いのちの写真と光の言葉
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絶対
2011-09-10 Sat 02:47
                                          『森に射す光』
森に射す光ー09-sep_07_11
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日記『無色透明』  2007年 ”837日目 - 絶対” より転載。

『絶対』

この世のことは、すべて相対的。
絶対はない。
すべて変化している。
無常。

それ故に、人は絶対を求める。
不動の拠り所を求める。
天に神を求め、地に財や権力を求める。
しかし・・・

絶対であるはずの神は、人によって異なる。
あなたの神と私の神は同じではない。
キリスト教の神とイスラム教の神は対立することすらある。
神と言えども絶対ではない。

人が創ったものは、すべて相対。
人が創った神も相対的なもの。
色の世界に絶対はない。
色の世界は変化の世界。

人は変化に耐えられず、絶対を欲する。
無常に耐えきれず、不変のものを求める。
無常は、人にとっては無情。
故に無上のものを求め続ける。

しかし、この世に不変のものはない。
あると言うのは、単なる思い込み。
客観的に不変のものは存在しない。
それが色の世界。

不変のものは、色の世界にはない。
色の世界は、すべて相対。
比較によって、いろんな色が存在する世界。
絶対であれば、色は存在しない。

絶対は、色の存在しない世界。
それは空の世界。
色を超えた空の次元。
まるで宇宙空間のような世界。

星々は色の世界。
美しくきらめくものは、色の存在。
それらは無常のもの。
一瞬として同じ光ではない。

星々を取り巻く漆黒の闇こそが、空の世界。
色のない世界。
そこにのみ絶対がある。
相対を超えたものがある。

もし人が絶対を欲するのなら、色の世界の美しさから離れる必要がある。
色の世界の美しさに惑わされている間は、絶対は遠い。
豪華絢爛の色の世界は、絶対とは縁のない世界。
目眩(めくるめ)く極色彩の世界は、絶対と対極にあるもの。

何もない空こそが、絶対の世界。
何もないが故に不変であり、すべてがある。
そこからすべてが生み出される。
すべての源であり、すべてのすべて。

愛もそこにある。
人の世の愛は、相対的なもの。
見返りがないと、すぐに憎しみに変わってしまう。
反抗されれば、可愛さ余って憎さ百倍。

絶対的な愛は、この世には存在しない。
ただ愛するだけの愛は、空の世界にのみある。
ただハートの中にだけ息づいている。
それは人の世の愛を超えている。

もし人が絶対を欲するなら、ハートベースで生きるしかない。
ハートの中にある絶対の愛と共に生きるしかない。
目の前の色の価値観に左右されることなく、ただハートと共に生きる。
その時、相対的な愛は絶対的な愛へ昇華される。

絶対の愛がある次元とつながる。
変わることのない愛の次元。
ただあふれるだけの愛。
目の前の現象に左右されることのない愛。

空が限りなく広がっているように、愛も限りなく存在している。
生きた愛がハートの中に存在している。
それは人がどうこうできるものではなく、ただ不変の愛として存在している。
愛故に、愛として存在している。

絶対的な愛が、色となって現れる。
現れる瞬間は、美しい。
しかし、永続はしない。
すぐに不安と猜疑心に打ち消される。

永続する愛は、空の世界にのみある。
ハートの中にのみある。
人にできることは、ただ愛と共に生きること。
ハートと共に生きること。

空の世界と共に、色の世界を生きる。
色に溺れ、空を見失わない。
刻々の色を、変化のままに味わう。
何ものにも囚われず、空の中で色を生きる。

永続させようとすれば、すぐに執着になる。
執着すれば、苦しみが待っている。
この色の世界は、変化の世界。
変化と共に生きるしかない。

空にあって色を生きるとは、何ものにも囚われないということ。
何ものも掴まないということ。
それが空と共に生きるということ。
変化と共に生きるということ。

変化する色と共に、変化のままに生きる。
何も永続させようとしない。
何も掴まない。
何も執着しない。

それが、色にあって空を生きること。
空にあって色を生きること。
空と共に色を生き、色と共に空を生きる。
永続するものと共に変化するものを生きる。



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感受性
2010-10-25 Mon 00:09
                                    『霧のもののけ姫の森』
霧のもののけ姫の森ー24-oct_10
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『感受性』       

感受性とは、単なる受け身ではない。
単なる受け身状態では、ボンヤリしているだけ。
心に隙があるので、簡単に傷ついてしまう。

感受性が豊かであるということは、自分の波動が精妙であるということ。
自分の波動が精妙であればあるほど、細やかに感受できる。
自分の波動に応じたものが感受できるだけ。

五感にしても、感度の違いがある。
アフリカの原住民には、視力8.0という信じられない視力の持ち主もいる。
聴力にしても、都会人では聞き分けられないものを遠くから聞くことができる。
臭覚も、排気ガスで鈍感になっていなければ、微妙なものが嗅ぎ分けられる。
味覚も、合成添加物や化学調味料に犯されていなければ、体に悪いものが
わかるはずだ。
皮膚感覚も、厚着をしていなければ、ぜんぜん違ってくる。

誰もが持っている五感でさえ、かなりの程度の差がある。
五感を超えた感受性となると、それこそ千差万別。
敏感な人から鈍感な人まで、百人百様。

食べ過ぎたり、疲れていたり、夜更かしすると、感受性は鈍くなる。
思い込みが多くても、感受性は鈍る。
思考が常時動いていても、感受性は鋭敏になれない。
深い感受性のためには、頭がクリアーで静かである必要がある。
自分自身がエネルギー的に充実していないと、高度な感受性は望めない。

感受性とは、自分の中から精妙なエネルギーが溢れ出し、それが精妙なものを
キャッチする感じ。
自分の中が荒っぽくては、精妙なものを感受することはできない。
いかに自分の波動を細やかにするか、いかに自分の心の中を静かにするか、
感受性はそれにかかっている。

肉体も感情も思考も浄化され、クリアーであることが求められる。
あらゆる条件がそろわないと、深い感受性は期待できない。
感受性は、まさに自分の意識の深さに比例する。
精神が細やかであればあるほど、感受性も細やかになる。
豊かな感受性を求めるのであれば、精神を研ぎ澄ます必要がある。
クリアーで透明な精神状態の時、三次元を超えた豊かなものが感受できる。

意識の広がり。
自分から溢れ出すエネルギーが、いろいろなものを感受する。
広がりゆく意識が、いろいろなものに出会い、感受する。
その次元にいるということ。
その次元にいるから、その次元のものが感受できる。
すべては、自分の意識しだい。

それは五感も変わらない。
視力について言えば、車のヘッドライトが当たる範囲のものが見えるようなもの。
自ら光を出して感受している。
感受性とは、自らエネルギーを出して感受するもの。
単なる受け身ではなく、内から溢れるエネルギーと外のものとの出会い。

内なるエネルギーが充実し、それが自然に溢れ出す。
それが様々なものと出会い、細やかに感受していく。
感受性に必要なものは、精神の静かな充実。


『溢れ出す 肌理(きめ)の細かな エネルギー 触れ合うものを 感受していく』

『精妙な 内から溢れる 波動こそ 深い感受が 起きる源』
               
                    >>日記 無色透明 『490日目 - 感受性』 より

      
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メッセージ - 3 『真理』
2009-09-18 Fri 01:49
                                    『苔の森に射す強い光』
苔の森に射す強い光ー16-mar_09
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   日記 『無色透明』 より

   メッセージ - 3 『真理』

   人は人生の主役であり、観客でもある。
   人は主体であり、客体でもある。

   自分自身が人生を生き切り、そして、自分自身の人生を見守る。
   主観だけで生きては、全体が見えない。
   客観だけでは、面白みがない。
   主体であり客体である時、人はバランスがとれる。

