情を体験する。
   自分ベースで、すべてを生きようとする。
   それも悪くはない。

   ただ、それだけに浸りきっていると、苦しみが生じる。
   成功と失敗。
   勝ちと負け。
   常に表と裏がある。

   全体にフォーカスしないで、一方にだけフォーカスしようとする。
   成功と勝ちだけを欲しがる。
   しかし、成功の裏には失敗があり、勝つ者があれば敗れる者も必ずいる。
   その全体を理解することだろうか。

   自我の人生とは、まるでシーソーの片方から片方へ移るようなもの。
   常に低い方から高い方へ移ろうと努力する。
   しかし、高い方へ行けば、高い方は自然に低い方になってしまう。
   必ずそうなる。

                           ・・・明日に続きます  

                 >>日記 無色透明     全文は>>こちら

         
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永田いなか浜夕景
2007-03-05 Mon 13:01
永田いなか浜夕景ー08-dec
 

   自我からの自由 - 1 -    
   (今日から4日間連載でアップします。どうぞ続けてお読みください)
   
   あなたは魚であり、海である。
   あなたは活き活きと楽しく泳ぎ回る魚であり、
   それをやさしく包み込む海である。
   あなたは自分の色を出しきり、思いっきり生き抜く。
   あなたはすべてを優しく抱きしめ、限りない愛と共に見守る。
   あなたは海であり、魚である。

   魚は最初の頃は何も考えないで楽しく泳いでいた。
   苦しみなど知らなかった。
   ところが、いつの頃からか苦しみが始まった。
   それは自我に目覚めた頃だろうか。
   他人との比較によって悩むようになったのだろうか。
   自分の世界だけで生きていた幼児期には、悩みなどはなかった。
   思考力が目覚め、他人と自分を比較するようになって、
   苦悩の世界に沈んでしまった。

   苦悩の闇に沈む魚を救い出す術(すべ)はないのだろうか。
   それは苦悩の原因を明らかにする光だろうか。
   その光はどこにあるのだろうか。
   それは見守ることの中にあるのだろうか。

   魚の目は外を見るようにできている。
   外を見、餌を見つけ、生命を維持するようにできている。
   外を見、危険をキャッチし、身を守るようにできている。
   自分の内面を見るようにはできていない。
   自分自身を見守るには別の目がいる。
   それは背後から見守る第三の目。
   それによって初めて自分自身が見える。

   それまでは、自分を見ているようで見えてはいない。
   それは思考が思考を見ているだけ。
   同一次元で見ている限り、自我から自由になることはできない。
   
                               (・・・明日に続きます)
                                     
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夕陽の放射
2007-02-05 Mon 11:28
夕陽の放射ー07-nov
  

   波動 - 3 -  (昨日の続きです)

   ありとあらゆる現実は、同じような原理に基づいている。
   自分の波動がつくり出す現実。
   自分の現実は、自分がつくり出している。
   多くの人を見ていて、そのように感じる。

   それは運命論や宿命論に左右されないことを意味する。
   自分の波動しだい。
   自分の波動が変われば、現実も変わる。
   現実を変えたかったら、自分の波動を変えること。

   自分の波動に見合った現実が展開しているだけ。
   自分の現実をつくづく眺めながら、自分の波動に気づくといい。
   自分の現実をつくり出している源に。
   そして、現実を変えたかったら、波動を変えればいい。

   『それぞれの 波動が現実 つくり出す 波動変えれば 現実変わる』
                                   
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夕陽とススキ
2007-01-26 Fri 09:02
夕陽とススキー2
  

   愛の逆転 - 1 -  

   与えれば与えるほど、愛は湧き出す。
   奪えば奪うほど、愛は萎(しぼ)む。
   愛に生きるとは、愛し続けること。
   見返りを求めることなく、愛し続けること。

   愛されたい、愛してほしい。
   ほしい、ほしいという気持は、苦しい。
   満たされない思いは、地獄の業火に似ている。
   愛を求めての苦しみの人生となる。

   救われる道は・・・
   愛するしかない。
   それも見返りを求めずに。
   見返りを求めれば、苦しみから解放されることはない。

   反対給付を期待しない。
   ギブ・アンド・テイクの愛を求めない。
   愛は、愛するだけ。
   愛されたいと思うのは、愛ではない。

   愛されたいと思うのは、自我。
   自己本位。
   自分中心。
   自分さえよければいい世界。

   それも悪くはない。
   それも否定はしない。
   でも、それは苦しい生き方。
   そのことを理解することだろうか。

   どうして愛されたいのだろう?
   どうして愛を求めるのだろう?
   それは愛に飢えているからだろうか。
   愛に満たされていないからだろうか。
                            (明日に続きます)   
                                
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中間の夕陽
2006-12-17 Sun 15:22
中間の夕陽ー25-sep
  

   ひとつのいのち

   あなたの一挙手一投足が全宇宙に影響を与える。
   無関係ということはあり得ない。
   全てが連動している。
   足の指にトゲが刺さっても、虫歯になっても、頭痛がしても、
   同じように痛い。
   どこであれ、痛みに変わりはない。
   あなたが痛い。
   宇宙が痛い。
   部分や個人に関わりなく、ただ痛い。

   自分と関わりがないことは一つもない。
   全宇宙がつながっている。
   どこかが傷つけば、宇宙が痛む。
   誰かが苦しめば、宇宙が苦しむ。
   誰かが喜べば、宇宙が喜ぶ。
   すべてはつながっている。
   ひとつのいのちがあるだけ。

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