いのちの写真と光の言葉
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祈り
2011-08-11 Thu 23:47
                                          『美しい太陽』
美しい太陽ー19-aug_07_11.jpg
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『祈り』

祈りとは何だろう?
人はどんな時に祈るのだろうか。
自分ではどうにもならない時?
何かの助けがほしい時?
なんとかしてほしい時?

子供が病気の時?
悲惨な現実を目の当たりにした時?
死が避けられない時?
苦しみが増す時?
心理的に耐えられない時?

現状をなんとか変えたい時に、人は祈るのだろうか。
現状を認められない時に、人は祈るのだろうか。
現状を見るに耐えないので、人は祈るのだろうか。
現実逃避?

人は何に対して祈るのだろうか。
神に祈る?
どんな神に?
自分が信じる神に?
仏に祈る?
どんな仏に?
御利益のありそうな仏に?
天使に祈る?
守護霊に祈る?
御先祖様に祈る?
祈りがかなえば、感謝する?
お礼参りする?
かなわなかったら?
もう信じない?
神も仏もない?

必死の祈りが実現したという話は、たまに聞く。
自分の命と引き替えに子供の命をお守りくださいという母の必死の祈りは、
聞き届けられることもある。
しかし、いつも聞き届けられるとは限らない。
子供が自ら死を選べば、母親の願いは虚しく消えるしかない。
子供にとっては、それで十分。
母親も子供を亡くした体験を今生ではすると潜在意識で決めている場合もある。
悲惨な現実が、必ずしも悪いということではない。
必要があって、そのような現実を引き起こしている場合もある。

交通事故によって、これまでの生き方を見直す機会に恵まれる。
重病になって、生きていることのすばらしさに目覚める。
障害児が生まれることによって、何が大切なのかに気づく。
一般的に悪いと思われていることが、必ずしも悪いわけではない。
現象の利害得失だけでは推し量れないものがある。

「人生万事塞翁が馬」という諺もある。
何が吉となるかわからない。
表面の浅はかな気持で判断すると、大きな過ちを犯すこともあり得る。

ただ事実と共に留まる。
事実と一緒にいる。
事実を直視する。
事実から逃げない。
事実と居切る。

相手は苦しいだろう。
早く楽になってほしい。
楽にしてくださいと祈る。
それも悪くはない。
でも、もう少し深く相手と一緒にいることはできないだろうか。
どうしてこんなに苦しんでいるのか。
もっと深く感じることはできないだろうか。
相手と一緒に居切ることによって、相手の状態を更に深く感じることはできない
だろうか。

本当に相手と一緒に居切れたら、相手の状態が手に取るようにわかる。
それと同時に、こちらから相手へエネルギーが流れる。
何もしなくても、一緒にいるだけでエネルギーが流れる。
祈るまでもなく・・・

祈りには、願いがある。
その願いはどこから来るのだろう?
自分の願望?
愛?

愛自体には方向性はない。
相手と一緒にいれば、自然に相手に流れる。
何もしなくても相手と一緒にいることによって、愛の方向性が決まる。
愛のエネルギーは癒し。
無条件の癒し。
何の願望もない。
自我の入る余地はない。
ただ純粋な愛が流れるだけ。

本当に深く人と居切れるだろうか。
自分の思いの混じらない純粋な愛が流れるほど、相手と一緒に居切れる
だろうか。
目の前の現象に目を背(そむ)けないで、その現象と共に居切れるだろうか。
目の前の事実から逃げないで、事実と共に居切れるだろうか。
どんな悲惨な現実でも、どんな苦しい状況でも、それらと共に居切ることが
できるだろうか。

安易な祈りに逃げないで、事実と共に居切る。
それができるだろうか。
できれば、人生が変わるかもしれない。
思いの次元から自由になれるかもしれない。

思いを超え、ただ静かに一緒にいる。
深い深い静けさの中で、共にある。
その時、思いを超えた次元から別のエネルギーが届く。
その時、必要であれば必要な変化が起きる。
自我の判断を超えた変化が・・・

自我で判断し、祈る。
一歩間違うと、欲望の祈りとなる危険を孕(はら)んでいる。
もし祈るのならば、自分自身をよーく見つめながら祈るといい。
それが意識のどのレベルから来ている祈りか・・・
自我ではないという思い込みに注意しながら・・・

できるだけ相手を尊重する。
相手の存在を、そのまま尊重する。
自分の希望を押しつけない。
自分の祈りを押しつけない。
相手の生き方を尊重する。

ただ相手と一緒にいる。
ただ事態と一緒にいる。
その時、どれだけ深く一緒にいられるかが問われる。
どれだけ意識の深いレベルで一緒にいられるか。
意識のどの次元で生きているか。
日々の生き方が問われる。

思いを超えた次元で、ただ一緒にいる。
いかなる思いもなく、ただ一緒にいる。
共に苦しみ、共に泣く。
ただ涙がこぼれる。
苦しんではいない。
泣いてもいない。
ただ涙がこぼれるだけ。

色の世界の苦しみや悲しみと共にいる。
空の世界の、それらを超えた次元と共にいる。
共に苦しみ、共に悲しみ、それらを見守る。
苦しみや悲しみの心は伝わる。
それは涙となって頬を伝う。
それでも静かに見守る。
ただ見守る。
思いを超えて見守る。