   人は肉体にあれば個人、瞑想にあれば全体。
   人は行動するものであり、静かに黙想するものでもある。
   活き活きと自分の人生を生き、静かに自分の人生を達観する。
   人は個であり、全体なのだ。

   人はビジョンを持ち人生を創造し、静かにすべてを見守る。
   人は行為する者であり、無為の者でもある。
   人は個として生きる時は色となり、全体として生きる時は空となる。
   人の数だけの色があり、ひとつの空がある。
   無限に分裂し、無限に組み合わされる宇宙があり、
   そのすべてを包み込む静寂の宇宙もある。
   人は無限の色であり、無窮の空でもある。

   人は肉体に宿る霊止(ひと)であり、すべてに宿る霊でもある。
   人は個であり、全体である。
   人は色であり、空である。
   色即是空。
   空即是色。

   人は、個であり全体であり、色であり空であり、主体であり客体である。
   これが宇宙の真理であり、人は真理そのものである。

                                 >>日記 『無色透明』

      
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編集便り - 3 『自己同一化 - 2』
2008-11-30 Sun 11:30
                                             『竜神水』
竜神水ー29-aug_07
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   K-Communication より

   編集便り - 3  『自己同一化 - 2』

   頭を強打して記憶喪失になると、人は 『私』 というアイデンティティを失います。
   「あなたは誰ですか」 と聞かれても、「私は・・・?」 となってしまいます。
   しかし、そのような人でも意識はちゃんとあります。
   それは記憶と自己同一化していない、ただの意識です。
   (一瞬、頭を強打した直後にも、何が何だかわからなくなることがあるでしょう ―
   瞬間、記憶の回路と断絶することによって訳がわからなくなるのではないでしょうか)

   自分は記憶やイメージではなく、「自分は自分だ!」 と強がっている人でさえ、記憶
   がなければ 「自分は自分だ!」 と言うことはできません。
   なぜなら、記憶によって特定されることによってのみ 「自分は自分だ!」 と言えるか
   らです。
   記憶との自己同一化がなければ、自分を特定することができないので「自分は自分
   だ」 と言うことはできません。
   記憶=データベースと共にあることが 『私』 『自分』 『個性』 を支えています。
   過去がなければ、今だけであれば、全く区別が生じる余地はありません。
   ただ無個性の感受性があるだけでしょう。

   人は自分の記憶と自己同一化し、『私』 というイメージを基に感じ、考え、行動してい
   ます。
   その記憶は肉体の自己保存の本能をベースにしているため、どうしても自己中心的
   になりがちです。
   本能だけであれば瞬間瞬間のもので、さほど問題もないのでしょうが、その経験が
   いったん記憶され、そこから『私』 という固定したイメージが生まれる時、現実との間
   に様々なギャップが生じます。

   過去の経験・知識は現実生活を過ごすためには必要不可欠ですが、それと自己同
   一化しないで、ただデータとして使うことができるでしょうか。
   それには、『私』 とは記憶との自己同一化であり、イメージであると明確に気づくこと
   が必要でしょう。
   そこから意識の新しい段階が始まるのではないでしょうか。
   そこから、ただ条件付けを見つめ、反応に気づくだけの生に変わっていくのではない
   でしょうか。
   そこから、自我の動機に基づくのではない、自分の深い意識に聞きながら行動する
   という新しい生き方が始まるのではないでしょうか。
 
                   K-Communication №44 (1994年4月27日発行) より
                                    >>K-Communication

      
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人生光(講)座より - 2
2008-11-17 Mon 10:42
                                  『巨大な屋久杉の切り株』
巨大な屋久杉の切り株ー21-aug_08
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   K-Communication より

   人生光(講)座より - 2 

   《参加者のプロフィール ― 登場順》
   F : 古沢仁宏。K-commの編集・発行担当者。光のセミナーの主催者。
      (幽体離脱体験は無数にあるが、明確な過去世体験はない)
   A : 光のセミナーを受けてインドネシアのスマトラ島の過去世を思い出し、 突然
      インドネシア語を流暢に話し出した人。
   B : 十年前から、お釈迦様の時代の古代インド語やモーゼの時代のヘブライ語
      などが自然に口を突いて出てくるようになった人。
      (但し、言葉の意味は理解できない)
      この中で唯一K(Krishnamurti)を読んでいない。
   H : K-comm43号の 『光のセミナーより』 に登場した人。
      (* いのちの島=屋久島ではまだそのセミナー内容は掲載していません)
      子宮体験や出産体験と共に武士の過去世をビジョンで見ている。
      (その後の個人セッションではヨーロッパやアフリカの過去世も出た)
   S : K(Krishnamurti)は読んでいるが、光のセミナーには唯一未参加。
   G : Kコミの常連。光のセミナーには一回参加。


      *   *   *   *   *   * 

   (人生光(講)座より - 1 の続きです)
   F 交通事故の時は、生まれた時からその時点までの人生が全部見えたの?
   A 全部見えた。
     何てバカなことをやっているんだろうと思いながら。
     バイクで当たって倒れるまで、ほんと一分もないですよね。
     その時全部パーッと見えたんです。
   F バカなことやっているというのはどういう意味?
   A なんて無駄な時間を過ごしてきたんだろうって。
   F そういう気がしたんだ。
   A そういう気がしたんです。
   F 走馬灯で全部見て?
   A もっと有意義に過ごせないのかと。
   F 幽体離脱はどういう時なの?
   A クラブの部室で寝てたんですよ。
     ガバッと起きたら、なんか風景がいつもと違っていて、パッと後ろを見たら自分が
     寝てたんです。(笑)
     それが僕の唯一の幽体離脱体験なんです。
     それから結局そういうセクト活動の熱意も陰りが出て、なんか間違ったことをやっ
     ているんじゃないかという・・・それで止めて、というか、そこの組織が潰れてなくな
     ったんですけど。
   F へー、それは知らなかったね。 
     でも、だいたい同じようなことをやっているんだよね、過去世と。 
     でも、今回は違う生き方をしようというので、過去世が出てきて、それで本当に今
     の生き方が変わるというか、そういう意味だと思うね、過去世が出て来るのは。
     Bさんは何かありますか、今生と過去世との関係で。

   B いろんなものがゴチャゴチャしてて説明しにくいですね。
     とりあえずインドだけを取り上げて言うなら、ある程度影響はありますね。
     どこまで本当かわからないんだけど、例えば、私が生まれた時はお袋が身体が
     動かなくなっちゃうという体質だったし、インドの時は戦争でお袋が殺されたため
     に私が生まれたと言われたんです。
   F 殺されたショックで生まれたということ?
   B そうです。
     あとは犬が怖かったし・・・
   F 何か関係あるの?
   B インドで夜一人で山の中を歩いていた時に、狼に噛み殺されたと言われました。
   F お坊さんの時?
   B そうです。
     それが犬として、恐怖として残っているということです。
   F それは誰に言われたの?
   B 代官山の霊能者のLさんという人にです。
   F 彼女はわかるのかな?
   B 私の背後に映像が見えると言うんです。
   F ちなみにBさんの過去世というのは、インドのお釈迦様の時代に兵士をやってて、
     釈迦族が滅亡した戦争で殺され損なって、お釈迦様の弟子になって、お釈迦様 
     が亡くなった時には、その足下近くにいたんだそうです。
     でも、槍で刺されて死にそうになったのと、今生の喘息とは何か関係あるんでし
     ょう?
   B ちょうど胸のところを二ヶ所、だから時々痛みますよ。
   F 今でも?
   B はい、まだ。軽いですけどね。
   F へー、過去世のエネルギーが入ってくるから痛むのかなあ・・・?
   A 同じのありますよ。
     僕が刺されたのは腹(ここ)なんですけど、ここよく痛むんですよ。
   F ホントに?
   A ホント、ホント。

