2012.01.29 (Sun)
はじめに
このブログは、屋久島でヒーリングガイドをされているkimiさんの
写真と文を、ぴあのがコーディネイトして紹介しています。
お届けしている文章は、以下のものからです。
1989年〜1994年 K−Communication時代のもの
(クリシュナムルティを原点としたコミュニケーション誌 - 全49冊 - より)
1994年〜2002年 T&F光のネットワーク時代のもの
(精神世界のセミナーをされていた頃のニュースレター、レポート等より)
2005年〜現在 日記 『無色透明』 からのエッセンス
お届けしている写真は、すべて屋久島のものです。
写真をクリックしますと、1024サイズの大きな画像でご覧になれます。
屋久島のいのちの写真を、どうぞ大きな画像からご堪能ください。
そして、光のメッセージが ここを訪れてくださった方の何かのお役に
たつことができましたら、うれしく思います。

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お届けしている文章は、以下のものからです。
1989年〜1994年 K−Communication時代のもの
(クリシュナムルティを原点としたコミュニケーション誌 - 全49冊 - より)
1994年〜2002年 T&F光のネットワーク時代のもの
(精神世界のセミナーをされていた頃のニュースレター、レポート等より)
2005年〜現在 日記 『無色透明』 からのエッセンス
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屋久島のいのちの写真を、どうぞ大きな画像からご堪能ください。
そして、光のメッセージが ここを訪れてくださった方の何かのお役に
たつことができましたら、うれしく思います。

霊能
『木霊たち』

写真をクリックすると、1024サイズの大きな画像でご覧になれます。
ぜひ大きな画像でご覧ください。↑click
日記『無色透明』 2010年 ”1858日目 - 霊能” より転載。
☆ 霊能
昨日は、長電話が二本あった。
両方とも古くからの知り合い。
しかし、片方の人は、何かが変になっていた。
なぜこんな状態になったのだろうか・・・
彼は、霊的なヒーリングができる人。
そのため、かなり無理をして人を救ったりしていた。
エネルギーも清浄で、知的で冷静な人だった。
ところが・・・
昨日の電話は、明らかに異常だった。
以前の彼とは、まったく違っていた。
落着きがなく、何かに追いかけられている感じだった。
言葉が宙を飛んでいた。
なぜこうなってしまったのだろうか。
彼によれば、誰かに霊的に攻撃されているとか。
実際にストーカーする人までいるとか。
普通の感覚では、精神状態を疑わざるを得ないような内容だった。
彼は、霊能のある人。
ブラックではなくて、ホワイト。
私利私欲に走るような人ではなかった。
にもかかわらず、この状態とは?
あまりにも霊的なことに関わり過ぎたのかもしれない。
霊的なことばかりをやり過ぎて、現実的なことが疎(おろそ)かになった
のかもしれない。
あるいは、霊障を自分で引き受け過ぎたのかもしれない。
いずれにしても、まったくグランディングが効いていない状態だった。
このままいけば、いわゆる「行者の末路」になりかねない。
ミイラ取りが、ミイラになってしまう。
霊能が、身を滅ぼす。
なんとも残念な結果となる。
今の時代に必要なものは、霊能ではない。
今の時代に必要なものは、クリアーな意識。
霊能は、その付随物。
あってもなくても、どちらでもいい。
霊能にばかり意識が向くと、本来の自分を見失ってしまう。
霊能を使い過ぎると、謙虚さをなくす。
力に頼れば、光を見失う。
精神的な力であれ霊的な力であれ、力を行使すれば傲慢になる。
それは、支配や戦いと繋がる。
力任せにやることは、繊細なものを壊してしまう。