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別窓 | 朝陽 | コメント:2
最大の不幸は最大のチャンス
2011-03-29 Tue 14:43
                                              『朝陽』
朝陽ーrising-sun-7_11
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日記『無色透明』 より、
2010年12月31日 ”2189日目 - 最大の不幸は最大のチャンス” 転載

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思います。      ぴあの



『最大の不幸は最大のチャンス』

今日の屋久島は、大荒れの天気となっている。
船も飛行機も欠航。
なんとバスまで運休。
もちろん山へ行く道路は、通行止め。

山の方は、大雪だろう。
里も、かなり雪が降っている。
但し、屋久島の雪は、ものすごい音がする。
つまり、雪ではなくて、アラレ。

まだ全面的に積もってはいない。
草の上などが、白くなっている程度。
非常に寒い。
間違いなく、この冬一番の寒さ。

年末年始の帰省客も観光客も、屋久島には来れない。
帰りたい人も、屋久島を出れない。
フェリーは、昨日から欠航している。
明日も欠航するらしい。

これでは、年賀状さえ屋久島には届かないかもしれない。
こちらもネットでオーダーした荷物が、年内には届かなくなってしまった。
しかし、幸いなことにリクエストのあった水晶類は、すべて29日には発送を
終えている。
静かに嵐が去るのを待つしかない。

台風で飛行機や船が欠航することは、よくある。
しかし、年末にこんなことは記憶にない。
秘書のぴあのさんも、一年の総決算のような頭痛に見舞われてダウン。
全国的に大荒れの年末年始が意味するものは・・・

これは、2011年を象徴しているのだろうか。
新しい年が、激動の年であることを暗示しているのだろうか。
これまで溜まりに溜まった人類の堆積物が、大掃除されることを示唆している
のだろうか。
地球の大浄化が近いことを教えてくれているのだろうか。

いずれにしても、このままでよいはずがない。
人類は、悔い改める必要がある。
これまでの生き方を見つめ、もう一度生き直す必要がある。
物質化から魂化へ転換する必要がある。

先日の子宮や卵巣について書いた日記に、子宮筋腫の方からコメントがあった。
一人でも気づく方があれば、日記を書いた甲斐があるというもの。
子宮や卵巣が筋腫や癌になっても、感謝する人はいない。
ほとんどの人は、天を恨み、自分の運命を呪う。

みんなから慰められ、惨めさを噛み締める。
健康で幸せそうな人を見ると、どうして自分だけがと憎らしくなる。
人類の不幸を一人で背負い込んだ気分になる。
人生が暗い雲に覆われる。

それが、今の大多数の人の普通の反応。
そして、医学界も腫瘍や癌を悪者扱いする。
邪魔者は早く取り除くという流れ。
みんな表層だけで生きている。

子宮や卵巣は、繊細さ故に体内の毒素を吸収する。
それによって、全身が毒素で死に至るのを防ぐ。
身を犠牲にして全体を救う。
まさに菩薩行。

その子宮や卵巣を邪魔者扱いして切り取ろうとする。
それでも子宮や卵巣は、黙って切られている。
ほとんど十字架に架かったキリストのようなもの。
みんなキリストは褒め称えるが、子宮や卵巣を褒め称える人はいない。

切ってしまえば、再生しない。
切らなければ、再生する可能性がある。
生き方を変えれば、子宮や卵巣は元気になる。
では、どのように変えればいいのだろうか。

まずは、子宮や卵巣がこれまで果たしてきた役割に感謝することだろうか。
それは、まさに愛の行為以外の何ものでもない。
自己犠牲の極み。
女性性の頂点。

宇宙は、男性性によって創造される。
しかし、それだけでは行き過ぎる。
今の世界のように、バランスが壊れる。
それを調和させるのが、女性性。

すべてを受け入れ、すべてを癒す。
すべてのバランスを整え、すべてを調和させる。
それによって、宇宙はダイナミックな創造活動を続けられる。
男性性だけでは、全体の調和は保てない。

子宮や卵巣は、体内でそのような役割を果たしている。
毒素を吸収し、全体を守っている。
その毒素は、誰が生み出したものか。
もちろん、食べものや空気や環境にも原因はある。

農薬、化学肥料、化学物質・・・
衣食住のすべてが汚染されている。
水も空気も、汚染されていないものはないくらい。
しかし・・・

それらは、外側の条件。
外側から入ってくるものが、すべてではない。
最も汚れているものは、実は内側にある。
それは、人の想念。

人を恨み、憎み、妬む。
怒り、悲しみ、苦しみ。
最も毒素をつくりだすものは、不安や心配や恐怖。
みんな自分の心がつくり出しているもの。

そういうネガティブなものが、暗いエネルギーとなって子宮や卵巣に蓄積される。
それが積み重なると、子宮や卵巣まで暗く重たくなる。
それが形となったものが、腫瘍であり癌と呼ばれるもの。
それは、物質的な毒素と想いの毒の結合体。

自分で毒素をつくっておきながら、子宮や卵巣を責める。
あたかも子宮や卵巣のせいで自分が苦しんでいるかのように。
本末転倒。
原因と結果が、逆。

何かのせいにして自分を守る。
子宮や卵巣のせいにして自己正当化する。
そういう自我を子宮や卵巣は、黙って守っている。
まさに無償の愛。

本当にその行為は、感動するほどすばらしい。
キリストの愛は、遠くにあるのではない。
自分の体内で生きている。
子宮や卵巣は、今も黙って体内の毒素を吸い取り続けている。