   H 僕も。(笑)
     僕も背中(このへん)から感じがあるんですけど。
   F 刺されたの?
   H 槍か刀かなんか・・・
   F それで痛いの?
   H すごい痛みじゃないけど、なんかチクチクするような時があって。
   S 食いすぎだよ。(爆笑)
   F Aさんは脱腸の件もあるんじゃない?
   A 下腹部(ここ)なんですよ。
   F 過去世で腸が飛び出したとか言ってなかった?
   A 最初の槍の一撃の後、メチャメチャにやられて腸が飛び出して、屋根を見ながら
     「死にたくない」 と・・・
   F 「死にたくない」 と思ったの?
   A 屋根を見ながら・・・「怖い」 という・・・
   F 死ぬのが怖い?
   A 怖いという・・・
   F すぐに死ななかったんだ?
   A 死にたくないというよりも、怖いという感じ。       
                          
                                      ・・・続きます
 
                   K-Communication №44 (1994年4月27日発行) より
                                    >>K-Communication

      
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人生光(講)座より - 1
2008-11-15 Sat 12:07
                                    『屋久杉の緑の切り株』
屋久杉の緑の切り株ー20-aug_08
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   K-Communication より

   K-Communication より、『人生光(講)座より』 を連載します。


   人生光(講)座より - 1

   《参加者のプロフィール ― 登場順》
   F : 古沢仁宏。K-commの編集・発行担当者。光のセミナーの主催者。
      (幽体離脱体験は無数にあるが、明確な過去世体験はない)
   A : 光のセミナーを受けてインドネシアのスマトラ島の過去世を思い出し、 突然
      インドネシア語を流暢に話し出した人。
   B : 十年前から、お釈迦様の時代の古代インド語やモーゼの時代のヘブライ語
      などが自然に口を突いて出てくるようになった人。
      (但し、言葉の意味は理解できない)
      この中で唯一K(Krishnamurti)を読んでいない。
   H : K-comm43号の 『光のセミナーより』 に登場した人。
      (* いのちの島=屋久島ではまだそのセミナー内容は掲載していません)
      子宮体験や出産体験と共に武士の過去世をビジョンで見ている。
      (その後の個人セッションではヨーロッパやアフリカの過去世も出た)
   S : K(Krishnamurti)は読んでいるが、光のセミナーには唯一未参加。
   G : Kコミの常連。光のセミナーには一回参加。

      *   *   *   *   *   * 

   F Aさんは、自分の幼少期と過去世との関係はどうですか。
   A 基本的にボーっとした子供だったんです。
     自分の知らない間に、いじめられっ子になっていた。
     見たビジョンが本当かどうかわからないんですけど、ボケっとしていたら槍で刺
     されて死んじゃってたという感じなんです。
     それで思い当たる節があるんです。
     ボケっとしてて事故を三回起こしているんです。
     なんかボーッとした独特の感じがあるんです。
     何も考えてない、眠っているというか・・・意識してない・・・
   F それは過去世から引きずっているものかな?
   A あと、怖いという記憶があるんです。
     ボケっとしてて怖いというのがすごく強く・・・
   F 怖い時にボケっとしてるの?
   A ボケっとしてて、いじめられて、怖い・・・
   F 何でボケっとしてるのかな?
     過去世の時もボケっとしていてやられたんでしょう?  
     それがどこに起因しているのか・・・?
   A ・・・カルト的性格・・・
   F どういう意味、カルト的性格というのは?
   A すごく思い当たる節があるんですよ。
     以前、過激派やってて、絶対正しいと思い込んで、ワーッとなって他が見えなく
     なるんですよ。
   F 過激派だったの?
   A そうです。
   F いつごろ?
   A 成田空港の建設当時。
   F 新左翼だったの?
   A そうです。
   F いくつごろ?
   A 19才の頃。
   F 大学生の頃?
   A 大学生。
   F へー、過激派だったの、知らなかった。
     あー、その傾向か・・・
   A たぶんそうです。
     ワーッとなって、そっちに走って他が見えなくなる。
     眠っている状態になる・・・
   F 過去世もそれだ!
   A 何かやってると思うんです。
   F 過去世も何かセクトでやってたのかな?
   A スマトラのミナンカパオの宗教というのは特殊な宗教で、土着の宗教とイスラム
     教が結合した宗教なんです。
     ところが、ジャワの方は純粋なイスラム教で、すごく対立していて、それで戦いが
     1812年にあったんです。
   F それをやってたんだ、Aさんは。
     過激派を今生でも過去世でもやってたんだ。
     あー、そうか、全部符号するじゃない。
   A 符号するんですよ。過激派のセクト活動をやっていた時は、「過去世?何を言っ
     てるんだ、バカヤロー。そんなことよりも現実の問題と戦え!」 と言っていたんだ
     と思いますね。
     それを止めたきっかけというのは、それを否定するような事件が19才の時に二
     つ起きたんです。
     一つは交通事故を起こして走馬灯現象が起きて、あと一つは幽体離脱。
   F 交通事故の時は、生まれた時からその時点までの人生が全部見えたの?          
                          
                                        ・・・続きます
 
                   K-Communication №44 (1994年4月27日発行) より
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編集便り - 6
2008-11-11 Tue 12:06
                                  『巨大な屋久杉の切り株』
巨大な屋久杉の切り株ー21-aug_08
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   K-Communication より

   編集便り - 6

   最近は、待つことだなあとつくづく感じています。
   『気づきの集い』 や 『Kコミの集い』 に何度も参加しながら、「頭ではわかっている
   んだけど・・・」 と、今ひとつ変化の起きなかった人が、『光のセミナー』 に参加し始
   めてから、はっきりと変化が見え始めました。
   人それぞれに合うものがあり、タイミングもあるのでしょう。
   一つのアプローチで変化しなくても、別の角度から取り組めば変わることもあるよう
   です。
   長い目で見守ることだなあと、つくづく感じています。


   最近、光のセミナーや個人セッションで、今生に深い影響を与えている過去世が出
   始めています。
   K(Krishnamurti)を読んでいる方の中には 『過去世』 という言葉に拒絶反応を示す
   方もあるかもしれませんが、現実に目(ま)の当たりにすると、逆に否定する方が固
   定観念や先入観ではないかとさえ感じられます。
   それは今の自分が(今生の)過去の結果であり、過去に深く条件づけられているの
   と同じことです。
   過去世で深く心に残ったものが今生に強く影響を与えています。
   それは今の性格や行動パターンと過去世のそれとが符号することによって納得が
   いきます。 

   普通、過去世とか前世とかは自分ではわからず、チャネラーや霊媒や超能力者に
   聞いて教えてもらうわけですが、光のセミナーの場合は自分ではっきりとビジョンで
   見ることができます。
   それが根本的に他とは違うところです。
   自分ではっきりと見れれば、心から納得がいき、今の自分自身に変化が生じます。
   原因が今生ではなく過去世にあるため、そこまで遡らないと本当には納得できない
   ものもあるようです。
   自分自身を見る=理解するということが、今生だけではなく過去世にまで範囲が広
   がってきました。


   光のセミナーを受けたAさんに明確に過去世が蘇ってきました。
   セミナーの中で過去世のビジョンが幾つか見えたのですが、当日は空想に決まって
   いると頭から疑ってかかったそうです・・・ ところが、翌日、自宅で皿を洗っていると、
   突然、「私はなぜ殺されたんだ!」 という激しい感情と共に、急に泣き出し、当時の
   ビジョンが鮮明に蘇ってきたそうです。
   奥さん(Aさんより一週間前にセミナー受講)と図書館に行って調べた結果、ビジョン
   で見たのと同じ建物が発見され、19世紀にインドネシアのスマトラ島に住んでいた
   ことが判明したそうです。
   当時のミナンカパオ語もポンポン飛び出し始め、電話で現地の人のように流暢に話
   し出されたのには、こちらも面食らってしまいました。