愛や美は、繊細さと共にある。
力と共にあることはない。
意識をクリアーにすること。
念によって支配しようとしないこと。
良かれと思ってやることでも、力任せにやれば必ず無理が生じる。
無理が生じれば、必然的に反動が起きる。
そもそもやってあげること自体が・・・
必要最小限であるべきもの。
たとえ、それが親切でも。
やってあげれば、依存心を発生させる。
ヒーリングも医療も、治してあげればいいというものではない。
治してあげるのは、下の下。
できるだけ治してあげない方がいい。
自分で治る方法をアドバイスするのが、ベスト。
治してあげても、また病気になる。
やってあげれば、依存心を増やすだけ。
自分で自立するサポートをする。
それが最上の方法。
ただ黙って見守る。
それが、究極の愛。
ただ愛のエネルギーを送るだけ。
ただ愛おしく包み込むだけ。
何もしないのが、最上。
アドバイスが、その次。
必要最小限の手助けは、最後の手段。
何でもやってあげるのは、最悪。
自分のことは、自分でやってもらう。
それが、人を尊重するということ。
やってあげるのが、親切ではない。
どうしてもできない場合のみ、必要最小限のサポートをする。
お互いに自立して生きる。
それが、これからの基本テーゼ。
やってあげればいいというものではない。
それは、極めて浅はかな考え。
意識が深くなればなるほど、何もしないもの。
何もしないで、ただ見守る。
何かやってあげようとするのは、目立ちたがり屋。
自我そのもの。
褒められたいとか、認められたいからやるだけ。
自分がやってあげているという自負心。
自負心は、やがて慢心に変わる。
いずれにしても、自己満足。
この世的なものも霊的なものも、やってあげるのは必要最小限。
基本は、自立をサポートするという方向性。
親切が仇(あだ)になることもある。
やさしければいいというものではない。
しっかりと相手を見つめる目。
何が必要なのかを見極める意識。
たたやってあげるのは、あまりにもイージー。
透き通るような意識が、何よりも重要。
人を救うことはできない。
人を助けることもできない。
人は、自分で助かるのみ。
できることは、それを応援するだけ。
人を助けようとすれば、人を支配することになりやすい。
それは、他人依存を助長する。
真の自立を遠ざける。
ただただ自立を願って、必要最小限のことをさせてもらうのみ。
時代のトレンドは、「シンプル」に流れている。
救ったり、救われたり・・・
支配したり、支配されたり・・・
そういう時代は、既に終わった。
ヒーリングもほどほどに。
やってあげるのは、必要最小限。
方向性は、自立。
その人が、自(みずか)ら光り輝くように・・・
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日記
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日記『無色透明』 2010年 ”1858日目 - 霊能” より転載。
☆ 霊能
昨日は、長電話が二本あった。
両方とも古くからの知り合い。
しかし、片方の人は、何かが変になっていた。
なぜこんな状態になったのだろうか・・・
彼は、霊的なヒーリングができる人。
そのため、かなり無理をして人を救ったりしていた。
エネルギーも清浄で、知的で冷静な人だった。
ところが・・・
昨日の電話は、明らかに異常だった。
以前の彼とは、まったく違っていた。
落着きがなく、何かに追いかけられている感じだった。
言葉が宙を飛んでいた。
なぜこうなってしまったのだろうか。
彼によれば、誰かに霊的に攻撃されているとか。
実際にストーカーする人までいるとか。
普通の感覚では、精神状態を疑わざるを得ないような内容だった。
彼は、霊能のある人。
ブラックではなくて、ホワイト。
私利私欲に走るような人ではなかった。
にもかかわらず、この状態とは?