自分の身の安全が脅かされても、まだ毒素を吸い続けている。
それが愛の行為でなくて何だろうか。
愛は、体内にインプットされている。
それは、宇宙のシステム。

肉体は、宇宙の縮図。
子宮や卵巣は、愛を育むところ。
すべてを受け入れ、すべてを育てる。
愛の器官。

それは、女性性の真髄。
そういう愛のセンターが、肉体のなかにセットされている。
それが、愛に反するものを吸収している。
愛に反するものとは、自分勝手。

自己中心的な思いから、怒りや憎しみや恨みは生まれる。
過度の自己保存から、不安や心配や恐怖が生成される。
そういうものを子宮や卵巣が引き受けている。
子宮や卵巣で中和されている。

しかし、あまりにもそれが続くと、子宮や卵巣の限界を超える。
個々の小さな子宮や卵巣には、限界というものがある。
限界を超えれば、ネガティブなエネルギーはどんどん蓄積される。
それは、やがて腫瘍や癌という形になる。

別に子宮や卵巣が自分から病気になるわけではない。
あまりにも大量のネガティブなエネルギーに対応できないだけ。
限界を超えれば、後は蓄積されるしかない。
やがて機能不全となる。

そういう子宮や卵巣を、原因をつくり出した本人が恨んだり憎んだりする。
どこまで恨んだり憎んだりすれば気がすむのだろうか。
それは、想念のパターン。
自己中心的な自我の思い癖。

本当に心から子宮や卵巣に感謝するなら、自分の思い方を変えるしかない。
ネガティブな思いが、どれほど心身を痛めているか、よく自覚することだろうか。
まだ十分自覚されないから、性懲りもなく同じことを繰り返している。
未熟な人類と言わざるを得ない。

しかし、いつまでも未熟なままでいいはずがない。
赤ちゃんでさえ、時間が経てば大人になる。
人類も、そろそろ大人になる時。
自分のあり方を理解し、自我を乗り越える時。

まず子宮や卵巣に感謝し、自分の思いを見つめ直し、生活を切り替える。
自然に即した生き方をする。
時間に追われ、金銭に追いかけられる生き方を見直す。
表層の世間体で生きるのではなく、もっと本質的に生きる。

食べるものも、住むところも、着るものも、一から見直す。
自分の思考パターン、感情の反応パターン、そういうものに注意する。
生活全般を問い直す。
生活すべてを見つめ直す。

そこまでやらないと、本質的に変わることはできない。
そこまでしないと、子宮や卵巣に恩返しはできない。
深く深く理解しないと、真実には生きられない。
自分の身を挺して理解しないと、頭でっかちで終わってしまう。

時代は、これからますます激動する。
しかし、それもこれも人類が真実に目覚めるため。
物質ナイズされた精神を、魂に目覚めさせるため。
激変を通して、宇宙の真実に気づかせるため。

人類は、まだまだ未熟。
未熟にもかかわらず、傲慢。
だから、自分で自分の首を絞めている。
それをこれから理解する必要がある。

深く深く自分自身を通して理解する必要がある。
病気とは、それを理解する機会。
まさに今チャンスに恵まれているということ。
不幸と思えることは、実は最大のチャンス。

『最大の 不幸が実は 最大の チャンスであれば 人よ目覚めよ!』

これが日記を書き始めて2189日目の心境。

     

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今ここの意識
2010-07-17 Sat 06:48
                                              『朝陽』
朝陽ー04-r-sun_10
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『今ここの意識』     
  
みんなと同じような反応をしなくてもいいのかもしれない。
ほとんどの人が怒るような場面でも、怒らなくていいし、
ほとんどの人が泣くような場面でも、泣かなくていい。
みんなと同じように喜怒哀楽を表現しなくてもいいのかもしれない。
そろそろ、これまでの日本人のパターンから離れてもいいのかもしれない。

怒ってもいいし、怒らなくてもいい。
泣いてもいいし、泣かなくてもいい。
笑ってもいいし、笑わなくてもいい。
みんなと同じ反応をする必要はない。
これまでと同じパターンを繰り返す必要はない。
そろそろ、古い共同無意識から離脱してもいいのかもしれない。

ドラマや映画のパターンというものがある。
反応を予測してのパターン設定。
その古いパターンに囚われることはない。
もっと新鮮な生き方があるのかもしれない。

無色透明のクリアーな意識で物事を眺める。
良いも悪いもない。
自分を勘定に入れないで物事を見れたら、純粋に見ることができる。
自分との関わりで物事を見てしまうと、物事が歪んで見えてしまう。
自分の利害得失を離れて見ることができれば、ありのままを見ることができる。

感動したら、感動していればいい。
泣きたかったら、泣けばいい。
笑いたかったら、笑えばいい。
ありのままでいい。
ただ、終わったら、忘れる。
その場で完結させる。
いつまでも引きずらない。
その場、その場で完結させて、忘れる。
執着しない。

執着とは、過去を維持したい、再現したいということ。
自分にとって都合のよいことをキープしたいだけ。
それが執着。
しかし、それはしょせん無理なこと。
執着すれば、苦しみが生じるだけ。
すべて手放して今を生きるしかない。