   Aさんはモスクで祈っている時、突然、槍で刺されて殺されました。
   それが鮮明に蘇ってきたようです。
   セミナーのあと10日間は大混乱をきたし、自分の中に二つの人格があるように感
   じられたそうですが、その後は極めてクリアーになり、子供の時のように全てが新鮮
   に見えるようになったとのことです。
   気がつくと、子供の頃から根深くあった言い知れぬ不安や心配(殺された時の記憶
   ?)が一掃されていたとのことです。

   セミナーの二週間後に会ってみると、まるで別人のような感じがしました。
   当時の人格のエネルギーが入って、これまでよりも逞しくなられた感じで、顔付きも
   当時の人にだいぶ似てきました。
   (「日本語がうまいですね」 と外国人に間違われたそうです)

   Aさんはセミナーに一回参加しただけで過去世が出てしまいましたが、誰もがすぐ
   に過去世が出るというわけではありません。
   準備ができたというか、解放して自由になる時が来た人から自然に出て来るようで
   す。
   しかし、過去世はそれ自体に価値があるというものではなく、あくまで内なる真実が
   出て来るための解放のプロセスに過ぎません。

                   K-Communication №43 (1994年3月3日発行) より
                                    >>K-Communication

      
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編集便り - 2
2008-11-01 Sat 09:59
                                    『リュウジン系ヤクゴン』
リュウジン系ヤクゴンー07-aug_08
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   K-Communication より

   編集便り - 2

   心が落ち着いている時には問題はありません。
   問題は心が動揺している時にのみ存在します。
   心が落ち着いている時には、たとえトラブルが起きても冷静に対処することができ
   ます。
   そして、冷静に対応できれば、それは問題とはなりません。
   たとえその場で解決できなくても、静かに注意しながら見守ることができます。
   ところが、心が動揺していると、あれこれ心配したり、不安になったり、妄想を働か
   せたりして、ますます混乱にのめり込んでいきます。
   それはまるで自ら問題を造り出しているかのようです。

   ポイントは、心が落ち着いているかどうかということだけです。
   心が穏やかであれば何の問題もありません。
   実は、本来、問題そのものが存在しないのです。
   問題は全て心の産物です。
   問題とは自我が自分の存在を確認するために造り出す自我の存在証明に他なり
   ません。
   それは自我にとっての生甲斐なのです。

   心が静かであれば問題はありません。
   心が静かであれば心は満たされています。
   ただ、それだけです。
   実にシンプルです。

   自分の心が本当に落ち着いていないと外側に振り回されます。
   そして、落ち着いていない心は問題をすべて他のせいにしがちです。
   環境や他人(ひと)が悪いと思い、環境や他人を変えようとします。
   しかし、環境を変えても、自分自身が変わらない限り、また同じようなことが起きて
   きます。
   他人を変えようとしても、自分の望むようには変わってくれません。
   そこで、他人を恨み、社会を呪うということになります。
   しかし、外側のものは縁であって、因は自分自身にあります。

   ところが、そのことにやっと気づくと、今度は自分自身を変えようとします。
   変えるためにはどうすればいいか ― 様々な方法を模索し、いろいろと努力して
   みるのですが、他人と同じように自分自身もそう簡単には変わりません。

   自分自身を変えようともがけばもがく程、葛藤はつのり、努力すればする程、心は
   苦しくなってきます。
   そこには変えようとしている自分こそが変わるべき対象そのものであるという絶対
   矛盾が存在します。
   (Krishnamurtiが言う「観察者は観察されるものである」というパラドックスです)

   必要なことは、環境や他人や自分を変えようとすることではなく、深く自覚すること、
   はっきりと気づくことです。  

   自分の心こそが動揺や混乱、悩みや苦しみを造り出している元凶です。
   そのことが真に自覚されると、もうどうすることもできません。
   自分自身こそが問題なのですから、もはや自分自身が何かをするということは全く
   できなくなります。
   もうどうにも動けず、どうにもならない・・・
   ただ立ち止まって、黙するしかない・・・

   その時、問題を造り出すことが止みます。
   その時、問題そのものが消えます。
   自分が問題を造り出していたということが本当に自覚されれば、それによって問題
   を造り出す力が消えます。
   自分こそが問題そのものであったと深く自覚されれば、それが問題の終わりです。

   それだけが唯一の真の解決策です。
   自分自身が造り出している問題は、自分自身が造り出すことを止めるしかありませ
   ん。
   ただそれだけです。
   それ以外の方法は、まだ方法を実行している自分 (問題の元凶) が働いているた
   め新たな別の問題を造り出してしまいます。

   ただ心が静まるしかありません。
   心が静かであれば、即、問題はありません。
   心が静かであれば、即、満たされています。
   心が静かであるためには、自分こそが問題を造り出している元凶であると真に心
   の底から自覚することです。 

                   K-Communication №43 (1994年3月3日発行) より
                                    >>K-Communication

      
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編集便り - 1
2008-10-30 Thu 20:27
                                    『竜神の森のヤクゴン』
竜神の森のヤクゴンー06-aug_08
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   K-Communication より

   K-Communication、№43から編集便りを連載します。
   以前に抜粋で掲載した文章が再度掲載される部分もありますので、その部分
   は覚えておられる方もいらっしゃるかと思いますが、また、今のエネルギーで
   感じてみてください。
   文章中、K=Krishnamurti です。


   編集便り - 1

   Kは晩年には、文化 (culture) と文明 (civilization) を明確に使い分けていたよ
   うです。
   極端に言えば、文化とは心の領域のことであり、文明とは科学技術的領域のこ
   とです。
   文明開化とか文明の利器という言い方はしますが、文化開花、文化の利器とは
   言いません。
   文明は明らかに進歩しますが、文化が進歩したとはあまり聞きません。
   文明、つまり科学技術 (思考の産物) は日に日に進歩していますが、文化は成
   熟したり、腐敗したりしています。
   文明は物質的経験の蓄積をベースとして一歩一歩進歩していきますが、文化は
   物質的経験ではなく、人間の本質に根ざしたものではないでしょうか。
   Kが伝えたかったものは、この心の本質であり、文化と文明の違いを明らかにす
   ることだったのではないでしょうか。

   文化とは心の全体性であり、文明とは心の中の一部である思考の造り出すもの
   です。
   文明は時間、横の流れであり、文化は非時間、縦の深まりです。
   文明とは量であり、文化とは質です。
   文化とは限りないものであり、文明とは限りのあるものです。
   文明の利器を利用しながらも、文明に毒されず、心の本質に根ざした自由な生き
   方をするのが真の文化的な生き方ということでしょう。
   文明=科学技術の”量”的”進”化ではなく、文化=心の”質”的”深”化 が問われ
   ているのではないでしょうか。


   身体や脳は明らかに進化していますが、意識の本質的な部分は進化していない
   のではないでしょうか。
   それは既に完全なものとしてあり、それが身体や脳の進化につれて、この現実世
   界に現象化してくるということではないでしょうか。

   脳のキャパシティ (エネルギーの需要量) が大きく緻密になるにしたがって、より
   高度で精妙なエネルギーが入ってくるようになります。
   要は、脳の状態次第です。
   今は思考力の発達途上で、脳が思考に支配されています。
   そのため、思考以上のエネルギーがなかなか入りにくい状態ですが、思考力があ
   る程度完成し、思考が思考の性質を理解し、自分の領分を知って静まるにつれ、
   思考を超えたエネルギーが本格的に入り始めます。
   そこから意識が変わっていきます。

                   K-Communication №43 (1994年3月3日発行) より
                                    >>K-Communication

      
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レターより - 6
2008-09-09 Tue 10:34
                                        『竜神の森の緑』
竜神の森の緑ー23-june_08
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   T&F News Letter より