あまりにも霊的なことに関わり過ぎたのかもしれない。
霊的なことばかりをやり過ぎて、現実的なことが疎(おろそ)かになった
のかもしれない。
あるいは、霊障を自分で引き受け過ぎたのかもしれない。
いずれにしても、まったくグランディングが効いていない状態だった。
このままいけば、いわゆる「行者の末路」になりかねない。
ミイラ取りが、ミイラになってしまう。
霊能が、身を滅ぼす。
なんとも残念な結果となる。
今の時代に必要なものは、霊能ではない。
今の時代に必要なものは、クリアーな意識。
霊能は、その付随物。
あってもなくても、どちらでもいい。
霊能にばかり意識が向くと、本来の自分を見失ってしまう。
霊能を使い過ぎると、謙虚さをなくす。
力に頼れば、光を見失う。
精神的な力であれ霊的な力であれ、力を行使すれば傲慢になる。
それは、支配や戦いと繋がる。
力任せにやることは、繊細なものを壊してしまう。
愛や美は、繊細さと共にある。
力と共にあることはない。
意識をクリアーにすること。
念によって支配しようとしないこと。
良かれと思ってやることでも、力任せにやれば必ず無理が生じる。
無理が生じれば、必然的に反動が起きる。
そもそもやってあげること自体が・・・
必要最小限であるべきもの。
たとえ、それが親切でも。
やってあげれば、依存心を発生させる。
ヒーリングも医療も、治してあげればいいというものではない。
治してあげるのは、下の下。
できるだけ治してあげない方がいい。
自分で治る方法をアドバイスするのが、ベスト。
治してあげても、また病気になる。
やってあげれば、依存心を増やすだけ。
自分で自立するサポートをする。
それが最上の方法。
ただ黙って見守る。
それが、究極の愛。
ただ愛のエネルギーを送るだけ。
ただ愛おしく包み込むだけ。
何もしないのが、最上。
アドバイスが、その次。
必要最小限の手助けは、最後の手段。
何でもやってあげるのは、最悪。
自分のことは、自分でやってもらう。
それが、人を尊重するということ。
やってあげるのが、親切ではない。
どうしてもできない場合のみ、必要最小限のサポートをする。
お互いに自立して生きる。
それが、これからの基本テーゼ。
やってあげればいいというものではない。
それは、極めて浅はかな考え。
意識が深くなればなるほど、何もしないもの。
何もしないで、ただ見守る。
何かやってあげようとするのは、目立ちたがり屋。
自我そのもの。
褒められたいとか、認められたいからやるだけ。
自分がやってあげているという自負心。
自負心は、やがて慢心に変わる。
いずれにしても、自己満足。
この世的なものも霊的なものも、やってあげるのは必要最小限。
基本は、自立をサポートするという方向性。
親切が仇(あだ)になることもある。
やさしければいいというものではない。
しっかりと相手を見つめる目。
何が必要なのかを見極める意識。
たたやってあげるのは、あまりにもイージー。
透き通るような意識が、何よりも重要。
人を救うことはできない。
人を助けることもできない。
人は、自分で助かるのみ。
できることは、それを応援するだけ。
人を助けようとすれば、人を支配することになりやすい。
それは、他人依存を助長する。
真の自立を遠ざける。
ただただ自立を願って、必要最小限のことをさせてもらうのみ。
時代のトレンドは、「シンプル」に流れている。
救ったり、救われたり・・・
支配したり、支配されたり・・・
そういう時代は、既に終わった。
ヒーリングもほどほどに。
やってあげるのは、必要最小限。
方向性は、自立。
その人が、自(みずか)ら光り輝くように・・・
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2012.01.20 (Fri)
いのち
『竜宮行きの亀』

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日記『無色透明』 2010年 ”2141日目 - インカローズ” より転載。
☆いのち
体のことは、体にまかせればいい。
体のことは、体が一番知っている。
人間が知っているのは、体のほんの一部。
断片的なことしか知らないのに、体をいじりまわす。
今の医者が、体をトータルに知っているだろうか。
体は、自分のことをトータルにわかっている。
いのちは、いのちを知っている。
いのち以上にいのちを知っているものはいない。
いのちは、いのちにゆだねる。
それ以上のヒーリングはない。
いのちは、必要なことをしてくれる。
人が為すべきことは、それをサポートすること。
いのちが働きやすいようにすること。
いのちの働きを妨げないこと。
いのちを尊重し、いのちと共に生きること。
そのことを肝に銘ずべきではないだろうか。
今の医学は、本末転倒。
医者が、主役になっている。
医者が、病気を治してくれることになっている。
医者は、病気を治せない!