目の前の現実は動いている。
変化のない現象はない。
自分の心も動いている。
外も内も変化しないものはない。
ならば、何を拠り所にして生きるか。
何も拠り所はない。
拠り所と思えるものも、次の瞬間変化している。
一定不変のものはない。
ならば、いかに生きるか。

すべてが変化している。
外側のことも心の内側も。
それでは虚しいと言う人がいる。
虚しいだろうか。
本当に虚しいだろうか。
それとも、それは単なる反応だろうか。
拠り所を求めている心が、拠り所を得ることができなくて虚しいのだろうか。
虚しいというのは、拠り所を求めるが故に起きる反応だろうか。
拠り所を求めていない心に、虚しさはあるだろうか。

すべてが変化していても、別に虚しくなる必要はない。
それは古いパターン。
共同無意識から来る共通の反応パターン。
ただ事実と共にいる。
別に虚しくはない。
ただの事実。

外側の変化は許せる。
でも、内側の変化は許せない?
それでは自分が不確かになってしまう?
自分とは?
何?

自分とは?
けっして一定していない。
子供の頃と今とでは体も心も異なる。
同じではない。
一時間前の自分と今の自分でさえ同じではない。
では、自分とは?
一定していなくて自分と言えるのだろうか?
自分とは名前?
容貌?
でも、外見も変わる。
洋服が違うと雰囲気まで変わってしまう。
カツラを被れば別人のように見える。
結婚すれば名前も変わる。
では、心が決め手?
しかし、心もコロコロ変わる。
では、自分とは?

一定していない。
固定していない。
それでも自分と言えるのだろうか?
ただ記憶だけ?
自分がいるのは記憶の中だけ?
それが正解かもしれない。
どこにも自分はいない。

アルバムの中にいる?
確かにいる。
でも、今の自分とは違う。
それでも自分?
過去の自分?
では、今の自分は?
ここにいる?
どこに?

今ここの意識、それしかない。
究極は、今ここの意識しかないのだ。
過去も未来もない。
ただ、今ここの意識があるだけ。
常にそう。
過去も未来も、今ここの意識があるだけ。
どこまで行っても、どこまで遡っても、あるのは今ここの意識だけ。
この意識、この意識だけ。

その、今ここの意識をベースに生きるしかない。
今ここの意識には「私」はない。
「私」はイメージ、コンセプト。
あると思っている概念。
幻想。
実際は、今ここの意識があるだけ。
常にそれしかない。
「私」は、過去の記憶からつくりだしたイメージ。
自分がつくった自分のイメージ。
単なる自画像。

「私」の実体は?
どこにもない。
瞬間・瞬間変化してやまないものの実体などあるはずがない。
それは「私」に限らない。
すべての実体が、ない。
まさに空。
色即是空。

目の前に見えるすべてのものの実相は、空。
あるようで、ない。
瞬間・瞬間変化してやまないものは、あるとは言えない。
あるように見えるだけ。
色即是空。

そして、ないものがあるように見える姿が、空即是色。
あるようで、ない。
ないようで、ある。


ただ、今ここの意識で生きるしかない。
それだけが確かなものだ。
すべてが持続するという先入観で生きると、どんでん返しを食らう。
それは思い込みであり、幻想。
ただ、今ここの意識があるだけ。
そのつもりで生きると、また人生が違ってくる。
何の執着もなくなる。

過去も未来も、すべて幻想。
過去世も未来世も、すべて幻想。
今ここの意識で思い描いているだけ。
あるのは常に今ここの意識だけ。
この意識だけが未来永劫続くもの。
始まりもなく終わりもないもの。
空であり、色であり、すべてであるもの。
今ここの意識だけが真実。
それだけがリアリティ。

すべてのものを自分に関係づけずに見る。
自分の利害得失から離れて見る。
純粋に物事を見る。
今ここの意識で見る。

あるのは、今ここの意識だけ。
               
                >>日記 無色透明 『295日目 - 今ここの意識』 より

      
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地球へ - 4
2008-04-06 Sun 02:14
                                          『美しい太陽』
美しい太陽ー19-aug_07
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   T&F 光のセッションレポート№1より

   光のセッションレポートを連載しています。
   文中、F=kimiさんです。


   地球へ - 4  メモ

   このセッションは、現在の常識ではほとんどSFの世界でしょう。
   ですから、最初は本人も半信半疑だったようです。
   しかし、しばらく話しているうちに、
   「これはもしかしたらすごい体験なのかもしれない」 という感じに変わっていきまし
   た。
   時代のエネルギーによって、意識はどんどん拡大し始めています。
   これまでの地球的な古い殻から離れ、宇宙的な意識へと広がり始めています。
   今はSFとしか感じられない方も多いでしょうが、やがてこれが常識となる日が来る
   でしょう。
   (既にこれ以上のSF的な個人セッションも出ていますが、現時点では漫画ですの
   で、時節(とき)が来たら公表したいと思っています)
   これから、宇宙的な意識との交流が活発になり、意識がどんどん多元的になって
   いくでしょう。
   そして、やがてここで述べられているように、食物を摂らないでも、エネルギーだけ
   で生きていけるようになっていくことでしょう。
   それはもうそんなに遠い将来ではないという感じがしています。

   ― 編集後記 ―

   昨年(94年)は過去世がたくさん出ましたが、今年(95年)は過去世だけでなく、
   宇宙的なものがよく出るようになってきました。
   時代のエネルギーによって、三次元的、物質的な呪縛から解放され、意識が飛翔
   する時を迎えているようです。
   これから、もっともっと常識を超えた非日常的な体験をする方が増えていくことでし
   ょう。
   それによって、これまでの古い意識の枠が外れ、もっと自由に、もっとおおらかに
   生きていくことができるようになっていくでしょう。