   T&Fに寄せられたお便りと、kimiさんのお返事を紹介しています。


   レターより - 6 

   〒 (前略)
   近頃、自分のことがすごく好きになってきて、どんな感情が出てきても受け止めら
   れるようになりました。

   (中略)
   とにかく今は自分を許せるようになって、信じられるようになって、どんどん好きに
   なっています。
   いや~な自分が出てきても戦うことがなくなりました。
   頭の中のおしゃべりがうるさくて、どうしたらいいんだと迷っても、「まあ、そうあせ
   らずにねぇ」 と笑っているもう一人の私がいたりして。
   今は自分の中で閉められていたものをどんどん表に出てくるようにしているんで、
   ひどく体調が悪くなったり、妙にハイテンションになったり、毎日、ジェットコースタ
   ーに乗っている気分ですが、それすらも楽しいという感じです。

   (中略)
   ただ、幸せとか天国は元々自分の中にあったということを今更ながら確認してい
   るところなので、進歩したゾ、エライとほめて、少しずつ前進という状態ですね。
   今、辛くてどうしようもない人とか、News Letterのセッションに出てくる人達のよ
   うに悩んでる人に、早く自分を好きになってあげてね、世界の誰よりも自分自身
   の一番の味方になれるんだと気づいてね・・・と言いたくなります。
   そこから新たな力が湧いてくるような気がします。
   だから、古沢さんのやってらっしゃることが、とても大きな意味があるような気が
   するので、直接参加はしなくても、T&Fとの絆は大切にしていきたいと考えてま
   すので、頑張ってください。(いろいろと御苦労も多くて大変でしょうが)
   今後のNews Letterも楽しみにしております。
   どうぞ お身体を大切に・・・


   * 自分のことを好きになれて、とても良かったですね。
   本当にみんながそうなるといいですね。
   それから、「まあ、そうあせらずにねぇ」 と笑っているもう一人の私がいるのもいい
   ですね。
   静かに自分を見守っていると、心は自然に落ち着いてきます ― それが思考や感
   情から自由になるきっかけになっていきます。

   光のセミナーやセッションに出なくても、自分でやれればそれで十分です。
   最終的には、みんな自分でやるしかないのですから。
   セミナーやセッションを受けている方も、日常生活の中で自分自身を見守って、い
   ろいろ気づけるような暮らし方をしていただけたらいいなぁ~と思います。
   そうやって自分 (=人間) の理解が深まるにつれて、楽に自然に生きていけるよ
   うになります。
   そして、いつの日か、思考や感情や肉体に振り回されない、真の自由な感覚が
   自覚されることでしょう。

   そういう生き方の練習をしているようなものですね、セミナーやセッションというのは。
   過去世やいろんなものが出てくるのもいいのですが、それ以上に大切なのは、新
   しい生き方を身につけることです。
   それを伝えるために、このNews Letterも発行されているのですから。(そのため
   に古沢仁宏も目をショボショボさせながらワープロを打っているのですから)

   自分自身を見守っている意識が育つ ― それに勝るものはないのです。

                  T&F News Letter №11 (1996年9月15日発行) より
                                  >>T&F光のネットワーク

           
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レターより - 4
2008-09-04 Thu 09:26
                                           『竜神の森』
竜神の森ー22-june_08
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   T&F News Letter より

   T&Fに寄せられたお便りと、kimiさんのお返事を紹介しています。


   レターより - 4 

   〒 先日は有意義なセミナーをありがとうございました。
   あの時に見つけたことが一つあるので、ご報告しておきます。
   セミナーの第三セッションめが終わった後、呼吸がなぜかとても楽になったと私が
   言ったのを覚えておいででしょうか。
   あれは私が常に常に持っていた ”恐れ” の感覚が消えていたんです。

   私はどんな些細なことでも (たとえば、どちらのハンカチを持っていこうかのような
   ことでも) 何かをしようとすると、すぐに鳩尾(みぞおち)の辺りが小さく締め付けら
   れるのを感じていました。
   常に何かに脅かされている感覚があり、いつも不安感がありました。
   今まではそれが 『常態』 だったので、あまり意識にのぼらせて考えたことがなかっ
   たのですが、帰る道すがら 「この不安感がないことこそが本来のあるべき姿なの
   だ」 と気づいた時、本当に驚いてしまいました。
   なんと楽で気持ちが良いのだろう。
   今までなんて苦しい状態にいたんだろうと思うと、自分て結構気の毒なヤツだった
   んだとシミジミしてしまいました。(他人事のようですね)

   あの第三セッションめ、意識がどこかへ飛んで、戻って来てから、呼吸がはっきり
   と楽になりました。
   意識がどこへ飛んで何をしてきたのかは私にはまだわかりませんが、こんな気づ
   きを得られたのは、古沢さんのセッションに出会えたおかげです。
   ありがとうございました。
   次回のセミナー楽しみにしております。


   * いつも恐れや不安があるというのは、今生か過去世でつらい体験をいっぱい
   してきたからでしょう。
   それによって心のどこかが緊張しているのです。
   それをほぐしていくと、『なんと楽で気持ちがいいのだろう』 という状態に変わって
   いきます。
   そして、呼吸も深く楽になっていきます。

   潜在意識に詰まっているものが顕在意識に影響をおよぼしています。
   それがもっと深い意識が出てくるのをブロックしているのです。
   だから、安心感ややすらぎが感じられないのです。
   心の途中で、不安や心配が蓋をしてしまっているのです。
   その蓋が取り除かれると、深い安心感ややすらぎが湧き上がってくるのですが・・・

   少しずつ、少しずつ、光のエネルギーによってブロックは溶解(とけ)ていくでしょう。
   日常の中でも、自分の中のネガティブなものを嫌がらずに見つめられるようになっ
   ていくでしょう。
   ゆっくり、ゆっくり、あせらずに、少しずつ・・・

                  T&F News Letter №11 (1996年9月15日発行) より
                                  >>T&F光のネットワーク

           
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光のメモ - 7
2008-07-30 Wed 07:05
                                           『竜神の森』
竜神の森ーryujin-01
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   T&F News Letter より

   T&F News Letter №8 より、『光のメモ』 を連載しています。


   光のメモ - 7 

   3月18日

   『修行』 というのは、日常生活の中で自分自身を見守ることのできない人のため
   の方便である。
   常に自分の一挙手一投足を見守っていることよりも、一定時間だけある方法を行
   じる方がはるかに容易である。
   それはそれなりに役に立つけれども、その方法に囚われてしまうと自由をなくして
   しまう。
   修行していることで慢心したり、逆に、それをやらないと不安になったり、やれない
   自分を責めたりして修行の虜になってしまう。
   修行が方便であることの本質を忘れ、修行第一になって自分自身を見失うという
   本末転倒のことが起きてしまうのである。

   一定の修行さえしていれば悟れるほど人生は甘くない。
   自分自身のすべて、良い面も悪い面も、酸いも甘いも、すべて見尽くさなければ
   真実(ほんとう)の自由にはなれない。
   それも実生活の中で出て来るものを見極めなければ・・・
   特定の修行によって得られるものは、所詮、特定の自由でしかない。
   常に自分自身を見守り、自分自身を理解していくしかない。
   それが最高の修行であり、究極の修行なのだ。
   つまり、特別に何かをしなくても、日常生活こそが最高の修行場なのだ。

                                         ・・・続きます

                   T&F News Letter №8 (1996年4月20日発行) より
                                  >>T&F光のネットワーク

           
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セッションレポート№6 - 8
2008-05-21 Wed 13:40
                                          『森のイルカ』
森のイルカー16-aug_07
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   T&F 光のセッションレポート より