そんな当たり前のことが、世間では通用しない。
世の中全体が、おかしくなっている。
医者は、病気を治せない。
病気を治せるのは、体=いのちのみ。
体にまかせる。
自然にまかせる。
宇宙にまかせる。
それには・・・
深い理解がいる。
理解のないままにまかせれば、信仰になってしまう。
信仰は、不安定。
信じてよいのかどうか、常に疑いと背中合わせ。
信じるのではなくて、理解すること。
体を理解し、宇宙を理解する。
理解すれば、信じる必要はない。
無知であるが故に、信じるしかなくなる。
気づくことによって、自分への理解が深まる。
自分自身に気づくことが、真実に生きることを確かにする。
思い込みだらけの自分で生きたのでは、人生の真の豊かさはわからない。
自分自身を知ることが、宇宙の真理へ導く。
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日記『無色透明』 2010年 ”2141日目 - インカローズ” より転載。
☆いのち
体のことは、体にまかせればいい。
体のことは、体が一番知っている。
人間が知っているのは、体のほんの一部。
断片的なことしか知らないのに、体をいじりまわす。
今の医者が、体をトータルに知っているだろうか。
体は、自分のことをトータルにわかっている。
いのちは、いのちを知っている。
いのち以上にいのちを知っているものはいない。
いのちは、いのちにゆだねる。
それ以上のヒーリングはない。
いのちは、必要なことをしてくれる。
人が為すべきことは、それをサポートすること。
いのちが働きやすいようにすること。
いのちの働きを妨げないこと。
いのちを尊重し、いのちと共に生きること。
そのことを肝に銘ずべきではないだろうか。
今の医学は、本末転倒。
医者が、主役になっている。
医者が、病気を治してくれることになっている。
医者は、病気を治せない!
そんな当たり前のことが、世間では通用しない。
世の中全体が、おかしくなっている。
医者は、病気を治せない。
病気を治せるのは、体=いのちのみ。
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それには・・・
深い理解がいる。
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信仰は、不安定。
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信じるのではなくて、理解すること。
体を理解し、宇宙を理解する。
理解すれば、信じる必要はない。
無知であるが故に、信じるしかなくなる。
気づくことによって、自分への理解が深まる。
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2012.01.15 (Sun)
大日如来
『海と山と光と』

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日記『無色透明』 2009年 ”1831日目 - 大日如来” より転載。
☆ 大日如来
大日如来は、すべての衆生を抱きしめている。
無限の慈愛で、無条件に抱擁している。
ただただ慈しみのエネルギーが、あふれている。
何も求めてはいない。
大日如来は、何もしゃべらない。
ただ静かに座っている。
尽きることのない慈愛で、すべてを見守っている。
大日如来に見守られ、衆生は生きている。
誰も見守ってくれる人はいない?
みんなに見捨てられた?
そんなことはない。
そんなことは、けっしてない。
この世の人が誰ひとり振り向かなくても、大日如来は常にやさしく見守っている。
見放すことはない。
いつも変わらぬ静かな慈愛のエネルギーを放っている。
すべての人を深く包み込み、限りなく慈しんでいる。
『透き通る 静けさのなか どこまでも 遍(あまね)く慈愛 満ち満ちている』

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日記『無色透明』 2009年 ”1831日目 - 大日如来” より転載。
☆ 大日如来
大日如来は、すべての衆生を抱きしめている。
無限の慈愛で、無条件に抱擁している。
ただただ慈しみのエネルギーが、あふれている。
何も求めてはいない。
大日如来は、何もしゃべらない。
ただ静かに座っている。
尽きることのない慈愛で、すべてを見守っている。
大日如来に見守られ、衆生は生きている。
誰も見守ってくれる人はいない?
みんなに見捨てられた?