   ぴあの編集後記
   これって、もう十年以上も前のセッションレポートなのですよね。
   当時これを読んだ時、まだまだ私にはSFの世界のように感じられました。
   でも、今ではしっくりと心に響きます。
   打ち込んでいて、なぜだか胸がじーんと熱くなりました。 


                      T&F 光のセッションレポート№1(1995年) より
                       >>T&F光のネットワーク

           
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地球へ - 3
2008-04-04 Fri 01:24
                                        『夜明けの太陽』
夜明けの太陽ー17-aug_07
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   T&F 光のセッションレポート№1より

   光のセッションレポートを連載しています。
   文中、F=kimiさんです。


   地球へ - 3

   F では、どうしてあなたが地球に生まれてきているのか、その人に聞いてみてくだ
     さい。
   S 地球に行った人が心配だったの。
     それで、半分自分をこっちに置いて、半分を地球に。
     魂を分離みたいな形にして、元々の魂の仲間が心配で来たのかな。
   F あなたは魂の仲間に出会っているかどうか聞いてみてください。
   S 出会ってない・・・
     たくさん地球に来ているけれども、気になる人がいるのね・・・
     その人とは会ってない。
     なぜかというと、地球に降りて来た時、地球を選択した時に彼等は魂が思い出
     せないくらい退化してしまったから。
   F これから巡り会えるかどうか聞いてみてください。
   S その人も今は男の格好をしているんだけれども、非常にあくが強い生き方をし
     ているんですね。
     魂が強いというか、強烈なバイブレーションを持ってエネルギーが強い。
     何かをやる人なのね。まるで教祖的存在みたいな・・・
     そういう何かを持ってる人。
     私は会ってないし、会えないような気がする。
     心配して来たけれども、会えない。
     その人のレベルは地球の中ではすごい上のレベルで、これから出て来るかな
     ・・・ここ何年かはまだ出てこない。
     その人もリーダーシップを持ってる。
     今この話をして気づいたのは、その人はやれることがわかったから私は会わな
     くてもいい・・・
     でも、彼は本当は地球に生まれなければよかった。
     第二の星のバイブレーションのままでいればよかったけれども、地球の悪いバ
     イブレーションを自分に取り込んで強くしている。
     一歩間違うと非常に危険なエネルギーを出すかもしれない。
   F あなたはこれからどういうふうに人生を生きていったらいいのか聞いてみてくだ
     さい。
   S 「たいしたことしない」 って・・・
     急速に第二の星で年を取ってる。30年くらい進んだ感じ・・・
     別の星に行くみたいですね。
     第二の星を去るんじゃないかな。別の世界に入るかな。
     ・・・私は・・・混乱の中で生きてる。
     彼と反対の立場のところにいる。
     それで、その時に私の分身が別の星のレベルに入っているんで、そこからエネ
     ルギ-を送ってくれるかな・・・
     すごいエネルギーをもらって食べなくてもいい状態に入るみたい・・・
     食べなくてもエネルギーがある状態になって・・・
     でも、そんなに長生きはしないわね。
     日本ではないような気がするけど・・・屋根まで水がきてる・・・
     ヨーロッパ風、教会の屋根かな、そこに水がきてる。
   F それは海水ですか。
   S よくわからない。
     かなり大きな教会の屋根まで水がきてる・・・
     私が一番知りたい近い将来が出てこない。
     分身が急速に年を取って、移動を始めてしまったから。
     第二の星の時は近いという気がしたけど、今は相当の距離がある。
     何億光年くらいの距離がある。
     エネルギーしか感じられない。
     第二の星の分身の肉体は消滅して、バイブレーションが残っているだけ。
     本人は全然別のレベルに入って、肉体は持ってない。
     全く光だけ。エネルギー体。
     私とは相当遠い距離でわかりにくい。   (後略)

                                ・・・”地球へ - 4” へ続きます

                      T&F 光のセッションレポート№1(1995年) より
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地球へ - 2
2008-03-30 Sun 13:58
                                       『翼に乗った太陽』
翼に乗った太陽ー15-sep_07
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   T&F 光のセッションレポート№1より