   光のセッションレポート№6を連載しています。
   今日は八回目です。
   F=kimiさん(古沢仁宏)です。


   セッションレポート - 8

   F 木の持っている波動というのは、調和の波動なんですか。
   N はい。
     ですから、木の考え、木の思いを聞くことが必要になってきます、これから。
   F 木というのは、確かに天と地をつないでいますね。
   N はい。
   F では、木をよ~く感じていればいいのかな?
   N そうです。屋久島に行った時に、そうしてください。
   F 縄文杉とかは、どういうエネルギーなんですか。
   N 天と地をつなげるエネルギーの象徴です。
   F そうなんだ!
   N 調和のエネルギーの象徴でもあります。
     調和そのものです。
   F そういう意味があるわけですか、屋久島へ行くということは?
   N はい。
   F 天と地の調和なんだ・・・あそこへ行った時は地球のエネルギーが噴出している
     感じがしたんですけど、そういう場所でもありますか。
   N はい。
     邪魔するものがありません。元はどこでもそうでした。
   F いまは他のところは邪魔するものがあるんですか。
   N はい。
   F それはどういうものですか。
   N たとえばアスファルト。
   F 屋久島は古代のままに残っているということですか。
   N 大部分が残っています。
   F あの原生林の中を歩くことによって、生命エネルギーを感じたり、キャッチできた
     りしますか。
   N はい。感じているとおりです。
   F それは行った人にとって、生命力を活性化させてくれたり、古代の叡智を思い出
     させてくれたりしますか。
   N ただし、人によっては強過ぎるかもしれません。
   F そうなんだ・・・原生林の中を歩けばいいですか。
   N はい。ただ木を感じて、地面を感じて、自然と共にいればいいです。
   F そうすると自分の中の自然がどんどん蘇ってきますか。
   N はい。
   F それは屋久島の木々だけではなく、日本本土の木々も同じことが言えますか。
   N はい。本来、木はそういう役目を持っています。
     疲れた時は、神社でもどこでも行って、木と交流するのが望ましいのです。
     誰もがやれることです。
   F ただ、屋久島の方が古代の本来のエネルギーが残っているという違いがあるわ
     けですね。
   N はい。
   F わかりました。
     いま沖縄とかのエネルギーがすごく活性化しているような気がするんですが、そ  
     れはどうでしょうか。
   N そのことと関係があります。
     本来のエネルギーを持っているところだからです。
     たくさん残っているところを人々が求めています。
   F 本来のエネルギーというのは、どういうエネルギーなんですか。
   N 太古からつながっているエネルギーです。
   F それは自然のエネルギーということですか。
   N はい。
   F そうすると、沖縄に行くことで自分の中の自然のエネルギーが蘇ってくるというこ
     とですか。
   N はい。
   F いまは太古からのエネルギーが人の中で蘇ろうとしている時代ですか。
   N 人々は必要としています。
     自然に帰りたい ― その思いが強くなっています。
   F それはあまりにも自然から離れ過ぎた結果ですか。
   N はい。
     自然のリズムを取り戻したい。
     自然の調和に満ちたエネルギーそのままに生きていたい ― そういう思いが強く
     なっています。
   F それが人類のこれからの方向なんですか。
   N はい。
   F Nさん自身も、そういう方向でこれから生きていくんですか。
   N はい。
   F わかりました。
     何かこのセッションに関してアドバイスとかありませんか。
   N いいです。
   F この情報はT&Fの光のセッションレポートで公開しても構いませんか。
   N この中から選んでください ― すべてではなく、人にわかりやすいものだけを。
     誤解して伝わってはいけません。言葉はむずかしいものです。
     人によって受け取り方が違います。
   F わかりました。
     ありがとうございました。

                                  ・・・続きます

                              T&F 光のセッションレポート より
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自我 - 5
2008-02-05 Tue 08:28
                                            『光の沢』
光の沢ー17-may_07
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   K-Communication より

   自我 - 5   ミーティングレポートより  (昨日の続きです)

   昨日まで掲載しましたレポートを通して学べるkimiさんのメモです。
 

   ☆ 年を取ると、体力も衰え、気力も萎え、エネルギーも低下することによって、
      自我のこだわりも少しずつ落ちてくるようです。
      そこで、逆に、何かにこだわる方がある意味では自我の活性化に繋がるのも
      事実のようです。
      しかし、それは同時に苦しみが増すことでもあります。
      この苦しみを直視し、理解するだけのエネルギーがあれば、自我から自由に
      なれるのかもしれませんが・・・
      そこまで行かないと喜怒哀楽の渦に巻き込まれて一喜一憂するだけの人生を
      歩むことになりそうです。
      その次元では真の意味のやすらぎはありません。

   ☆ Kを読む前も、自分を振り返るとか反省するということはありましたが、それは
      あくまで観察者の立場から、良い悪いと判断し、自分を成長させるために自分  
      を修正しようと努力していたもので、ただ見て、それをそのまま理解するという
      ものではありませんでした。
      Kを読み始めて、初めて観察者の立場を離れ無批判に、無選択にありのまま
      を見るということが始まったような気がします。
      それ以前は、『私』 そのもので生きており、『私』 から離れて自分を見るという
      ようなことは考えつきもしませんでした。
      まだ 『私』 で生きていることの方が多い毎日ですが、そうではない時の透明感
      というか、透き通るような冴え冴えとした意識は、Kを読む前には想像もできな
      かったものです。
      それは思考の次元とは全く違う意識です。
      それによって生の存在様式に全く新しい未知のものが広がった感じです。
      それがKを読んで一番変わったことではないでしょうか。

                                (K=Krishnamurtです)

                    K-Communication №33(1992年 7月号) より
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自我 - 4
2008-02-04 Mon 08:19
                                        『癒しのいずみ』
癒しのいずみー15-may_07
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   K-Communication より

   自我 - 4   ミーティングレポートより  (昨日の続きです)

   レポート中のイニシャル、F が kimiさん (古沢仁宏) です。
 

   F やっぱり透明感があるというかね・・・
     やっぱり自分に気づける時とか、観察してる時の感じというのは透明な感じでは
     ないですかね・・・
     そういうのはないですか。
   G そうですね。
     前と違って何もしないで、ただいるとか、海へ行ってただ一時間も散歩したり座
     ったりしてるとか、そういうことが楽しいというか・・・
     昔は何か見つけてすることで楽しいというか、それが何もしないで、ただ居るだ
     けで、まともだったらと言うと変ですが、健康だったらと言うべきか、ただ居るだ
     けで本来は喜びがあるという状態があるような気がするんですよ。
     ところが、昔の何かみつけてキャーッとやる方がもっと強烈に喜ばしいような気
     がして、今のかすかな淡い喜びだけで平然と、これこそ至福と言っていられる程
     には高まってないようですね。
   F やっぱり若い頃というのは集中なんですよ。
     集中してエネルギッシュに自我で強引にやっちゃうというか、そういう感じがしま
     すよね。
     それで、そうじゃない喜びみたいな、そうじゃない充実感というか、充実感に二
     種類あってね、自我の充実感で、集中して目的に向かって努力している時の充
     実感と、そういうのが抜け落ちて、本当に全体の中から染み出るというか、湧き
     出るみたいなね、そういう静かな充実感と言うものがあるんじゃないかという気
     がしますね・・・
     それはやっぱり注意のエネルギーというか、集中ではない、注意のエネルギー
     ではないですかね。
     そういうのがだんだん湧き出してくると、本当に不安がなくなってくるというか・・・
     自我でやってる時は、ガンガンやってる時はね、どうしても反面に不安がある訳 
     ですよ。
     恐れみたいなものがね。
     ガンガンやりながらも反面では常に恐怖感がつきまとってるような。
     そういうのがないんじゃないですかね。
     でも、Gさんは恐怖とか不安とか、そういうのはあんまりないでしょう?
   G うーん。
     今はあんまりないみたいですね。
     昔はですね、すごい緊張があってね・・・
     何時も油断なく見張ってて、みんなが大丈夫だと安心して遊んでいる時でも、自
     分はきっと見張りをしてるというか、見張っていなきゃいけないんだという緊張感
     があって、リラックスするということがなかったんですよ。
     で、ある時、こういうふうに何時も緊張していることは本来要らないのかも、と思
     った時があるんですよね。
     それは頭の思考がそう思ったんですが、こう何と言うか・・・ガッツというか、腹の
     方が、ようやくそれに気がついてくれたかという感じで、何と言うか、ガッツが泣
     いているような感じがしましてね、それから先憂後楽というのか、自分一人は頑
     張ってなければいけないという感じはパッと自分から抜けていきましたね。
   F やっぱり集中してる時というのは、どうしても緊張があるというか、リラックスがな
     いですよね。
     リラックスして、しかも感受性が鋭敏だという・・・まあ、集中してればそれなりの
     感受性はあるんですけど、でも、それは非常に自己中心的な感受性でね、自分
     にとってプラスかマイナスかというね。
     トータルな感受性じゃないんですよね。
     やはりトータルな感受性というのは、全体に対する配慮というか、愛情みたいな
     ものが働いて、それで自然に注意深くなるということではないでしょうかね。
     先程の話で言えば、自分の興味で聞くのではなくて、相手に対する関心、愛から
     聞くというか・・・
     自我の感受性は自己の利益に根ざしているけど、トータルな感受性というのは
     全体に対する愛に根ざしているというか・・・
     そうすると、集中による疲れもなくて、何かエネルギーが静かに高揚してくるよう
     な・・・
 