そんなことはない。
そんなことは、けっしてない。
この世の人が誰ひとり振り向かなくても、大日如来は常にやさしく見守っている。
見放すことはない。
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2012.01.03 (Tue)
光の誕生
『朝陽』

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☆ 光の誕生
『東雲(しののめ)の 光は強く 輝いて 遍(あまね)く地上 照らし始める』
すべての過去が一掃される。
すべてが今にフォーカスされる。
光に照らされ、今が前面に現れる。
過去や未来は、舞台の後ろに去っていく。
光のなかを光と共に歩む。
光は、今ここにある。
アセンションを待つこともない。
今ここは、常に光に満ちている。
明けましておめでとうございます。
光さらに増す2012年。
皆様お一人お一人が光り輝き光放つ年となりますように。
ぴあの

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☆ 光の誕生
『東雲(しののめ)の 光は強く 輝いて 遍(あまね)く地上 照らし始める』
すべての過去が一掃される。
すべてが今にフォーカスされる。
光に照らされ、今が前面に現れる。
過去や未来は、舞台の後ろに去っていく。
光のなかを光と共に歩む。
光は、今ここにある。
アセンションを待つこともない。
今ここは、常に光に満ちている。
明けましておめでとうございます。
光さらに増す2012年。
皆様お一人お一人が光り輝き光放つ年となりますように。
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2011.12.24 (Sat)
真の主体性
『光の屏風』

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日記『無色透明』 2009年 ”1644日目 - 真の主体性” より転載。
『真の主体性』
人は、周りから何か言われると反応する。
褒められても貶(けな)されても、感情が反応する。
反応してはいけないということはない。
しかし・・・
ひとこと言われる度に過敏に反応し、思考がフル回転するのもどんなものだろうか。
感情が掻き乱されて自分を見失っては、周りに翻弄されているとしか言いようがない。
常に心静かに聞いていることはできないのだろうか。
周りに左右されず、常に霊静でいることはできるのだろうか。
周りがどうであれ、自分は静かに輝いている。
何事にも心乱されることなく、霊静に対応する。
状況に対して適切に対処しながらも、主体性を奪われることはない。
そういうふうには生きられないのだろうか。
ほとんどの人は、周りしだい。
周りからの働きかけに、自分の思い込みが反応する。
よくよく観察すれば、反応しているのは思い込み。
いつものパターン。
周りも思い込み。
自分も思い込み。
思い込みと思い込みが反応し合っているだけ。
そんなことはない?
本当にそうでなければ、すばらしい。
周りからの作用に対して、いつも静かに自分をキープしていられたら称賛に値する。
いつも霊静な自分自身でいることは、至難の業。
心は、この世的なことに翻弄されやすい。
自分自身の主体性は、どこからやってくるのだろうか。
今生の経験?
世間の常識や習慣?
マスコミの影響や親からの刷り込み?
自分自身のなかにあるものは、何だろうか。
真の主体性とは、何だろうか。
周りに影響されて右往左往するのが、真の主体性でないのは明らか。
そうではなくて、揺るぎないものがあるだろうか。
自分のなかに変わらぬものがあるだろうか。
魂の願いが息づいているだろうか。
それとも、あるのはこの世的な快楽だけだろうか。
地位や名誉や財産や肉体の悦楽だろうか。
周りに左右されない真の主体性は、魂からやってくる。
魂の願いが、この世における真の主体性。
この世に生れてきた目的。
この世で達成したい事々。
自分自身を観察すれば、あまりにも周りに左右されている自分を発見する。
真の主体性は希薄で、感情や思考が反応するばかり。
この世は、思い込みと思い込みがぶつかり合うところ。
魂レベルで生きている人は、極めて少ない。
魂の真の願いを生きる時、一喜一憂、喜怒哀楽はない。
それらは、この世的に生きる時に付随するもの。
この世のドラマを演じる時、味付けとして存在するだけ。
しかし、魂のドラマには、一喜一憂、喜怒哀楽はない。
ただひたすらな願いがある。
今生に生れてきた覚悟がある。
真に生きようとする情熱がある。
周りに影響されるのではなく、周りに影響を与えるエネルギーがある。
この世限りのドラマに未来はない。