   光のセッションレポートを連載しています。
   文中、F=kimiさんです。


   地球へ - 2

   S ちょっと違う・・・地球の前・・・もう一つ同じ星があるような気がする。
     地球と似ているけれども、地球じゃない。
     すごいスピードで落下して、ちょっと摩擦があるかな。
     頭がちょっと痛い。
     地球じゃないと思うけど、地球によく似てる。
     地球よりずっと酸素が薄い。それに慣れるまで眩暈を起こしそうな気がする。
     前に自分達がいたところとは全然違う。
     前はすごく科学的だったんだけど、もっと自然的というか、地球によく似てる。
     湖が見える。林が周りにあって、先住民がいるんじゃないかな。
     でも、争いのバイブレーションを感じる。
     自分の星では本当に平和のエネルギーだけが漂っているという感じだった。
     口で言えないほど平和なバイブレーションだった。
     でも、ここはきれいだけれども、争いのバイブレーションがある。
     たぶんここに移住するのかな・・・
     そうすると、ここの星のレベルに下がってくる。
     自分達はすごく高度な人間で、本当にいいバイブレーション。
     信じられないようなバイブレーションの世界に生きていたのが、そこに住みつく
     と自分達も同じレベルに退化していく感じ。
     この星に住むんだけども、争いのバイブレーションが気になって嫌な部分。
     自分達の星はすごく平和と愛に満たされていたから、今もまだ降りたくない。
   F 降りたくない?
   S 降りてったら、どんどん退化していく状態になる。
   F そこでも生きていけそうですか。
   S ここしか見つけられない。  
     宇宙船で随分長い間、すごい距離を飛んで・・・
     宇宙船が飛ぶというか、瞬間移動なんだけど、時間がないんだけど・・・
     例えば、宇宙船が宇宙に停まってても、スピードを感じて、距離を感じて、時間
     を感じるの・・・
     すごい年数・・・何百年、億かもしれないけど、すごい長い間、飛んで見つけた
     ところ・・・ 

     (中略)

   S 牧場みたいなところ。男の子がいる。田舎町。
     手に何か持ってる。坂道を下りてくる。
   F その子は日本人ですか、白人ですか。
   S ヨーロッパ調の田舎という感じ・・・
     その男の子は大きくなると、この町の郵便局で働くのかな・・・
     郵便局で働いて市長になったのかな・・・
     小さい子が、まず郵便局で働いて、市長になって、駅長になって・・・みんなやっ
     てる・・・
     きれいな景色と合わないパラソルを持った女性がいる。
     すごく小さな小さな町。
   F その人の一生はどんな一生でしたか。
   S 生真面目で、ぜんぶ順調にきてるけれども、独身。
   F 彼はその人生で何を学んだか聞いてみてください。
   S 人を愛さなきゃいけない。
     人を大切にしなきゃいけない。
     自分達の町は自分で守っていきたい。
     平和のままにしておきたい。
     だから、どんな小さなことでも相談に乗ってあげて、それで一生終わってしまっ
     たかな。
     人のために尽くして、とても幸せな一生。
     自然が好きで、人が好きで、平和が好きで、湖でたまに釣りもしていたみたい。
   F その人と先程の宇宙船の人とは何か関係があるかどうか聞いてみてください。
   S 「遠い記憶」 と言ってる。
     「肉体を持ってしまった」 と言ってる。
     小さな町でひっそりと仲間と平和なままで肉体を持ってそこで生活していた。
     そこにパラソルの彼女が・・・自分達とは魂の違う人。
     非常に魅力的だったんだけれども、そういう人間の恋愛感情的なレベルまでは
     下がらなかった。
     全体の愛の方を選んで、自分達の仲間と幸せに暮らしていた。
   F 彼と今のあなたとはどういう関係なのか聞いてみてください。
   S 私・・・なのね。
     彼は肉体を持って男だったけれども、ずっと中性だったと言ってる。
     それで、私も今はこういう女性の形をしているけれども、まだ中性のままで・・・
     宇宙船に乗ってた時の部下達は、この町で肉体を持って子供を持った人達も
     一部はいるけれども、自分の側近にいた人達は形は男になったり女になったり
     しているけれども、独身で、魂は中性のままでいる。
     でも、その人達がまた地球に転生している。
     地球に降りてきた人もいるし、いまだにその星で生まれ変わっている人もいる。
     その星は地球に似ているけれども、成長を止めようと思えば止められる。
     百年生きても、50才のままでずっといることもできる。
   F Sさんは地球に生まれ変わった人なんですか。
   S 私は二ついるの。
     分離というか・・・今もその星で男の形を取ったままで・・・・  
     本当は何百年も生きているのかもしれないけれども、50~60才の姿で。
   F では、どうしてあなたが地球に生まれてきているのか、その人に聞いてみてくだ
     さい。

                                ・・・”地球へ - 3” へ続きます

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明けましておめでとうございます
2008-01-01 Tue 03:33
                                           『初日の出』
朝陽ー08
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   静けさの 極みに立てば 何もなし すべてが満ちる 空があるのみ


   明けましておめでとうございます。
   昨年は、いのちの島=屋久島への訪問、温かな応援、ありがとうございました。
   2008年が皆様にとって、良い年になりますように。
   皆様お一人お一人のいのちの輝きが益々大きく光り輝く年になりますように。
   今年もこのブログの写真とメッセージが皆様の内なる感受性に響き共鳴し
   何かのお役にたてましたら、心からうれしく思います。
                                      ぴあの


          
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セッションレポート №3 - 11 サードアイチャクラ
2007-10-28 Sun 10:39
                                        『夜明けの太陽』
夜明けの太陽ー4-rising-sun-7.jpg
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   光のセッションレポートより

   光のセッションレポート№3からの内容を連載してお届けしています。
   今日は、十一日目です。
   六日目からは、ベースチャクラからクラウンチャクラまでの機能、働きに
   ついてを掲載しています。今日は第六チャクラです。
   文中の、O は、Oさん F は、古沢仁宏=kimiさん です。