                                   ・・・明日に続きます

                    K-Communication №33(1992年 7月号) より
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ミーティングレポート - 3 タバコ
2007-12-01 Sat 11:03
                                             『苔の森』
苔の森ーshiratani-04
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   K-Communication より  

   K-Communication誌上のミーティングレポートを連載しています。
   今日は連載の三日目です。
   レポート中のイニシャル、F が kimiさん (古沢仁宏) です。


   ミーティングレポート - 3 タバコ  (昨日の続きです)
 
   T イメージがあるから尻が重たくなるんですか。
   F 動物はイメージがないでしょう。不快だったら、すぐそこから動くでしょう。
     でも、人間は不快でもすぐには動かないんだよね。
     いろいろ考えて、「動きたいけど動けない」 とか言って。
     即、変わればいいだけなんだけど、それができない。
     考えることも必要だけど、必要以上に心理的思考に耽って身動きできなくなって
     いる。
     やればいいんだと言っても、「頭じゃわかるけど、すぐには実行できない」 とか
     「思う通りにできたら世話はない」 とか 「わかっちゃいるけど止められない」 とか
     すぐに反論するんだよね。
     だから、タバコを吸うのは良くないと頭ではわかっていても、身体でわかってない
     から、本当にはわかってないから止めれらない。
   A 身体でわかってないから、まだ吸っちゃってるけど。
   F 動物は身体でわかるから、即、不快なことはやらないけど、人間は先ず頭で、
     観念でわかろうとするからね。
     でも、身体がわかってないと頭と身体の間で葛藤が起きてしまう。
   A タバコなんか身体の間違った記憶なんですかね?
   F 中毒だろうね。
     でも、身体だけではなくて、精神的なイメージの方が強いんじゃない。
   G 僕なんか日に何十本も吸ってたから、もう吸ったって口はヒリヒリして旨くないし、
     そういう意味では身体は旨いとも何とも思ってないから、全く心理的なものだよ
     ね。
     実際には、会社に着くと一本吸うとか、もう機械的というか一種の習慣で、ホント
     は必要ないんだけど、仕事の話とか、会議で何かグチャグチャ言ってるのを辛
     抱して聞かなければいけない時とか、その場にじっとしていられないからタバコ  
     を吸うんですよね。
     だから、必要といえば必要かもしれないけど、本当はタバコは吸わなくてもいいし、
     特に旨いものではない。
     だから 「自分がタバコを吸ってるというよりも、タバコに吸われてる」 と僕はその
     時表現したんだけど、支配されてるというか、そういうふうに思った時に、タバコ
     を見て手に取ろうとした時に、自尊心が高いから、「支配されてる。タバコに吸わ
     れてる」 と思ったら手が出せなくなって止めたんですよ。
   F 自尊心もいいものですね。(笑)
     基本的には、居たたまれないからタバコに逃げているのだと思いますね。
     留まるエネルギーがないんですよ。
     だから、タバコでごまかしてる。
   G 逆に言うと、頼ってるから自由でないんですよ、。
   F 気まずい時に、まぎらわすためにタバコを吸ってるだけだろうけどね。
   A そうですね。
     感情のテンションがウァーッと上がった時に吸いますよね。
     だんだん減らしていって、何とか止めようと思っているんですけどね。
   G 止める時に、実は、おふくろに言われたんですよ。
     目の前にタバコを置いといて、マッチも置いて、何時でも吸える状態にしておい
     て、職場でも家でもパッと取れるように封を切ったタバコをバラまいて、そういう
     状態で止めなきゃ止められないそうですよ。
     いや、現実にそうした。
     何時も持ってて吸える状態にして、会社へ行って机に座って、わざわざタバコは
     目の前に出しておくんですよ。隠さないで。
   A 僕は逆をやってましたね。
     パッと買って吸っちゃうと、ウァーッと言ってポンと捨てちゃうんですよ。
     しばらくは買わないけど、また買って一本吸って、ウァーッと捨てちゃうんですよ。
     それの繰り返し。
     でも、それは止めたんですよ。
     あんまりもったいないから。
     できるだけ我慢してるんですけどね。やっぱりついつい手が、まだ・・・
   F 我慢してるのは随分気の毒だね。
   G 逆に、僕は我慢しては絶対によう止めんかったな。
   A 我慢して止められない・・・
   F 我慢は無理があるものね。自分を抑えて殺してるものね。
   A 自尊心を高めなきゃいけない。(笑)
   F 自尊心を高めた方がいいかもしれないね。
     「タバコに吸われちゃいけない!」 って。(笑)
   T イライラの程度が極致になった時に吸い始めると言われたけど、そうなると、
     イライラから逃げるためにタバコを吸うというのが動機ということですか。
   A 家にいる時は吸わないもの。
     だいたい職場で会議やってる時とか、車を運転してどこかへ向かう時に手が出
     ますね。
     「次の工事、ああ嫌だな」 とか 「行きたくないな」 とか思っちゃうと必ず手が出ま
     すから。
   F はけ口だね。
   A そう思いますね。ホントはけ口ですね。
   T タバコをやる時というのは、自分がテンションが高まっているというのを示してく
     れますね。
   A それはわかる。「あ、来た来た」 って、それなりに我慢してるとスコッとくるんだけ
     ど、また 「来た来た」 と努力してると耐えられないんですよ。
     今、我慢して止めることはできないとGさんが言われたけど、ちょっとわかるよう
     な気がする。
     止めようとすると耐えられないから、やっぱり手がいくんですよね。
   T イライラをタバコに逃げないで、あるがままにできないんですかね。   
                    
                                ・・・明日に続きます

                K-Communication №41(1993年 Vol.41) より
                                 >>K-Communication

        
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ミーティングレポート - 2 イメージ
2007-11-30 Fri 11:15
                                     『切り株のモンスター』
切り株のモンスターーshiratani-05
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   K-Communication誌上のミーティングレポートを連載しています。
   今日は連載の二日目です。
   レポート中のイニシャル、F が kimiさん (古沢仁宏) です。


   ミーティングレポート - 2 イメージ  (昨日の続きです)
 