魂のドラマが始まろうとしている。
真に生きることが始まろうとしている。
この世とあの世の区別のないドラマが始まろうとしている。
魂が、この世に影響を与える時がスタートしようとしている。
物質世界の影響下から抜け出し、物質次元を魂ナイズする時がきている。
魂が思い描くビジョンを現実化する時を迎えている。
時の流れが逆転する。
これまで物質に呑み込まれていた魂が、これからは物質を自由に使いこなす。
真の主体性が確立する。
周囲に翻弄される生から、周囲を創造する生へ変わる。
魂の望みを叶える時がきている。
主体性の根拠は、魂にある。
魂ベースが、これからの生き方。
肉体ベースは、もう過去のもの。
物質ベースは、既に終わっている。
意識を内に向ける時。
常に魂を意識して生きる時。
魂をこの世に表現して生きる時。
周りに影響されて生きる時代は終わった。

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日記『無色透明』 2009年 ”1644日目 - 真の主体性” より転載。
『真の主体性』
人は、周りから何か言われると反応する。
褒められても貶(けな)されても、感情が反応する。
反応してはいけないということはない。
しかし・・・
ひとこと言われる度に過敏に反応し、思考がフル回転するのもどんなものだろうか。
感情が掻き乱されて自分を見失っては、周りに翻弄されているとしか言いようがない。
常に心静かに聞いていることはできないのだろうか。
周りに左右されず、常に霊静でいることはできるのだろうか。
周りがどうであれ、自分は静かに輝いている。
何事にも心乱されることなく、霊静に対応する。
状況に対して適切に対処しながらも、主体性を奪われることはない。
そういうふうには生きられないのだろうか。
ほとんどの人は、周りしだい。
周りからの働きかけに、自分の思い込みが反応する。
よくよく観察すれば、反応しているのは思い込み。
いつものパターン。
周りも思い込み。
自分も思い込み。
思い込みと思い込みが反応し合っているだけ。
そんなことはない?
本当にそうでなければ、すばらしい。
周りからの作用に対して、いつも静かに自分をキープしていられたら称賛に値する。
いつも霊静な自分自身でいることは、至難の業。
心は、この世的なことに翻弄されやすい。
自分自身の主体性は、どこからやってくるのだろうか。
今生の経験?
世間の常識や習慣?
マスコミの影響や親からの刷り込み?
自分自身のなかにあるものは、何だろうか。
真の主体性とは、何だろうか。
周りに影響されて右往左往するのが、真の主体性でないのは明らか。
そうではなくて、揺るぎないものがあるだろうか。
自分のなかに変わらぬものがあるだろうか。
魂の願いが息づいているだろうか。
それとも、あるのはこの世的な快楽だけだろうか。
地位や名誉や財産や肉体の悦楽だろうか。
周りに左右されない真の主体性は、魂からやってくる。
魂の願いが、この世における真の主体性。
この世に生れてきた目的。
この世で達成したい事々。
自分自身を観察すれば、あまりにも周りに左右されている自分を発見する。
真の主体性は希薄で、感情や思考が反応するばかり。
この世は、思い込みと思い込みがぶつかり合うところ。
魂レベルで生きている人は、極めて少ない。
魂の真の願いを生きる時、一喜一憂、喜怒哀楽はない。
それらは、この世的に生きる時に付随するもの。
この世のドラマを演じる時、味付けとして存在するだけ。
しかし、魂のドラマには、一喜一憂、喜怒哀楽はない。
ただひたすらな願いがある。
今生に生れてきた覚悟がある。
真に生きようとする情熱がある。
周りに影響されるのではなく、周りに影響を与えるエネルギーがある。
この世限りのドラマに未来はない。
魂のドラマが始まろうとしている。
真に生きることが始まろうとしている。
この世とあの世の区別のないドラマが始まろうとしている。
魂が、この世に影響を与える時がスタートしようとしている。
物質世界の影響下から抜け出し、物質次元を魂ナイズする時がきている。
魂が思い描くビジョンを現実化する時を迎えている。
時の流れが逆転する。
これまで物質に呑み込まれていた魂が、これからは物質を自由に使いこなす。
真の主体性が確立する。
周囲に翻弄される生から、周囲を創造する生へ変わる。
魂の望みを叶える時がきている。
主体性の根拠は、魂にある。
魂ベースが、これからの生き方。
肉体ベースは、もう過去のもの。
物質ベースは、既に終わっている。
意識を内に向ける時。
常に魂を意識して生きる時。
魂をこの世に表現して生きる時。
周りに影響されて生きる時代は終わった。
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