  
   セッションレポート №3 - 11 サードアイチャクラ  
   
   O サードアイチャクラは、ある意味でクラウンチャクラとよく似た働きをしているとも
     言えますが、特にクラウンチャクラが宇宙からのいろんなメッセージやエネルギ
     ーを受けても、肉体をまとっている魂はうまく感じることができないので、この
     チャクラで肉体が感じ取ることができるように視覚化したりすることもしています。
     でも、今の肉体を持っている多くの人達は食べ物や薬、カフェイン、砂糖類、
     いろんなものを口にしたために、肉体で排泄し得なかったその食品や食べ物の
     持つ悪い部分のエネルギー体だけを松果体の周りに多く溜め込んでいます。
     そのため、サードアイチャクラをうまく使って視覚化できる人はとても少ないよう
     です。
     この松果体や脳下垂体、頭の部分に溜め込まれた悪いエネルギーは、青い光
     を使って細かく打ち砕くことができます。
     この打ち砕いたエネルギーを物質という形を使って、頭の部分から各リンパ系
     を通して、肉体の部分を通し排尿させることで、少しずつ肉体から出していくこと
     ができます。
     この青い光のエネルギーを使って悪いエネルギーを壊し、リンパ系を通して
     排尿させるということを各肉体に施した場合には、その肉体に良質な水を24時
     間、たくさん取らせる必要があります。
     水を取ることによって、物質化された悪いエネルギーの塊を早く、少しでも多く出
     すことができるでしょう。
     でも、生まれて長くこの肉体を使っているので、一度や二度ではすべてを取り去
     ることはできません。
     また、その肉体がそのようなものを口にするのをやめなければ、同じように松果
     体の周りにその悪いエネルギーだけをたくさん溜め込むでしょう。
   F わかりました。
     では、第七チャクラ、クラウンチャクラについてお願いします。

                                ・・・明日に続きます
                       
                      光のセッションレポート №3 より (1998年)
                                
           
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朝陽
2007-01-11 Thu 13:32
朝陽ー10-r
  

   後退はない。
   前進あるのみ。
   それが人生だ。
   前を向いて生きるしかない。
   後退はあり得ない。
   無限の未来に向かって進むのみ。
   実際は、前も後ろもない。
   ただ、今を生きるのみ。
   生きる姿勢なのだ。
   真剣に生きることだ。
   前とか後ろというのは喩え。
   生きる姿勢だ。
   エネルギーのほとばしりだ。
   萎縮していないということ。
   静かに活性化しているということ。
   絶対的なポジティブ。
   消えることのない炎。
   煌めき続ける光。
   
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朝陽 - 3 種子島の上の朝陽
2006-08-26 Sat 12:09
朝陽ー03-r
  

   記憶からの自由 - 3   (昨日の続きです)

   自分とは何か。
   『私』とは何か。
   何によってできているのか。

   それらが真に理解される時、自分からの自由がある。
   過去からの自由。
   記憶からの自由。
   反応からの自由がある。

   それらが理解されるまでは、過去に縛られ、記憶に翻弄され、
   反応のままに生きる人生となる。
   記憶は記憶。
   それが絶対ではない。
   単なる記憶。
   記憶と離れた意識というものもある。
   記憶のない意識。
   記憶以前の意識。
   記憶と自己同一化していない意識。
   思い込みのない意識。

   そういう意識がベースにあって、記憶を活用する。
   自己保存の本能と共に、それに支配されることなく生きる。
   自分というものの成り立ちを理解し、自分に振り回されないで生きる。
   感覚や感情や思考の性質を理解し、それらと共に生きる。
   記憶のメカニズムを理解し、記憶に翻弄されないように生きる。

   記憶からの解放。
   記憶からの分離。
   記憶の理解。
   記憶に左右される人生からの離脱。

   記憶依存。
   記憶ベースの生き方を問い直す必要がある。
   『私』とは、記憶なのだから。
   自分とは、記憶なのだから。

   記憶から離れた時に、何があるだろうか。
   それは自分で見出すしかない。
            
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朝陽
2006-08-24 Thu 15:38
朝陽ー01-r
  

   記憶からの自由 - 1

   今夜は新月。
   新しいスタート。
   あなたは何をスタートさせるのだろうか。

   車の運転をする。
   周りの景色を一々覚えてはいない。
   特に通い慣れた道なら、何か目新しいものがない限り、
   ほとんど記憶には残らない。

   ところが、虹が出ている。
   車を止めて写真を撮る。
   それは明らかに記憶される。
   日常的なものは記憶に残らないが、インパクトの強いものは
   記憶に残る。

   人はすべてを記憶している訳ではない。
   選択して記憶している。
   その選択された記憶から、自分というイメージが形成される。
   自分というイメージは、無選択に決まったものではない。
   無意識あるいは意識的に選択されたものだ。

   選択したつもりはない?
   しかし、見たすべてが記憶されている訳ではない。
   同じ景色を見ても、同じ状況に出会っても、みんなが同じものを
   記憶するとは限らない。
   明らかに記憶内容は異なる。
   なぜなら、自分の見方と共に記憶されるから。
   記憶される対象も違えば、記憶の内容も異なる。
   それぞれが自分で選択している。

   自分で選択した記憶の中から、自分というイメージを創り上げる。
   それは事実からではなく、主観的記憶から創り上げられる。
   主観的な記憶から、更に主観的に選択されたもので自分という
   イメージができあがる。

   人生のいろいろな出来事の中から、自分のチョイスで記憶する。
   それらの中から、自分というイメージを創り上げる。
   自分とは、自分で創り上げたもの。
   ということは・・・
   いかようにも創り変えることができるということでもある。

                                   (明日に続きます)
                      