   F 快を維持して、不快を排除しようとするのは肉体的には正しいわけですよ。
     そうでなければ肉体は維持できないんだから。
     ところが、その延長線上で精神的快のイメージを造りあげてしまったというのが
     問題の源だと思いますね。
     自分の好みのイメージを保持し、嫌なイメージを排除したい。
     良いイメージというのは快感があるんですよ。
     肉体的なものからくる感覚的快感と、イメージからくる精神的快感とがあって、
     感情は肉体感覚にも思考にも反応するんですね。
     ところが、肉体感覚からくる快感は問題ないけれども、それが一旦記憶されて
     イメージ化されると、それは肉体的な欲求を超えて限りなく増幅される。
     それは事実ではなくて、幻想を追いかけているということですから、事実との間
     に絶えず葛藤が起きるんですね。
     肉体的快の追求だけであれば、今の肉体的事実だから葛藤は起きない。
     肉体的不快は、暑ければ木陰に入るみたいに、即、行動となる。
     ところが、精神的快の追求はイメージなので現実との間にギャップがある。
     そのため、即、行為に結びつかないので、事実を別のものに変えようとしたり、
     努力や方法が問題となるんですね。
     行動にすぐに結びつけば問題はないんですよ。
   G 精神的なものだと、先ず何とかしようという観念が先に立つから。
   A それは努力とすごく関係がありますよね。
   G 努力というのは自我を強くするとか、自尊心を強大にするんですね。
   F 努力というのは、即、行動してないから努力するんでしょう。  
     即、行動していれば努力はいらない。
   A 努力しようと思うこと自体が、やっぱり嘘ですよね。
   F そうそう。努力しようと思うこと自体が、もう行動してないということだから。
     行動してたら努力する必要はないものね。
     努めて力んでやる必要はないんだよね。
     勉強しなければならないというのは、好きじゃないけどやらなければならないか
     ら努力がいるんでしょう。
     でも、それが楽しかったら、努力する前にやっちゃうわけでしょう。
     空腹だったら目の前のものを食べちゃうみたいに。
     でも、勉強は楽しくない。
     しなければならないという観念なんだね。
     だから努力がいる。
     それは肉体的な快ではなくて、勉強ができれば良い会社に入れるとかいう精神
     的な快であって、イメージなのね。
     だから今の現実ではないので、即、行動となりにくいのね。
   A 学生時代、実際に勉強する時には苦痛だとは思わないんですね。
     行動に移る際に嫌だとか出てきますよね。
   F 何だって、そうだよね。
     仕事だって、行く時が嫌なんで、行って仕事を始めればどうということもない。
   T そうですね。それって本当に言えますね。
   A 満員電車のイメージがあるんですよね。
     あれに乗ったら・・・で、乗っちゃうと、たいしたことないんです。
   G 仕事しなきゃいけないというイメージがあって。(笑)
   F イメージだよね。精神的プレッシャーなんだよね。
     そこへ入っちゃえば、それなりにやれちゃうんだよね。
   A よくこういうのがありました。
     「こんな難しい仕事はできない」 とか思って、コンプレックスも混じって、そういう
     イメージがあって、でも、いざやってみるとたいしたことないんですよね。
     やっちゃえば。
   F イメージが邪魔してるよね。
   G 「これだけやらなければならない。これは大変だ」 と思うとパニックを起こしちゃ
     って、ますますそれが大変になるでしょう。
     もう諦めて 「ああ、しようがない」 と一つ一つやれば別にどうということもなくて、
     いつの間にか済んでいる。
   F 全くそうですね。
   G 皿洗いで修行しているから。(笑)
   T なんですか。
   G 家事で私ができることは皿洗いぐらいだから。
   F 山程あるのを、これを全部やるのかと思うとイメージでウンザリするけど、そんな
     イメージなしで一つ一つやっていれば、そのうちなくなっちゃうんですよね。
     これは何についても言えますよね。
     一歩一歩やっていけば結構できちゃうんですよ。
   A 部屋の掃除なんかがホントそうですよね。(笑)
     こんなに散らかってると思っても、ちょっとずつやっていくと、きれいになっちゃう
     んですよ、以外と。
     コツコツやってれば。
   F そのへんが、イメージが最初にあるか、行動が最初にあるかの違いですよね。
                       
                                ・・・明日に続きます

                K-Communication №41(1993年 Vol.41) より
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変化
2007-11-24 Sat 10:58
                                            『苔の森』
苔の森ーforest-04
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   K-Communication より 

   変化

   思考の次元で いろいろ考えても
   心理的には ほとんど意味はない
   ただ思考した果てに それが静まる時にのみ
   それは意味を持つ

   思考の次元で あれこれ考えても
   心理的変化は起きない
   ただ思考より深い次元で
   全存在で気づいた時にのみ
   変化が起きる

   思考は繋がれた犬である
   それは過去の経験と知識に縛られている
   ただその範囲内で概念を造りあげ
   わかったつもりになるだけである

   思考の次元より もっと深いところで
   思考が造りあげた観念ではないものに
   直接出会わなければならない
   生きる質の深まりだけが変化をもたらす

   生きるポイントを 思考にではなく
   感情にでもなく 肉体感覚にでもなく
   もっと深いところに置かねばならない

   静かさのなかで
   人は思考を超えた次元に出会う
   それだけが今の人類を救う
   一切の思考の次元の教えではない
   一人一人が思考の次元より深いものに気づいた時
   その次元で生き始めた時
   人類は変わる

   それは感覚・感情・思考を含み
   なおかつ それらを超えている
   トータルな全存在で生きることのみが
   新しい人類をもたらす

                    K-Communication №16(1990年 12月号) より
                                  >>K-Communication
           
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全肯定
2007-11-10 Sat 09:57
                                             『苔と杉』
苔と杉ー27-feb
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   日記 『無色透明』 より

   全肯定

   否定の世界から全肯定の世界に入れば、無限の創造力が手に入る。
   好き・嫌い、良い・悪い、正邪、善悪・・・
   そういう二元の世界にいる限り、無限の創造力は使えない。
   全肯定の中にのみ無限の創造力は眠っている。

   全肯定とは、起きてくるすべての現象をそのまま受け止めること。
   良いも悪いもない。
   好きも嫌いもない。
   単なる事実として受け止める。

   すべては縁を媒介として、流れの中で起きてくる。
   そのすべてをありのまま受け止める。
   自分に都合の悪いものを拒否したり、嫌なものから目を逸らしたりしない。
   全部そのまま受け止める。

   起きてくるすべての現象を、けっして否定的に捉えない。
   全肯定。
   起きるべくして起きた事実。
   良くも悪くもなく、すべてOK。

   必要なことが必要な時に起きてくる。
   それをそのまま受け入れる。
   そうすれば、何も問題はない。
   どんどん流れていく。

   事実を直視し、事実と共に生きる。
   選り好みしない。
   何が起きても、それでOK。
   その事実からスタートする。

    日記 『無色透明』 からの抜粋です。    
    全文は >>こちらから



           
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今ここ - 2
2007-11-09 Fri 03:37
                                      『森のスポットライト』
森のスポットライトー17-july_07
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   日記 『無色透明』 より

   今ここ - 2

   外に求めない
   自分の中に居を定める
   自分ベース
   内奥ベース

   しっかり自分自身にグランディングし
   一歩一歩
   地に足を着け
   着実に歩いていく

   急ぐことも
   焦ることも
   慌てることも
   必要はない

   今ここ
   今ここに意識を置いて
   自分自身にグランディングして
   自分自身を生きる

   それ以外に道はない
   周りがどのように変化しようと
   自分自身にグランディングしていれば
   何も恐れることはない

   自分の中に
   すべてはあり
   自分の中のものを
   外に表現しているだけ

   地球の現象も
   みんなの意識が創っているもの
   宇宙の共同創造
   何も恐れる必要はない

   自然と共に
   地球と共に
   宇宙と共に
   流れと共に

   ただ生きていくだけ
   自分自身を輝かせ
   自分自身の光を現し
   自分のパートを生きるだけ

   ”今ここ - 1、2” 日記 『無色透明』 からの抜粋です。    
    全文は >>こちらから



           
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