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夏の朝
2006-07-11 Tue 12:40
朝陽ー09-r
  

   祈り - 1

   必死の祈りが実現したという話は、たまに聞く。
   自分の命と引き替えに子供の命をお守りくださいという母の必死の祈りは、
   聞き届けられることもある。
   しかし、いつも聞き届けられるとは限らない。
   子供が自ら死を選べば、母親の願いは虚しく消えるしかない。
   子供にとっては、それで十分。
   母親も子供を亡くした体験を今生ではすると潜在意識で決めている場合もある。
   悲惨な現実が、必ずしも悪いということではない。
   必要があって、そのような現実を引き起こしている場合もある。

   交通事故によって、これまでの生き方を見直す機会に恵まれる。
   重病になって、生きていることのすばらしさに目覚める。
   障害児が生まれることによって、何が大切なのかに気づく。
   一般的に悪いと思われていることが、必ずしも悪いわけではない。
   現象の利害得失だけでは推し量れないものがある。

   「人生万事塞翁が馬」という諺もある。
   何が吉となるかわからない。
   表面の浅はかな気持で判断すると、大きな過ちを犯すこともあり得る。

   ただ事実と共に留まる。
   事実と一緒にいる。
   事実を直視する。
   事実から逃げない。
   事実と居切る。

   相手は苦しいだろう。
   早く楽になってほしい。
   楽にしてくださいと祈る。
   それも悪くはない。
   でも、もう少し深く相手と一緒にいることはできないだろうか。
   どうしてこんなに苦しんでいるのか。
   もっと深く感じることはできないだろうか。
   相手と一緒に居切ることによって、相手の状態を更に深く感じることは
   できないだろうか。

   本当に相手と一緒に居切れたら、相手の状態が手に取るようにわかる。
   それと同時に、こちらから相手へエネルギーが流れる。
   何もしなくても、一緒にいるだけでエネルギーが流れる。
   祈るまでもなく・・・        
                             (明日に続きます)

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朝陽
2006-06-09 Fri 12:28
朝陽ー04-r


   ポジティブ - 1 (相対的ポジティブ)

   ポジティブという言葉にも二種類の意味がある。
   一つは相対的なポジティブ。
   もう一つは絶対的なポジティブ。
   人は常に前向きに生きるしかない。
   過去の教訓を生かして、前を向いて生きるしかないのだ。   
   それは絶対的なポジティブ。
   他に選択肢はない。
   それが本来の生きる道だ。
   だから、絶対的なポジティブ。
   人の生き方としての道。

   もう一つの相対的なポジティブは、功利的なポジティブ。
   便宜的というか、自分に都合がいいから、自分にとってプラスになるから、
   ポジティブに考える。
   もしネガティブに考えた方が自分にとって得であれば、きっとそうするであろう
   日和見主義的なポジティブ。
   あなたにとって得だから、リッチになれるし欲望は何でもかなうから、
   ポジティブに考えましょう、というポジティブシンキング。
   それはネガティブに考えると、自分にとって不利になるから、
   ポジティブに考えましょうという、極めて功利的な考え方。
   自己中心的というか、自分の利益を第一に考えた生き方。
   それはネガティブあってのポジティブ。
   ネガティブではだめだから、ポジティブに考えましょうという相対的な
   ポジティブ。
   そういう意味でのポジティブシンキングには、かなり無理がある。
   自分にとっては悲劇としか思えない現実を、無理してポジティブに考える
   必要がある。
   ポジティブに考えることによって自分の未来がバラ色になるならと、
   ギブ・アンド・テイクみたいな、取引関係のポジティブ。
   それは本当の意味でのポジティブではない。
   絶対的なポジティブではない。
   揺れ動くポジティブ。

   「これでいいのだろうか」
   「本当にこれで大丈夫だろうか」
   常に不安がつきまとう。
   故に、なかなか真のポジティブになりきれない。
   常に疑問を伴い、完全なポジティブにはほど遠い。
   それ故、思ったような結果が出ない。
   一抹の疑念でもあれば、想いは現実化しない。
   逆に、疑念の方が強ければ、疑念の方が現実化してしまう。
   これがポジティブシンキングの陥りやすい落とし穴。
   多くの人がここのところで行き詰まってしまう。
   ポジティブシンキングで成功する人は少ない。
   最後まで全うできないのだ。
   途中で疑念の方が大きく心を占めてしまう。
   それではネガティブシンキングだ。
   相対的なポジティブシンキングは、その裏にネガティブシンキングを
   隠し持っている。

   ポジティブとネガティブは表裏一体なのだ。
   一歩間違えば、すぐにネガティブにひっくり返るのが相対的な
   ポジティブである。
   相対的なポジティブは、ネガティブの否定の上に成り立っている以上、
   常にネガティブをはらんでいるのだ。
   つまり、ネガティブあってのポジティブなのだ。
   ポジティブだけでは存在できないのだ。
   それが相対的なポジティブシンキングの限界である。
   ある時はポジティブであり、別の時はネガティブに反転する。
   相対的なポジティブの宿命である。       (明日に続きます)

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朝陽
2006-05-09 Tue 16:19
   気づき

   『気づき』 というのは、過去を振り返るのではなく、
   今、気づいているということです。

   どこまで深く気づけるかというのは、心の静かさに比例するでしょう。
   静かであればある程 自分の深い意識の構造が見えます。
                       
                          K-Communication №39より


朝陽ー2



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